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りんごの花言葉は裏切りというと令嬢は笑って囁く。

「アリスって女、男ならなんでもいいみたいだな。僕はあんな尻軽には苦手なんだが」


「レイモンド様?」


「一途な女性のほうが好きだ」


「あなたがお嫌なら陛下に違う方を見繕ってもらいます」


 そういえばもう夏ですわねと思いながら、私は厨房でリンゴをむいていました。

 愛しいディーン様のためにいろいろとお料理も習いました。

 王太子妃は料理なんてしなくてもいいとは言われましたが、お母様はおかし作りがお得意でよく作ってくださいました。

 それくらいはしてさしあげたかったのです。


 そういえば、キッシュを作って差し上げたとき、とても固くて……でも無理やり食べようとして歯がかけますとあわてて止めたこともありました。

 どうやってあんな固いキッシュを私は作ったのででしょう?


「うふふ……」


「へえ、機嫌がいいようだな」


「いえ、機嫌はすごぶる悪いです。どうしてそこにいるのがディーン様じゃなくて貴方様なんでしょう?」


「別に僕がここにいてもいいと思うが」


 私はレイモンド様が嫌いでした、だが彼と二人きりでいても安心はできました。

 殺されそうな恐怖心、それはまだありましたが、彼はフィリア様以外はどうでもよくて、私に対する誘いもただ空虚を満たすためにしているだけとわかっていたからです。


 身に危険が及ぶことがないとわかれば、不快ではありましたが、そばにいさせても別にうっとうしいだけですみました。


 寝台に座り、にやっと笑うレイモンド様。

 その容姿は確かに素晴らしいもので、陛下にもよく似ていました。

 端麗といえばそう、男らしいとも言え、でも私はフィリア様はレイモンド様が寂しがりやとよく言っていたのを聞いていました。


 私は寂しがりやの人に恋することはありません。

 自分を満たしてくれる優しい人でなければ……フィリア様はディーン様に少し似ていました。

 お世話焼きで優しくて、私はだからフィリア様が大好きでしたの。


「ああ、ディーン様がその寝台に座り、そして私が……」


「うれしそうに笑いながらよく言うね、鎖付きの寝台なんて」


「りんごは裏切りという花言葉がありますのよレイモンド様」


 私はむきおえたリンゴを投げると、器用に片手で受け取るレイモンド様。

 実際、私はこの方と陛下にしかディーン様の心変わりをお話しできず、まだ心の平衡をこの方と話すことで保っている状態でした。


「この屋敷、いつディーンを招待する?」


「隙がありましたらですわね」


「僕は実際、あのアリスって女とキスをしようとした、交わされたけどまんざらでもなさそうだったな」


「あらレイモンド様は一応、王族であり、知性も教養も……」


「世辞は結構、一応学園では上位に入る成績と魔力ではあるが、ディーンが一番だ」


「ええ、でもあなたにあこがれる方も多いですわよ?」


「……別にどうでもいい、本当に欲しいものはもういないのだから」


 一瞬だけ、虚ろな目になるレイモンド様。ああこのような時はお父様によく似ています。

 多分、陛下とお父様はよく似ていて、レイモンド様もそうです。

 私はこの三人の方のような人には惹かれないのです。

 だって自分となんとなく似ていますもの。


 世界で一番が絶対と決め、それ以外はどうでもいいと言い切る。

 その人のためなら人も殺してしまうでしょう。


 私はたぶん、ディーン様が私を愛してくださっていて、ディーン様が危険な目にあいそうになったら、躊躇せずその相手を殺していました。

 お母様がそうだったように。


 大切な人を害するものが許せない。

 その人以外はいらない。


 そう言い切る強さ? いいえ脆さ? それが私たちに共通することでした。


 陛下は王妃を愛してはおらず、死んでしまった王妃はそれを儚んでいたのかもうわかりません。

 ディーン様を産んだ後すぐ亡くなってしまったのですから。

 ディーン様は陛下と母のことを知っていましたが、フェリカのせいじゃないと仰ってくださいました。


「ああ、私はディーン様以外はどうでもいいのです。あなたすら」


「別にそれはそれでいい」


「あの人以外はいらない、あの人が欲しい!」


「君はまだ幸せだ。だってディーンはまだこの世界に存在する」


 レイモンド様は虚ろに笑います。でも私はこの人と話すことで精神の平衡を保っている。

 今は薬に頼る日々です。

 眠れず、悪夢に苛まれ、食事すらとれず、顔を合わせればディーン様はアリスをさんをいじめるなというだけ。

 ああ、愚かな自動人形のよう、狂ったようにただ首を振るだけの人形がありましたわ。

 ディーン様もそうですの?


 私が笑うと、レイモンド様は少し寝たら? と言われます。いえ眠れませんのというと、ああ僕もだとレイモンド様が微笑みました。

 確か、フィリア様が死ぬ前にされた笑い方にそれは似ていました。


 寂しいとき、悲しいとき、いつもそばにいるよと言ってくださいました。

 私はディーン様の心が戻ってくるかもと、普通に過ごそうと思っていました。

 私が悪かったよと仰ってくだされば許そうと。

 でももうアリスさんと一緒にいるのを隠そうともせず、笑いあい、私を見てみな嘲る。

 それが普通になってきていました。


 私は別に嘲られてもいいのです。

 ディーン様だけが欲しい。それだけです。

 ああ、愚かな悪役令嬢と言われても、庶民であるアリスさんをいじめる愚かな公爵令嬢と言われても別にどうでもよかった。

 ディーン様さえいてくれれば私の心は救われた。


 いつもいつもお父様が冷たいのと泣く私をやさしく抱きしめて慰めてくれましたわよね? 寂しがりやの私を愛していると。


「レイモンド様、私はもう狂っているのかもしれません」


「まだ君は狂ってなんていない」


「そうですか?」


「ああ」


 私の心はディーン様だけ、私の光はディーン様だけ。

 愛しています。ずっとずっとずっと……。でもあなたの眼差しはとても冷たく心が痛い。

 肩を震わせ泣くしかできない私は弱いです。

 だってディーン様の心が戻るのでないかと一縷の望みが私は……ああとても私は弱いです。

 泣く私をレイモンド様はただ見ているだけでした。

 そのまなざしは道端の石ころを見る人間のようでした。

 それが少し安心しました、だってフィリア様以外はどうでもいいと思われているということは、フィリア様が愛されているという証拠ですもの。

 ああ、私はゆがんでしまっているのでしょうね。

 

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