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【番外編】孤独ぼっちの瑠璃

瑠璃視点でお送りします。

激しくネタバレしておりますので本編未読の方はご注意下さい。

 


 (わらわ)は水龍──名前は特にない。



「ヴァライア」というのが真名(まな)であると、見抜いた者にはそう言っておるが、正確にはこれは『名前』ではなく『種族名』と言えよう。

 この世界には火、水、風、地、光、闇を司る龍がぞれぞれ一体ずつおる。

『火』のマランダ、『水』のヴァライア、『風』のテュール、『地』のニグズ、『光』のルカトル、『闇』のカージダ。

 我らを認知するものはそう呼んでおり、その司る物によってそう呼ばれているだけで、決して「名前」などという、人間のような固体名ではない。

 故に、妾が世代交代をする時はこの『ヴァライア』の名を継承することになる。

 世界に六体しかおらぬ龍種とは言え、自分が何を司っているかを知られては弱点ともなる為、真名(まな)は秘匿とされておるが……まぁ、棲んでおる場を鑑みれば察しの良い者には一発で解るであろうの。


 龍種の世代交代がどのようにして行われるかは、妾達にも解ってはおらぬ。

 かく言う妾も、気が付いたら水龍であった。先代全ての英知を体内に籠め、自らの役目を生まれた時から認知し、この世界に存在しておったものよ。

 ──人間の感覚、という物を良くは理解しておらぬが……強いて言うなら五百年程昔の事になるかのぅ……。

 以来、『水』を司り、海底に創設された神殿を核として、水を通して人間共を見守り、そして時には影響を及ぼし、その悠久の時を漫然と過ごすだけの毎日。

 人間共の一部が住まう『サウス』と呼ばれている近辺の海域に存在している人魚。彼女らもまた同族を持たぬ存在であり、海域を住まいとすることから妾とも交流を深めておったが、

 彼女らは我らよりずっと早く世代交代を成し得る種族であり……まぁ、『(つがい)』が現れなければ永く存在し得る種族ではあったが……唯一の交流種族として、共に世界を護っておった。


 そんな己の命運を恨んだことなど一度もない。我らは誇り高き龍種。いつか自らの体躯が朽ち果てるその時まで、使命を全うし続けるだけよ、と思っておった。

 例え、心を寄せた人魚が朽ちて行く様を見守る事しか出来ぬ存在だとしても、我らにはそれ以上に大切な使命があったし、責任も重い。

 人間や……時には魔族等という小さきモノどもに心を寄せる余裕などないと……そう思い、何度人魚が世代交代をしようとも何も感じぬ態で己の使命を全うする事に尽力しておったのじゃ。



 そんなある時代(とき)のこと。


 本当に珍しく、人間達の住まう都市の一つ『デュレク』に迷い人が現れたのを感知した。

『迷い人』とはここではない異世界から迷い込んでしまった者のこと。

 我ら龍族ですらその存在を召喚することは出来ぬのだが……この世界、ディモレストを司る女神がたまに悪戯心を発揮して、召喚や転生させる事がある。

 だが、この時デュレクに現れたのは、正確に言えば『迷い人』ではなく、幼き頃にこの世界から弾き出され、異世界にてその魂に光を集めた存在であったのだと知ったのは対峙した後の事じゃ。


 一之瀬 璃心(りこ)

 彼女の存在は全くもって異質と言えた。

 元々はこの世界で生まれたにも関わらず、その持って生まれた闇属性が原因で親に捨てられ、異世界に飛ばされ、そしてまた戻って来たという経歴の持ち主。

 この世界の人間達は純粋で素直で綺麗な魂を持つ者が多いと認識してはおったが……異世界ではそれが当たり前であり、その中でも一際煌めく魂を育んでこの世界に帰還した娘。

 偶然の産物は言え、その輝きに妾が興味を示さない筈もない。……悠久の時間(とき)を孤独で生きるのは少し、退屈であったしの。


 孤独に慣れるなと妾に説き、人間どもにあろうことか悪い事をしたら叱る愛情を与えよとのたまう人間。

 そんな人間など、今まで遭遇したことなどなかった。

 妾の瞳を通しても好ましい容姿……そして輝く魂の光。

 その世代(とき)の人魚が陥っていた事態を解消すべくやって来たという冒険者だというのに……妾は直ぐに思ったものよ、この者を手放してはならぬ、と。


 世代交代の方法は解らぬ。けれど、眷属を造る方法は本能で知っておる。

 じゃから、妾はその意味を理解出来ぬであろう璃心に「名付けよ」と言い、彼女もまた素晴らしい名前を妾に与えてくれた。


『瑠璃』

 その住まう世界……地球の七割を占める海の事をそう呼ぶ事があるのだと言って、妾にその名を付けてくれた少女。

 残念なことに、その心の多くを締める部分には既に他の存在が住まっていたのだけれど……名付けさえしてくれたなら多くの加護を与える事が出来る。

 名付けとは、龍種にとって特別な意味を持つものであったからの。

 妾にとってはそれで充分じゃ、人魚以外に心を寄せる存在が現れたことなど、未だかつてなかったのじゃから。

 じゃが、その眷属たる彼女は妾の──特に人化した姿を愛でてくれ、その優しい腕で度々抱き締め、幸せになれと囁いてくれる。

 未だかつて、妾に対してそんな事を言ってくれた人間などおらぬしの。妾が全力で──初めての眷属を護ろうと思ったのは当たり前のことじゃろ?



「……オイ、ルリ。いい加減、俺も『眷属』だと認めろよ」



 璃心の仲間である蒼髪──フォレス・オークレールが度々、妾にそんな事を言って来るようになったのは璃心が夢幻王の罠で異世界に戻され、そして再び帰還してから暫くの事。

 璃心の仲間──彼女の恋人であるレオンドール・フォン・アウンスバッハとこの蒼髪が度々妾に接する事になるのは仕方のない事とは言え、この蒼髪の態度は、世界最強種であり、崇め奉る事が当然な妾に対し、余りに不遜な態度であると言えた。

 ……じゃが、何故じゃろうの。その横柄とも言える言い回しは、妾にとって決して不愉快なものではなく……むしろ心地良く感じていたのだが……勿論、誰にもそんな事は言わぬがの。



『阿呆をぬかすな、蒼髪。妾の眷属は璃心のみよ。男など……この五百年の間、唯一の友達(とも)たる人魚を誘い去るだけの存在ではないか。

 妾は人間の男には憎悪の念すら持っておるわっ! 唯一の璃心ですら恋人など作りおってからに!』



 全知全能と言われておる我ら龍種じゃが、実体はそんなことはない。

 その存在を畏怖させる為に大仰な肩書を人間共に知らしめているだけで、実際には自らの司る存在以外には一切手出しが出来ぬ卑小な存在なのじゃ。

 特に妾が司るは『水』。火や大地と並んで影響範囲が少ない存在であると言っても過言ではない。風も光も闇も、何処にでも顕現出来るのだからの。

 ……じゃが、水龍として生まれた瞬間から、妾は水、という母なる体内に溢れていたと人間共がのたまう優しい揺らめきを心底愛しており、その立場を恨んだ事などない。

 人間や魔族に比べれば圧倒的とも言える自らの力は認識しておったし、特に妾は『水鏡』という世界を映す鏡を通してこの世界を見守る事が使命であった為、人間にも魔族にも、それ以外の生命体にも固執することなく、平等にその加護を与える事だけが自分の存在意義であり、この世界に生まれた意味。

 じゃから本当は、璃心という眷属を持つこすら異例であり望ましくないことだと言うのに、蒼髪(フォレス)は更に人間に肩入れせよと度々迫って来る。

 ……全く、身の程知らずも良いところじゃ。


「強がんなって。人魚も璃心も、特別な存在を見つけちまって寂しいんだろ? 俺ならお前が全力で慕ってきても余裕だぜ! 何しろ俺の愛は無限だからな!」


 カッカッカ、と、最近では璃心も「その笑い方、瑠璃に似て来てるよね……」と称する笑い方を妾に寄越し、その美しい紫暗(しあん)の瞳で妾を見つめる蒼髪。

 ……ほんにこの男は身の程知らずも良い所じゃ。妾が寂しい? 何を言うか。孤独になど、もう五百年も前から慣れておると言うのに。


『蒼髪よ、主はそろそろ身の程、というものを弁えたらどうじゃ? 本来であれば貴様のような男など、妾と対面する事も許されぬ卑小な存在だと言うのに。

 妾がその気になれば主などあっと言う間に滅ぼしてしまえるのじゃぞ?』


 尚、今、妾は人化しておらぬ。あの姿は主に璃心と対峙する時に顕すもので、通常時は龍の姿でおることが殆ど。

 故に、今、妾が話している言葉の合間には氷の礫が混じり、蒼髪も相当寒い筈であるいうのに、この男はそんな様子は一切見せん。

 それどころか、そんな妾の言葉を心底楽しんでいるかのように笑い、妾の側に侍っておる。

 ……本来であれば、そんなことを許す妾ではないのじゃが……

 大切な我が眷属、璃心にとっても大切な存在であるこの男を害することは璃心を傷つける事にもなり、あの可愛らしい(かんばせ)に影を落としてしまうじゃろうからの……。

 この男に気を許している訳ではない、璃心の為じゃ。誤解するでないぞ!?


「……ホントに可愛いな、お前。

 知ってるか? 俺と話す時に放つブレスに混じる氷は雪みてぇに柔らかいものだし、普段は冷た過ぎて触れたら凍傷になっちまうだろう鱗も、今は湿ってるだけ。

 それにさ……何だかんだ言ってもお前、俺が土産持ってここに来るの、受け入れてくれるじゃん。

 リコに逢う為だなんて言ってるけど、結局はリコとレオンを二人にしてやってさ。……それって、俺と二人になりたいからだろ?」


 蹲った妾に寄りかかるようにして座り、楽しげに笑いながらそんなことをのたまう蒼髪(フォレス)


『愚かな事を。主に何かあれば璃心が傷付くし、心優しい妾は無闇やたらと殺生はせぬだけのこと。

 ……普段は主があの二人の邪魔をしておるのじゃろ。ここに来た時くらい、遠慮せずに二人で居させてやりたいと思っておるだけよ。

 主こそ寂しいじゃろうからの、慈愛に満ちた妾が相手をしてやっているだけじゃと言うに……付け上がるなら本当に一人にしてやっても良いのだぞ』


 威圧を強めてそう言ってやると……蒼髪(フォレス)は何故だか愛好を崩して大爆笑をかますではないか!

 全く、なんだと言うのだ、この人間は! 世界最強種の妾に対して、あまりに失礼ではないか!?


「今更、孤独(ひとり)になる事なんて怖くねーよ。知ってんだろ? 俺は元々孤児だし。そりゃまぁ、教会の神父のじーさんには可愛がって貰ったし、俺と同じように一人になっちまった弟分や妹分と楽しくやってたから、寂しさなんか感じる間もなく、此処まで育ててもらったし、その恩はいつか絶対に返すけど……。

 ……なぁ、ルリ。お前の場合は生まれた時から孤独で、家族を持つ同種族を見る事なんかなかったから解らねぇだろうけど。

 ……俺の場合はさ、周り中が、家族に囲まれて幸せに暮らしているのを、ガキの頃から指を咥えて見ていることしか出来なかったワケ。

 そんな中でさ……一番恵まれてただろう街の英雄が、実は俺と同じように悩みを抱えてるのを知れば見直すし、そんな男が俺と対等に接してくれれば……友情だって生まれるだろ、当たり前にさ」


 妾に寄り掛ったまま、何処か遠い瞳で話し出す蒼髪(フォレス)

 ……知っておるよ。妾の水鏡は、過去も……少し先の未来も見通す事が出来るからの。

 異世界の事ですら見ることが適うその水鏡にかかれば、この男の過去を知るなど造作もないこと。

 ……決して、気になったから見た訳ではない! ないったらない! あの金髪が璃心にふさわしいか、確かめる為に覗いていたら見えただけじゃ!

 だが今、この男の告白を妨げるのはこの者にとって良くないと判断した妾は、黙って言葉の続きを待ってやる。……まったく心根の優しいことじゃの、妾。


「レオン……アイツはさ、幼い頃に夢中だったリコリアの幻影に囚われている可哀想なヤツで。

 俺にはちょっと理解出来ないけど、全ての人を護れないなら、慕ってくれるファンの子達の笑顔は守るって誓って、女共が一番喜ぶ『王子様』を演じてやってたワケ。

 それが地になっちまってさ……けど、俺の前では当然、ガキっぽくて泣いたり笑ったり嫉妬したりする表情を見せてくれてたんだけど……リコはさ、あっと言う間にアイツのそんな顔を引き出しちまって。

 ……まぁ、レオン以上に素直で感情表現豊かだったからなぁ、リコは。

 知ってるか? 初めて逢った時アイツ、レオンの笑顔見て鼻血出したんだぜ?」


 ブッ、と思わず噴き出してしまう。そこには当然多少の氷は含まれていたけれど……たぶん、そんなに冷たくはなかった筈。

 初対面で鼻血……璃心よ、それは『残念』と言わざるを得んぞ……。

 そしてそんな相手と恋に落ちた金髪(レオン)の趣味も大概であるという感想を持たざるを得んぞ……。


「マジ面白かった! アイツ、からかえば全力で反論して来るし!

 ……俺もさぁ、ちょっと好きだったんだよな、リコリア。今にして思えば、多分初恋ってヤツかも」

『金髪から奪うなら協力するぞ』

「いらねっ! 俺は、今のリコの方がもっと好きだし!」


 折角の妾の言葉を即座に否定してくる蒼髪(フォレス)。全く失礼なことじゃ。

 ……じゃが、そうじゃの。妾も、全力であの金髪が好きだと表わす璃心がとても好ましいと思ってしまう。

 妾には解らぬが……人を信じることや愛する事というのは、そんなに簡単な事ではない。

 特に璃心の場合は元々住んでいた世界を捨てて、この世界で生きる事を決めるという壮大な選択をしてまで、あの金髪の側に居る事を選んだ。

 ……この身が朽ちるまで、そんな感情に身を任せる事が叶わぬ妾には、少し羨ましくもあるの……。


以前(まえ)にも言っただろ。俺は、あいつらをからかいながら、大事に……本当に大事に護るよ。

 あの二人、優しすぎてさ……甘い言葉には裏があるとか、全力の悪意とかそういうの、多分気付けないから。多分俺が側にいなきゃ傷付く事もあると思うし」


 この男は、本当に強き心を持つ者じゃの。

 普段はチャラけた雰囲気しか醸し出さぬから人間共には解らぬかもしれぬが……水鏡を持つ妾には筒抜けであると言うに。

 おそらくコイツは妾が全てを知っていると察していても尚、その告白を聞いて欲しいのであろうと理解し、黙って聞いてやる。……本当に丸くなったの、妾。


「だからルリ……。俺はさ、お前の事も放っておけねーの。孤独だなんて冗談じゃねぇ!

 お前の大事なリコにはレオンがいるじゃん? だからお前には俺! それしかないじゃん!」


 アハハ、と豪快に笑いながら阿呆な事をのたまう蒼髪(フォレス)


『何処まで阿呆なんじゃ、お主。妾に特別な存在など必要ない』

「俺には必要なんだよ!」


 妾に寄りかかっていた体勢を崩し、妾の前に立ち、真剣な瞳を妾に向ける蒼髪(フォレス)

 金髪とは違うけれど、世の女性達がこの美貌に絆されないのは誠に不思議じゃな……。

 妾から見れば、造り物めいたあの金髪より真実一路なこの蒼髪の方が好ましく思えるのじゃが……璃心よ、主はもしかしたら見る目がないのかも知れぬの……。

 じゃが今、放たれた言葉には応えてやらねばならぬかの……世界最強種の龍族としては。



『妾が必要などと……そんな事は世界中が知っておるわ。妾がどのように朽ちてゆくのかは知らぬが……この生命(いのち)のある限り、璃心も金髪も……主も見守ってやろうぞ、蒼髪(フォレス)



 そんな妾の言葉に、ハッと嘲笑を返し──誠に失礼な事であるな──その美貌に不敵な笑みを乗せ、真っ直ぐに妾を見返す蒼髪(フォレス)



「バッカじゃねーの、ルリ。そんなん、俺が特別だって認めてるようなモノじゃん! お前、本当に可愛いな!」



 カッカッカと豪快に笑う男に対し、妾も言わざるを得ん!



『阿呆か! 璃心のついでだと言っておろう!?』

「ばーか! 特別についでなんかねぇんだよ! お前にとってリコが大切で、その相方のレオンは護らなきゃいけなくて、二人にとって大切な存在の俺も目を掛けなきゃいけないんだとしたら……。

 俺も『特別』だって事だろ? 認めろよ、ルリ。……俺は。俺だけはお前を『特別』な存在だと認識して……ずっと側にいてやるから」



 ……ドアホウ、と返せなかったのは何故なのか。

 この男が妾の特別? 冗談ではないと思う心の奥底で……



 ──確かに嬉しかったのだという気持ちは、絶対に口に出してなどやるものか。



『認める訳がないであろう。妾は龍種、世界を護る任務を担っておる。卑小な一人の人間を贔屓するワケには……』

「違うっつの。俺がお前を贔屓してんの! お前はそのままで良いよ、ルリ。けど、俺の一番大切な存在はお前だってことはさ……」



 良いから信じてみろって!



 叫ぶように告げられた蒼髪(フォレス)の言葉。

 妾が特別? そんなの、妾が生まれた時から解り切った事だと言うのに……ヤツの口から放たれた言葉は何故だかそれとは違う意味を持っているように感じて。

 知りたい、と思った。

 心を寄せても、人間とは同じ時代(とき)を過ごす事は出来ないというのに……。この者の言葉だけは、コヤツが朽ちるその時まで聞いてやっても良いかな、と思ったのじゃ。

 ……やたらと良い声じゃしの。


『……良かろう、蒼髪(フォレス)。瑠璃、という名前は妾も気に入っているでの、この名前は使いたいが……主と二人でいる時に呼ぶ名を、我に与えよ』


 妾が覚悟を決めてそう問えば、蒼髪(フォレス)は満面の笑みを浮かべて、言った。




「ルリ! お前にはその名前しか似合わねぇ!」




 カッカッカ、と再び悪役めいた笑いを漏らす蒼髪(フォレス)

 ……全く興味深い人間じゃ、璃心とは違う意味で愛でるのも楽しそうじゃの。



『良かろう。受け入れよう、蒼髪(フォレス)よ。眷属なるからには……』

「大丈夫! 俺、浮気はしねーから!」


 豪快に笑った後、ふとその表情を引き締めるフォレス。

 真剣な瞳で妾を見上げ、「人化しろ」と請われたのを……妾は何故だか拒否出来なかった。

 そして、人間の姿となった妾を大切な物を扱うように抱き締め、妾の耳元でその素晴らしく良い声で、言った。



「お前には、俺だけ……そして俺にもお前だけ。その幸せを……ただ感じていれば良いんだよ、ルリ」



 ポッと、人化した頬に熱が集まるのが解った。

 そしてその瞬間、世代交代の条件が妾の脳裏に閃いたのだけれど……



 眷属の二人には決して明かすまい。



『相思相愛が成された時、次代の卵が生まれ出で、(つがい)と共にそれを育み、誕生の瞬間に世代交代は成され、番と共に没する事になる』なんて。



 相思相愛とは何ぞ?

 ……確かに妾はコヤツを眷属とは認めたが……『特別』なのは今でも璃心であると思っておるし……璃心と卵を育む、というのも今いちピンと来ぬな。

 だがしかし、世代交代の条件を妾が突然に理解したと言う事は、その時が迫って来ているのかも知れぬの。


 ……永き時間(とき)の終焉を迎えようとする気分というのが、こんなにも晴れやかだなどと、当たり前の事じゃが妾も初めて知った。

 そうして、どうやら世代交代の卵が生まれ出でた時、妾を縛っていた柵からも開放され、その最後の時まで何処へなりと自由に移動出来るらしい。

 今まで生きていた時間から比べればほんの僅かな時間じゃろうが……自由、という、妾もまだ知らぬ開放の時に思いを馳せ、そっと海底神殿の底から天井を見上げれば。



 フォレス──笑い上戸で甘党で生意気な男を象徴するかのような深い藍色……ヤツの髪の色と。

 一之瀬 璃心──真っ直ぐで素直で限りなく優しく愛らしい少女の中で一際印象的な瞳の色……琥珀色が太陽の光となりその中に混じってキラキラと輝いておった。



『……直に、もっと色々な物を共に愛でる事が叶うようになるのかも知れぬの……』


 抱き締められた腕の中で、フワリと微笑んだ妾。

 その言葉を聞いて、蒼髪(フォレス)がこの世の幸せを集めたような笑顔を向けて来る。


「上等だ! そうなったら俺の知ってるありとあらゆる場所に連れてってやるからな、ルリ!」


 楽しみにしとけ、と、恐れ多くもワシャワシャと妾の頭を撫でくり回してくるではないか!



『止めんか、蒼髪! そんな風に妾に触れて良いのは璃心だけじゃ!』

「何でだよ!? 俺の事、眷属だって認めたじゃねーか! リコだけ贔屓するなんてズルいだろ!」

『ズルいとかそういう事ではないわっ! ええい、良いから離さぬかっ! この馬鹿力めがっ!』

「お前が本気出せばこの位どうって事ねぇだろ!? 嬉しいクセに強がってんじゃねーぞルリめっ!」


 このこのぉ~と、ますます妾の頭をワシワシ撫でるフォレス。

 満開の笑顔は妾には少々眩しいくらいじゃが……フム、悪い気はせんの。



 柵が外れたその時、妾の瞳に映る世界がどんなものであるかは知らぬが……きっとその側には、璃心も……そしてコヤツもおることじゃろう。

 それはきっと……そうじゃな、きっと『幸せ』な時間になるだろうと、確信めいた予感がする。

 少し先の未来なら予見出来る妾じゃが、己の事に関しては全く解らぬ。

 じゃから、この先、妾がどのような道を辿るのか、卵とやらがいつ、どのように顕現するのか、育むとは如何なるものか。そういったこともまるで解らぬが……。



 柵の外で、自由に旅をする。

 きっと、龍の瞳で見る世界とは違い、もっと広く感じるであろう。

 璃心やコイツと……それからきっと、気に食わぬがあの金髪とも一緒に、世界を巡る。



 楽しみじゃ!

 たとえその後にこの身が朽ち果てようとも、そんな事はちっとも怖くはない。寧ろ嬉しい位じゃ。



 それまで……この海底で世界を見守ろう、今は例え孤独(ひとり)でも。

 いつの日か、妾を包む世界の光が、水中のそれとは違った輝きを放ち、妾を包んでくれるのを心待ちにしながら。



 いつの日か、共に果てる、その日まで。



 ……その相手はきっと璃心じゃ! そうに決まっておるわっ!

 蒼髪なぞ、璃心のオマケなんじゃからのっ!!


喧嘩ップルって可愛いですよね^^

瑠璃は完全に私の趣味です(笑)

フォレスと言い合う光景はとても楽しく書く事が出来ました~!

人の心の機微や自分の気持ちには、ちょっと鈍感な彼女ですので、今後どうなって行くのか……またひょっこり書きたくなるかもしれません。本当に楽しく書いたので^^

この後、少し短編の後日談に浮気の予定ですが、その後またこの作品の後日談を投稿出来るように執筆中ですので、

またお目に留まりましたらお付き合い頂ければ幸いです。

一先ず、お読み頂き有り難うございました!

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