Chapter.88
冬休み中、由上さんと電話で話しているときに毎年年末年始は立川くん、初音ちゃんと三人で二年参りに行ってるんだって教えてもらった。
「いつもオレは相手がいなくて寂しかったから、親御さんの許可得られたら一緒に行かない?」
「ぜ、ぜひ! パパが帰ってきたら聞いてみます!」
って返事して、パパが帰ってくるのを待つ。
前もって相談していたママは、パパを説得する援軍になってくれた。私はここでようやく、パパに由上さんとお付き合いしていることを報告できた。
二年参りに行くことの許可も得られて、由上さんに結果を報告したらとても喜んでくれた。
大晦日の夜、由上さんは家の前まで迎えに来てくれた。玄関前で見送ってくれたパパとママに挨拶もしてくれて、パパもようやく安心したみたい。
二年参りなんて家族ともしたことなくて、普段は家にいる遅い時間に外出するのはちょっとドキドキする。でも、隣に由上さんがいてくれるし、繋いだ手のぬくもりが安心感を増やしてくれるから大丈夫。 電車に乗って由上さんの地元駅で降りると、改札の前で初音ちゃんと立川くんが待っていてくれた。
「着物で来るかなって思ってた」
「着崩れちゃったら直せないから……」
「そっか。着物大変だしね~」
由上さんはそっと手を離し、私と初音ちゃんがお喋りできるようにして、私たちの後ろから立川くんと二人で並んで見守ってくれる。
「そんな大きな神社じゃないんだけど、毎年近所の人が集まってにぎわうんだ~」
初音ちゃんの説明の通り、神社が近づくにつれて人が増えてきた。はぐれちゃわないようにって位置を移動して、私は由上さんと、初音ちゃんは立川くんと隣になって、お詣りの待機列に並ぶ。テレビなんかで見る大規模な神社の初もうでほどの人数じゃないけど、それでも予想以上に人は多い。
「なにお願いするか決めた?」
「はい、一応。由上さんは」
「うん、オレも」
なんてお話していたら、いつもは寝ている時間なのに全然眠くならなくて……四人でお喋りしているうちに、どこからともなくカウントダウンが始まった。
ごー、よーん、さーん、にー、いーち! あけまして、おめでとー!
周囲の人たちと一緒に声をあげる。澄んだ夜空に吸収された新年の挨拶は神様に届いただろうか。
私たちもそれぞれに挨拶をして、たどりついたお賽銭箱の前で手を合わせる。
今年も、来年も、そのずっと先も、隣にいる由上蒼和さんと一緒にいられますように――。
その願いが叶うかどうかわからないけど、叶えるために努力しようって決意ができた。
帰りに家まで送ってくれるって由上さんが言ってくれたけど、また私の家から由上さんのお家まで往復させるのは悪いし夜道に一人で帰らせるのは心配だって言ったら解決法を一緒に考えてくれた。
結局、同じ神社にご家族で二年参りにいらしていた由上さんのお父さんが車を出してくださることになった。お手間を取らせてしまって却って申し訳ない気持ちになったけど、由上さんのご両親は私に会いたがってくださっていたらしく、私は私で新年のご挨拶ができて良かった、って思った。
家の近くまで送り届けてくださって、由上さんは車を降りて家の前まで着いてきてくれた。とても大事にしてもらえてるんだなって嬉しくて、新年早々泣きそうになった。
* * *
2月になって、想い人がいる人にとっては一大イベントのバレンタインが近づいてきた。
一年のときは家を出る前に見ていた朝の番組でその日がバレンタインだということを知らされた。忘れようとしてたんだけどな。ってちょっと落ち込んで、学校に行く前に寄ったコンビニのバレンタインコーナーでさんざん悩んで、パパの分だけ買った。
そのころは別のクラスだった由上さんは、行き帰りに待ち伏せしていた子に直接渡されたり、シューズボックスの下に先生か校務員さんが用意したらしい【由上さん】って書かれた段ボール箱に、数十個のチョコが入っていたりしてた。
お返し大変そうだなぁって眺めて素知らぬ顔で素通りしたけど、胸の奥はチクチク痛んでいた。
あの中に埋もれてしまうくらいなら用意しなくてよかった、なんて負け惜しみを考えたのも思い出す。
あとから聞いたら、直接渡してきた人にはその場で、すでに置かれていたものに関しては数日かけて、全部贈り主に返却したらしい。名前が書いていないものはどうしようもできなくて持って帰ったそうだけど、誰からかわからないからホワイトデーのお返しもできなかったって。
渡した後に返却されてたら落ち込んでただろうな~って感じたのも思い出した。
今年は、お付き合いしだしてから初めてのバレンタインデー。
お菓子企業が宣伝のために作った、いわば【土用の丑の日】と同じような行事、って知ってても、やっぱりスルーはできない。
「カノジョいるのみんな知ってるし、今年はないよ」
由上さんは、登校する道のりとシューズボックス周辺になにもなかったのを確認して、ひそかに安堵していた。
「ほらね?」
なんて言いながら教室に入ったら、ひとつの机の上に大きな段ボールが置かれているのを見つけた。去年と同じ文房具の通販サイトの箱だから、先生か校務員さんが用意してくれたものっぽい。その机を使っているのは由上さんで……。
「うわ、マジか」
箱の中身を覗いて由上さんがつぶやく。
「すごい……」
思わず覗いた箱の中身は全部由上さん宛のチョコレート。去年より数は減ってるけど、それでも一人の人がもらうには多い。
いったいいくつあるんだろう。教室には私たちが一番乗りだったから、昨日の帰宅後に置かれたのか、もっと早く来た人が置いたのか……。いずれにせよ、由上さんに“バレンタインチョコを渡したい”という人がたくさんいる、ということだ。
「どうしようかな……」
由上さんが困惑して箱を見つめていたら、
「おはよー」
私たちより少し遅れて初音ちゃんが登校してきた。由上さんの机の上のものを見て
「うわすごい。去年断り続けたから、直接じゃ無理だって思ったんだろうね~」
言いながら由上さんの隣に立つ。
「おまえ、他人事だな」
「だって言葉通り他人事だもん。で、どーするの?」
「どーするって……」
こちらを見た由上さんの顔には苦笑が浮かんでいる。
「返すよ。カノジョいるから受け取れませんって」
「“えぇ~、じゃあいなかったらもらってくれるんですかぁ~?”」
「やめて? そういうの」
初音ちゃんの演技に由上さんは更に苦笑する。
私はといえば、気にしていないそぶりを見せつつ、用意していたチョコを渡すタイミングを失ったことに後悔していた。朝会ってすぐに渡しておけばよかったって思うけど、もう遅い。
渡せなかったチョコをバッグの中に忍ばせながら一日を過ごす。
由上さんは休み時間を使って、ひとつひとつ返却して回ってた。それでもやっぱり全部は返せなかったみたい。
受け取ってくれるだけでいいって人のものや名前が書かれていないものは、職員室でもらったという紙袋に詰めて持ち帰った。
「……食べるんですか?」
素朴な疑問として言ったのに、声音には責めるような色味が混ざってしまった。本当にそんなつもりじゃなかったんですって言い訳しようとしたら
「うーん……去年は一応一口ずついただいたんだけど、今年はなぁ……」由上さんが困ったように首をさすった。「未開封だったら寄付とかできないかな……」
私の声音には気づかなかったみたいで、少し安心する。
「寄付……出来そうですよね。フードロス削減とか浸透してきてますし」
「だよね。帰ったら調べてみる」
「なにか協力できることがあったら教えてください」
「協力……っていうか……」
口ごもる由上さんの顔を覗き込んだら
「この人からもらえたら嬉しいな、って人から、もらったことないんだよね……」
こちらを見て、小さく言った。
もういま以外にチャンスはないってわかるから、あわててバッグの中から紙袋を取り出す。
「く、クシャってなっちゃいましたけど……」
我ながら間の抜けたセリフを添えて、人生で初めての“本命チョコ”を差し出す。由上さんは心底嬉しそうに笑って
「すっげぇ嬉しい! ありがとう!」
チョコを受け取ってくれた。
あとから長文の感想が送られてきて、ちょっと奮発して老舗のショコラティエのお店で買って良かったってこぶしを握った。
ホワイトデーには、花束みたいにまとめられた棒付きキャンディを持った可愛いくまのぬいぐるみを贈ってくれた。
嬉しくてじっと見つめていて思い出した。去年の私の誕生日にくれたのも、くまをモチーフにした指輪だったってことを。
「好きなんですか? くまちゃん」
聞いたら由上さんは少しきょとんとして、少し考えて思い出したみたい。
「そういえばリング、くまだったね」
別に意図はなかったみたいだけど、なんでか選んでしまったって。
いままであまり意識してなかったけど、これをきっかけにくまちゃんが好きになってしまいそう。
家に帰ってくまちゃんのパヴェリングと並べて飾る。飴は溶けないうちに食べるつもりだけど、ラッピングは元に戻して飾ろうかなぁって画策する。嬉しくて、貰った形そのままに保存しておきたいから。
紙粘土を飴の代わりにして戻せばキレイになるんじゃない? って考える私の顔は、嬉しさのあまり緩みきっていた。
* * *
お付き合いを始めてから五か月くらい。チェックリストもだいぶ埋まってきた。
■めっちゃ目が合う
■会話が弾む
■どこが好きか言ってくれる
■一緒にいると楽しそう
■すぐ返信してくれる
■好き好きオーラを出してくれる
■サプライズしてくれる
■お揃いの物を持ってくれる
■甘えてくれる
どれも嬉しかったけど、中でも嬉しかったのは
■「好き」って言ってくれる
の項目が塗りつぶせたこと。いままでは確信が持てなかった由上さんの私に対する気持ちがわかって、自分の気持ちも再確認できたというか……。
数か月経ったいまでも本当に夢みたいで、本当は夢なんじゃないかってたまに不安になって、日記だったりチェックリストだったり、スマホの中にちょっとずつ増えてる写真だったりを見返しては安心してる。いつになったら現実味が湧いてくるのかなって待ってたけど一向に湧いてこないから、自分の気持ちの持ちようだなって気づいて、最近は(自分にしては)積極的に連絡したり、会いたいって言ってみたりしてる。由上さんもそれに喜んで応えてくれて、私は本当に恵まれてるなぁって思う。
高校生活が、人生が楽しいって思えるのは由上さんのおかげ。
音ノ羽学園に入学できて、由上さんと同じ学年に生まれてこれて、本当に良かった、ってかみしめながら、今日も【今日あった出来事】を日記に書き留めた。




