(3)-2
○
「さて……と」
拓磨は畳の上であぐらをかきながら、先ほどの考えを少し訂正する。
目の前では、エリスが弁当を重箱から口に運んでいる。
重箱と言っても、一抱えほどもある大きさだ。
……軽く10人分はある
拓磨は額を押さえながら、エリスの様子を見守る。
先ほど、保安室で包みを受け取ったとき、何か嫌な予感がしたので、事務員に頼んで隣の和室を貸してもらったのだ。
大正解だった。
この弁当を持って教室に戻ったら何が起こるのか想像がつく。
「あの、それ、全部エリスの分だよね?」
「そうだが?」
箸を持ちながら、何でそんなことを聞く? と言いたげにエリス。
「そう……」
拓磨が次の言葉を探していると、エリスが『あっ』と小さく呟く。
「少尉はどうするのだ?」
――そっちか
拓磨は、心の中で突っ込んだ。
「いや、今日は弁当無いから、購買部で買ってこようかな……と」
拓磨はポケットから携帯電話を取り出すと、ちらりと時間を見る。
――もう、まともな物は残っていないな
既に、昼休み開始から20分が経過している。
その様子を見ていたエリスは、呟くように言った。
「無駄であろう。『購買部』とやらには、昼休み開始と同時に生徒が殺到し、めぼしい食料は開始15分足らずで売り切れるはずだ」
「よく知っているね」
「ああ、昨日覚えたからな。さながら、学生にとっての戦場と言ったところであろ?」
拓磨は、そんなことまで勉強しているエリスに感心する。
エリスは、既に半分ぐらい平らげた弁当を見ながら、ふと箸を止めた。
「残りは、少尉が食べれば良い」
弁当箱を差し出すエリス。
これだけでも5人分以上残っている。
「え? ……いや」
エリスの言葉に、拓磨は困惑する。
「心配するな、これは、この国の食材で作られている」
「いや、そのことじゃなくって」
「じゃあ、何だ?」
拓磨は言うべきかどうか悩んだ後、エリスの顔を見る。
「それの5分の1で良いんだけど」
エリスは顔を上げた。
「食べないと身体が持たないぞ」
その顔は、決してふざけているわけではなく、全く当たり前のことを当たり前に言っているだけのようである。
「いや、……この国の人間の基準だと、それは5人以上の量なんだ」
エリスは少しの間、まじまじと拓磨を見ていたが、軽く頷いた。
「そうか」
エリスは左手で重箱の蓋を取り、持っている箸で器用に拓磨の分を取り分けると、拓磨に差し出す。
「これで良いか?」
「うん」
拓磨は受け取る。
拓磨がエリスから箸を受け取り、食べようとしたとき、エリスは呟いた。
「……少尉の国の基準は、私の国の基準と同じだ。私の食べる量が多いことは、自覚している」
「そうか、じゃあ、明日からは、ここで昼ご飯を食べるか。目立つと困るから」
拓磨の言葉に、エリスは再び拓磨の顔を凝視していたが、少し微笑んだ。
「そうだな、確かに目立つのは良くない。少尉の意見に賛同する」
拓磨は、エリスから受け取った弁当を口に入れる。
意外に美味しい。というより、素朴な、何というか、食べ慣れている味。
戦地でまともな食事が出来ているうちは、まだ部隊は安泰だ……と何かの本で読んだことがあることを、拓磨は思い出していた。




