(1)恐怖
金色の光の中を、白いカッターシャツに、グレーのスラックス姿の少年が、自転車をこいでいる。荷台では、同じくカッターシャツに紺色のスカート姿の少女が金色の髪を靡かせながら、少年の肩に手を置き、揺られている。
良くある光景……であるが、特記すべきは、その少女が、終始無表情で進行方向を見ており、二人とも無言でいるところであろう。
「少尉」
エリスが口を開く。
「なに?」
自転車をこぎながら拓磨。
エリスは少し目を閉じ、再び開いた。
「何故、……これに乗らなくてはならないのだ?」
前のかごからネギが出ている自転車が、前方からやってくる。拓磨は、乗っている中年の女性に軽く会釈をし、やり過ごすと、少し息を吐く。
「え? だって、自転車じゃなきゃ歩くの大変だろ? あの近くには電車の駅もないし」
「……それもそうだな」
金色に染まった田んぼを見ながら、エリスは、ため息混じりに言った。
拓磨は、口元に笑みを浮かべる。
昨日、エリスが学校に初めて来た日、エリスは歩いてきたと言った。あの距離を歩くには、2時間もかかるわけだが。
拓磨は、自分をさらったときのように、空を飛んでこればいいじゃないか、と聞いたが、エリスは、そんなこと出来るわけがないだろう、と首を振り、拓磨に言ったのだ。
『我々が敵を監視しているように、敵も我々を監視している。だから、戦場以外で不用意に力を使うわけにはいかない』と。
極めてリスクの少ない、合理的な判断なのであろう。自身の疲労だとか、利便性すらも全く考慮しないのだな、と、拓磨は改めてエリスの思考に驚いたものだ。
弁当も、実は、部隊の者が運んでいるわけではないことを、そのときに知った。誰が……については、軍事機密だとか言って答えなかったが。
そんなわけで、それ以来、拓磨がエリスを自転車に乗せ、登下校しているというわけだ。 一応、千紗に分からないように、学校の近くで分かれ、別々に学校には行っている。もっとも、もう気にする必要もないのかも知れないが……。敢えてメリットと言えば、そのために、拓磨が遅刻しなくなったことぐらいか。
「少尉」
「うん?」
エリスは、虚空を睨みつつ何やら考え込んでいたが、息を吸い込むと、意を決したように口を開く。
「その……、少尉は……」
しかし、その言葉は、自転車の急ブレーキと共に途切れた。




