うちらの脳内シンポジウム、マックのポテトで詰んだ案件。
なんだかよく分からん実験。女子高校生言葉で衒学的なことってできるんだろうか、みたいな。
黄昏は、すりガラスの窓から容赦なく斜光をねじ込み、放課後の地学準備室を琥珀色の沈殿物で満たしていた。
ここは名門の全寮制でもなければ、薔薇の刺繍を襟に戴く聖域でもない。ただの、地方都市のへりにある至極凡庸な県立高校普通科――その、誰も使わない澱のような一角。
パイプ椅子の錆を爪で弾きながら、唯華は画面のバックライトに照らされた顔を気怠げに上げた。
「さすがにそれは大草原を不可避的に不可避とせざるを得ない案件なんだけど。まじで草の根、あるいは屍の山に咲く徒花」
対面に座る莉央は、制服のローファーを脱ぎ捨てて机の上に足を乗せていた。彼女の指先は、まるで崩壊しつつある帝政期の細密画のように繊細な動きで、コンビニのプラスチックカップに刺さったストローを弄んでいる。
「それな。まじでそれ。うち、あの瞬間、完全に魂のゲシュタルト崩壊を迎えてた。いわば、精神の不可逆的なデカダンス。まじ無理、無理みが深すぎて深海魚の孤独すら超えた」
「ウケる。なにその誇大妄想的なペシミズム。てかさ、今日の3限の現代文のじじい、まじで話がレチタティーヴォっていうか、ただの単調な呪詛で草。うち、完全にアポトーシスしかけてたんだけど。意識の彼方へフェードアウト案件」
「わかる。あのじじいの声、鼓膜を侵蝕する不協和音でしかないわー。うちらの貴重な青春のクロノスを貪る、さながら時間喰いの怪物。
……てかさ、それより聞いてよ。昨日、例のトプ画の男から直でDMきたんだけど」
「え、待って。それはまじで心臓がスクラップ&ビルド。急な心停止を引き起こす神の悪戯じゃん。で? 内容は? 拝啓、地の果てより愛を込めて、みたいな?」
「いや、それがさ」
莉央はふっと、人工的な桃の香りがするシーシャの煙のような、深い嘆息を漏らした。その瞳には、公立高校の安い蛍光灯の下には不釣り合いな、退廃的な光が宿っている。
「『今暇?』の一言。
……あまりにも、言語の極限におけるミニマリズムが過ぎない?
うち、その刹那、彼という存在の形而上学的な空虚さに直面して、まじで
『あ、これ詰んだわ』って悟った。
感情のインフレーションが秒でデフレーションに転じる。エグい。まじエグみの極み」
「あはは、まじで中身スカスカのパンドラの箱じゃん。開けたら絶望すら入ってない、ただの真空。ウケるー。
それ完全に『蛙化現象』という名の、美意識の瓦解。てか、お前のその、すぐに他者を偶像崇拝しては勝手に幻滅する性癖、まじでサドマゾヒスティックなカタルシスを求めてる風にしか見えんのだけど」
「うるさ。
唯華に言われたくないしー。
あんたこそ、こないだの文化祭のとき、先輩の後ろ姿見て尊死とか言いながら、実質的に精神的マゾヒズムの極致に達してたじゃん。
あれ、客観的に見てただのストックホルム症候群だからね?」
「あれは不可抗力。あれはうちらの階層には存在しないはずの、絶対的なアウラを感知しただけだもん。
いわば、凡庸な日常という名の檻に穿たれた、一筋の形而上学的な亀裂。
尊すぎて、脳内のエンドルフィンが神々の祝宴を開催してた」
唯華はそう言うと、制服のポケットからひび割れたスマートフォンの画面をタップし、新たな流行の動画をスクロールした。
「あー、てかお腹空いた。まじで胃袋が虚無の深淵と化してる。マック行く? ポテトという名の、塩分と油分の完璧なる調和、あるいは背徳の結晶を摂取しにいこ」
「それな。マックのポテトは、現代におけるもっとも手軽な死を想えだから。
うちらの健康寿命を削って得る、刹那的な快楽。
行こ、今すぐこの無機質な空間を脱出して、俗世のルサンチマンに塗れたファストフード店へ、うちらの肉体を投企しよ」
二人は、安物のスクールバッグを肩にかけ、色褪せた床をローファーで鳴らしながら歩き出した。
夕日はすでに沈みかけ、公立高校のコンクリートの校舎を、まるで血の池のような赤紫色の静寂で染め上げている。
彼女たちの喋り方はどこまでも卑俗で、その装いはどこまでも衒学的で、そして二人の関係は、ただただ退屈な日常を消費するためだけの、甘美な共犯関係であった。
加減が難しいなあと、はい。




