【後日談】荒野の薔薇 ⑦
そうして、二人はそのまま、ようやく装備したナックルの利点を活かすように、シュババ……という音が聞こえそうな速さで拳を相手に向けて放ち続けている。
右手で相手の拳をいなしたかと思えば、左手は相手の顎や鳩尾を狙い撃ち、お互いに時々攻撃を受けながらも、ダメージを受けている表情は全く見せていない。
……ナックルを使っての拳だから、キいていない筈がないのだけれど……。
ああなった選手というのは無我の境地とでも言うのだろうか。楽しそうに微笑んですらいる。
高速で拳を打ち交わすその様は、私の目ではとてもじゃないけど追い切れず……『リアル・北○の拳』とでも言うべき迫力だ。
「これは物凄い撃ち合いだァァーー!! しかも所々で相手の急所に入っていますっ! 息も吐かせぬこの早業、流石というべきですね、フォレスさん!?」
「ああ! だが、お互いに相手の隙を狙ってんのが丸解りだな! これは……先に仕掛けた方が有利かもしれねぇぜ!」
そのフォレスの言葉が聞こえたのだろうか。先に仕掛けたのはリサさんだ。
「ハァァーー!!」
それまでは主にクラックさんの上半身を狙って撃ち続けていた拳を、腕や足まで使っての全身攻撃に切り替える。
間近にいたクラックさんは、両手を使っての防戦一方の態でその攻撃を受け続けていた。
「ネック! ボディーブロー! おおっと、次はニードル!! リサの素早い攻撃が続いて行きます! これはロイも防戦一方だァァーー!!」
「流石のロイにもダメージが入ってるようだな。だが、まだ余力を残してやがる……あの瞳は何か狙ってやがるぜ、気を付けろ、リサ!!」
……だからフォレスさん、個人的な意見は解説席では止めて下さいっ!
だけど、その言葉を裏付けるかのように、闘いはいよいよクライマックスといった雰囲気が漂っている。
防戦一方だったクラックさんが、一際危険な色をその瞳に乗せ、ニヤリと笑ったのだ。
「……終わりにしましょ、子猫ちゃん。アンタと闘えて、楽しかったわ!」
そう言うや否や、クラックさんの身体がスッと屈みこんだ。
主に上半身を狙って拳を振るっていたリサさんが、目の前から消えたクラックさんの姿を探して視線を彷徨わせる。
「負ける訳にはいかないのよォォーー!! 『伝説』は負けないから『伝説』なんだからァァーー!!」
そして、リサさんの両脚をガシッと掴んだクラックさん。
「ウォォォォーーーー!!!!」
物凄い雄叫びを上げて、リサさんの身体を持ち上げ、グルングルンと舞台の中央で振り回し始めた。
「キ、キタァァーー!! ロイの必殺技、ジャイアント・スウィングゥゥーー!!」
「ありゃあ逃げられねェ! 決まったな!!」
フォレスが言い終わるのとほぼ同時に、リサさんの身体はクラックさんの手から離れ、そのまま綺麗な放物線を描いて舞台の上を飛んで行き……
「キャアアーー!!??」
絶叫と共に、舞台と観客席の間の地面……それも私達が座っているVIP席の前に、落下した。
だが、クラックさんから弾き飛ばされる瞬間、その手は彼のフリフリのエプロンに縫いつけられたリボンをブチッと剥ぎ取ったようだ。
……こんな試合でも、クラックさんの衣装はそのままなんですね、というツッコミはもはや意味を成さないものとなっております、ハイ……。
「決まったァァーー!! 大会ルールにより、場外落下は敗北とみなされますっ! やはりロイ、強い、強いィィーー!!」
「リサも大健闘だぜっ! ロイ相手に互角以上の強さを見せてくれたなっ!
いやぁ……良い試合だった。両者に拍手だな!!」
フォレスの言葉を裏付けるように、会場からも大きな歓声と拍手が響き渡っている。
でも私は、目の前で壁に叩きつけられ、蹲っているリサさんがとても心配だった。
「……リサさん……」
名前を呼ぶ事しか出来なかった私の声を拾い、微かに血の滲んだ顔を私に向けたリサさんは。
「……リコちゃん様……。負けちゃいましたわ……。ご褒美、本当に……欲しかっ……た……」
その瞳にキラリと涙を浮かべ、そのままガクッと気を失うリサさん。
「格好良かったよ、リサさん……『治癒』!」
そんな魔法を掛けても、リサさんがその場で気を取り戻す事はなく。
けれど、気絶していても、その表情は……何故だかとても、満足気に見えたのだった。
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そしてその翌日。
私達は貸し切りとなった『夜の羊亭』に居た。
あの試合の後、暫く気絶していたリサさんがとても心配だったのだけれど……流石と言うべきか、彼女は十分後には意識を取り戻し、閉会セレモニーでは元気な笑顔を見せてくれていた。
「あ~あ。折角リコちゃん様からご褒美を頂くチャンスでしたのに……私もまだまだですわね!」
顔に貼った絆創膏は痛々しいけれど、彼女の表情はとても晴れやかだ。
「そんな危ない事しなくても、私に出来る事ならいつでも……」
何でもしてあげるよ、と言いかけた私の言葉は、隣に座ったレオンの手によって無に帰される。
「滅多な事を言うんじゃないよ、リコ。勝負は勝負。結果に『もし』なんかないんだからね」
口を押さえられ、ふぐぅ、と息を漏らす私を、リサさんも楽しそうに眺めていた。
……ちなみに今日は彼女は店員として参加しているのではなく、エキシビジョンで負けてしまったとは言え、栄えある大会の優勝者として、この祝賀会に参加している。
「その通りですわ、リコちゃん様。けれど、おかげで私も、もっと強くならなければと、自分を律する事が出来ましたし……」
それに、と呟いて、その片手に握ったリボンを優しく見つめるリサさん。
その手にはあの試合の最後の瞬間に、クラックさんのエプロンから剥ぎ取った、端がギザギザになったリボンが握られている。
「……ずっと知りたかった答えが解ったような気がしますから……。こうして、リコちゃん様と知り合う事も出来ましたし、私、とても満足していますのよ」
当たり前のようにレオンとは反対側の私の隣に座り、晴れやかな笑顔を向けてくれる。
その笑顔はとても格好良くて……隣に嫉妬の権化・レオン様がいらっしゃるにも関わらず、私は思わずポッと頬を染めてしまったくらいだ。
「本当に良い試合だったねェ……。アハハ、ロイに賭けたもんで儲けさせても貰ったし? アタシも大満足だよっ!」
今日も今日とてなみなみと注がれたジョッキを片手に、私の目の前に座ったヴェラさんが上機嫌でお酒を飲んでいる。
……ちなみに、今日はリサさんが接客をしていないので人手が足りないとかで、ヴェラさんのおかわりを運ぶ余裕がないらしく、彼女が持っているのは通常の三杯は入るだろう大きなジョッキだ。
液体に満たされては重いだろうに、ヴェラさんは意に介した様子もなく杯を煽っている。
……底なし魔人、極まれり……。
「アタシも何だかスッキリしたわ。リサ、楽しかった。本当にありがと」
ヴェラさんの横では、クラックさんがニコニコと微笑みながらそんな事を言っている。
今日も装備しているフリフリエプロンには……あの時、リサさんに剥ぎ取られたリボンがなくなってしまってちょっと寂しくなっているけど、元々が派手過ぎた為か、そんな事を気にする人は一人もいない。
……でも、何でかな。私には、そのリボンが、二人にとって大切な意味を持つ物に思えてならなかった。
「次は負けませんわよ、ロイ! 貴方のその左脚、闘いには全く向かないダメージを受けているではないですか。だからこそ、脚技が使えなかっただなんて事、多くの人々が気付いていましてよ!
……まぁ、そんな貴方に負けたのですから、私も大きな事は言えませんけれど……。全力の貴方と、闘ってみたかったですわ」
「脚の一本くらいで、まだまだアンタに負ける気はしないわ」
リサさんと良く似た笑顔でクラックさんが言い、二人が再戦を誓ってグラスを鳴らした。
……格好良いなぁ、闘う人たち……。一番はもちろん、レオンなのだけどね!
「良い休暇だったな! 俺も楽しかった!」
グラスになみなみと注がれた桃のジュースを楽しそうに飲みながら、フォレスがやたらと良い声で言う。
……フォレスさんや、正直、アナタに関しては残念な一面を再確認したと言わざるを得ませんよ……?
後でちゃんと瑠璃にも報告させて貰いますからねっ!
「ボク達は明日には首都に戻るつもりだけど……クラック、お前はどうするんだ?」
真剣な声色でレオンがクラックさんに問うている。
……まぁ、そうだよね。次の依頼もあるだろうし、あんまりここでのんびりしている訳にもいかない。
ここの人達はとても元気で楽しくて、何だかとても居心地が良かったけど、私たちは冒険者だ。しかもそれを『仕事』にしているワケだし、一つの所に長々と留まるワケにはいかないんだ。
「アタシも帰るわよ。お店もいつまでも店員の子達ばかりに任せているワケにもいかないし……。ホント、すごく満足しているんだからぁ~!」
笑いながらそう言うクラックさんは、私も良く知る彼の姿だ。
……けど、何故かな。その表情には何処か、寂しさも残っているような気がしたんだ。
「……良いんですか、クラックさん。もう少しゆっくりしても……」
心配になってそう尋ねる私に、クラックさんは言った。
「……良いのよ、リコちゃん。アタシは過去を捨てたの。アタシの場所は首都のあのお店よ。今はそれがアタシの生きがいだし……それに、この街にはアタシの後継者も育っているようだしね」
そう言って、クラックさんはリサさんに向かい、格好良くウィンクをかます。
「……大切なのは『現在』なのよ。シーリアも……何故かしらね、笑っているように思えるから。アタシはこれからも、アタシの道を行くわっ!」
アッハッハ、と、何処かヴェラさんを思わせる豪快な笑い声が周囲を包む。
……うん、そうだね、クラックさん。過去は確かに私達を形成する一部分ではあるけれど……現在の自分を大切に出来なければ、前には進めない。
私も、現在ある自分の立場を、後悔なんかしたことはない。
過去の選択が今の自分を造り、その選択によって出会った人達との絆が今も私を優しく包んでくれているのだし……
「リコ」
ギュッと、私の手を握ってくれている大切な人。
この人の側にいる事を、どんな道筋を辿ったとしても、私はきっと選んでいただろう。
過去に『もしも』なんかない。魔法が発達したこの世界でだって、過去は変える事が出来ないのだから。
「ロイ。いつか必ず……貴方の口から私の母……シーリアの事、聞いてみせますからね」
「その時は三日三晩分の食料を用意して迎えなさいよ? 一言じゃ、語れないんだからね」
何故だか解り合ったようなクラックさんとリサさんが、優しい瞳でお互いを見つめ合っている。
おそらく……という考えは、今は口にはしない。
その三日三晩の語り合いとやらが実施される時は、私達も同席させて貰うとしましょう!!
……と、そんなシリアスで晴れやかな雰囲気に包まれている私達がいる一角。
その『夜の羊亭』の奥の一角では。
「どなた様ですかァ!? サラ、嫁を置いて家出したのに初戦で負けちゃったり、その後も何のフォローもしないギルド長の名前なんて知らないんですけど!」
「サラァァーー!! 俺が最強だと証明したかった男心を解ってくれよォォーー!!」
……あ~。あれがデュレクが誇るギルドの責任者だなんて、信じたくありませんね……。
けど、サラちゃんの気持ちもちょっと解るんだよね……。
と、私が少しだけサラちゃんとヘクターさんの方へ注意を向けていると、スッ、と、隣に座っているレオンとの距離が縮められた。
温かい温もりを感じてそちらを向くと、優しくて、それでいて真剣で、何処か黒レオン様の雰囲気を纏ったレオンの綺麗な空色の瞳が私を見つめている。
「リコ。ボクは武闘大会優勝なんていう称号なんかとは違った形で、強くなった事を必ず証明してみせるからね」
チュッと、レオンが素敵な音を立てて私の唇に突然キスをしてくれる。
「!!??」
突然の事に、私が反応出来ずにいると。
「何をしてるんですのォォーー!!?? レオン様、貴方、私に負けたくせにリコちゃん様へのスキンシップが過ぎるんじゃありません!?」
「勝負の結果なんか最初から関係ないよ。リコはボクに夢中なんだからね」
「何ですってェェーー!!?? 言っておきますけど、私だってリコちゃん様とキスした事があるんですからね!?」
「ああ、街中の噂になってるね。……けど、同意もなく奪っただけのそれが、ボクの愛を込めたキスと同義だとでも言うの? ボクだって言っておくけど、これでリコは結構積極的で……」
「わぁぁーー!! レ、レオン様!? それは二人の秘密にしましょう、ね? ね!?」
リサさんの怒号と黒レオン様の挑発、それから私の悲鳴が『夜の羊亭』に鳴り響いた。
……レオン様、さすがに人前でのチュウは私も恥ずかしいですし、火に油とはこのことですよ! お願いですからリサさんを煽らないでェェーー!!
ところが、そんな私の願いも虚しく、リサさんは義憤に燃える熱血漢といった態で、バンッと派手な音を立てて手をテーブルに叩き付けて立ち上がると、大声で言った。
「……決めましたわ。ここでの仕事に区切りが付いたら、私も首都に参りますっ! リコちゃん様を悪の手から救い出さなければなりませんわっ!」
ゴゴゴゴ、と、背後から炎が噴出しそうな鬼の形相でリサさんが拳を握ってそんな宣言をする。
「……リコに関しては、世界中のどんな敵が挑んで来ても負けるつもりはないから……受けて立つよ、リサ。やれるものならやってご覧?」
あっという間に私を膝に乗せ、黒い笑顔を浮かべたレオンがリサさんを更に挑発すれば。
「アラ! リサが首都に来たら楽しそうね! 特訓の相手に事欠かないわァ~!」
「おいクラック、いい加減、その特訓とやらの相手から俺を除外しろっ!」
フォレスとクラックさんの大声が聞こえて来る。
そんな私達を包み込むように、ヴェラさんのアッハッハ、という笑い声がお店の中に響いていた。
……うう、何だかまたややこしい事になったような……。
リコちゃん様の平穏は何処ォォーーーー!!??
後日談もこれにて完結となります。
この子達がひょっこり出て来た時はまた何か投稿するかもしれませんが、一旦完結設定をしておきます。
お読み頂き、本当に有り難うございました!




