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悪役令嬢は憎しみの心にとらわれても尚、心優しい白い鳥だった。

「フェリーシカ、あのアリスという女……」


「レイモンド様、あなた、私と一緒にいる姿は見られていませんわね?」


「ああ」


「なら……私を連れて逃げたところが見られていなければいいのですわ」


「フェリーシカ?」


 私は呆然と王宮の一室で座り込んでいました。

 レイモンド様の私室のことはよくフィリア様に聞いていたものでしたが私が来るとは思いませんでした。


 どうせ私のことなんてディーン様は信用してくださらない。

 それがわかっていたのに、どうしてあんな目で見られたくらいで動揺したのか。


 暗い目でしたわ、初めて見ました。

 強い憎しみ、暗い暗い闇がディーン様の目の奥にはありました。

 

「う、ううう……」


「フェリーシカ、泣くな。お前あのアリスという女に負けるのか?」


 負けたくはありません。いえ負ける。勝つなどではありません。

 私が望むのはディーン様だけ。

 だからディーン様のあんな憎しみの表情、強い憎悪の目を見るとつらいのです。


 油断していたわけではありませんが、私も甘かったです。


「私は相変わらずまだ甘いですわ」


 私は卑怯な手段に出る人のことがまだ理解できていません。

 相変わらず甘いところがあるのはいけません。


「君は、フィリアとお人よしなところが似ていたからな」


「そうですか?」


「ああ」


 君と一瞬言われたとき、ディーン様を思い出しました。

 いえ君などとは言われませんでしたが、アクセントがよく似ていたのです。


「私はディーン様以外を求めることはありません。フィリア様もそうだったんですわ」


「ああそうだな」


 やさしい人が好きです。

 不実な人は嫌いです。

 レイモンド様はディーン様にでも似ているところがありました。

 それを見ると心が痛みます。


「私、どうしてこんなに甘いのでしょう」


「もともとフィリアと同じで甘いんだ。だからこそそこを突かれると弱い」


 甘いといわれてそんなことはないという言葉は返せませんでした。

 人の悪口を言うのは嫌いでした。

 権力を振りかざすのも嫌いでしたがしかし私は今はそれを振りかざしています。


「冷たいものでも飲むかい?」


「ええ」


 うふふ、私はどうしてこんないつも迷っているのでしょうか?

 ディーン様の愛があれば強くなれた。

 でも今は戸惑いの中、手探りで進んでいるようです。


「僕はフィリアにもう少し言葉にして語ればよかったんだな」


「ええ」


「しかしディーンのやつ、君からあいつに乗り換えるなんて……フィリアが死んだとき僕のことをかなり非難していたが」


「……男なんて信じられないとお母様がよく言っておられました」


「え?」


「永遠の愛がほしいと、永遠を信じる? とよく口ぐせのように言われてましたから」


 私はあの時のお母様のさびしそうな笑みと、死んでしまったときの満足そうな笑みが忘れられません。

 病死とされていましたが、殺された可能性もあったそうです。


 愛なんて信じる価値がないと誰が言っていたのでしょう?


「ああ、お父様が愛なんてこの世界で一番価値がないと言われていたのですわ」


「フェリーシカ?」


 私の中の正気が、いえ理性は少しずつ消えていくようでした。ディーン様のあの憎しみの瞳、アリスさんを抱きしめて愛おしそうに歩いていったあの姿。


私はどうしてあの方の愛を永遠だと信じていたことがあったのでしょうか?


「レイモンド様」


「フェリーシカ?」


私にコップを差し出すレイモンド様、私は受け取り飲み干しました。


冷たいレモン水、気分を落ち着けるには最適ですわね。


「あなたは本気でアリスさんを誘惑していますかレイモンド様?」


「ばれたか、本気じゃない。あれは好みじゃない」


「陛下にレイモンド様以外の人でお願いするように言ってみます」


「おい、僕がおじ上に怒られる!」


「おじ上、あら、久しぶりですわねその呼び方、なら本気を出してください。早くあの方を篭絡してくださいまし」


「ふうん、どんな手段を使ってもいいのかい?」


「ええ、貞操を奪う以外ならいいですわよ」


「おい、それは飛躍しすぎだ」


「それをすると、婚姻を迫られる条件になりますから、そこまではさすがのレイモンド様もされますまい」


 私が笑うと、後ろに少しだけレイモンド様はひきました。

 楽しそうに一瞬笑っていたのですが、その目には驚きを宿し、何も言わずに黙り込みます。


「ベアトリーチェ殿?」


「あら似ていました?」


「ああ」


「そうですわね、似てきたのかもしれません」


 絶望を知ったとき、それは希望にはなりえない。お母様は死んでしまいたいほどつらい事が私の年齢のときあったそうです。


「どうやって、あの階段から落ちたアリスさんのことをなんとかします?」


「ああ、一応、僕が魔法できろ……」


「はい?」


「一応、君やあいつ、ディーンのことは遠隔で記録……」


「着替えなど……」


「そこまではしていない! フィリアのことがあったから、気になるところだけ遠隔で記録しているだけだ」


「それならいいですが」


 クスクスと私が笑うと、魔法の遠見は僕の得意分野だからねと愉しげにレイモンド様が笑いました。

 行動の記録までは考えていませんでしたわ、ディーン様がアリスさんのところに通っているところなどは記録してましたが、逐一はしていませんでした。


「あなたもいろいろと考えてはいるのですね」


「一応、あの最悪なときのことがあったから」


 寂しげに笑うレイモンド様、ああフィリア様、あなたさえここにいればこの人の魂を救えたのでしょう。

 私では救えないし、救いたいとも思いません。

 だってディーン様が世界で一番で、それ以外はどうでもいいのですもの。


「君はディーン以外は本当にどうでもいいんだな、そんな顔をしていた」


「ええそうです」


「やさしい、甘い、おせっかいといったのは撤回しよう」


「はい、お願いいたします」


 銀の髪がさらりと揺れます。そういえばこの方も私と同じ髪の色でフィリアさんが気に入っておられました。


「記録はお願いいたします。証拠にしますから」


「ああ」


 しかし私も甘いです。もう少し手を打たないと、あの人があんなことをするのを予測できないなんてまだまです。

クスっと笑うと、うつろな目でレイモンド様がこちらを見ています。

ああまるで人形のような目です。私もディーン様のことを思うとき、そんな目をすることがあるのでしょうか?







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