十一 メタルヒーロー、仇敵の影をみる。
アムタリア王国、国境街ヴァルガレド。
普段、草原の国より吹き込む爽やかな風は、流された多くの血臭を絡め取り、渓谷中へと押し流していた。
鉄壁なはずの城壁は無惨に破壊され、そこから雪崩れ込んだ魔物たちによって、街は蹂躙された。
元からそこに住む住民も、たまたま訪れていた商人たちも、屋敷が建てられるほどの厚みのある城壁が壊されるなどとは予想だにしておらず、避難の概念すらなかったために被害は甚大なものとなっていた。
今、破壊された城壁の前には数多くの兵士が集まり、城壁の修繕を試みている。大きい石材を運んで積み上げ、大きすぎるものは石のこを引いて短くしている。
その城壁から離れた場所で、放置されたままの魔物の死骸を小さな荷車に乗せている兵士がいた。その兵士の名はマイアスという。
彼は道端に転がったままの、魔物の死骸を引きずり寄せて荷車へと乗せる。人の背丈もある魔物を三体も乗せたら目一杯で、それ以上乗せようものなら、壊れるかもしれない。そんな心配がよぎるほどの、小さな荷車だった。
「よいしょっと……重……」
マイアスが全体重をかけて荷車を押すと、荷車は軋みをあげて進み出す。いつもならば石畳が綺麗に整っていて動かすのも楽だったが、今は魔物によって踏み荒らされていて、溝ができ、窪みができていた。
「む……く……ぐ……」
車輪を溝に取られながらも、マイアスは荷車を押していく。
街の中央広場に集められた魔物の死骸は、この後、獣油をかけて焼却する予定となっている。死骸が腐り、疫病を発生させないための処置だ。それが、下っ端の彼と他十数名に与えられた仕事だった。
「ふーっ、馬さえ使えたらなぁ……」
兜を脱いで袖で汗を拭き、空を見上げてマイアスは呟く。
商人たちが使う馬が潰れた時のための予備の馬が数頭いたのだが、恐怖に駆られて逃げ出し、あるいは魔物たちに呑まれ、もはや残ってはいない。
「ないものをねだっても仕方ない。やるべきことをやろう」
兜を被り直し、荷台に乗せられた魔物を下ろしていくマイアス。その背中に声をかけられた。
「おーい、マイアス! ちょっとこっちへ来てくれないか?」
「あ、先輩。どうしたんですか?」
小走りで駆け寄るマイアス。彼を呼び付けたのは、事切れた人々を運びだす任に就いていた三年上の先輩だ。
「ちぃっと変な魔物を見つけてな、運び出したいから手伝ってくれ」
「変な魔物……?」
親指を立て、背後を示す先輩の脇から覗き見るマイアス。道端に転がる魔物に、彼の目は大きく見開かれた。
「な、なんです? この魔物は……こんなの見たこともありません」
とはいっても、彼とてそれほど多くの魔物を見ているわけではない。せいぜい人の背丈もあるオオカミや大ネズミ。まるまる太った羊くらいなものだ。
熊の体を持つ、人の手足がくっ付いた魔物など聞いたこともなかった。
「俺もこんな魔物は初めて見る。本部に報告したいから、他の魔物と別にしておいてくれ」
「わかりました」
マイアスは急ぎ広場へと引き返し、持ってきた荷車に魔物を乗せる。先輩の言いつけ通り焼却予定の魔物とは別の場所。広場の角の方へと運んで下ろし、自身は与えられた仕事をこなすためにその場を離れた――
☆ ☆ ☆
中央広場の片隅に人だかりができていた。人々が視線を向けるその先に、熊と人が融合したような魔物が息絶えていた。
「ちょっと、すみませんっ。通ります!」
冒険者ギルドの受付嬢の少し幼い声に、モーゼの十戒のごとく人垣が割れていく。受付嬢の声に反応したわけではない。その後ろにいる鬼のような形相のギルドマスターに恐怖を抱いたからである。
「なんだぁ、こりゃあ……」
「熊の体に人の手足がくっ付いてやがる……」
人垣が割れ露わになった魔物に、驚きのあまり息をのむマスターと冒険者の面々。その中で、別な驚きで息をのんだ人物がいた。
(うそ……そんな、あり得ない……)
一歩、また一歩と後退る魔魅。彼女の目は飛び出さんばかりに開かれていた。
(な、なんでベアクーマがここに……?)
ベアクーマ。かつてゴーギャンが打ち倒した怪人の一人だ。人の手によって瀕死の重傷を負った熊の復讐心を利用するため、宇宙海賊ブロズオマーダーが手を加えて怪人へと変えられた姿――と、公式設定ではそう記されている。
(星殻鎧が動き出したことといい、宇宙警察機構の存在を示すかのような黒マントといい……)
魔魅は目の前のベアクーマから空へと視線を向けた。
(存在するというの……? 宇宙海賊ブロズオマーダーが、この世界に……)
地球資源に目をつけ、地球侵略を企てる組織のボス――それが宇宙海賊ブロズオマーダーという設定の敵役だ。
番組内ではまだ話の途中で、魔魅はこのボスと直接対峙したことはない。声だけが轟き、ゴーギャンがその声に向かって決意を口にするシーンがあるだけだ。
(勝てるの……? あんなのに……)
ゴーギャンでも倒すのに苦労をする怪人を産み出す大元だ。怪人以上の強さがあるに違いなかった。
ヨロヨロとよろけるようにその場を離れる魔魅。その肩を豹柄の手が掴んだ。
「大丈夫か、マミ。顔が真っ青だぞ」
「え、ええ。ちょっと疲れが出たみた――」
魔魅が言葉を言い切る前に、背後で人々の悲鳴が上がる。何事かと振り向くと、事切れているはずのベアクーマが立ち上がるところだった。
「コイツ、死んでなかったのか!」
赤毛の冒険者がスラリ、と腰から剣を抜いた。そのまま大きく振りかぶり、袈裟懸けに薙ぐ。金属質な音がその場に轟いた。
「くっ、硬ってぇ……これ、毛じゃねぇのかよ」
手の痺れに顔を顰める赤毛。ベアクーマは左前足を大きく振りかぶった。
「まずい! 逃げて!」
魔魅の叫びも虚しく、ベアクーマの前足が振り下ろされた。直後、野次馬の幾人かが血飛沫をあげて倒れ伏す。広場は悲鳴をあげて逃げる人々で大混乱となった。
「くっ!」
魔魅は肩幅に足を開き、地面に向かって右腕を伸ばす。手の平をグッと握り、何かを引っ張り上げるように、手の平を天へと突き上げる。
「着装っ!」
魔魅の足元から光の柱が立ち昇る。瞬く間に光の中に呑まれた魔魅の姿は、光が晴れると無機質な甲冑へと変わっていた。
「宇宙っ、捜査官っ、ゴーギャン!」
演出家と決めた決めポーズを、一つ一つなぞるように決めていく。ポージングを終えると、魔魅は腰を落とした。
『フィストオン!』
『フィスト・オン。ウエポンスキル・レディ』
音声変換された男性のイケボの後に、別な声色が鎧から発せられた。腰だめに構えられた拳には、二回りほど大きなナックルが装備され、黄色い光を放つ。ゴーギャンは駆けた。ベアクーマに向かって。
『そこをどけ!』
剣を構え、ベアクーマと対峙していた赤毛の冒険者は背後からの声に、咄嗟に横へと飛び退いた。
技の効果範囲内に、巻き込まれる人がいないことをバイザーで確認した魔魅は、技を解き放つ。
『メテオインパクト!』
『マキシマム・アタック』
ゴーギャンの背中から吹き出したスラスターによって、さらなる加速を得たゴーギャンの姿が消え失せた。直後、ベアクーマが城壁へと吹き飛び、壁に叩きつけられる。もうもうと舞う土埃が晴れると、ベアクーマはクレーター状に抉られた壁から、ずるりとずり落ちるところだった。
「す、すげぇ……」
わあっ、と沸き返る広場。その歓声を打ち消すかのように、ベアクーマから咆哮が上がる。
「こいつっ、まだ死なねぇのかっ?!」
どこからかそんな声が上がるが、それが通じていないことはこの場の誰よりも魔魅が知っていた。
『コアブレード・オンライン』
魔魅の手に、いつの間にか握られていた円筒から光る棒が伸びていく。それは、赤毛の冒険者が装備していた剣とほぼ同じ長さとなる。魔魅が吠えた。
『星殻鎧・光翼展開っ!』
『コアシステム・アクティベート。全機能解放』
音声変換されたイケボと、別な声色がどよめく人々の間を縫うようにして広場に響く。
同時に、ゴーギャンの各部位から光が溢れ、背中のスラスターからは溢れた光の粒子が翼を形成する。
『スタンバイ。……オールシステムズ、アクティベート』
魔魅のかぶるヘルメットのバイザーに、『Standby』と記されていた表示が『Online』サインに切り替わる。
攻撃を食らい、魔魅を脅威と判断したベアクーマは、四足で地を蹴りゴーギャンとの距離を一気に縮める。その勢いのまま立ち上がり、前足を大きく振りかぶった。
あの攻撃が来る。ひと薙ぎで複数人を切り裂いた強力な攻撃が。血飛沫をあげて倒れ伏す姿が人々の脳裏によみがえる。けれど、それは現実とはならなかった。
ヘルメットの外側。ゴーギャンのゴーグル部分が、目の形にカッと輝く。
『ゴーギャンスラッシュ!』
『限界突破・全力運転』
ゴーギャンは光の帯と化し、襲いくるベアクーマを貫いた。まるでスローモーションのようにゆっくりと崩れ落ち、地響きを立ててベアクーマは倒れ伏す。それを覆い隠すかのように、スーツを冷却するための水蒸気がゴーギャンから放出された。
草原の国から流れ込む風が、水蒸気の雲を押し流す。人々が目にしたのは、腹に大穴を開けて倒れ伏すベアクーマと、それを背にしたゴーギャンの姿だった。
「う、うおおおっ!」
誰かが吠えた勝利の雄叫びは、瞬く間に広場中へと広がった。それだけに止まらず、歓声は街全体へと広がった。
――だが、事態は人々に勝利の余韻を与えてはくれなかった。
崖の上に設置されている監視塔。その鐘がけたたましく鳴り響いた。それが意味するのは――魔物の接近。スタンピードの再発。
監視塔の兵士は見た。今までとは比べ物にならないほどの魔物の群れを。
最も深き森から溢れ出した魔物が全てこちらに向かってきているのではないか、と疑うほどに。
今までは城壁があって、弓矢や魔法を撃っているだけで済んだ。あるいは、投石するだけで済んだ。しかし、城壁は崩れ落ち、安全なはずの街中は今や危険地帯と化している。
渓谷は抜けられない。間違いなく追いつかれ、そして蹂躙されるだろう。もはや逃げ場所は崖の上のみ。
幸い、砂漠の国ザラナード帝国へと続く道は、馬車が三台分横並びで通るだけの幅があり、街人の多くを逃すことが可能だった。
「慌てないで、落ち着いて行動をしてくださいっ!」
国境守備隊の兵士に加え、ギルド職員総出で街人の避難誘導を敢行する。城壁の向こう、もうもうと舞い上がる土埃に恐怖を抱き、渓谷へと逃れる者もいたが、それに構っている暇などギルド職員にはなかった。
◆
雪崩を打って逃げ出す群衆に背を向けて、土埃を見つめる者たちがいた。
ゴーギャンとナミル。そして赤毛の冒険者パーティの三人と猫の引っ掻き傷があるパーティが二人。ギルドマスターとそれから、街を守るために集まった腕に覚えのある人々――総勢三十七名。
そして彼らの前には、壊された城壁の代わりだ、と言わんばかりの兵士たちがずらりと並ぶ。アムタリア王国騎士団と正規兵合わせて約千人。
兵士は皆、自身の背丈の三倍はあろうかという長槍をもち、弓兵は弓の具合を確かめるように弦音を鳴らしている。
一風変わっているのは騎馬隊の方だ。棘のついた防具を付けさせ、引っ張るはゴツイ戦車。それには棘だの刃だのが至るところに取り付けられていた。
しかし、これだけの人数。武装を揃えても、冒険者たちは不安に駆られていた。実際、魔魅のバイザーに表示されている敵対勢力の数は、三千を超えている。――正確には、三千と五百七十二だ。
数だけでみれば、一人三、四匹程度で済む。だが相手は暴走している魔物だ。その力は従来のものよりはるかに強い。
兵士たちがパイクを構えて石突を地面に突き刺す。槍衾のごとく並べられたパイクの穂先を魔物へと狙い定めた。
槍で作られた壁の後ろから矢が放たれた。高く上がった矢は落下時に速度を増して雨のように降り注ぐ。運の悪い魔物のいくらかを倒して後続の魔物を転倒させ、流れに淀みができたところに火球が放たれた。
「火球だ」
赤毛の冒険者が火球を目で追いながら呟いた。
隊列の一番後ろから放たれた火球は、放物線を描いて魔物の群れの中へと飛んでいく。火球は着弾と同時に炸裂し、炎が密集した魔物へと広がった。
もうもうと上がる黒煙。それでも魔物は止まらない。倒れたものを踏み越えて最前列のパイク兵へと迫ったその時、騎馬隊が戦場を横に駆け抜けた。
肉と骨を砕く音が戦場を横切る。道半ばにして立ち往生した騎馬もいた。それの援護をするべく矢と魔法が放たれるも、奮闘虚しく魔物に飲み込まれてしまった。
生き残った先頭集団がパイク兵に接触する。一匹目は防げた突進も、次々と続くうちに、やがて負荷に耐えきれず折れていく。
一陣目の列の隙間から伸びた二陣目の槍のおかげで、後方へと逃れる時間を得た一陣目の兵士たち。まもなく二陣目の槍も限界に達し、槍の壁も半分ほどが食い破られる。
だめだ。もう保たない。兵士たちの脳裏に、魔物によって街が蹂躙される場面が映し出された――
◆
戦闘が始まった直後は暇を持て余していた冒険者たちも、一陣目の槍衾が突破される頃には多忙を極めていた。
兵士たちを避けて、まわり込むように街へと侵入をしようとする魔物たちを相手に、剣を振るい、矢を放ち、魔法を行使する。
「そっちに行ったぞ!」
「了解!」
赤毛の冒険者が魔物の一匹を相手取っている隙をついて、別な魔物が街へと向かう。
彼の仲間である青髪の青年が、弓に矢をつがえて弦を引き絞る。放たれた矢は、寸分違わず魔物の眉間に突き刺さった。
「一丁あがりっ!」
「氷の矢」
青髪の青年を掠めるように、今度は氷で出来た矢が通り過ぎ、眉間に矢が刺さって崩れ落ちる魔物の陰から現れた、別の魔物へと向かって突き刺さる。
「油断しないっ!」
「さんきゅ」
杖を持ったブロンド髪の女性に拳を突き出し、女性は自身の拳をこつんと合わせた。
少し離れた場所では、頬に猫の傷のある男が、両手にダガーを装備して戦場を駆け回っていた。
彼が狙うのは魔物の足。大地を蹴る足を傷つけ、その行動力を阻害する。そして、動きが止まる。あるいは遅くなったところを、駆け出しの冒険者たちの弓矢や魔法などで倒していく。そういう作戦だった。
その中央。街の入り口の真ん前では、ギルドマスターが大剣を豪快に振り回していた。
「オラオラァ! いくらでもかかってこいぃ!」
大剣を振り回すたびに、魔物は上下に分断されて、地面の小石が風圧で吹き飛ばされていった。
「おっかねぇ……」
ギルドマスターと同じチームで活動していたナミルは、見境なく大剣を振るうマスターに近寄るまいと距離を取る。前方の冒険者たちを抜けてきた魔物を素早く処理していた。
そして、魔魅はというと、冒険者たちの後方に配置されてしまったがために、その実力を半分ほども出せずにいた。
ゴーギャン最大の必殺技は星殻鎧のクールダウンが必須なために使えない。また、質量攻撃であるメテオインパクトも周囲を巻き込むために使用ができなかった。
現在は、前方で奮戦している冒険者たちを抜けてきた魔物を素早く処理するにとどまっている。この辺りはギルドマスターの采配ミスであると言わざるを得ない。しかしそれは、マスターの思惑が絡んでいた。
赤髪の男をリーダーとした、「緋の盟友」。頬に引っ掻き傷のある男をリーダーとした、「黒猫団」――命名は副長の女性――の二パーティに関しては、面識があり、その実力も把握している。
しかし、ゴーギャンに対しては、ゴブリンの津波からマーテルを救ったという情報以外、全くと言っていいほどわかってはいないために、手元に置いてその力を見定めようとしていた。
「くそっ、食い破られるのも時間の問題か!」
振り回していた大剣を止めて、ギルドマスターは言い放った。
ズラリと並んだ槍衾も、その半分までもが失われている。なのに未だ魔物たちの突進は衰えず、ますます加速の兆候さえ見せていた。
――もう保たない。兵士も冒険者たちも同じ言葉を思い浮かべていた。
「撤退だぁっ! 撤退ぃぃっ!」
最前線から撤退の指示が飛ぶ。軍の最後部に配属されていた、魔術士隊と弓隊は最後の攻撃を行なってから踵を返し最前線から離脱していく。パイク隊と騎馬隊はそれを援護すべく最後の最後までその場に留まるつもりだった。
「オレたちも撤退するぞ!」
「待ってくれ!」
撤退の指示を聞き、後列の部隊が退くのを見て、ギルドマスターも冒険者たちに撤退の指示を出す。それを止めたのは、ナミルだった。
「なんだ? 不満があるなら後で聞く。今は――」
「オイラたちはここに残る」
「――なんだと?」
驚きの目でナミルを見るマスター。
「現状が把握できないのか? このままここに留まれば、死ぬんだぞ?!」
「わかってる! けどよ、撤退ってどこに撤退するんだよ。逃げ道なんかどこにもないだろ?」
アムタリア王国へと続く道は渓谷に挟まれ逃げ場はない。かといって砂漠へと逃げ込めば、容赦のない暑さがその身を焼く。残された手段は街中でのゲリラ戦のみ。
それとて、補給の見込みがない以上、長期にわたる抵抗などできるわけがない。
「だからといって、お前が残ったところで何ができる?」
「確かにオイラが残っても役には立たねぇ。だけどよ、何とかできる人をオイラは知っている」
「それは誰だ?」
ギルドマスターの問いかけに、ナミルの視線がスッと向けられる。その視線の先には、素材不明な甲冑を身に纏ったゴーギャンがいた。
「マミ。……いや、ゴーギャン。またあんたに頼ることになっちまって申し訳ないんだけどよ、街やみんなを救って欲しい。頼む!」
深々と頭を下げるナミル。
「あんたにだけ危険な目には合わせねぇ、オイラもここに残るからっ!」
頭を下げたまま、地面に向かって言葉を吐いた。そのナミルの頭にゴーギャンの手が乗せられる。
『親友の頼みじゃ断れないな……わかった。できる限りのことはやってみる』
「本当か!?」
勢いよく頭を上げて、ナミルの表情がパアッと明るくなった。そんなナミルに魔魅は街の方へと指を差す。
『ただし、ナミルは街の入り口にいてね』
「えっ!? いや、だけどよ……」
食い下がるナミルに、魔魅は首を横に振った。
『嬉しいけど、気持ちだけ受け取っておくよ』
「う……わかったよ。それじゃ、後ろで精一杯応援しているからな!」
街の入り口へと向かうナミルを見送り、魔魅は「さて、と」と振り返る。
最前線では、三列目の槍衾が破られつつあり、退却する後衛部隊が間近に迫っていた。
『まずは、魔物の勢いを削ぐことからかな……』
空を見上げたゴーギャンに、ギルドマスターが口を開いた。
「やれるのか……?」
『最善は尽くしますよ』
魔魅はそう答え、大空に飛び立つ。上空から戦況を確認して目標を定め、必殺技を口にする。
『メテオインパクト・グランドアタック!』
『アンチグラビティ・オフライン。フルスラスター』
隕石が衝突したかのような衝撃が、大地を揺るがした。直後、波が打ち上がるかのように岩石が舞い上がり、それに巻き込まれた魔物たちは空高くへと舞い上がり、あるいは壁に叩きつけられ、岩の下敷きとなった。
兵士や冒険者たちは、立ち昇る土煙に開いた口が塞がらなくなり、ナミルはナミルでなぜかドヤ顔をキメている。
土煙が晴れると、そこには今までなかった大穴が開いていた。その底で、ゴーギャンは地面に拳を突き立てているのが見えた。残った魔物は穴の縁で立ち往生し、後から突進してきた別の魔物に押されて坂を転げ落ちる。
『あと、千八百っ!』
魔魅のバイザーに表示されている敵対勢力の数。正確には、千八百十三だ。
魔魅は再び大空へと舞い上がり、現在最も多い敵集団に狙いを定めて、二度目の必殺技を解き放つ。再び大地が抉れ、岩石が浮かび上がった。
この頃になると冒険者たちも我に帰り、クレーターの縁から登ってくる魔物に弓矢や魔法を叩き込む。ギルドマスターの呼びかけで国軍の後衛部隊が加わり、急速にその数を減らしていった。
これなら勝てる。人々の心に希望の光が見えた。――気がした。
グオオオッ! 大気を震わせ、何者かの叫び声が青空の下轟き渡る。
「な、なんだ!?」
「何?! この声は!?」
剣を振るうことも、つがえた弓を放つことも忘れ、誰もが空の彼方を見上げた。
「あそこだ!」
誰かが差した指の先に、一人、また一人と首を向ける。その視線の先にもうもうと舞い上がる土煙が見えた。
『あれはっ!?』
バイザーのズーム機能によって、土煙を上げている元凶を目視した魔魅は、腰を落として拳を腰ダメに構えた。
『フィストオンッ!』
『フィスト・オン。ウエポンスキル・レディ』
腰ダメに構えた拳に二回りほど大きなナックルが装備される。魔魅は土煙の奥を睨みつけた。
当初、豆粒だったそれは瞬く間に輪郭を持ち始め、今やその姿がはっきりと確認できるほどに近付いている。
それは従来、四足で這うべき存在だ。しかし、理を拒むかの如く直立し、体をくねらせながらあり得ない速度で疾走し、近付いてくる。
全身を覆う硬い鱗は、水辺から上がったばかりのようにぬらりと濡れている。長い鼻は上下に別れ、隙間から鋭い牙をのぞかせる。
それの名は――ダイルゲイター。かつて番組内で、ゴーギャンが打ち倒した怪人のうちの一人だ。
『メテオインパクトォッ!』
ゴーギャンが必殺技を解き放つ。土煙をあげて急速に迫るダイルゲイターと、瞬時に加速してその姿を消したゴーギャン。二つの相対速度が人智を超えた。
ギャリィンッ! 金属質な音が冒険者たちの耳を貫いた。二つがぶつかり合ったすぐ後ろで小さな爆発が起こる。
もうもうと上がる土煙。それに向かってダイルゲイターが睨みつける。
地面に開いた小さなクレーターには、しろがねに輝く甲冑が横たわっていた。
「ゴーギャンっ!?」
唖然とする冒険者たちを飛び越えて、ナミルの悲痛な叫びが響き渡ったのだった――




