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視線の先で、ほぼ弁当を片づけたエリスの上半身が、揺れていることに気づく。
「エリス? 眠いの?」
思い当たることを口に出した拓磨の声に、エリスははっと気づく。
「いや、大丈夫だ」
そう答えるそばから、視線が宙をさまよう。
食事をすると、胃に血液がたくさん流れ、眠くなるのは自然の摂理だ。
しかも、エリスはここ数日まともに寝ていないのだろう。
端から見ても、睡魔と戦っているのは明白だ。
「少し寝たら? 昨日も寝てないんだろう?」
「いや、大丈夫だ」
エリスは首を振る。
「大丈夫じゃないように見えるけど。少しは寝ないと、頭も働かないだろう」
「作戦行動中に……寝るわけにはいかない」
エリスは立ち上がり、伸びをする。
「昨日は寝ていたじゃん」
その言葉に、エリスは拓磨を見下ろし、半眼になる。
「……処分されたいのか? 少尉」
そんな無茶苦茶な、と拓磨は言葉に詰まった。
マントを炎上させながら走る、タケトの姿が頭をよぎる。
すっかり忘れていたが、エリスはそういう立場にあるのだ。
そして、組織上は、拓磨はエリスの部下と言うことになっている。
拓磨は、過程はどうであれ、第十三科学系戦術師団に入隊したのである。
その場合、軍律が適用される、とタケトから説明を受けた。
上官への口答えは反逆罪……だそうだ。
『中将は強いからな。逆らう事は物理的に不可能だ』と、笑みを浮かべながら付け加えるタケトを思い出していた。
「い、いや、昨日のことがどうとかじゃなくて、……そりゃ、エリスを頼りにしている数千人……八千人だっけ、その兵士の前では、エリスの態度が必要なのは分かる。だけど、昨日初めて出会った僕の目には、エリスは常に張りつめた糸のように見える」
拓磨は短く息をつき、続ける。
「その目は、まるで獲物を物色する鷹のようだし、その翼は、遙か南の国を目指すツバメのようだ。決して休むと言うことを知らない。だけど、ここは学校で、ここには、僕しか居ない。だから、せめて、ここでは、その翼を休めても良いんじゃないかと思うんだ」
うまいこと言うな、と拓磨は一瞬自己満足に浸る。
そんな拓磨の様子を見下ろしていたエリスは、今日何度目かのため息をついた。
「……本当に、少尉は不思議な奴だな。言い回しも回りくどくて、何を言っているのか、分かりにくい」
「……」
その言葉に、打ちひしがれる拓磨。
エリスは腰を下ろす。
「しかし、少尉の言うことも一理あるな。確かに、睡眠は必要だ」
そして、エリスは拓磨の顔をじっと見た。
「少尉、私が寝ている間、何かあったら、すぐに私を起こすんだぞ?」
「うん」
エリスは、拓磨に顔を寄せる。
相変わらず慣れない拓磨は、心臓が高鳴ることを防げない。
「いいか? どんな些細なことでも、少尉の身の回りで、普段と違うことがあったら、絶対に私を起こせ。わかったか?」
一言一言を確実に言い聞かせるようにエリス。
ここで、拓磨は自分の考えの浅さに気づいた。
エリスは、何故寝ていないのか?
そして、エリスは何故寝ようとしないのか?
初めて会ったときに言っていた。『拓磨の警護と移送の任務』と。
そして、たった今、エリスは『少尉の身の回りで』と言った。
恐らく、拓磨の身に起こるであろう、危険から守るために、エリスは拓磨の周辺に警戒していたのだ。いわば、寝られないのも、拓磨が原因なのだ。
冷静に考えれば、保安室の位置だって調査済みだったに違いない。拓磨を連れてくる口実のために案内させたのだろう。
「わかった。何かあったら絶対に起こすから」
拓磨の言葉にエリスは頷くと、拓磨の隣に移動し、すっと身を寄せる。
「ちょっ、エリス?」
拓磨は狼狽するが、エリスは既に寝息を立てていた。
ふわっと良い香りがする。昨日と同じ、森林浴をしているような香り。
そうか、こうすれば、何かあってもすぐに気づくというわけだな。邪な想像を振り払うように、拓磨は論理的に考える。
今まで見た範囲でも、エリスは、常に論理的かつ合理的に物事を行っているのだ。全てにおいて無駄ということがない。ある意味、その行動には優雅ささえ感じてしまう。
今の行為も、そういうことなのだ。
睡眠に関しては、本当に限界だったのだろう。今、睡眠を取り、かつ、拓磨に対するリスクを最小限にとどめるための行動を取った。
そう、それだけのこと……。
やや硬直しながら、拓磨はエリスの寝顔を見つつ、今の状況に注釈をつけていた。




