愚かな王太子は、哀れな公爵令嬢のことを責める。
「フェリカ、ここにいたのか」
「ごきげんよう、ディーン様」
レイモンド様の私室から出てくるところをディーン様に見られてしまいました。
陛下にレイモンド様は報告に行っていますわ。
「どうしてこんなところに……まさかレイモンドと」
「あら、レイモンド様とはフィリア様のお話をしたりしているだけです」
「……まあいい、アリスの怪我はたいしたことがなかったが、どうして突き落としたりしたんだフェリカ?」
「突き落としてはいません。あの方が足を滑らせて勝手に落ちたのです」
冷たいディーン様の瞳、でもまっすぐに私は見据えて堂々と言い返します。
フェリカ、君の髪は綺麗だ。
太陽の光を受けて光ると金色だ。
『僕は君の事を一生愛するよ。だから永遠なんて言葉を信じるなんていわないでほしい。僕はこの生命終わるまで君を愛している』
悲しくて悲しくて泣いている時、フェリカみつけたと微笑みながら言って、私をひまわり畑の中から見つけ出してくれた幼いディーン様。
母が死んだすぐ後でした。
この誓いは永遠だといっていたあなたはどこに消えてしまったのでしょうか?
「私は永遠を信じていませんわ」
「フェリカ?」
「アリスさん、アリスさんと言われますが、あなたの婚約者は私ですわ。アリスさんを信用されて、私のいうことは信じてくれませんの?」
婚約破棄をしようとしていることは調べて知っていました。
私がアリスさんをいじめたという証拠を探していると。
だが私は知らない振りで聞いてみます。
化かしあいのようです。
証拠が集まらないうちはさすがのディーン様も破棄を告げられず、だからこそあんな手段をアリスさんはとったのかもしれませんわね。
私には落ち度は今のところはありませんもの。
「君は変わった」
「変わってはいませんわ」
「いや冷たくなった。あれほど優しい君が、どうしてそんなに……レイモンドのことが」
「私がレイモンド様に心変わりをしたと? 馬鹿馬鹿しい、私がフィリア様を裏切るとでも?」
もうディーン様とお話したくありません。
いつもお話をするとき、心が温かくなりました。でも今は心が冷たくなるばかりです。
青い瞳は憎悪が浮かび、その表情は私を責めるものでした。
「君はアリスのことをどうして嫌う?」
「嫌ってはいません、苦手なだけです」
「苦手も嫌いも同じだろう!」
「私の交友関係は私自身が決めます。ディーン様こそ、どうして私に冷たいのですか? 私何かしましたか?」
「君がアリスの好意をはねつけるからだ!」
「はねつけてはおりませんわ」
ああ、平行線の会話、いつも愛しているよと優しく微笑んで抱きしめてくださいましたのに。
アリスさんが現れてからは一度も愛しているよといってくださいません。
「フェリカ、愛しているよともう言ってくださいませんのね」
私の目から涙があふれます。すると少しだけ非難の色がディーン様の顔から消えました。
私が泣き続けると、フェリカと手を伸ばしてくるディーン様。
「泣かないでくれ、君の泣き顔は見たくない」
「……愛しているといって下さいまし」
「フェリカ」
「フェリカ、愛しているよと言って下さい!」
ああ、気が高ぶっているのでしょう。泣きながら叫んでしまいました。
冷静にと思っていましたが、限界まで来ているのかもしれません。
いつまで理性で押さえつけられるのでしょう。この狂気を。
「あいして……」
「私何もしてませんわ。私は新しい茶葉もおいしいクッキーも用意して、お茶会を楽しみに待っていましたの! でも直前で用事ができたと何回も言われて……王太子妃としての勉強もしてまいりましたわ。私は何もしていませんわ! 変わったのはディーン様です!」
だめ、だめという声が私の中から聞こえます。でももう止められません。
黙って困ったようにこちらを見るディーン様、愛しているという言葉は形になりません。
私はずっとずっとディーン様だけを愛してきました。
王太子妃としての勉強もディーン様のためだけにしてまいりましたわ。
私は何もしていません。変わったというのならディーン様のせいです。
「君は悪くない」
「私はアリスさんを突き飛ばしてなどはいません。そんなことができるわけがありません。人を傷つけることは嫌いです。傷つけるくらいなら自分が傷ついたほうがいいです!」
「ああそうだったな、自分が飼っていた猫が木から降りられないのを見て、あわてて木登りをして助けようとして自分も降りられなくなるような子だった」
遠い目でディーン様が私を見ます。そういえば私は猫を飼っていて、木の上から飛び降りることができずにあにあ鳴いているのを見て、あわてて私は助けようとして。
私も降りられず、そういえばディーン様に助けていただいたのでした。
「悪かった。疑ったりして」
「……わかっていただけたのならいいのです」
わかってくれたわけではなさそうです。その瞳には疑いがまだ残っていました。
言葉にしてももうわかってもらえない。
絶望だけが私を支配していきます。
「ディーン、フェリーシカも?」
「レイモンド、お前」
「陛下にお話があって、フェリーシカをつれてきたんだが、お邪魔だったかい?」
「どうしてお前が父上に?」
「ああ、おじ上がフェリーシカとディーンの婚姻の儀を早めたいから連れてくるように僕に言ったんだけど、ディーンは最近忙しいようだからと」
「どうして婚姻の儀を?」
「さあ、おじ上も早く王位を譲りたいとか?」
両手を上にあげて、僕にはわからないなあとへらっと笑うレイモンド様。
これは私がお願いしたことです。
婚姻の儀を早めたいといえば、ぼろを出すのが早くなると思いましたの。
「どうして私に相談もなしに」
「私は陛下に話があると言われただけです。まだ聞いていません」
「そのとおりだけど、ディーンどうするの?」
「いや、陛下にお願いして、取りやめてもらう」
「ふうん」
まるで茶番です。レイモンド様がクスクス笑い、私が困ったような顔でディーン様を見る。
哀れな道化師のようですわ。
失礼するとディーン様が後ろを向いて去っていきます。
「馬鹿馬鹿しいです」
「フェリーシカ?」
「茶番ですわ」
冷たくディーン様の後姿を見て言うと、そうだねと同意するようにレイモンド様が頷きました。
どうしてこううまくいかないのでしょう。
一縷の望みにすがりつく私が本当に愚かでしたわ。