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Chapter.59

 誰かに見られたらどうしようって思ってたけど、寄り道したからか音ノ羽の生徒は同じ車両にはいなくって、心配したような視線は感じなかった。

「図書室」

「はいっ」

「通うのやめた?」

「あ、いえ……えっと……」

「一緒なの気が散るとかなら、オレが遠慮するよ?」

「いえ、そういうのではなくて……その……」

 由上さんは私が次の言葉を待ってくれる。けれど、上手な言葉がうまくみつからない。ここで、自分の気持ちを伝えればなにか変わるかな……。

 いままで由上さんにもらってきた勇気を振り絞って、口を開く。

「ちょっと……照れくさくなって……」

 自分の気持ちを控えめに伝えてみた。これがいまの私の精一杯だ。

「えっ……」

 由上さんは心底意外そうな声を上げて、そのまま黙ってしまった。

 少しの間、電車に揺られる。

「そっか……」

 由上さんがようやっと言葉をつむいだ。その声はさっき教室で聞いた、嬉しさと照れが混ざった声色と同じで……小さく横を覗き見たら、ゆるく笑みを浮かべた由上さんの横顔が見えた。心なしか、頬が赤く染まっている、ような気がする。

 嬉しくて、幸せで、なのになんだか切なくて、胸が締め付けられた。

 会話がなくても居心地が良くて、お互いなにも言わないまま電車に揺られる。前を向いた私たちの目に映る景色はきっと同じで、いつもの風景が特別に感じられた。

 車内アナウンスが降りる駅名を告げる。

「着いちゃいました」

「うん、着いちゃったね」

 二人で並んでホームへ降りる。そのままサヨナラしようと思っていたけど、由上さんが家の近くまで送ってくださるとのこと。申し訳ないけど、でもやっぱり一緒にいると嬉しいし……。

「お願いします……」

 って小さく頭を下げたら、由上さんは嬉しそうに「うん」ってうなずいてくれた。

「田舎の帰り以来だね」

「そうですね」

 会うまではあんなに色々考えていたのに、会って、話して、一緒にいたら、もうそれが自然で、普通のことのように思えた。照れくさいのに変わりはないけど、それを理由に会うのをやめよう、と思うことをやめることにした。

 以前送ってもらった時とはまた違う感情をいだきながら歩く。あのときは二人で日傘の影に入って歩いてた。今日も暑いけど、すぐに帰るし荷物になるからと日傘は置いてきてしまった。

 由上さんと一緒に歩けるってわかっていたら持ってきたのにな。そしたらまた、秘密基地、できたのに。

 少しだけ残念だけど、それは贅沢な“残念”だってわかってるから、口にはしない。だって、いま横にいてくれるだけで、それだけで嬉しいんだもん。

 なにも話さなくても、大丈夫。もしかしたら図書室で一緒に過ごした時間がそうさせたのかもしれない。

 自然と笑みが浮かんできて、気を付けていないと鼻歌を歌ってしまいそうなくらい気持ちが高揚している。その嬉しい気持ちは見慣れた曲り道が見えた途端、切なさに代わる。

 目的地が間近に迫っていることを残念に思いながら口を開く。「もう、すぐそこなので」

「うん。じゃあ……」

 由上さんが立ち止まって、ズボンのポケットに手を入れ

「はい」

 握った手を出す。

 意味がわからなくて首をかしげる私に由上さんは笑いかけて。

「手、出して」

 ニコニコと笑みを浮かべたまま言った。

「えっ、はい」

 理由もわからずに右手を出すと、その少し上、空中で由上さんがそっと手を開いた。手のひらに落ちた小さな物体。それは、クマの顔を模したパヴェリングだった。

「えっ」

 ファミレスのレジ横の棚で見ていたものだとすぐにわかる。驚いて顔をあげたら

「誕生日、おめでとう」

 目の前で由上さんが微笑んでいた。

「えっ、えっ、でも」

「子供っぽいかもだけど」

「い、いえ! 嬉しいです……!」

 耳の部分がピンクの石で、黒い目がくりくりしていて、なんだか由上さんみたい。

 もしかして、さっきの『忘れ物』って……。

「すごく、嬉しいです……」

 こんな風にプレゼントをもらうことなんてなかったし、その相手が由上さんだってことが、嬉しさをさらに倍増させる。

「大事にします」

 可愛いなって眺めていたの、見てくれていたのかな、とか、渡したら喜ぶだろうって考えてくれたのかな、とか、色々想像したらうっかり泣いてしまいそうで、それでもちゃんとお礼を言いたくて、由上さんの顔を見つめた。

 ありがとうございます、と伝えたら、きっと二人の時間が終わってしまう。それが寂しくて、なかなか言えずにいた。

 なんでこんなに優しくしてくれるんですか? とか、私だけの特別ですか? とか、聞きたいことはたくさんあるけど、言葉が出てこない。

 なにも言えずにいたら、由上さんが手を伸ばして、私の手に触れようとした――そのとき。

「あれぇ? 光依那。こんなとこでど……」

 口を開けたままで立ち尽くしたのはパパだった。

 由上さんは慌てて出した手を引き、「こんにちは!」パパに向かってお辞儀をする。

「こ、こんにちは……え。……ボーイフレンド……?」

「あ、え、あ……」

 なんと紹介していいかわからなくてアワアワしていたら、

「はい、クラスメイトの、由上といいます」

 由上さんがもう一度頭をさげた。

「あ、あぁ、初めまして。光依那(ミイナ)の父です」

「初めまして」

「えっと……送って、くれたのかな……?」

「はい。最近、変質者が出るって話を聞いたので、心配で」

「あぁ、そう。それはありがとう」

 そんな話聞いたことないけど、そうなのかな? って一瞬信じるほどの説得力だった。

「も、もしかして、お邪魔……だよね?」

「いえ、あの、もうご自宅がお近くのようですし、ボクは、ここで」

「そ、そう? なんならあがってお茶でも?」

「ありがとうございます。せっかくのお誘いなのですが、帰宅しないとならなくて」

「そう」

 由上さんの辞退に、パパは心底安心した顔になった。

 わかりやすすぎるし、失礼だし。

 密かに怒る私に、きっとパパも由上さんも気づいていない。

「パパと一緒に帰るか?」

「え、あ……もう少し、お話したい、かな」

「そ、そう。じゃあ、パパ先かえってるから、なにかあったらすぐ呼んで」

「なにもないから」

「そうか。じゃ、じゃあ」

「失礼します」

 由上さんが頭を下げた。

 ものすごく動揺するパパを見送って、小さく息を吐く。あとで会ったら怒ってしまいそう。

「似てるね」

「えっ」

「天椙さんと、お父さん」

「そ、そうですか? というか、あの、失礼なこと言って、すみません」

「全然」由上さんが笑う。「良く知らないピンク髪の男が可愛い娘さんと一緒にいたら、警戒するでしょ」

「そうでしょうか……」

 由上さん、心配するような人じゃないのに。

 せっかくいい雰囲気だったのに邪魔をされたことも相まって、普段はそんなことないのに、無性にパパに腹が立った。

 プンスカする私を見て由上さんは小さく笑って、私を見つめた。

「そんな顔、初めて見た」

「えっ、あっ……すみません」

「ううん? 可愛い」

 ふっと笑って言ったその何気ない一言が、ずぎゅんと刺さる。そういうのさらっと言うの、ずるいです……。

「あんまり時間かかるとまたご心配おかけするから、残念だけどこの辺で」

「は、はい。あの、ありがとうございました」

 パヴェリングをくるんだ両手を見せて、おじぎをした。

「うん。喜んでもらえたならよかった」

 本当ならここでお別れなんだろうけど、身体が動かなくて……残り少ない夏休みの間、また会えないかなって思ったら、勝手に口が動いてた。

「「明日」」

 お互い同じ言葉を発して、お互い驚いて、一緒に笑う。

「行きます、図書室」

「うん、オレも」

 心が満たされて、ようやく安心して、じゃあ、と手を振って別れた。

 家に入ろうとしたら塀の内側でパパが待ち構えていて、お互いにぎょっとする。

「……もしかして、聞き耳立ててた、とか……」

「ち、ちがうちがう。なにかあったらすぐに行けるようにさ」

「なにもないよ。由上さん、そういうのする人じゃないから」

 さっきまでの温かい気持ちとは別に、少しとげのある、冷えた気持ちが生まれる。由上さんのことなにも知らないのに、そういうこと言ってほしくない。

「それはそうなんだろうけどさ」

「っていうかパパ、お仕事は?」

「今日は取材から直帰だったんだよ。光依那も、制服で、で、デート?」

「今日、登校日だったから、学校帰りだよ」

「あぁ、そうか。とりあえず、家、入ろう」

 パパが鍵を開けて、ドアを開けた。道を譲ってくれたから、先に家に入る

「ただいまー」

「はーい、おかえり~」

「ただいま」

「あら、パパも。早かったのね。一緒だったの?」

「そこで偶然。ね」

「うん」

 返事もそこそこに階段をのぼった。なんとなく、聖域を汚された気分。

 パパが悪いってわけじゃないけど、うん。ちょっとタイミング悪い。

 自室に戻ってバッグを置いて、握っていた手をそっと開く。窓からの光が反射してキラキラ輝くパヴェリングが、私の表情を崩していく。

 ホントに嬉しい……。なにかお返しできないかな。

 うっとりと指輪を眺めながら考える。でも、実はこっそりリサーチしていた由上さんのお誕生日はもう過ぎてしまっていて、来年に繰り越すには日が長すぎる。

 由上さんのお誕生日、由上さんはいろんな人からプレゼントを渡されていたけど、全部お断りしていたみたい。お返しできないからって。

 バレンタインのチョコも同じようにしていたみたいだけど、お返しなんていらないから、と押し通されたものもあるらしい。全部初音ちゃんから聞いた話だけど、リチギなかただなって思った。

 そんな感じなのになにか渡したらご迷惑かな。いやいや、いただいたもののお返しなんだからいいよね。

 なんて脳内で肯定と否定を戦わせながら、机に置いたパヴェリングをじっと眺める。

 嬉しい。本当に。

 胸がきゅーんと締め付けられて、苦しくなった。

 もう“尊敬”とは別の感情が、確かにそこにある。

 初めて感じた言葉にならないその気持ちを、どうしていいかわからない。なにも知らない大人が聞いたら、それに“初恋”という名称をつけるのだろう。けど、これがそうなのかもわからない。

 ただ、由上さんに出会えてよかったとだけ、強く思う。

 その想いを、キラキラ輝くリングと一緒に宝箱に収めようかな、と思って宝箱にしている缶を取る。中には由上さんとの思い出の品が入っている。

 でもせっかくだし、身に着けているところを見てもらいたいな。それに、この気持ちは、いつか言葉にできたら、由上さんに伝えたい。それが、いままで優しくしていただいたことに対するお返しになるんじゃないか、って思う。

 このリングに合う洋服って、どんなのだろう。

 あんまりガーリーな服を持ってないけど、ボーイッシュな服に合わせても可愛いのかな。

 クローゼットを開けて、手持ちの服を色々見てみる。

 もったいなくてきっと毎日は使えないから、今度でかけたときに飾るためのケースを買って来ようと決めた。


 夜に書いた日記には、久しぶりに由上さんとの交流が記録された。そしてまた、空白の四角を黒く塗りつぶすことができた。


 ■家まで送ってくれる

 ■さりげないプレゼント


 【可愛いって言ってくれる】、の項目はもう完了していて、新しく塗ることはできなくて、少しだけ残念だった。

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