十三 メタルヒーロー、埋もれる。
――国境街ヴァルガレド。魔物の暴走によって破壊された街は、復興の兆しを見せていた。
崩れた城壁を積み直し、壊された家屋を修復する。初めは重苦しい空気の中少しずつ瓦礫をどかし始め、今や大勢が街の復興に精を出していた。
駐留軍や派遣軍は城壁の修繕を、国内各地から集まった大工たちは家屋の立て直しを行なっている。
そこへ商人たちが各街からかき集めた物資を運び込み、街は以前の活気を遥かに超えた、年に一度の祭りのような熱気に満ち溢れていた。
冒険者たちも積極的に参加して街の復興に励み、その中にナミルとゴーギャンの姿もあった。
『コアブレード・オンライン』
手の中に滑り込んだ円筒から、光の刃が伸びていく。魔魅はその刃を正眼に構え、迷いなく振り下ろす。
少しだけ。ほんの少しだけの手応えを感じたものの、光の刃は苦もなく内部へと斬り進み、二つに別たれたそれは地響きを上げて倒れた。
その断面は熱で僅かに溶け、まるで削り取られたバターのようになっていた。
「すまねぇな、ゴーギャンさんよ」
『いえ、お安いご用ですよ』
襲撃によって崖から崩れ落ちた巨石を、運べる大きさまで斬り刻む。そして刻んだ石材は、城壁の修繕や家屋の土台などにまわされた。
――冒険者ギルドヴァルガレド支部。
各地から集まった冒険者たちによって、支部はかつてない賑わいを見せていた。当然、それに比例して職員たちも多忙を極めている。職務に追われ、家にも帰れずに床でごろ寝する日々が何日も続いた。
その扉を、一人の兵士が開けた。
王国軍の正式兵装を身にまとってはいるが、年若いことから使い走りなのだろうと、ベテランの冒険者たちは思っていた。
その兵士は、周囲から向けられる視線に怖気付くこともなく、真っ直ぐにカウンターへと向かった。
「ぎっ、ギルドマスターは、ごっ、ご在宅だろうか?」
シン、と静まり返るギルド内。数秒後、誰かがぷっと吹き出した。
「ぼうず、そこは「いらっしゃいますか」で、いいんだぜ?」
「もしくは、「おいでですか」だな」
冒険者たちからの指摘に動じることなく、兵士は真っ直ぐに受付嬢を見ていた。その様子にベテランたちは、何か重要案件が出てきたのだろうと予測する。
「しょ、少々お待ちください」
ただならぬ事態を感じ取った受付嬢は、執務室で書類の山に埋もれているギルドマスターの元へと走った――
☆ ☆ ☆
神聖皇国エリヴェリア。皇帝イル=ヴァナによって建国された、千年皇国。エストリアで最も古くから存在する長寿国家であり、「草原の国」の異名を持つ。
その名の通り、緑豊かな草原が広がるこの国の中心には、神聖樹イルゼルが王城を抱くようにそびえ立ち、その樹を中心にして聖都アルヴェルシアは築かれていた。
――その聖都が凍りついた。
その話を聞いたギルドマスターは、「バカな」と叫び立ち上がる。その勢いで、軍の駐留詰所にある備品の椅子が、勢いよく倒れる音が響いた。
その報せを持ってきた男は、頬が痩せこけ、衣服の上からでも細った身体つきが見て取れた。その耳は葉のように尖っていることからエルフと思われた。
彼は平静を装っているが、目の奥に隠し切れない焦燥が滲んでいた。
「本当です。聖都アルヴェルシアは、今や氷によって閉ざされ、皇帝陛下の安否も依然として知れず……」
男はうつむき加減でそう言う。ギルドマスターは未だ信じられずにいた。
「本国へはすでに伝令を出している。数日中には正規軍がやって来るだろう。だがその前に、冒険者を調査に先行させてもらいたい。頼めるか?」
国境警備隊を預かるローエンは言う。
「わかった。幸い今は、有望株揃いだからな。調査だけじゃなくて原因究明もしちまうかもしれんぞ」
ニヤリ、とギルドマスターは口角を吊り上げた。
「噂の英雄殿か。先の戦いでは非常に助かった。おかげで国境は守られたと言っても過言ではないだろう。彼の助力を得られるのならば心強いな」
「ああ。きっと大丈夫さ」
その二人の話を聞いていたエルフの男は、おずおずと尋ねる。
「あの、その英雄殿というのは?」
「ああ。貴殿も聞いたことがないだろうか? 吟遊詩人たちが紡ぐマーテルの救世主の歌を」
「えっ!? あの御方がこちらにいらっしゃる?!」
弾かれたように立ち上がった男に、エルフの中にもミーハーな人がいるんだな、とローエンもギルドマスターも思っていた。
◆
深緑の町マーテルに闇が牙を剥いた。
魔の咆哮が空を裂き、城門は軋み、人々に絶望を抱かせた。
――その時、創世神は一人の御使を遣わした。
光の柱より生まれ出でしその者、白銀の鎧に身を包み、その瞳は紅蓮に輝く鋼の騎士。
その声は雷鳴の如く響き、その拳はあらゆるものを撃ち砕く。
輝く刃を煌めかせ、蠢く闇を撃ち払う。
その名はゴーギャン。星の意思。
◆
『なんですか? それ』
その歌を聞かされたゴーギャンこと證誠寺魔魅は、キョトン、としていた。
「何って、あんたの歌だぜゴーギャンさんよ」
ギルドマスターはにこやかに言う。
(えっ? 私の歌?!)
そんなものがいつの間に。嬉しいような恥ずかしいような。なんとも複雑な気分になった魔魅。
「あなたが噂のゴーギャンさんですか。お会いできてとても光栄です。わたくし、レオン=ティアスと申します。以後、お見知り置きを」
『は、はあ』
レオンと名乗ったエルフの男はゴーギャンの手を取り、ガッチリと握手を交わす。
「あなた様の助力を得られるとは、これでもう解決したも同然ですね」
『ま、まだ気が早いかと……』
これで我が国は救われた。そう言って、握った手をぶんぶんと上下させるレオン。
「二人とも、とりあえず座ってくれ」
ギルドマスターに促され、席につくレオンとゴーギャン。
見れば室内には、赤毛の冒険者をリーダーとした「緋の盟友」の二名と、頬にみみず腫れがある男をリーダーとした「黒猫団」の面々も同席していた。
「よっ、この間は助かったぜ。また一緒に組めるなんて、嬉しい限りだ」
ピッ、と二本指で軽い敬礼をする赤毛の男。一方で、みみず腫れの男は腕を組んだままで膨れ面をしていた。
「ごめんなさいね。こいつシャイだから。本当は感謝してるのよ」
「だっ、誰がシャイだ! おっ、俺はただ――」
「はいはい。いいから黙っていようね」
相方に食ってかかるみみず腫れのシャイボーイ。どっちがリーダーかわからないなと思いながら魔魅は眺めていた。
「うほんっ。話を始めていいか?」
「あ、はい。ごめんなさい」
咳払いをするギルドマスターに、黒猫団の女性が座り直す。静かになったところを見計らって、ギルドマスターが口を開いた。
「では、ティアス卿。話をしてもらえますか?」
「畏まりました」
そう言ってレオンは立ち上がる。
今より一週間ほど前。魔物の暴走の終息が見え始めた頃――
「ちょっと待ってくれ」
小さく手を上げて、話を中断させた赤毛の男。出だしで話の腰を折られたレオンは、わずかに眉をひそめた。
「一週間前にスタンピードが終息したって? こっちが終息したのは、ほんの四日前だぜ?」
赤毛の冒険者のその肩に、隣に座る男の手が置かれた。
「フェル、落ち着いて。とりあえずは話を聞きましょう」
ローブを着た、頬が痩せこけた男が物静かに言う。
「すみません。続きをどうぞ」
レオンは小さく咳払いをし、再びことの経緯を話し始める。
その内容は、熟練の元冒険者や新進気鋭の冒険者たち。そして、異形の騎士も驚く内容だった――
☆ ☆ ☆
――同時刻。島の東部を南北に隔てる山々の麓に位置する、深緑の町マーテル。
ゴブリンの津波によって被害を受けたこの町も、今や平穏な日々が続いていた。
マッドイーターの討伐によって絶たれていた街道も復活し、南方の村との交易を再開。もたらされた海の幸は、酒の肴に合うとあって町はますます賑やかになっている。
そのマーテルにも、何者かの魔の手が忍び寄ろうとしていた。
マーテル守備隊の詰め所の一室で、隊長のアランは一枚の羊皮紙を見て表情を緩めた。それは、国境街ヴァルガレドからの魔物の暴走の報告書だった。
そこには、一人の異形の騎士によって被害が食い止められたことが書かれていた。
「英雄殿は相変わらずだな」
報告書を傍に置き、自分の仕事に取り掛かろうとしたその時、ドアが少々乱暴に叩かれた。
「なんだ!?」
「隊長に緊急の話がありましてっ!」
「わかった。入れ」
アランが入室を許可すると、慌てた様子で勢いよくドアが開かれる。ドアを開けたのは、先ほど町中の巡視に送り出した兵士だった。
「何事だ?」
「そ、それが大変なんです!」
なにが大変なのか主語を言わなければわからないだろう、と思いつつ、書類にサインをするアラン。
「い、井戸が枯れました」
その言葉にアランは一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
羽ペンの動きを止め、兵士を見ながら表情を変えることなく口を開く。
「なに?」
「で、ですから、井戸が枯れたんですっ!」
「どこの井戸だ?」
「そ、それが、聞くところによると、全部です」
「バカな!」
アランは勢いよく立ち上がる。今まで座っていた椅子が横倒しになった。
「本当です。町中が混乱しています」
その兵士の言葉を裏付けるように、冒険者ギルドマーテル支部のギルド長であるロウェインが、こちらも慌てた様子でやってきた。
「おいっ、今大変なことになってるぞ」
「聞いた。今から出るところだ。……丁度いい、お前も一緒に来い」
「言われなくても、ついて行くさ」
部屋を後にするアランとそれについていくロウェイン。その後を報告に来た兵士が追いかけた。
◆
井戸の周りには、すでに人だかりができていた。一杯の水を飲もうとやって来た者、洗濯物が入ったかごを持つ女性などが集まり、それを見た人々が、何事かと集まっている。
そこへ、アランとロウェイン。そして、報告のためにその場を離れていた兵士がやって来た。
「どんな状況だ?」
「へえ、実はこんな感じでして」
人だかりの先頭にいた、初老の男が桶を井戸へと落とす。カラカラカラ、と、滑車が回り、少しして、コーン、という乾いた音が井戸から聞こえた。
その音に、ロウェインは眉を顰める。
「……なあ、おかしくないか?」
「ああ、そうだな」
ロウェインの言葉にアランが頷く。
「誰か中に入ってみた者はいるか?」
アランが人々に尋ねるも、互いに顔を見合わせるばかりで誰からも返答はない。
「なら、入ってみるしかないか……」
「それが手っ取り早いな」
アランとロウェイン。二人がくるりと振り返る。そして、その場にいた町の人々も振り返る。その視線の先にいたのは、アランの元へと報告にやってきた、一人の兵士だった。
「――へ?」
素っ頓狂な声を上げ、自分を指差す兵士。アランとロウェインと町の人々が同時に頷くと、その兵士は諦めたように深いため息を吐いた。
◆
「なんか、こういう風に縛られている人を見たことがあるなぁ」
処刑場で、と小さく呟いた兵士。彼の体には、何重にもロープが巻かれ、その先を町の人々が握っていた。
彼はよっこいしょ、と石造りの井戸の縁へと上がり、腰掛ける。
「それじゃあ、下ろしてください。あ、ゆっくりですよ。ゆっくり」
「わかった。それじゃ皆、頼むぞ」
へいっ、と人々の威勢の良い返事と共に、ロープに巻かれた兵士は井戸の中に消える。
「えっ、ちょ。早くないですか!?」
井戸から聞こえる兵士の声。兵士からの苦情も意に介さず、人々はそのままのペースで下ろしていく。アランも、早いところ原因を掴みたかった。
ロープが弛んだところを見計らい、アランは井戸を覗き込む。
「どうだ!?」
「暗くてよくわかりませんけど、足下は固いっすね! あと、なんか寒いです!」
兵士からの返答に、「足下は固い? どういうことだ?」と、考え込むアラン。普通、井戸が枯れたとて多少の水が残っているはずだった。
考え込んでいるアランの隣から、ロウェインが井戸を覗き込む。その手には、一体どこから持ってきたのか、火が燃え盛る松明を持っていた。
「松明を落とすぞ」
「えっ!?」
井戸の中から聞こえた困惑の声。同時に、松明の炎が井戸の中へと放り込まれた。
「あちゃちゃ、ちゃちゃっ! 何すんすか!?」
入り口に向かって叫ぶ兵士。しかし、ロウェインが求めている答えはそれではなかった。
「どうだ? 何かわかるか?!」
「どうだ、じゃないっすよ」
全く、とぶつぶつ文句を言いながら、松明の炎をかざした。
「なんだこれ……青い、地面?」
地面は固く、松明の炎は青色の輝きだけを返してくる。まるでそれは――
「青い蓋みたいだ……」
兵士がそう思うのも無理もなかった。
◆
地上へと引き上げられた兵士は井戸の縁に腰掛け、外気の温さにホッとひと息を吐く。
そして、兵士を見つめるアランに口を開いた。
「氷っす」
「なんだと……?」
兵士の言葉が信じられなかったアランは再度聞き直した。
「井戸は枯れたのではなく、凍ってたんですよ」
それこそバカな、とアランは思う。年中一定の温度で水を湛え、真冬でも凍ることすらない井戸水が凍ったなどと俄かには信じられなかった。
「他でも同じだと思うか?」
「……恐らくはそうだと思います」
彼の素直な口ぶりにアランは視線を上げる。その視線は、年中雪をいただく白天連峰へと向けられていた。
「一体、何が起こっているというんだ……?」
そのアランの肩に、ロウェインの手が乗せられる。
「原因究明は後だ。まずは水の確保をすべきだろう?」
井戸が凍ったのなら飲み水すら無いことに他ならない。この町に残されたのは、仕込みが途中の、あるいは終わった酒だけだ。
そんなものを子供や妊婦に飲ませるわけにもいかない。飲み水の確保は、何よりも急務だった。
「そうだな」
アランは兵士たちに向かって指示を出す。本国への異変の報告と飲み水の確保をさせるために。
「ですが隊長、どうやって飲み水を確保するのですか?」
命令を受けた兵士の一人が聞いた。
「工房から蒸留器具を借りてこい。それで川の水を蒸留して真水を作るんだ」
「りょ、了解しました!」
なるほど、と頷いた兵士は、いく人かの同僚を連れて工房へと駆けていった。
その後アランは的確に指示を出していく。異変を報告するために本国へ早馬を走らせ、近隣の村や街で水を汲むために、カラの酒樽を乗せた馬車を出した。
☆ ☆ ☆
――数日後。神聖皇国エリヴェリア領内。
国境街ヴァルガレドから北に進み、聖都アルヴェルシアへと至る道中の森の中で、調査に訪れていた一団が口を開けて見上げていた。
彼らの視線の先にあるのは、夏の到来を予見させる強い陽光を受けても、なおも溶けることのない氷で出来た青い壁。
その壁を、赤毛の冒険者と陽光を嫌がるかのようにフードを深く被った痩せこけた男。
頬に三本のみみず腫れの痕がある男に、魔導士ふうの女性。そして、白銀に輝く甲冑が見上げていた。
緋の盟友と黒猫団。そして、ゴーギャンとの即席パーティーだ。その傍らに、案内人であるレオンの姿があった。
ちなみにナミルは、ヴァルガレドでお留守番であった。
「寒いと思ったら……」
「この壁は山の上まで続いています」
「山の上まで!?」
赤毛の冒険者がレオンが差した指の先を見て驚く。
「つるはしで穴を穿てませんか?」
「やりましたが無駄でした」
痩せこけた男にレオンは答える。
「それじゃ、私が魔法で!」
「それも試しましたが、無駄に終わりました」
自分の出番に意気揚々と杖を構えた女性魔導士も、レオンの一言にガックリと肩を落とす。
「それじゃあ、打つ手なし、って報告しようぜ」
頭の後ろで手を組んで、来た道を戻ろうとするみみず腫れの痕がある男。その耳を女性魔導士が摘んだ。
「何言ってんのよ、調査するのが私たちの仕事でしょう?!」
「いでででっ! わかった。わかったから耳を引っ張んなっ!」
「でもよう。実際どうやって調べりゃいいんだ?」
「え? うーんそうねぇ……」
何か良い手はないものかと、一同はそれぞれ考える。つるはしなどの道具を使ってもダメ。人よりも膨大な魔力を持つエルフの魔法でもダメ。
打つ手なんかなくね、とみみず腫れの痕が残る男と同じ結論に達しようとした時、彼らの後ろから声が聞こえた。
『あの、私がやってみましょうか?』
小さく控えめに手を上げるメタルヒーロー。その珍しい姿を見て、赤毛の冒険者は自身の手の平と手の腹をポン、と打ち合わせた。
「そうだよ。ゴーギャンさんのあの技なら、こんな氷壁簡単に砕けるさ!」
「そ、そうね。あらゆるものを撃ち砕くんですもの、きっと大丈夫よ!」
赤毛の冒険者と女性魔導士が、魔魅のハードルを爆上げする。レオンなんかは祈るように胸の前で手を合わせ、恍惚な表情を浮かべていた。
「ああ、彼の勇姿が間近で見れるのですね……」
すっごくやりにくい。そう思いつつも魔魅は技の準備をする。
『フィストオン!』
『フィスト・オン。ウエポンスキル・レディ』
AIからの音声が流れると、右手にふた回りは大きなナックルが装備され、その拳が黄金色に輝き始める。
――と同時に、レオンが額を押さえてくたりと崩れ落ちた。
「はぁ、素晴らしすぎるぅ」
冒険者らに介抱されているレオンをよそに、魔魅は氷壁へと狙いを定めて必殺の一撃を放つ。
『メテオインパクト!』
『マキシマムアタック』
背中のスラスターが吠え、ゴーギャンの姿がかき消えたと同時に、ガラスが砕けたかのようなカン高い音が森中に響き渡る。
青々とそびえていた氷壁は、地響きを轟かせてドミノ倒しのように次々と崩れ落ちていった。
一同は目にする。氷壁の向こう側の景色を。青と白のみで出来た無垢なる広がりを。
レオンの目は真っ直ぐに、陽光によって煌めいている神聖樹へと向けられていた。
そして冒険者たちの目は、勢い余って雪の中に埋もれたゴーギャンへと向けられていた。




