第23話 海賊より怖いのは、お菓子切れ
夜の航海が続く中、わたしは甲板に立ち、満天の星空を見上げていた。
「こんなにたくさんの星、初めて見たわ」
「船の上からは、遮るものが何もありませんから」
すっかり船酔いから回復したセシルが、隣で冷静にそう答えた。
そのとき、見張り台にいた乗組員が、突然大きな声をあげた。
「船影発見! 前方より接近中!」
その声に、甲板全体が一気に緊張感に包まれた。
「マリンさん、あれは?」
慌てて船長のもとへ駆け寄ると、マリンは望遠鏡を覗きながら険しい表情を浮かべていた。
「……武装した船だね。旗を見る限り、身元を隠している」
「もしかして、海賊?」
「その可能性は高い。みんな、戦闘準備!」
マリンの号令に、乗組員たちが慌ただしく動き始めた。セシルもすぐさま剣を抜き、わたしの前に立ちはだかった。
「姫殿下は、船室にお下がりください」
「で、でも……」
躊躇っている間にも、謎の船は着実に距離を詰めてきていた。やがて、その船から数人の人影が、こちらの船へと乗り移ってくる。
「動くな! 積み荷を出せ!」
武装した男たちが、鋭い声で叫んだ。しかし、その様子をよく見ると、どこか統率が取れていない、切迫した空気が漂っていることに気づいた。
「待って」
わたしは思わず声をあげた。
「姫殿下、危険です!」
セシルが制止しようとしたけれど、わたしは構わず前に進み出た。
「あなたたち、本当に海賊なの? なんだか、様子が変よ」
男たちの一人が、驚いたようにこちらを見た。よく見ると、その表情には、悪事を働く者特有の余裕のようなものが、まったく感じられなかった。
「……我々は、決して好きでこんなことをしているわけではない」
リーダー格らしき男が、疲れた声で答えた。
「じつは、我々の村では、深刻な食料不足に陥っている。作物が育たず、漁も不漁続きで、このままでは冬を越せない」
「食料不足?」
「高騰した食料を、何とか手に入れなければならなかった。すまないとは思っているが……」
男の言葉には、単なる悪意ではなく、切羽詰まった事情が滲んでいた。
「マリンさん、この人たちの話、本当かもしれないわ」
わたしがそう言うと、マリンも険しい表情を和らげながら、男たちの様子を観察した。
「……確かに、ずいぶんと痩せているようだね。まともな食事を、しばらく取れていないような顔色だ」
その言葉に、男たちは俯きながら力なく頷いた。
「じつは、うちの積み荷にも、多少の食料の余裕がある。事情を話してくれるなら、いくらか分けてやってもいい」
マリンの申し出に、男たちは驚いた様子で顔を上げた。
「本当か……?」
「その代わり、こんな真似は二度とするんじゃないよ。今度やったら、容赦しないからね」
マリンの厳しくも温かい言葉に、男たちは深く頭を下げた。
「感謝する……。この恩は、必ず返す」
わたしはこの一連の出来事を通じて、これまで感じてきた異変が、単に自分たちが旅してきた国々だけの問題ではないことを改めて実感していた。
「セシル、聞いた? 世界中で、本当に食料不足が広がってるみたいだわ」
「はい。しかも、その影響は、こうして海の上での争いにまで及んでいる。想像していた以上に、事態は深刻なようです」
セシルの声にも、これまで以上の緊張感が滲んでいた。
男たちの船を見送った後、船内には、どこか重苦しい空気が漂っていた。単純な勧善懲悪では片付けられない現実を目の当たりにし、わたしたちは改めて、この問題の根深さを痛感していた。
☆
その夜、わたしは船室で、これまでの旅を振り返りながら、ふと鞄の中を確認して思わず声をあげた。
「え……お菓子が、ない!?」
慌てて鞄をひっくり返してみたけれど、いつも持ち歩いていたはずの焼き菓子の包みが、見当たらない。
「きゅい!?」
プティも驚いた様子で、鞄の中を必死に探し回っている。
「まさか、全部食べちゃったの……?」
記憶を辿ってみると、確かに旅の道中、少しずつつまみ食いをしていた覚えがあった。それが積み重なって、いつの間にか完全に底をついていたらしい。
「セシル、大変よ! お菓子がないの!」
「それは……確かに一大事ですね」
セシルが呆れたような、それでいて同情するような表情を浮かべた。
「きゅう……」
プティも、しょんぼりと肩を落としている。普段は誰よりも甘いものに目がないプティにとって、これは深刻な事態らしい。
「どうしましょう、セシル」
「船内の食料庫に、何かないか確認してみましょう」
二人で船内を探し回った結果、乗組員の食事用に保管されていた、簡素な干し果物をいくらか分けてもらうことができた。
「これで、何とかしのぎましょう」
「うう、いつものクッキーが恋しいわ……」
干し果物を齧りながら、わたしは切実にそう呟いた。プティも、物足りなさそうな様子で干し果物を頬張っている。
「きゅう……」
「まあ、アルマ海洋共和国に着いたら、また新しいお菓子を探せるわよ」
セシルの慰めの言葉に、わたしは少しだけ元気を取り戻した。
「そうよね! むしろ、新しい国のお菓子を楽しみにしましょう!」
現金な自分の性格に、思わず苦笑しながらも、わたしは気持ちを切り替えることにした。
☆
翌日、船が目的の島に近づくころ、マリンが甲板からこちらに声をかけてきた。
「お嬢さんたち、この先に、古い遺跡がある孤島があるんだ。もし、あんたたちが調べてる異変について、何か手がかりを探してるなら、そこに寄ってみるのもいいかもしれないね」
「遺跡?」
「ああ。昔からこの辺りの漁師たちの間で、伝説が伝わっている場所さ。古代の力に関する、何かの記録が残っているとかいないとか」
その話に、わたしとセシルは思わず顔を見合わせた。
「行ってみましょう、セシル」
「はい。もしかしたら、これまでの謎を解き明かす、重要な手がかりがあるかもしれません」
わたしたちの決意を聞いたマリンは、力強く頷いた。
「よし、それなら航路を変更しよう。その孤島に寄ってから、アルマ本島に向かうことにする」
わたしが、そこにきっと何か大事な答えがあると確信する中、プティが空腹のあまり、しきりに「きゅう、きゅう」と鳴き続けている声だけが、船室に切実に響いていた。




