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第十二話 メタルヒーロー、覚醒する。

 もうもうと土煙が舞い上がる。衝突によって少し窪んだ地面にその身を伏しながら、魔魅は信じられない気持ちで、それを眺めていた。


(メテオインパクトが弾かれるなんて、ウソでしょ?!)


 魔魅は見た。技が当たる瞬間、突き出した拳が弾かれたようにあらぬ方向へと逸れた。


 技を食らって立ち上がる者もいた。受け止めた者もいた。けれど、弾かれたのは初めての経験だった。


『くっ……』


 身を起こすと、埃と小石が甲冑の表面を滑り落ち、全身に痛みが走る。速度がほとんど落ちぬまま地面に叩きつけられたのだ。当然といえた。


 片膝をつき、肩で荒い息を繰り返しながら、魔魅はゴーグル越しにダイルゲイターを睨む。ダイルゲイターは前脚を器用に絡めて腕を組み、魔魅を見下ろしていた。


「お前がゴーギャンか」


 冷ややかな目でダイルゲイターは言う。魔魅は目を見開き驚く。


(なぜ名前を!?)


 ダイルゲイターとは初見であるはずだ。それとも、どこかに身を潜ませて聞き耳を立てていたのだろうか?


 わずかに動揺をしたゴーギャンを見て、ダイルゲイターは口角を上げ、鋭い牙を覗かせた。


「お前のことは部下を通して見ていたぞ」


 なるほど、と魔魅は納得した。ベアクーマの体の大部分は機械化されていた。その中に通信装置が内蔵されていたのだろう。


 そして間を置かずに攻めてきたのは、ベアクーマを救出。もしくは、その仇討ちをすべくやってきたのだということに。


「よくもオレの部下を可愛がってくれたな。死をもって償わせてくれる」


 ダイルゲイターが一回転した。尻尾が空を裂いて迫る。直後、まるでハンマーで殴られたような衝撃が装甲を打ち据え、ゴーギャンは空を舞った。


『グハッ!』


 重力を感じ、刹那の無重力。ゴーギャンは受け身を取ることもできずにそのまま地面へと叩きつけられた。


 ダイルゲイターは地に横たわるゴーギャンへ、執拗に尻尾を叩きつける。叩きつけられるたびに地面が抉れ、ゴーギャンの体は深く沈んでいった。


 幾度目かの叩きつけの直後、ダイルゲイターは尻尾に、今までとは違う感触を覚えた。細く長い何かで、それ自体が熱を発しているかのような。そんな感覚だ。


『コアブレード・オンライン』


 土煙の中から声が聞こえた。直後、土煙を引き裂き、光刃がダイルゲイターを襲う。ダイルゲイターは大きく飛び退いた。


 ガシャリ、ガシャリと音を立て、土煙の中から甲冑が現れる。その手には八十センチほどの光る棒を持っていた。


 一体どこからそんな物を――ダイルゲイターはそう思うのと同時に、あれだけ打ち据えた装甲が傷一つ付いていないことに驚く。


(あれだけの攻撃で無傷だと?)


 星殻鎧(スタースーツ)は惑星のエネルギーを凝縮して作られたコンバットスーツだ。それを破壊するには、惑星を砕くに等しい力でもなければ傷一つ付くことはない。


 だがしかし、外側が無傷でも衝撃は装甲を通じて装着者へと伝わる。体のあちこちから上がる鈍い痛みを魔魅は感じていた。


(く……あの尻尾、まるで破城槌みたいだわ……)


 マーテル防衛の折り、ゴブリンたち十数匹の突進によって食らった破城槌。尻尾の一撃一撃が、それに匹敵している威力を持っていた。


 何発も食らっては、そのうち痛みで動きが鈍ってくるだろう。そうなったら勝ち目は薄いと言わざるを得ない。


『なら、あの尻尾を焼き斬るっ!』


 魔魅は左足を半歩前へと踏み出し、コアブレードの切っ先をダイルゲイターへと向けたままで、顔の横へとつけた。それはまるで弓を引き絞るかのように見えた。


『スカイ・ピアッサー!』

『フラッシュブースト・アクセラレーション』


 技名を叫ぶと同時に、コアブレードを突き出す。次いで聞こえたAIの音声すら置き去りにして、ゴーギャンは加速した。


 スカイ・ピアッサーはコアブレードとスラスターの合わせ技だ。コアブレードを突き出して超加速を行い、増大した質量を相手の一点に叩き込む。面での攻撃をするメテオインパクトの対極にある技。


 折れることのない光刃だからこそできる技で、実体剣ならば確実に折れる。


 グングン迫るダイルゲイター。その口元が歪んでいるのを魔魅には見えていた。


「バカめ! そんなもの、弾き返して――なにっ!?」


 技の寸止めに驚くダイルゲイター。その一瞬の驚きが、致命的な隙となった。


「小癪なっ!」


 ダイルゲイターの体が回転する。生み出された遠心力によって、尻尾は破城槌並みの威力となってゴーギャンに襲いかかる。


 初めから尻尾での迎撃をしていたなら、それが間に合うことはなかっただろう。突き出した光刃は、光の軌跡を生みながら迫る尻尾の軌道上へと向けられた。魔魅の狙いは初めからその尻尾だった。


 ダイルゲイター自らが回転したことによって視界が遮られ、突き出された光刃を一瞬見失う。ゴーギャンを再び視認した時には、突き出された光刃はそのどこにもなく、気付いた時には、遠心力の慣性でもはや止めることはできなかった。


 ダイルゲイターの破城槌のような質量をもった尻尾と、ゴーギャンの惑星の核の力が乗ったヒートブレード。それらが交差し、切り落とされたそれが二人から離れた場所に転がった。


「があああっ!」


 ダイルゲイターが痛みに吠える。


「ふーっ、ふーっ、ふーっ!」


 ギリギリ、と歯軋りが聞こえてくるほどに食いしばり、両肩で荒い息を繰り返しながらゴーギャンを睨むダイルゲイター。


「よくも、よくもこのオレ様の尻尾を……」


 ダイルゲイターが四股を踏む。大地が揺れて小石が弾かれたように転がり離れていった。


「遊びは終わりだ……」


 ダイルゲイターの爪が伸び、鋭さを増した。まるで鋭利な刃物のように光を反射する。


「ガアッ!」


 ダイルゲイターが駆けた。巨躯に似合わずその動きは速く、十メートルはあった間合いが一瞬で詰まる。右腕を大きく振りかぶるダイルゲイター。その巨影が陽光を遮り、ゴーギャンを覆い隠した。


 袈裟懸けに鋭い爪が振り下ろされた。魔魅はそれをコアブレードで受け止める。


『なにっ!?』


 驚きの声を上げたのは魔魅のほう。コアブレードは惑星核の力を顕現したヒートブレードだ。数千度の熱量を持った光刃は、どんなものでも焼き斬る、という設定がされている。


(そのブレードを受け止めるなんて! 見た目通りの爪じゃないってこと?!)


 何かのカラクリが存在する。爪を弾き返し、距離を取った魔魅はダイルゲイターを見据えた。


(別に変わったところは見られな――)『――グッ!』


 ダイルゲイターが突然迫る。突き出される爪。魔魅は辛うじてそれをかわし、後ろへと飛んで距離を取った。


(あぶっ……)


 バクバクと波打つ心臓の音。今の攻防が本当に危なかったことを証明するかのように鳴っていた。


(出し惜しみは危険……ならば!)


 ゴーギャンの両肩の装甲が開かれ、中から円筒が一つずつ迫り出した。持っていたコアブレードを地面へと突き刺すと、黒い煙が立ち昇る。


 両手が使えるようになった魔魅は、肩から円筒を引き抜いて基部と基部を合体させた。


『ショルダーアームズ・オンライン』


 円筒の先から筒が伸びて先端同士がくっ付くと、それはやがて一つの円環を成した。


 ライトニングソーサー。内部の物質を高速回転させ、摩擦で雷を発生させる非殺傷武器。


 魔魅はそれをダイルゲイターの頭上へと飛ばすと、自らはコアブレードを手に取って地を蹴って駆け出した。


 自身の頭上へと飛んでくる奇妙な物体を、叩き落としてやろうかと思っていたダイルゲイターだったが、ゴーギャンが突っ込んでくるのを見て、そちらに意識を集中せざるを得なくなった。


 光刃が横一線に閃き、ダイルゲイターの胴を薙ぎ払う。


 ダイルゲイターはわずかに身を引いて光刃をやり過ごすと、左上からゴーギャンの頭を狙って左腕を振り上げた。


 光刃を振り抜き、ほぼ死角といえるゴーギャンの頭目掛けて鋭い爪が振り下ろされる。ゴーギャンは動きを止めずに返す刀で爪を弾く。


 そして大きく飛び退いた。


『ショット!』


 魔魅の合図とともに、ライトニングソーサーから雷がダイルゲイター目掛けて降り注ぐ。


「~~ッ!」


 轟音によって掻き消されたダイルゲイターの声。天に向かって大きく口を開けていることから、効果はあったと判断する。


『今っ!』


 再び距離を詰める魔魅。光刃を振りかぶり、ダイルゲイターの肩口へと狙いを定めた魔魅の体を痛みが駆け抜けた。


『く……』


 あり得ない異常事態に攻撃を中断した魔魅は大きく飛び退く。着地した先で片膝を折った。


 痛む部分に手を添える魔魅。その手のひらを見ると赤い雫が数滴、鋼の籠手からこぼれ落ちた。


(装甲を抜けた?!)


 あり得ない――その言葉だけが、魔魅の脳裏を占めていた。


(違う。装甲の隙間を狙ったんだ!)


 ダイルゲイターが一歩を踏み出す。


「どうした、何を驚いている?」


 魔魅の心情を見透かしたようにダイルゲイターは言う。再び一歩前進すると、今度は魔魅が一歩後ずさった。


 ダイルゲイターは右前足の指から伸びた鋭い爪をベロリと舐めた。


「ようやく、一矢報いることができたぜ」


 魔魅はさらに一歩下がると、傷がズキリと痛んだ。


(出血が大したことないのが幸いね……)


 直接見てみないことにはわからないが、恐らく一センチかそこらの刺し傷。問題は、そこから生じるズキズキとした痛みだ。特に今回のような集中力を要する戦闘の場合、その痛みは致命的になり得る。


 さらに、星殻鎧(スタースーツ)の無敵感が魔魅の中から消え失せ、死が現実味を帯びたことで、恐怖が鎌首をもたげて魔魅に牙を向けていた。


「傷一つ付けられない鎧なら、その隙間を狙えばいい。簡単なことだっ!」


 ダイルゲイターが突進する。鋭い爪を突き出し、掬い上げ、あるいは振り下ろす。


 魔魅は辛うじていなしてはいるものの、次はどの爪が装甲の隙間を抉るのか――そればかりが気になってしまい、動きが鈍る。


「気にしてんのバレバレなんだよおっ!」


 ダイルゲイターはゴーギャンの頭を引っ掴み、地面へと叩きつける。その際、爪がヘルメットを擦り、耳障りな音が響いた。


 ダイルゲイターはゴーギャンの背中にある装甲の隙間目掛けて爪を突き立てる。それを魔魅は転がって避けた。


 片膝立ちに起きる魔魅。装甲の表面から砂埃が転がり落ちた。


(まずい、意識しちゃってる……)


 無意識に装甲の隙間を庇っていたと魔魅は気付く。痛みは人体における危険信号。体を守る行動を引き出すための仕組みだ。


 火に触れて、「熱い」と即座に手を引っ込める。あるいは、足を痛めて片足を庇いながら歩くことを、意識的にしろ無意識的にしろ行ってしまう。


 魔魅は訓練時代のことを思い出し、大きくゆっくりと息を吐く。ズキズキと感じる痛みが少し遠のいた気がした。


『よし!』


 魔魅の左手。腕の内側の装甲が開き、円筒が中から押し出されて左手の中に滑り込む。それをグッと握ると、光刃が伸びて約八十センチのところで止まった。


『デュアルコアブレード・オンライン』


 支援AIのコールが響く。魔魅は二つのブレードをダイルゲイターへと向けて、その首を挟み込むように構える。交差したブレードが干渉し、火花を散らす。


「ほう……」


 ダイルゲイターの目がスッと細まる。


「一つが二つになったところで、このオレをどうにかできるとでも?」

『それは、やってみなくてはわからないだろう?』

「面白いっ!」


 ダイルゲイターが自身の防御力に物を言わせて突進する。両の手から伸びた爪がゴーギャンへと迫る。


「なにっ?!」


 ダイルゲイターは驚きで目を剥いた。


 鋭い爪で挟み撃ちにしてやろうと、左右同時に繰り出した爪での攻撃は、腕をクロスさせた魔魅の光刃によって防がれていた。


 左右の腕は本来、同じ精度で扱えるわけではない。戦隊ものでツインブレイドを扱うヒーロー役に抜擢された魔魅ならではの技能。


 あの時は寝る間も惜しんで訓練に明け暮れたものだ。


(監督や演出家の無茶振りには感謝しないとねっ!)


 魔魅は目の前でクロスさせた左右の腕を間髪入れずに同時に横薙ぎをする。それに気づいて慌てて飛び退くダイルゲイター。しかし、驚きで反応が遅れたために鱗を浅く裂かれた。


 ダイルゲイターは裂かれた箇所を手で触れ、ゴーギャンへと怒りの視線を向けた。


「おのれ、よくも……」


 ダイルゲイターの怒りように、魔魅は攻撃が通用しないカラクリがわかった気がしていた。


(たぶん、部分的にバリアみたいなもので保護しているんだわ)


 それも、意識的にだろう、と魔魅は判断している。


 魔魅のその憶測は的を射ていた。ダイルゲイターは、意識した部分に硬化を施す能力を持っていた。それによって耐久値が大幅に上昇し、メテオインパクトの一撃すら防いでみせた。


 それを崩すには、先ほどのように意表をつくか――


『あるいは、それ以上の負荷をかけるしかないっ!』


 二本の光刃を携えて、魔魅は駆ける。ダイルゲイターは爪を突き出し迎え撃つ。それを魔魅は、外から内側へと円を描くように左手の光刃で弾き返す。


 そして即座に右手に持った光刃を脳天へ振り下ろし、ダイルゲイターが辛うじて(かわ)す。


 振り下ろした光刃は止まらず跳ね上がり、ダイルゲイターの胴に斬りかかる。これはいわば、燕返し。


 それをダイルゲイターは能力で鱗を硬化させて防ぎ、その衝撃を利用して後方へと飛んだ。


『スカイ・ピアッサー!』

『フラッシュブースト・アクセラレーション』


 ゴーギャンは光刃を突き出して急加速する。ダイルゲイターに追撃をかけるも、硬化によって弾かれた。お返しとばかりにダイルゲイターの爪がゴーギャンの首を襲う。


 その爪は、わずかに隙間から外れて耳障りな音を響かせた。その反動を利用して今度は魔魅が後方へと飛び退く。


 態勢を立て直し、魔魅は再びダイルゲイターと対峙する。


(一分……いや、三十秒でもいい。動きを止められることができたなら……)


 ダイルゲイターの能力を打ち破るには、それなりのタメが必須の技を使うしかない。瞬間的に出せる技では、(かわ)されるか能力によって弾かれるのがオチだ。


 集中的に脚を狙って機動力を封じるか。ワイヤーアンカーを使って捕えるか。解決策を見出せぬまま、魔魅はダイルゲイターへと間合いを詰めた。


 ◆


 そんな攻防を食い入るように見つめる人物がいた。赤毛の冒険者である。


「何だよあれ……あれで鋼ランク? 冗談だろ……」


 自身の技量をはるかに超えた戦いが、目の前で繰り広げられていた。陽光に反射する爪の煌めきを光刃の軌跡を残しながら受け流し、時にその姿を一瞬見失うほどの早さで攻撃を繰り出している。


「銀……いや、金。もしかしてミスリル級に届くんじゃ……」


 そんな格が上の戦いに、加勢をしたところで足手纏いになるのは目に見えて明らかだ。


「クソッ、オレたちはただ見ているだけしかできないのか……」


 気付けば手の平に爪が食い込むほどに握りしめ、奥歯もギリギリと音を立てている。だけど彼は地面に縫い付けられたように動けなかった。


 そんな彼の背後から、力ある言葉が解き放たれた。


炎の矢(フレイム・アロー)!」


 火で形作られた一本の矢は、赤毛の冒険者を掠めて動きを止めたダイルゲイターへと一直線に飛ぶ。しかし、直前に気付いたダイルゲイターの爪で引き裂かれて、矢は消滅した。


「消された!?」


 呪文の矢を放った杖を持った魔導士風の女性が驚いて目を剥く。赤毛の冒険者は彼女に怒鳴りつけた。


「馬鹿野郎。ゴーギャンに当たったらどうするんだ!?」

「ちゃんと敵に当たったでしょ!」

「たまたま動きが止まったからだろうが!」

「そんなの計算のうちよ!」


 そんな二人の言い争いのさなか、別の冒険者が空を指差した。


「お、おいっ。何か飛んでくるぞ!」


 今にも取っ組み合いのケンカになろうとしていた二人も、中断して警戒をする。赤毛の冒険者は腰の剣を抜き放ち、女性は杖を構えた。


 各々が警戒を強める中、それは空を滑るように飛来する。大きさはだいたい十五センチほどで円形。周りの景色が映り込むほどに磨かれている、素材も正体も知れない物体だ。


 それはふわりとやってきて冒険者たちの頭上で静止する。――直後、声が響いた。


『今、魔法を撃ったのは誰?!』


 ビクリと身を震わせる冒険者たち。特に、魔法の矢を放った女性が驚いて悲鳴をあげた。


「わ、わたひれふ……」


 おずおずと手を上げる女性。「噛んだな」と、冒険者たちは思っていたが誰一人として口にはしなかった。


『あなたっ……束縛……の呪文とかっ……持ってる?!』


 途絶え途絶え聞こえてくる声。


「な、何ですか? 束縛の呪文って……」

『バインドとかよっ』

「ばいんど?」


 女性は周りの冒険者に、「そんなの知ってる?」と、目で訴えかけるが、誰もが例外なく首を横に振る。


『無いの?!』

「はあ、そういうのはちょっと……」

『なら、こいつの動きを止められるような呪文は!?』


 言われて女性は上目遣いで手持ちの術を思い浮かべた。


氷の槍(アイシクル・ランス)なら恐らくは……」

『それなら止められるのね!? だったら……私がこいつ……を引き付けておく……からっ、足を狙ってぶっ放して!』

「え……でも、長い時間足止めはできませんよ?!」

『三十秒ほど動きを止められれば、それで十分よ。頼んだわ』

「わかりました」


 女性は意識を集中し、魔術を行使する準備に取り掛かった。


 ◆


 女性が発する呪文の詠唱を、飛ばしたライトニングソーサーを通じて聞き取ると、魔魅は気付かれぬよう立ち回る。ダイルゲイターは完全に術の死角へと誘い込まれた。


「アイシクル・ランス!」


 力ある言葉が解き放たれる。虚空に生まれ出でた氷は一本の槍と成し、ダイルゲイターへと迫る。


 それをライトニングソーサーに搭載されているカメラで確認をすると、魔魅は気取られぬように攻め立てる。


『はああっ!』

「なんだ、ヤケにでもなったか? そんなことをしてもオレの鱗は貫け……なにっ!?」


 顔に焦りの色を浮かべ、足元を見るダイルゲイター。その足は、氷によって大地に繋ぎ止められていた。


(今っ!)


 勝機と見た魔魅は、ダイルゲイターへの止めとなる一手を発動する。


合体(フュージョン)!』

『コアリンク・インタラプト』


 魔魅が発した言葉で、まるでブレーカーを落としたみたいに突然光刃が消えた。


 同時に、手の中にあった円筒の側面が開いて半円となり、互いに引き合って激しく放電しながら一つへと融合する。


 まるで手にしてくれるのを待っていたかのように、宙に浮くそれを魔魅は両手で掴み取る。


『ダブルフィスト・オン!』

『フィスト・オン。ウェポンスキル・レディ』


 両手で持ったコアブレードごと、二回りほど大きなナックルが包み込み、一つに合体したコアブレードから、真っ白な光刃が伸びて一メートルの長さになった。


地殻流動機構(ジオドライヴシステム)起動!』

『フュージョンブレード・スピンドライヴ・アクティベート』


 搭載AIからの音声と共に、ナックルの先から突き出た光刃が、低い音を伴いながら回転を始める。その音は徐々に高くなり、耳障りな音を経て唐突に無音になった。だが止まったわけではない。空間が振動しているのが離れていてもわかった。



 ダイルゲイターは焦りを隠せなかった。目の前で完成されつつある凶悪なまでの武装。それは、今までの攻撃とは全く違うことを意味していた。


 ――あれを食らえば終わる。そんな直感が頭をよぎり、ダイルゲイターは生きるために足掻く。そして、大地に繋ぎ止めていた氷を砕き、これで逃げられると思った瞬間、ゴーギャンのバイザーが目の形にカッと輝く。


 技を繰り出す準備が整ったのだとダイルゲイターは察した。


『これで終わりだ。食らえ! ファイナル・スピア!』

『フラッシュバースト・アクティベート』


 背中の噴射口が吠えた。瞬く間に距離を詰め、グングンと迫りくるゴーギャン。もはや逃げること叶わないと知ったダイルゲイターは、最強と自負する硬化で、今まで通りに弾き返してやろうと意識を集中させた。


 白い輝きを放つ光刃が鱗に触れる。それはダイルゲイターの思惑通りに鱗表面で拮抗していた。


 もはやプラズマと言っていいほどの激しい火花が散っているさなか、ダイルゲイターは見た。


 まるで惑星核が対流しているかのように激しく回転をしている光刃が、ほんのわずかに鱗に傷をつけているのを。


「ぬおおおっ!」


 ダイルゲイターは吠えた。さらに意識を高めるために。これを凌げばオレさまの勝ちだ、そう思いながら天に向かって。


 ピシッ。その音はどこからか聞こえてきた。


 ビシッ。今度はハッキリと聞こえた。吠えるダイルゲイターと無音で高速回転する光刃との間だ。


 バキッ。何かが割れた。そんな音がした。ダイルゲイターは大きく目を見開いた。少し遠くにいたはずの(ゴーギャン)がすぐ目の前にいた。


 視線を落とすと、その凶悪なまでの武装が自分を刺し貫いているのが見えていた。



 思えば、自分はちっぽけな生物だった、とダイルゲイターは振り返る。


 最も深き森(アビサルウッド)で生まれたダイルゲイターは、脆弱な存在だった。まだ小さかったということもあるだろう。


 だがある日。森の中で出会った「あのお方」によって、ダイルゲイターは力を得た。狩られる側から狩る側へと存在進化したダイルゲイターは、名と共に役割を与えられた。


 それからというもの、ダイルゲイターは森の原生生物を誘導して、島の統一を推し進めてきた。それもこれも、「あのお方」にお褒めの言葉を戴くために。


 ――だが、その未来がくることはなかった。


「申し訳、ありま……せん。…………さ……ま……」


 ダイルゲイターは気力を振り絞り、あのお方に向かって役に立てなかったことを詫びた。その声はあのお方に届くことはなく、ゴーギャンにだけ聞こえていた。


 魔魅は確信する。こんな凶悪な怪人を生み出せるのは、ブロズオマーダー以外にあり得ないと。


 やがて来る、避けようのない戦いに不安を抱きながら魔魅は、今は戦いに勝てたことを喜ぼうと、ほう、と安堵のため息を吐いた。


 ◆


 遠くから自分の名を呼ぶ声がする。地に伏して事切れているダイルゲイターから視線を上げると、満面の笑みで駆け寄ってくる獣人がいた。ナミルである。


 魔魅がナミルに向かって返答をするために腕を上げかけたその時、バイザー内にアラームが鳴り、警告を示す文字が表示された。


星殻鎧(スタースーツ)が何者かの干渉を受けている!?』


 慌ててその原因を探す魔魅。そして、それを突き止めた瞬間、唐突に警報は鳴り止んだ。


 第一段階封印排除ファーストリミット・エリミネイト。その文字を残して。


『「キューブ」からの干渉……これって一体……』


 収納からキューブを取り出し、眺める魔魅。キューブは何も語らず、ただ魔魅の手のひらの上で浮きながら、ゆっくりと回っていた。


『もしかしたら、星殻鎧(スタースーツ)には、私も知らない秘密が隠されている……?』


 公式設定にない秘密。それは一体どんなものなのだろうか? これからの戦いに影響するものだろうか? 人々の歓声を聞きながらも、魔魅の視線は手の中で回転するキューブから離れなかった。

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