愛する人を永遠に手に入れられない。心が狂いそうです。
私は学園の単位はほぼ取り終えていました。
時は今は夏に差し掛けるころ、わが家のひまわりが美しく咲き誇る頃です。
図書室で本を読んでいると、窓の外から白い雲が見えました。
すると栗色の髪が……違う人でした。学園内ではもう私と婚約解消をするという噂でもちきりでした。
取り巻きの方々は私を見ると、嘲るように笑われました。
でも私はそれももうどうでもよかったのです。
ああ、ディーン様だけが欲しいのです。
私とディーン様が愛を誓い合ったのは春の前、でも今は数か月たっただけなのにあの人の心は私にない。本を捲ると、金の王子が銀の王女と幸せになるという大好きだったお話の最終話でした。
ああ、こんな幸せがくるとずっと思っていた私は愚かでした。
『アリスです。姓はありません。あの……よろしくお願いします』
栗色の髪がふわりと揺れ、無邪気に微笑んでいたアリスさん。
春に来た転入生、庶民が途中で入るのはかなり珍しいので皆注目していました。
『私はディーン、王太子殿下などと呼ばれることもあるが、今は一生徒だディーンと呼んでくれ』
ディーン様がはにかむアリスさんにやさしく笑いかけた時、あの人はただ緊張している女性にも気を使える人だからと思っていました。
優しい人なのです。
『ありがとうございます。ディーン様』
にっこりと花のように笑うアリスさんを見たときに少し嫌な予感がしました。
まるで媚びるような笑い方だったのです。
娼婦のようなと……よく乳母やが言っていた使用人の女性によく似ていました。
この方は刃傷沙汰を起こして解雇になりましたが、どうも同僚のご主人を奪い取った不義の末だったそうです。
男狂いと乳母やがよく言っていました。
その使用人と似ていると思った自分の直感を馬鹿馬鹿しいと思ったのをこの後後悔することにはなりました。
『あっ!』
転びかけたアリスさんを支えるディーン様、何もないところなのによく転ぶんですとてへっと笑ったアリスさん、かわいいという男性たち。
私はただ馬鹿馬鹿しいと思っただけでした。
しかしその時から、ディーン様がおかしくなっていかれました。
いえちょっとした変化でした。
いつも私と毎日お茶をしていたのに、忙しいと断るようになり。
王太子としての務めといわれてそうかと思っていた私が馬鹿でした。
私を避けるようになっていったのです。
最初は転入生の世話をしないとといわれ、アリスさんといるのはそのためだと思っていました。
意外にお世話焼きのところがありましたから。
だけど……私がお誘いをするたびに忙しいというようになり。
夜会のパートナーだった私を放っておいて……。
私がアリスさんに白はだめだといったとき、泣きながら去って行かれたのです。
そのアリスさんを追って行かれたのがディーン様。
あとでどうして? と聞きましたところ、ご婦人が泣いている姿を見ると慰めないとと思ったといわれ、優しい人ですからなんて……。
フィリア様がよく泣いていたのを慰めておられたので、馬鹿馬鹿しい。
フィリア様はレイモンド様のことを愛されて悩まれていたのです。アリスさんとは違いましたわ。
少しずつ、少しずつ、歯車が狂いだし、そうですわね恋に落ちるのは時間なんて関係ないとはよく言ったものですわ。
私がディーン様に初めて会ったときに恋に落ちたように……。
『フェリーシカですわ……あのフェリカと……』
『申し訳ない、わが娘は恥ずかしがりやでしてな。フェリカ、ディーン様にご挨拶を』
『あの……』
『僕はディーン、よろしくフェリカ嬢、フェリカって呼んでもいい?』
こっちにおいでよと手を差し出す幼いときのディーン様。
にっこりとやさしく笑い、父の後ろに恥ずかしがって隠れる私に怖くないよって仰られましたわよね。
私は男性が苦手で、同い年の男の子も苦手でした。
人見知りな私に怖くないよって笑ったディーン様。
『父上、僕フェリカ嬢と遊んできます』
『あの、フェリカと、フェリカと呼んでくださいませディーン様』
『じゃあフェリカ行こう、今は庭の花がとっても綺麗なんだ!』
一緒に行こうと手を差し出したディーン様、満面の笑顔は太陽のようでした。
おぞおずと手を差し出した私の手をつかんで走り出すディーン様。
同い年くらいの女の子とこうして話すのは初めてだと楽しそうに笑い、婚約者っていうけど、友達からはじめようといわれたディーン様を見て、その優しい微笑みに私は恋したのです。
初恋でした。
私たちは花畑の中でかくれんぼうをしました。
フェリカみーつけたと言って笑うディーン様。
私は花冠を作り、ディーン様の頭の上にのせてさしあげたら、ありがとうとはにかむように笑われましたわよね。
へたくそな花冠、宝物にするよと言われ、ずっと部屋に飾っておれたのを知っています。
あれはどうなったのでしょう?
出会いからずっとずっと愛してきました。
今も愛しています。
私は何も変わっていません。
いえ変わったとすればディーン様のせいです。
ディーン様さえ愛を下さっていれば、優しい私でいられました。
ああ心が痛いです。
苦しいです。
「ディーン様……ディーン様」
ぽたぽたとしずくが本に落ちます。
私が泣いていても、誰も慰めてくれません。
たった一人だけいた貴方はもういない。
アリスさんと一緒に歩き笑いあっています。
あの横には私がいましたのに、もう私は……。
心が狂いそうです。嘘だと……私は静かに泣き続けるしかありませんでした。
ああ追憶にひたるくらいなら、籠の鳥に……いえ、だめ……いえもう。
私の中の私がだめということもあるのです。
囁く言葉に耳を傾け、私は泣き続けるしかありませんでした。




