Chapter.82
一日目、耳喫茶は本当に大繁盛で、委員長と間野さんがほくほく顔で会計を締めていた。
「利益が出たら自腹切っちゃったぶんの諸経費出すし、それ以上に余裕だったら、別途打ち上げやるからね~」一日目の後片づけをする私たちに委員長が言う。
「おー、それ先に言ってよ。明日もっと稼がなきゃ」
久慈くんが口をとがらせて言うけど、
「いや、もういいでしょ……」
由上さんがぐったりうなだれながら反論した。結局、張り紙していたのは十五分くらいの間で、途切れることがなかった待機列には整理券を配って一旦解散させただけで、由上さんは小休憩に軽食を食べただけ。文化祭を見てまわることもできなかったらしい。
「ごめんって。明日はちゃんとお昼食べられるように時間制にするから!」
「オレ見てまわれてもないんだからね?」
「いまから時間割と整理券作るから! あと生徒会からもらった食券もあげるから!」
「……じゃあいいや」
間野さんに説き伏せられて、由上さんの機嫌は少し復活したみたい。
「今日は本当にお疲れさまでした。ある程度片付け終わったら、終わった人から帰って大丈夫でーす。由上は特に、早めに帰って疲れを取ってください」
委員長の言葉に
「じゃあもういい? ずっと笑顔だったから顔いてーわ」眉間にしわを寄せながら言う
「どーぞどーぞ、あとうちらやっとく」
帳簿を書きながら間野さんが手でドアへ誘導した。
「ん、ありがとう」
由上さんは短く言って、荷物を持ってこちらにやってくる。
「天椙さん、一緒帰ろう」
「えっ、あ、はい」
“隠れて会うのやめよう”という宣言の通り、今日は正面を切って申し出てくれる。いままでだったら教室以外で待ち合わせ、とか初音ちゃんがいるとき以外は誘われなかったから、私以上に周りの人が意外そうな反応を見せる。一部のクラスメイトがこちらに流した視線が痛い。特に、美好さんのが……。
ファンクラブの二人は、気にしないようにしてくれている。それもわかってしまって心が痛い。でも……。もう決めたんだ。誰かになにかされても、由上さんとのことはあきらめないって。
「じゃあ、お先に」
「お疲れー」
「また明日~」
クラスメイトの挨拶を受けながら、一緒に教室を出る。
「一緒に見てまわりたかったのに、残念だった」
廊下を歩きながら由上さんが口を開いた。視線の先にある各教室は、まだ模擬店や展示室の装飾が残っている。
「そうですね。でもまだ、明日もありますから」
「そうだけど……」由上さんは少しすねたように言って、顔を伏せた。「津嶋」
「えっ」
「あのあと、一緒にどっか行った?」
「……はい。津嶋くんのクラスで、ご飯食べました」
「あぁ、なんか、お好み焼きとか」
「そうです。立川くんから聞きました?」
「うん。食べにおいで~って言われてたんだけど、今日は無理だった。旨かった?」
「はい。自分で焼いたので格別でした」
「え、そんな体験できんの?」
輝いた瞳の中に期待が見えるけど、答えようによっては期待を裏切ってしまうかな? と言葉を選ぶ。
「あ、いえ……顔見知り、の、よしみ? で、立川くんと津嶋くんが勧めてくれて。だから通常は、クラスの人が焼いてくれるみたいです」
「へぇ、そうなんだ。言ったらやらせてくれるかな」
「立川くんがいれば、あるいは?」
「うーん……でもまぁ、ホットプレートあれば家でもできるか」
「ちゃんと業務用の鉄板でしたよ?」
あの楽しさを由上さんにも体験してほしくて、なんとなくアピールしてしまう。
「え、マジで。それはすげぇな。明日、休憩取れたら行ってみようかな」
「おすすめします」
笑顔でうなずいたら、由上さんは猫の笑顔でうなずき返してくれた。
* * *
文化祭二日目。昨日間野さんが言っていた通り、チュキ撮影会は人数制限ありの時間制に変更されていた。ただそれは由上さんとの撮影を希望する人たちへの限定スケジュールで、他のフロア係とは昨日と同じで、いつでも撮影できるらしい。
確かに一日目の人気具合だと、それが妥当な判断だと思う。
今日も開店の準備をしていたら
「おはよう! みんな一日目はお疲れさま! 昨日は由上、すごかったらしいなぁ」
担任の相良先生が笑いながら教室に入ってきた。
「えぇ、まぁ」
「人気があるのも大変だけど、うちのクラスは繁盛したみたいで助かるよ、ありがとう!」
「とんでもないです」
由上さんが頭をさげる。あげると同時にウサギ耳がピョコンと跳ねて、可愛らしい。
「みんなそのままでも休みつつ聞いてもらってもいいんだけど」相良先生は前置きをして続けた。「今日は文化祭最終日なので、後夜祭があります。15時から準備、17時から後夜祭開始。なので、手が空いている人は準備を手伝ってほしいし、時間が空いている人はぜひ後夜祭に参加してください。先生たちが作った豚汁とかふるまうぞ~」
「お~」
生徒たちから歓声と拍手がパラパラ起こる。
「あとはみんなに任せるから、もしなにかあったらすぐ先生たちに相談してください。じゃあ、後夜祭でな!」
先生が出ていかれて、【耳喫茶】開店準備を再開した。今日も昨日と同じように、初音ちゃんがメイクとヘアアレンジをしてくれた。だから今日も裸眼で呼び込みをする。多分聞かれるだろうなと思って、教室のドアに貼られた由上さんの撮影スケジュールも一応把握しておく。
時間通りに進むのなら、お昼過ぎには休憩に入れるっぽい。そのとき一緒に見て回れないかなぁ、って思っていたら、由上さんがスッと私の隣にやってきた。私と一緒に張り紙を見ながら、小さく口を開く。
「今日、昼休憩の時間合いそうだったら、一緒にまわんない?」
「……! はい、ぜひ」
嬉しくて満面の笑みで返事をしたら、由上さんは少し驚いて、少し照れくさそうにうなずいた。
今日も由上さんの撮影会は大盛況。それにつられたのか、撮影はしないもののイートインするお客さんもちらほらいて、常時八割程度の着席率。学外からのお客さんはいないのにこの繁盛ぶりはすごい。そして由上さんの人気ぶりが目に見えて、それにも圧倒される。やっぱり、私なんかが隣にいていい人じゃないんじゃ……? って、つい考えてしまう。
でもでも今日は初音ちゃんに可愛くしてもらったし、私を指名してくださる人もちょっと増えたし、いいよね、きっと。不釣り合いじゃないよ、うん。
とか頭の片隅で考えながら、「いらっしゃいませ~」「撮影会のご予約は店内で承っておりまーす」「ごゆっくりどうぞ~」「ありがとうございます~」を繰り返す。
室内では初音ちゃん、美好さんをはじめとするフロア班が忙しそうに早足で教室内を回る。その壁際で由上さんは次々に入れ替わる相手とのツーショットを撮られ続けている。なかには感激して飛び跳ねたり、黄色い声をあげたり、泣き出しちゃう人もいる。その光景を目の当たりにして、本当に好かれて、憧れられてるんだなって少し複雑な気分になる。
それにしても、ずっと笑顔で撮影に応じるのって体力いりそう……と思わず眺めてしまっていたら、由上さんと目が合った。
あっ、と思った次の瞬間、由上さんが片目をパチリと閉じた。
わっ! わぁ~~~!!
ウインクされたことに気づいて、鼓動が早まる。
すっ、すごい威力。ドキドキが止まらない……! いや、止まったら困るんだけど……!
固まっていたら、すぐ横を“お客さん”が通り過ぎた。
「あっ、いっ、いらっしゃいませ!」
言葉がもつれるほど動揺しつつ、呼び込みを再開する。
普段だったらあまりそういうことしなさそうだけど、やっぱりコスプレの影響かなぁ……。それとも……。
海辺で言われたことが頭をよぎった。『文化祭が終わるまで待ってほしい』って。
今日、文化祭が終わったあと、なにが起こるんだろう……。数時間後のことに思いをはせてしまうけど、違う、いまはそうじゃなくて……って頭を切り替えて呼び込みに集中した。
* * *
「それでは、午前の撮影会はこれで終了いたしまーす。次は13時からになりますので、整理券をお持ちでない方はお早めにご予約くださ~い」
撮影係になっていた間野さんが教室の内外に向かって声をかけた。
撮影会が休憩に入ると同時に、お昼ご飯を食べに来たお客さんで店内は満席になった。
「じゃあ由上くん、いまのうちにお昼どうぞ。といっても、時間が時間だからどこも混んでるかもだけど」
「まぁ仕方ないよ。うちも混むからスペース空けたかったんでしょ?」
「さっすが。その通り。撮影スペース空けば四組ぶんくらい机増やせるからね。昨日気づいてればなぁ~」
「ねぇ、呼び込みっていなくても平気?」
「え? あぁ、いいよ。一緒に回ってきてください。天椙さん、私そこ変わるね」
「えっ、間野さんの休憩は?」
「午後の落ち着いたときに入るから大丈夫。天椙さんだって休憩取らなきゃなんだし、撮影会のときにいてもらったほうが助かるから」
「そう……じゃあ、お言葉に甘えて」
「うん、行ってらっしゃい。そんで、校内回るついでに宣伝してきて~」
「はいはい」
間野さんの送り言葉に由上さんが手を挙げて応える。
「じゃ、じゃあ、行ってきます」
笑顔でうなずきながら持ち場を変わってくれる間野さんに送り出されて、カチューシャを外す時間もなく開放されてしまった。
由上さんと私は、ウサギ耳と猫耳をつけたまま廊下を進む。
「宣伝って、どうすれば……」
「聞かれたら教室案内すればいいよ。間野もそんな大々的には求めてないと思うから」
「そ、そっか……」
由上さんの言葉に安心して、前を向いたら、人の視線がよくわかる。通りすがる人がこちらを見ている……気のせいではなく、確実に。
「やっぱ目立つな……」
「ですよね……」
「どこ入ろう。三咲……のとこは、津嶋いるか」
「はい、多分」
「秘密の場所も、入るとこ見つかったらマズいしなぁ」
「あ、そしたら、どこかで買って、屋上行きませんか?」
「お、いいかも」
「寒かったらすみません」
「いや、大丈夫じゃない? 天気いいから日差しがあるでしょ。今日も開放されてるのかな」
「うーん、多分。出られなかったら、ちょっと寂しいですけど階段に座って食べましょう。人、こなさそうですし」
「そうするか」
場所が決まって、食べたいものも決めて、テイクアウトして屋上に向かう。さすがに途中で耳は外して、貰ったレジ袋の中に入れた。
幸い屋上は今日も開放されていて、何人か先客がいた。私たちは端っこの人目につかない場所で段差になったコンクリートの上に座りご飯を食べ始める。立川くんがいたら『深夜の通販番組』って言われちゃう“味の感想交換”をして、ようやく一息ついた。
「ねぇ」
「はい」
「今日、後夜祭参加できそう?」
「はい、そのつもりです」
「そう。よかった」
「由上さんも?」
「うん、もちろん。じゃなきゃ聞かないよ」
「そうですね」
考えてみれば当たり前の回答に、なんだか気が抜けてふと笑ってしまった。
「……あれから、大丈夫?」
抽象的な質問に首をかしげると、由上さんは心配そうな顔をしていて。すぐに“いやがらせ”のことだと気づく。
「はい。おかげさまで、もうなにも」
「そっか」
「ご面倒をおかけしまして……」
座ったまま頭をさげたら、由上さんが驚いて両手を胸の前で広げた。
「全然! むしろ巻き込んじゃってごめんというか……オレがもっと早くハッキリしてたらよかったんだけど……」
由上さんの言葉に、私は黙って首を横に振った。
「……きっと大変ですよね、いろんな人から慕われるのって……」
思わず出た言葉。でもこれは私の本心だ。
「もしかしたら、自由になんでも、ができないのかな、とか、常に誰かから見られてるとしたら、いろいろ気遣わないといけないのかな、とか……私には、わからない世界ですけど……」
「……多少ね。気遣ったり気を付けたりはあるけど、とはいえ、芸能人とかじゃない“普通の高校生”だから。ただ、人より見た目が派手なだけでもてはやされてるっていうか……」
「それだけでしょうか……」
由上さんの人気は、見た目ももちろんだけど、もっと、内面のいろいろなものが加味されているんじゃないかと思うんだけど……。
「卒業……いや、もしかしたら今日にでも、そういう立場じゃなくなるかもな、とは思ってる。オレは別にそれでいいんだけど……」
由上さんは顔を伏せて、ひと呼吸おいた。
「……誰かを傷つけたり、落ち込ませたり、失望させたりするかも、って思うと、やっぱちょっと、心苦しくはあるよ」
伏せたまま、吐き出すように言ったその言葉が、胸に刺さる。由上さんはきっと、ずっとそう考えていたんだなって、わかるから。
「……私でよければ、これからも、お話聞きます」
由上さんが私にそうしてくれたように、私も由上さんのそばにいて、楽しいことは倍以上にして、ツライことは半分以下にして受け止めて、返していきたい。
「ありがとう」
少し泣きそうな笑顔を浮かべる由上さんは、少しだけこちらに身を寄せた。詰まった距離の間に、お互いの体温が触れる。その心地よさに身をゆだねながら、つかの間の休息を味わった。
* * *




