Chapter.38
各学科のテスト範囲が発表された。いつもの勉強に加えて、そこも復習することにする。
趣味の読書に割く時間が普段より減ってしまって、少しフラストレーションがたまる。それはみんなも同じみたいで、特に、部活動してる人たちは試験前の一定期間、部活動が休止してしまってストレスがたまってるらしい。
運動部に入っている人は身体がなまって鬱屈とする、なんて話をしてる。
文化部の初音ちゃんたちも、好きなことを思いっきりしたいけどいまは無理だってしょんぼりしてる。
「ねー、一緒に帰ろ~」
「うん、そうしよ」
放課後、初音ちゃんに誘われて立川くんも一緒に三人で駅に向かう。由上さんはおうちの用事があるって先に帰って行った。
「勉強でわかんないとこあったらメッセするかも~」
今回のテスト範囲が苦手だったらしくて、珍しく初音ちゃんが弱音を吐いてた。
「だったらみんなで勉強会でもやる?」その場にいた立川くんの提案に
「ん~、せっかくみんなで集まるんだったら遊びたい」初音ちゃんが首を振る。
「なるほど」
効率が悪いとかいう理由じゃないのが、初音ちゃんらしくて思わずうなずいてしまった。
「も~、なんでもいいから早く夏休みになってほしい」
初音ちゃんが駄々っ子のように言うから、なんだか微笑ましい。
「期末試験終わったら、みんなでお茶して帰ろうか」
笑いながら言った私の言葉に、初音ちゃんと立川くんが目を丸くする。
「え……ごめん、変なこと言った?」
「みんなって、“みんな”?」立川くんが言って、私を見る。
「え、う、うん……」
「蒼和ちゃんも?」今度は初音ちゃん。
「え? あ、いや、それは」
「え、蒼和だけ仲間はずれ?」
「違う、そうじゃなくて」
「寂しがるよ~蒼和ちゃん。化けて出るかも」
「生きてるから、由上さん」
「誘ってやってよたまには、天椙さんから」
「い、いやぁ……ハードル高いよ……」
「なんで~? 絶対喜ぶって。しっぽブンブン振って着いてくるって~」
ニヨニヨしながら言う初音ちゃんに、私は苦笑を返すしかできなかった。
「蒼和と喋るようになってからもう一年半くらいになるのに、まだ慣れないの?」
「な、慣れるとか慣れないとか、そういう問題じゃないんだ……」
由上さんは私の“憧れの人”だから、何回言葉を交わしても緊張してしまう。最近やっと、普段の会話くらいは普通にできるようになってたけど、席が離れてあまり交流もなくなってしまったから、また緊張するようになってしまった。
「連絡先くらい交換したらいいのに」
「う、ん。そうだね」
実は交換はしてるんだけど、誰にもそのことは話してない。いつかはわかることだろうけど、いまは二人だけの秘密にしておきたかった。
いまも足元にできている日傘の影、その秘密基地に由上さんはいない。
「蒼和ちゃん、おうちの用事ってなんだろー」
「家事の手伝いするって」
「え。すごい。偉い」
意外、なんて言ったら失礼だけど、私そんな、家のお手伝いで早く帰るとかしたことない。
「蒼和んち大所帯だからさ。おばさんだけだと大変だからって、学生の兄弟たちは当番制で家事手伝うことになってんだって」
「そういえば、兄弟多いんだっけ」以前聞いた由上さんの家族構成を思い出す。
「そう。一番上と二番目のにーちゃんはもう働いてるから、三番目のにーちゃんと蒼和と弟で回してるって。それでも毎日じゃないけどね」
「部活やらない理由は、それ……?」
恐る恐る聞いてみるけど、立川くんは「いや?」首を少しかしげた。
「それだけじゃないみたいよ? 中学のとき野球やりすぎて肩だか腰だか壊したって。体育くらいの運動ならダイジョブらしいけど」
「そうなんだ」
「まぁオレもフワッと聞いただけだし、そのうち蒼和から話すかもだから、そのときは知らないフリして聞いてあげて」
「うん」
話してくれるかどうかはわからないけど、いつかそのときが来たら、初めて聞いたようにしよう。
「蒼和ちゃんは家事を頑張ってもらうとして、わたしたちは試験勉強がんばろー」
力なく言った初音ちゃんにうなずいて、二人とは駅前で別れた。
ケガしてたんだ……。
普段の由上さんからは想像もつかない。だっていつでも明るくて元気で優しくて……つらいとか苦しいとか、そういう感情を見たことがない。
たまに少し寂しそうな……身体じゃなくて心がつらそうなときはあるけど、それも滅多に表に出さなくて。
そういうのも全部、見せてもらえるような人になりたいな。
おぼろげにそんなことを想いながら、由上さんの猫の笑顔を思い出していた。
* * *
始業のチャイムが鳴ったあと、いつもとは違って鉛筆を走らせる音や紙をめくる音だけが教室内に充満する。
いつも授業をしてくれる先生方は、教室内を巡回したり、教室の片隅に置かれた椅子に座ったりして私たちを見守っている。
チャイムが鳴ると、安堵と憂慮の入り混じった息が様々な席からもれる。
一日中そんな環境にいると肩が凝るのか、いつにも増して伸びをする人が増える期間。
中間と期末に流れる独特なその空気が、私は割と好きだった。自分の普段の頑張りを“順位”や“成績”で知ることができるし、いつもより少し、早く帰れるし。
得意な教科と苦手な教科があるから全教科に自信があるわけじゃないけど、頑張ったぶんだけの成果は出せたと思う。
そんな期末試験も無事終わって、あとは夏休みを待つばかり。
夏休みになったら毎日会うことができなくなるけど、スマホに連絡先が入っているだけで心がウキウキする。
まだ連絡したことはないけど、いつでもメッセが送れるんだって思ったら、それだけで嬉しかった。
夏休みは、初音ちゃんの提案で四人でどこかに遊びに行く約束をしてる。そのために、四人のグループメッセルームを作ってくれた。四人とは、初音ちゃん、立川くん、私、そして、由上さん。
もちろん由上さんにも承諾済みで、遊びに行くだけじゃなくても、なんかあったらメッセしようって初音ちゃんが言ってくれた。
前に言ってた、期末試験が終わったらみんなでお茶して帰ろう、って提案は、終業式の帰りにファミレスに行くということになった。
由上さんを誘ってくれたのは立川くんだけど、由上さんも快く応じてくれた。
由上さんと立川くんはきっと親友で、初音ちゃんも二人と幼馴染で、そんな中に私が入っていいのかな、って初音ちゃんに相談したら
「いいのいいの! 蒼和ちゃんなんかに遠慮しないの!」
っておおらかに笑ってくれた。
終業式の日、学校帰りに四人で待ち合わせして、音ノ羽学園前駅近くのファミレスに集合した。
先に初音ちゃんと私、あとから立川くんと由上さん。
ファミレスの一番奥、すりガラスに囲まれた席に陣取れたから、周りの目も気にならない。
終業式だからみんな夏制服を着ていて、ちょっと新鮮。
「なんか前に四人で来たときも制服だった気がする」と初音ちゃん。
「始業式だっけ?」初音ちゃんの隣で立川くんが首をかしげる。
「あんときはまだ長袖だったね」目を細めているのは由上さんだ。
「そうだそうだ。時が経つのは早いねぇ~」手を合わせて初音ちゃんがしみじみ言った。
三人の会話を聞きうなずきながらメニューを眺める。それだけで気分があがる。
「四人で放課後に集まるのも久々だね」由上さんの言葉に
「蒼和ちゃん忙しいみたいだからさ~」初音ちゃんが口をとがらせた。
「別にそんなことないよ。二人みたいに部活入ってもないし」
「えっ、立川くんって部活入ってたの?」
「うん。美術部」
「美術部入ってる上に選択授業も美術とか、どんだけ好きよって話だよね~」
「一年のときは違ってたよね」一年のときは自分が美術の選択授業を受けてたから覚えてる。
「うん。部活でやってるからいっかなーって思ってたんだけど、やっぱガッツリやりたいなーって」
「そうなんだ」
それはよっぽど好きなんだなぁって、そこまで打ち込めることがない私にはうらやましくもあり、尊敬できることでもあった。
「将来は? 美大?」
「うーん、そうだねー。でも金かかるし、まだ悩んでるんだよねー」
初音ちゃんの質問に、立川くんが難しい顔をして腕を組んだ。
「オレでよければ話くらいは聞くよ?」
「うん、ありがとう」
そうか、もう進路の話、ちゃんと考えないとなんだ。
入学するまでも大変だったけど、入学してからもまだ大変なことがある。特に進路を決めるのは、将来にもかかわってくるから……
「偉いなぁ……」
ポツリとつぶやいたその言葉に、由上さんがふと笑った。すぐ隣に、猫の笑顔。
「まだ考えられないよね」
笑顔のままで、由上さんが言った。
「そう、ですね。まだ、わからないです」
将来……なりたい職業とかも加味して大学選べなんて、難しい。それって、由上さんも同じなのかな。
いまなら聞けるかも? と思って口を開いたけど、みんなの前で聞く話じゃないかなぁと思ってやめた。
「で、なににする?」
メニューを眺める私たちに由上さんが聞く。
今日のところはとりあえずドリンクバーだけで、夏休み中の予定をある程度決めたら解散しようってことになった。
一年の夏休みは遊ぶ友達もいなくて、宿題も早々に終わってしまって、ずっと小説を読んでいたのを思い出す。短いようで長かった去年の夏休みとは違って、きっと楽しくなるんじゃないかって予感がしてる。
その予感、当たるといいなぁって思いながら、初音ちゃんと一緒にドリンクバーへ移動した。
* * *




