コトネの秘密
「まず、変化の儀が行われるのは明後日です」
「明後日……?」
導師の言葉に三人の間に戸惑いが走る。
いぶかしげな顔になるサヴジ。首を傾げるエリン。そして、僅かに目を細めるフェリカ。
「変化の儀とは、皇貴様がその身に最も適した姿へと成るための儀です」
「それで、コトネは王子様か、お姫様になるのね……?」
「歴代皇貴様は皆、そのように成られております」
コトネは小さく頷くと、許可を求めるようにちらりと導師を見る。
その顎が僅かに引かれるのを確認し、口を開いた。
「変化の儀で、……身体ができてから、婚姻の儀になるんだって。でも、──」
そこで僅かに、言葉に詰まる。
視線がほんの数秒、下へ。そして横へ。それから、再び三人へと戻る。
「変化の儀で失敗をすると、──私は、……消えちゃう」
「なっ」
思わず、サヴジが声を漏らす。
エリンも弾かれたように顔を上げ、フェリカは目を見開いた。
「過去にも、失敗して消えちゃった皇貴がいたんだって」
「すごく昔から皇貴がいて……」
「──皆、名前は、コトネっていうの」
「私は、変化の儀で消えなかったら、『第五十三代皇貴コトネ』になるんだ」
コトネはひとつひとつ、言葉を紡いでいく。
口元に手をやり黙って耳を傾けていたサヴジだったが、
「私もね、……ちょっと前に、色々教えてもらったんだ」
その言葉に、待て、というように反対側の手を上げた。
小さく、細く吐く息が震えている。上げた手をぐっと握り、何かをこらえるように、もう一度息を吐く。
「──すまない、だが……」
「サヴジ……?」
「お前は、お前のことなのに、……これまで何も知らずに生きて来たのか?」
問われてコトネは僅かに首を傾げ、唇を開く──が言葉が出ない。
何度か目を瞬かせ、所在なさげに指が動く。
何も知らなかったわけではない。自分が皇貴だということは知っていたし、様々な書物も与えられた。ただ、知らないことがあっただけだ。
(でも、そこには理由があった)
答えを待つべく、まっすぐに見つめているサヴジに、コトネは小さく首を振る。
「……変化の儀で、消えないため──だったの」
「──っ、……悪かった。続けてくれ」
そんなコトネの言葉に、サヴジは強く唇を噛み、言葉を飲み込む。
小さく頭を下げ、続きを促す言葉に、今度はエリンが口を開いた。
「ねえ、……コトネは、──コトネは、消え──るなんて、ないわよね……?」
「エリン……」
「いやよ、いや、エリンはいや……コトネが消えちゃうなんて、絶対いや、いやなの、それなら変化の儀なんてしなくていいわ、しないで!」
ぶんぶん、とエリンが首を振り、コトネの袖をつかむ。
その指先は白く、小刻みに震えていた。
「王子様にならなくてもいい、コトネはコトネのままでいいの、だから変化の儀なんてしないで」
「皇貴様にとって変化の儀は、成人の儀。それを受けなければやはり、内に眠る種は枯れ、皇貴様も同様の道をたどることになるのです」
「なんでっ──どうしてっ……なんで、なんでコトネに──そん……っ」
──それ以上は、言葉にならなかった。
「皇貴は、変化の儀の前に、なんでも聞ける時間をもらえるの。その後、願いをひとつ叶えてもらえるんだ」
コトネはエリンの髪を優しく撫でる。
声を殺し、ぶんぶんと頭を振り、それでも強くしがみついてくるエリンに微笑みかけると、
「もし、失敗したら──もう、会えなくなる。それが、すごく寂しかった。……だから、会いたかったんだ」
会って、話したかった。
そう、続ける。
「明後日、……なのね」
静かに尋ねるフェリカに、黙ったままコトネが頷く。
その口角が僅かに上がっているのを見て、フェリカの唇が僅かに震える──が、すぐにきゅっと結ばれ、ゆるゆると上がる。
「……なぜ、笑う」
「全部、話せたんだなって、思って……」
サヴジの問いに、コトネが答える。
何も、わからなかった。何も、知らなかった。何も、できなかった。
でも、今は違う。
(ちゃんと、知った。願いが、叶った。皆に会えて、話せた)
胸の中で泣くエリンが。
笑みを返してくれたフェリカが。
唇を噛み、それでも自分を見つめてくれるサヴジが──
(なんて言えば、いいんだろう。すごく、うれしくて、温かくて、いっぱいで……)
その想いを表す言葉が、わからない。名前があるのかも、知らない。
それでも、その温かさを胸いっぱいに感じながら、コトネはゆっくりと顔を上げた。




