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【後日談】荒野の薔薇 ②

 


 ゴトゴトと揺れる馬車の中。

 私は前に座るクラックさんと隣に座るサラちゃんの大きな声に戦々恐々としていた。


「クラックもそう思うでしょー!? 全く、男って幾つになっても子どもみたぁい!」

「ホントよねぇ! 参加したいならちゃんと予定を組んで話をしておくのがデキる男ってモノよねぇ! 女は称号とかあまり気にしないものなんだからぁ!」

「……あの、クラックさん、サラちゃん、乗合馬車ですから少し声のトーンを……」


 なんとか嗜めようする私の小声は、盛り上がる二人の会話の前では焼け石に水であったようだ。

 同じ馬車に乗り合った人々もこちらを見てクスクス笑っているものだから……

 うう、居た堪れないことこの上ない……。



 私達は今、ウェストで一番大きな街だという『砂華(サカ)の街』に向かう乗合馬車に揺られている。

 この時期、その街ではデュレクの腕自慢が集い、武闘大会が開催されているらしい。

 なんでも、魔法は禁止、己の腕っぷしだけで勝負する肉体派のトーナメントらしく、優勝賞金はそんなに高額ではないにせよ、ここでの優勝者の称号は格闘家達の憧れなんだって。

 ……正直、レオンはそういうのを欲しがるタイプとは思えないので、盛り上がったヘクターさんとフォレスに拉致同然に連れて行かれたんだろうな、と思っている。

 あの二人なら盛り上がったら、絶対に参加しようとするだろうしなぁ……。


 ちなみに、あの後、首都でティナちゃんの実家のパン屋さんに行ったのだけれど、ティナちゃんは女神様の仕事で既に西に向かった後だった。

 何でも、優勝者への祝福を与える役目があるんだって。

 ティナちゃんが西にいるなら、そこで会えば良いよね、という事で私達はこうして西に向かっている。


 デュレクに来てからというもの、西への旅は初めてなので、そこがどんな都市であるのか、少しの不安と……初めての都市に対する期待が私の胸に踊っている。

 ……本当なら、レオンと一緒に観光したかったんだけどね……。チェッ!


「キャッ!?」


 突然、馬車が大きく揺れて隣に座っているサラちゃんが可愛い声を上げて私に縋り付いて来た。

 ……グフフ、美少女に頼られるとは、私も捨てたモンじゃありませんなぁ……!


 私は冒険を続けるうちに何度か馬車にも乗った事があり、元々暮らしていた世界──東京で使っていた乗り物の快適さに改めて感嘆を禁じ得ない経験もしている。

 もともと、乗り物には強い性質(タチ)だったらしく、苦労したことはないのだけれど……。

 この世界で長距離を移動する馬車、という乗り物は、確かにすごく揺れるし音も煩いし、速度も東京のそれとは比べ物にならない。

 特に、今利用している乗合馬車は、この時期に開催される武闘大会を見学しようとする人々でごった返していて、とても混んでいるし、速度重視の為に揺れも酷い。


「ちょっと待ってね……『無重力(ライトグラビティ)


 サラちゃんとクラックさんと自分に、揺れを軽減する魔法を掛ける。

 冒険者としての生活をしている最中に開発した魔法だ。突然の事じゃないから、格好良い言葉も乗せる事が出来る……これって、私には必要な事なんです、語彙力さんは相変わらず仕事をしてくれないので……。


「わー、闇魔法? スゴいね、リコちゃん! とっても楽になったよ!」

「ホントねぇ! 闇魔法も、使い方によっては人の役に立つんだって浸透していけば、リコちゃんみたいな子が生まれても悲劇は生まれないかもしれないわねぇ!」


 クラックさんの言葉に、私は微笑んで頷いた。

 ……それはね、私がこの世界で成し遂げたい事の一つだから。

 私、一之瀬 璃心(リコ)は、闇魔法適性を宿していたが為に親に捨てられてしまった、という過去があるらしい。私には全く記憶にないことなので、悲劇でも何でもないんだけどね。

 けれど、実際に使ってみると、闇魔法ってとても便利な魔法が多くて、冒険の最中でも、私はついこの属性を多用してしまうんだよね。

 闇で覆って視界を奪い、行動を制限したり、足止めをしたりという補助はさることながら、時には重力で攻撃にも転じられるし、味方を闇に包めば相手からの攻撃を防ぐ事だって出来る。

 それ以外にも、どうやらデュレクの人々にとって『出来る筈のないこと』が闇魔法に集約されているらしくて、使い方を間違えなければとても便利な魔法なんだ。

 元は異世界で育った私だから、闇魔法に対して嫌悪感を持っていない。だからこそ、その有益性を便利に使う事が出来ているのかもしれないけど……。


 以前、夢幻王・ディールが言っていたように、光と闇は表裏一体だと、私は思っている。

 闇の使い方を知っているからこそ、光魔法を正しく使う事が出来るし、その逆も然りだ。

 今、このデュレクでは、レオンとフォレス、という英雄(ヒーロー)達のパーティーに所属し、注目度も高い私。

 だからこそ、闇魔法に対して、少しずつ人々の認識を変えて行く事も出来るんじゃないかなぁ……と思っている。



「……リコちゃんの使う闇魔法はとても優しいから、サラとっても好きだよ! いつか……魔族さん達も、悪い人ばかりじゃないって皆にも解って貰えると良いね」



 私の頭をポンポン、と撫でて優しく微笑むサラちゃん。彼女には、私のそんな夢を語った事があり、賛同してくれている。


「……うん、ありがと、サラちゃん。種族の違いだけでいがみ合うより、お互いの長所を生かして共存した方が絶対に有意義だもん。……少しずつでも、頑張ってみるよ」


 ニコリと微笑んだ私に、サラちゃんもクラックさんも優しい微笑みを向けてくれた。



『東京』で暮らしていた時は、人より良い成績を取ること、良い大学に入ること、良い企業に就職すること……そして、良い結婚相手を見つけること。

 それが『幸せ』だと、無意識のうちに認識していた私。

 それに疑問も抱かなかったし、東京ではきっとそれは幸せになる道筋の一つだっただろう。

 ライトノベル作家いう仕事を得ていた私だけれど……それが一生の仕事になることはないだろうとは思っていたし、その他に際立った特技のない私には、良い学校、就職、結婚、という、言わば一般的なものにしか『幸せ』という物を見出す事が出来ずにいたから。

 けれど、この世界は違う。

『他人』とは違った適性がある私だからこそ、出来る事がきっとある。

 レオンと一緒にいたい、というのが確かに一番の願いではあったけど……この世界で生きて行くからには、私にしか出来ない事を模索したい、という事も考えていて。



「……君は本当に強いね、リコ。ボクはそんな君の願いの手助けをすることが人生の目標になりそうだ。……だからずっと一緒にいてね」



 優しくレオンに囁かれた言葉は忘れない。


「……グフフ」


 思わず、思い出し笑いをした私に。



「「良い雰囲気ブチ壊しだよっ!?」」



 ……と、サラちゃんとクラックさんが声を揃えてツッコミを入れてくれ。

 そんな私達の様子を遠巻きに見ていただろう人々が噴き出したのと同時に、何人かの人達が「乗り物酔いが酷いので、私にも魔法を掛けてくれませんか?」と声を掛けて来たので、お安い御用、とばかりに私は乗合馬車の人々に魔法を掛けてあげたのだった。



 ------------------



 そうして馬車に揺られる事、約一日。

 普通の馬車で三日、徒歩なら一週間はかかるという距離にあるいうから、その馬車の高速ぶりは驚くべきものだ。

 無茶な走行をする為に下車後、グロッキーになる人が殆どらしく、停車場には医師が待機している程。

 だけど私の魔法はとても有益だったらしく、その馬車に乗っていた人々はニコニコ笑顔で降りて来て、従業員さんもお医者様もビックリしていた。


 そして、私は、と言えば。


「リコちゃんさまー! 本当にありがとうねぇ!」

「これ、お弁当にどうぞー」

「握手してくださーい!」


 ……人々の間でもみくちゃになっていました……。


「……ねぇ、クラック。サラ、何だかレオン君の苦労が少し解った気がするわ……」

「……アラ、偶然ね、サラ。アタシもよ」


 少し離れた場所で、サラちゃんとクラックさんが神妙な表情(かお)でその様子を眺めていたのを、私は知る由もない……。



 そしてやって来た砂華の街。

 そこは、首都やサウスの街とは違い、土壁で造られた建物が多くて、とても素朴な雰囲気だった。

 そして、武闘大会が開催されている時期だからなのか、屈強な男の人がとても多く、そんな人達を相手に商売をしていると思しきお店の人達もとっても元気な掛け声を掛けている。

 デュレクの下町やサウスの人達よりも、一層元気な感じだ。

 でも、どの人の顔にも笑顔が溢れていて、すごく親しみやすい雰囲気だ。


「わぁ~! すごく活気があるね!」

「この時期の砂華の街は、デュレク中でも特に活気があるのよ。懐かしいわね……」


 隣を歩くクラックさんが優しい瞳でそんな様子を見つめながら、ポツリと呟いた。


「クラックさん、この街に詳しいんですか?」


 懐かしい、という言葉に惹かれてコテン、と首を傾げて尋ねてみる。

 そうして私を見つめるクラックさんの瞳も……今まで見た事のないくらい、優しい色をしていた。


「そぉよ~、アタシの生まれ故郷! もう何年も帰ってないけどね。本当に変わってないわ、この街……」


 その口調は、懐かしさと、少しの寂しさが込められているようで、私は初めて見るそんなクラックさんの様子に、何となく口を噤んでしまう。

 クラックさんと言えば、いつも元気で、その暴走特急のような勢いに、私はただ驚いてしまう事が多かったけれど、

 スタッフさんからも人望があるし、とても面倒見も良いし、自分の好きなものに一生懸命で、アツい心の持ち主だという事を、今では私も良く知っている。

 そんなクラックさんの初めて見る様子に私が何も言えずにいると、近くの店から私達を呼び止める声があった。



「……ロイ? ロイじゃないか! アンタ帰って来たのかい! なんだいなんだい、連絡もせず水臭いじゃないか!!」



 ドン、と私とサラちゃんを突き飛ばす勢いでクラックさんに突進して来る恰幅の良い女の人。その瞳にはもはやクラックさんしか見えていないみたいだ。


「ヴェラ、ヴェラじゃない! やだ、アンタ生きてたのねぇ!」

「あったりまえさね! このアタシがそう簡単にくたばってたまるもんか! アンタこそ何処ぞで野垂れ死んでんじゃないかと思ってたよ!」


 アッハッハと、周囲がビックリするくらいの大声で笑い合い、私なんかじゃ吹き飛んでしまいそうな強い力で互いの肩を叩き合い、談笑している二人。

 私とサラちゃんは、あっけら取られてその様子を見ている事しか出来ずにいたんだけれど……。


「アラアラ、ごめんよ、お嬢ちゃん達。何しろこの木偶の坊とは二十年ぶりでねェ……。全く、帰って来ないにも程があるよ、ロイ」


 そう言うヴェラさんの瞳には、キラリと光るものがある。本当に久し振りの再会なんだろう。

 ……それにしても、ロイってなんだろ? と、私が不思議に思っていると、当のクラックさんが説明してくれた。


「サラ、リコちゃん、ごめんなさいね。このババァはヴェラ。アタシの育ての親みたいなモンね。

 父親は早くに亡くなって、母はいたんだけどね……アタシ、こんなでしょ? 早々に育児放棄されちゃって、このババァが面倒見てくれてたのよ」


 口は悪いけど、クラックさんの瞳には深い感謝と慈愛が籠っているようだ。

 ……語られている内容はとても切ない。けど、日本と違い、このデュレクにはそんな日常が蔓延している事を、私は知っている。

 現に私のパーティーでも、私とフォレスに親はいないし、デュレクの教会は、そんな子どもたちを育てる為の設備と人が整っている。

 昔から、親を亡くしてしまった子どもが絶えないことの証拠だ。

 けど、私もフォレスも、その環境を恨んだ事はないし、今も幸せに生きている。大切なのは自分の生き方なんだよね。そしてデュレクには、そんな私達を支えてくれる受け皿もある。

 他人に無関心な『東京』よりも、好きだなぁ、と思うのは、デュレクのそんな所だったりするんだ。


「ロイってのはね、アタシの本名。……けど、この名前は捨てたから、これからも相変わらず『クラック』って呼んでちょうだい。

 ……本当は、二度とこの街に帰って来るつもりはなかったのよ……。けど、何故かしらね、アンタを見てるといつまでも逃げてちゃ駄目だって思えちゃって」


 フフ、と悪戯っぽく笑ったクラックさんの瞳が私に固定されている。

 ……え、私? クラックさんに影響を与えるような、大した事はしてないと思うんだけど……。



「この親不孝ものっ!!」



 そんな大声を上げてクラックさんの頭をスパーン! と良い音をさせて叩くのは勿論ヴェラさんだ。


「アタシがどんだけ苦労してアンタを育てたと思ってるんだい! 名前を捨てるだの二度戻って来ないつもりだっただのと好きな事言ってからに……っ!」


 ヴェラさんは怒りの形相でそんな事を言い捨てると、そのままクラックさんの首をギュウギュウ締めにかかる。

 だいぶ身長差があるので、力技で大柄なクラックさんを前傾姿勢にするというオマケ付きだ。


「ギブ! ギブアップよ、ヴェラ! さすがのアタシも喉仏を潰されたら死んじゃうわっ!」


 バンバン、と、こちらも良い音を立ててヴェラさんの屈強な腕を叩くクラックさん。

 ……私やサラちゃんがあの攻撃を受けていたら、きっと首の骨がへし折れていたに違いない……。


「……全く! 少しは歳相応に大人しくして、力加減を弁えるって事を覚えなさいよ、この怪力ババァ!」

「うるさいねェ! 自業自得だろうよっ!」


 ゼーハーと肩で息をするクラックさんに対し、ヴェラさんも一歩も引いていない。

 ……なんだか凄いな、この母子(おやこ)……。



「……ホラ行くよ。この街に帰って来たなら、一番最初に行かなきゃいけない場所があるだろう……アンタは知らないかもしれないけどさ。

 アタシの目が黒いウチに帰って来たからには、首に縄を付けてでも連れて行くからね。お嬢ちゃん達、疲れているだろうけど、立会人……頼めるかい?」



 ヴェラさんにキビしい瞳を向けられ、否やと言える人なんかいないんじゃないだろうか……。

 ただ黙ってコクコクと頷く私達をよそに、クラックさんが慌てた様子で言い募る。


「ちょっとヴェラ! アタシと違ってこの子達はか弱い乙女なんだから……あの高速馬車の過酷さはアンタだって知ってるでしょ!? 休ませてあげなさいよ鬼ババァ!」

「そんな事してたらアンタが逃げちまうだろうが! アタシはね、アンタをあの場所に連れて行くまで死ねないんだよっ! アンタに関わったのが運の尽きだと思うんだねっ!」


 少しでも遅れたらシめるからね!?


 そう言って私達をキッと睨みつけると、ヴェラさんは何処かに移動を開始する。


「……サラ、リコちゃん。本当に申し訳ないんだけど、ああなったヴェラは他人の言葉なんか聞かない偏屈ババァだから……。申し訳ないけど、付き合ってくれる?

 何処に行くつもりなのかはアタシも知らないけど、あのババァの体力を考えれば、そう遠くじゃないと思うから……」


 ごめんね、と手を合わせるクラックさんに、私はニッコリと微笑んだ。

 お世話になっているクラックさんの為だもん、私に否やのあろう筈はない。


「大丈夫だよ、クラックさん。仮にも私は冒険者だし、住民の皆さんのお願いは聞いてあげなくちゃ」

「そうだよ、クラック! リコちゃんのお陰でそんなに疲れは感じてないし、サラはクラックの事も友達だと思ってるから!」


 ねー! と、私とサラちゃんが微笑み合う。

 そんな私達の様子に、クラックさんは降参、と手を上げて言った。



「……あのババァの行く先は解らないけど……アンタ達みたいな友達が出来たこと、誇りに思うわ」



 優しく微笑むクラックさんの姿は……とても格好良く見えて。

 私とサラちゃんの頬がポッと染まったのは、夕陽のせい、という事にして頂きたいと思います。



 ……そうじゃないと、私達のパートナーがとても面倒臭いことになるので……切実に、お願いします(スライディング土下座)。




お読み頂き、有り難うございました!

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