Chapter.47
夢の中で、私は灰かぶり姫になっていた。
誰に言われるでもなく掃除や洗濯をしていたら、どこからか魔法使いの服を着た初音ちゃんがやってきて、私に魔法をかけてくれるという。望む姿にしてくれるそうだ。
だったら――私の頭に浮かんでいるのは、今夜開催される舞踏会の主催者である王子様の姿。
お城の仕事やお散歩をしているときたまにお見掛けする王子様の髪はピンク色で良く目立つ。
遠くからお見掛けするだけだけど、見つける度に私の胸は高鳴って、いつかお近づきになれたらどんなに幸せだろうって思ってた。
そう伝えると魔法使いは王子様の隣にいても遜色ないような髪型やアクセサリー、ドレスをまとわせてくれた。それまで履いていた布の靴は、ガラスのヒールになっている。初めて履くヒールは安定感がなくて少し不安だけど、舞踏会のドレスコードをクリアするにはお決まりのようだから仕方ない。
カボチャは近くになかったから畑に植わってたカブが馬車に、玄関に飾ってあった馬のぬいぐるみが本物の馬に、従者はどこからかやってきた立川くんが買って出てくれて、王子様の待つお城へ行くことになった。
「いいかい、灰かぶり姫」
魔法使いが言う。
「お前の姿を変えた魔法は、夜中12時の時計の鐘が鳴り終わると解けてしまう。お前がいま望んでいない元の姿で、王子の前に立つことになる。
けれど、一番大切なのは中身だよ。私の魔法が解けて元通りの灰かぶりになって周りがなんて言おうとも、気にしてはいけないよ。
王子がそれらと同じことを言うようなら、それはお前にとっての本当の“王子様”ではない。
たとえ離れ離れになっても、お前が素直に生きていれば王子はきっとお前のことを見つけてくれる。だから心配しすぎないようにするんだよ。わかったね」
声のようで音のように聞こえるその言葉は、私の頭に、胸に直接刺さった。
馬車の操縦席で手綱を握る従者も、魔法使いの言葉にウンウンと笑顔でうなずいていた。
「出すから乗って~」
従者に言われて馬車に乗り込む。
感じたことない速さで馬車は駆け、あっという間に舞踏会の会場であるお城に着いた。入口で入場券を求められて慌てていたら、従者がスマホを渡してくれた。どうやらこれで認証するらしい。
無事お城の中に入ったら、大きな広間で色とりどりのドレスを来たお姫様たちが王子様の登場をいまかいまかと待っている。
広間の片隅で私もドキドキしながら待っていたら、吹き抜けの二階に続く長い階段が照明に照らされた。スポットライトの中にピンク色の髪をした王子様が立っている。
わぁ、ときゃあ、が混ざる歓声の中、王子様は階段をおりて広間にやってきた。
羨望のまなざしがそそがれる中、私は気おくれしていた。どんなに見た目がキレイでも、中身は灰かぶりのまま。どうしても自信が持てない。
魔法使いが言っていた『一番大切なのは中身』という言葉を思い出す。
そうか。こんなに自信がない状態で王子様に見初められても、私はきっと、その気持ちに応えられない。
気付いたときには私の身体は勝手に動いていた。忙しそうなウエイターさんやウエイトレスさんが困らないように、使い終わって雑多に置かれた食器をテーブルの片隅に並べたり、元の場所に置かれず放置されたトングを戻したり。
舞踏会って踊るだけじゃなくてバイキングもやってるんだなーって感心しながら壁沿いに歩いていたら、「あの……」なぜだか聞き覚えのある声が私を呼んだ。
「はいっ」
驚いて返事をしながら振り返ったら、そこに王子様が立っていた。
「よろしければ、私と踊りませんか?」
猫の笑顔で言って、王子様は手をさしのべてくれる。
「お、踊りとか、できないかもしれません……」
私の言葉に王子様がふと笑って
「大丈夫。ご不便がないようリードしますよ」
私の右手を取った。
その体温に、緊張の動悸はトキメキの鼓動に変わる。
王子様にエスコートされた大広間の真ん中で、ゆったり回りながら踊り始めたら、自然と身体が動き出した。
なぜか俯瞰で見える二人が躍る姿は、子供のころに見た有名なアニメのワンシーンみたいだ。
王子様の細くてゴツゴツした少し熱いその手の温度を、感触を、私はなぜだか懐かしく思っていた。
ずっとこのまま一緒にいられたら……。
そう思った瞬間、大広間に鐘の音が鳴り響いた。
ビクリとして肩をすくめて足を止めると
「大丈夫、12時を告げる鐘の音です。12回鳴れば、音はなくなる」
王子様は安心させるように言って、また踊り始めようとした。
「ちっ、違くて……! あの、私、帰らないと……!」
「なにかご予定が?」
「そ、そうじゃないんですけど……!」
鐘が鳴り終わったら、私の姿は灰かぶりに戻ってしまう。大観衆の中でみすぼらしい姿をさらしてしまう。その姿で王子様の隣に立つのは、申し訳なさすぎる。
「ごめんなさい……!」
本当は離したくない手をふりほどいて出口へ駆けた。
は、走りにくい……!
ガラスの靴の中で足がすべる。かかとがガラスに擦れて痛い。履き慣れないヒールが指先を圧迫していることにも気付いてしまう。小指、つぶれそう……!
もともと早くない足が更にもつれる。運動不足がたたってすぐに息があがる。
やっとの思いでドアをくぐり長い階段をおりようとしたところで足が滑った。
転ぶ!
身体への痛みを覚悟してまぶたを閉じた――
…………あれ?
階段の衝撃がなくて不思議に思いまぶたを開けたら、目の前に王子様の顔があった。
「!!!」
慌てて離れようとするけど、王子様は離してくれない。
「危ないよ、ケガする」
「で、でも……!」
鐘、何回鳴った?!
階段の下に馬車と従者が待っているのが見える。従者が心配そうなのが遠目にもわかる。
ゴーン…ゴーン……。
鐘の音が余韻だけになった。
私の身体から光の粉が落ちていく。
アップにしていた髪がほどけ、シルクのドレスは布のドレスに、ガラスの靴は布の靴に……。
あぁ……魔法が、解けた……。
階段の下にあった馬車ももう見えない。
王子様はさきほどと変わらぬ姿で私の身体を支えている。
ごめんなさい、だますつもりはなかったんです。
言わなければならないそのセリフを伝える前に、
「やっぱり」
王子様がふと笑った。
「あ、え……?」
「いつも、私が通る道で花の世話をしていますよね」
「は、はい……」
「あの花は世話が難しく、なかなかあんなに綺麗に咲くことはないんです。その花を美しく咲かせるかたは、きっと心が美しいかたなのだろうと思っていました」
猫の笑顔で王子様が続ける。
「今日も皆が過ごしやすいようにしてくださってましたね。あなたはドレスなんて着なくても、十分素敵な女性ですよ」
階段の下で、馬のぬいぐるみを抱えた立川くんが喜んでいる。すぐ隣で、魔法使いの恰好をした初音ちゃんもうなずいていた。
私は王子様の目を見つめて、その名を呼んだ。
「由上さん……」
自分の声で目が覚める。なんだか随分自分に都合のよい夢を見ていたような……。
でも気分がとてもいい。とても元気に目覚めることができた。
予定の起床時間より少し早いけどこのまま起きて出かける準備をすることにした。
今日から図書室通いを始めるのだ。




