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貧乏男爵家の調査官日誌 番外編  作者: 林はるる


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1/7

囚人の遊び手

次回作はまだ未定です。


「助けて下さい!」


 そう聞こえたのは確かだが、振り向いても誰の姿も見えない。心配になったジュリウスがブラック号から降りて見回すと、ようやく背の高い草むらから傷だらけの少女が姿を現した。


「大丈夫か?」


「お願いです。助けて下さい」


 そう言いつつも動こうとしないため近寄ると、悲惨ななりをしていた。シミだらけの汚い上っ張りを身にまとい、体中、ひどい傷を負っていたが、裸足で逃げてきたのか、膝から下がひどい状態だったからだ。小さな体を片手で抱き上げると、ブラック号に乗せ、近くの川で手当を始めた。


「あの、追っ手が」

「何人くらいだ?」


「四人です。でも……」

「四人くらいなら、私一人でも」


「でも……」

「でも、なんだ」


「でも……」

「ああ、わかった。その四人の身分が高いのだな」


「……」

「そしてその正体を言えないと」


「……」


 傷口を流水でよく洗い、再びリズという少女をブラック号に乗せた。ブラック号は血の匂いを嗅いで、少し神経質になっている。そのまましばらく行き古道から、街道に抜けようとすると、慌てた様子の自警団に囲まれ、四人の青年が嫌な笑いをしながら現れた。


「その娘はこの街のものだ。返してもらおう」

「罰を受けている最中なんだ」

「今すぐ引き渡せ」

「痛い目をみたくないだろう」


「断る」


 青年たちは顔色を変えたが、よそ者を相手に多少、ためらいがあるようだ。


「……もしそいつを連れて行くというのなら、そいつの家族に罰を与えるぞ」

「それは明らかな違法行為だ。脅迫だぞ。わかっているのか」


「だが止められないだろう」

「……わかった。リズをこの街に置いて行こう」


 そういうと無表情だった自警団たちが、一瞬、気の毒そうな顔つきになった。リズは助けを求めるように、ジュリウスの服を引っ張っている。


「ただしこれでは、リズの身の安全が危ぶまれる。そのため私もこの街に残って、一緒にいよう」


 それを聞いて青年の一人マティスは、なにやら面倒そうな事態を引き起こしたと後悔したが、自警団への見栄もあり言い出せなかった。どこかから聞こえる『また余計なことをして』という小言に、心の中で謝りながら街に連行されていった。




「……なんだこれは」


 小さなリズを縦抱っこしたジュリウスが通されたのは、保安官事務所に隣接された倉庫を流用した牢獄だった。窓もなくじめじめとした床には水がしみだし、座ることもできない。がらんとした室内はかなり広く、ぐらついている格子が、申し訳程度に囚人を閉じ込める役割をしていた。


「馬鹿馬鹿しい。こんなところにいられるか」


 きびすを返して外に出ようとすると、自警団の責任者らしき男性のグレゴリーが前をふさいだ。


「おっと、あなた様は街のお偉方に逆らったんだ。出すわけにはいかねえ」


「それならせめて、まともな牢獄を用意しろ」


 同じく責任者らしき女性のエヴァンジェリンも前をふさぐ。


「お願い。なにか座るものを用意するから、ここから出ないで」


「知ったことか」


 リズを抱っこしたまま、一番もろそうな格子を、見当をつけて蹴り飛ばそうとした時に、エヴァンジェリンの魂の叫びが聞こえた。


「お母さんの薬代が!」


 続いてグレゴリーが、目をぎゅっとつむって、両手を広げて立ち塞がった。


「俺はどうなってもいい! だが弟妹たちは許してくれ!」


 さささっと黒い猫のように後ろに下がり、心臓をドキドキさせながらジュリウスは謝った。


「すまない」

「そんなつもりはなかった」

「事情も知らず我が儘だった」


 しかし牢獄の不愉快さは変わらない。


「うーん。……そういえばエヴァンジェリンは、先ほど座るものを用意すると言っていたな」


「ええ……。今、街の人たちがせめて横になれるものが、必要だろうと探していて。でもごめんなさい。みんな余裕なくて」


「家具屋はないのか?」


「そんな都会的な店はないぞ。建具屋ならあるが。どっちみち金がかかるしな」


「それなら一式注文できないか。まずは今日、横になれる分として、後は明日以降に搬入してくれればいい」


「でも、でも……お金、払えるの?」


「これでも一応、貴族令息なんだ」


 二人は息を呑むと、大急ぎで注文しに走り出した。


「逃げられないうちにむしり取れ!」

「貴重な外貨よ!」


「二人とも行かれると、なにかあった時に困る……」


 抗議しようとしたが、牢の入り口を押すと鍵がかかっていなかったらしく自然に開いた。


「ジュリウス様。どうします?」


「これでも一応、貴族令息だから、こっそり抜け出すなんて卑怯な真似もできないんだ」


「貴族って不便なんですね」


「ああ」


 ジュリウスとリズは、牢番の椅子に座り二人を待った。


 持っていた白パンをリズが平らげた頃、よそ者を見に来た物見遊山の人々で、保安官事務所は溢れかえり、気の毒に思った有志たちが、床の水を手際よく履きだし始める。丸太を切った不格好な椅子と、その上に板を置いただけの簡素な机も置かれ、最低限のものは揃ったようだ。


 丸太を持ってきた人に頼んで、二枚の板きれを手に入れると、鞄に予備として入れていた剣の握り皮を使い、不格好ながら子ども用の靴を作ったが、どうにも上手く行かない。その場にいた人たちにげらげらと笑われ、その内の一人が、リズのためにサンダルを作ってくれた。


 この街の住人のためになにかを作ったという事が、親近感を一気に高めたようだ。


 突然、どかんという大きな音がしたと思うと、元々亀裂が入っていた牢獄の壁に、巨大なハンマーで穴がうがたれる所だった。職人らは慣れた手つきで縦に細い窓を作り、そして広がらないよう修復していく。その頃には、家具を積んだ荷馬車と、その後ろをぞろぞろ歩く集団が到着した。


「ジュリウス様。この乾いた所に寝台、置きますね」


 高級家具が次々に置かれていく。


「グレゴリー。夕食の手配を頼みたい」


「へい。なにを召し上がりますか。鶏ですか。豚ですか。もういっそ羊さばきますか?」


「いや、そこまでは……」


 少し考えた後、こう言った。


「今日はもう遅いから、あり合わせでいい。四人前、頼む」


「四人前? 空腹なんですか」


「いや、グレゴリーたちは、ここに詰めていないといけないのだろう? だから私とリズ、グレゴリーとエヴァンジェリンの四人前だ」


 壁の向こうで事務作業をしていたエヴァンジェリンの、「よっしゃあっっ!」という声が聞こえる。


「それで皆が良かったら、明日、羊をさばかないか? もちろん払いは私が持つ。お裾分けに近所に配ろう」


 ジュリウスの張りのある声は、見物していた人々に十分、聞こえたらしく、閉鎖的な街の人々の心はがっちりつかめたようだった。



◇◇◇◇◇◇



「それでなにがあったんだ」


 翌日、問いかけると明るい顔をしていたリズも、グレゴリーも、エヴァンジェリンもそっぽを向いてしまった。


「……命令だ。話せ」


 リズは口をぱくぱくさせているが、また下を向いてしまった。別につながれている羊の鳴き声がうるさいからではないだろう。


「なるほど。家族が人質に取られているのだな。それなら」


 懐から銀貨を取り出し、犬に与えるように放った。


「この街の事情を、話したものに与えよう」


 一番近かったリズがなんとか手に入れ、それを奪おうとエヴァンジェリンがつかみかかり、次にグレゴリーが襲いかかった。


「あたしんだ。これはあたしのだ」

「事情を話した者のでしょう」

「この、手を開け」

「そろそろ、さばくぞ」


 三人は野良犬のように暴れ回った後、とうとうどうやっても銀貨を握った手を開かないリズに、軍配が上がった。


「そっちの足、押さえててくれ」

「メウェー」


 ザヴィエ市は街道に面するなんの変哲もない街だが、そこに住むものたちは市長のことを恐れていた。


「なぜだ?」


「噂があって」


「どんな?」


「焼き加減どうですか?」

「わかりません」


「ふうむ。そうだな筋道を立てなくていい。聞いたことをとにかく言って見ろ」


「人が消えるって」


「うむ」


「お皿回して」

「消えた人の家族がなにも言わなくなるって」


「うむ」


「その場にマティス様がいるって」


「誰だそいつは」


「クセノン市長の息子です」

「骨、ここに捨てて下さい」


「ふむふむ」


「……」


「リズはどんな目に遭わされたんだ」


「……」


「言えるところだけでいい。言って見ろ」


「お茶と珈琲、どっちがいいですか」


「山の麓に連れて行かれて、裸にされて、靴も脱がされて、逃げて見ろって言われたんです。二時間、猶予をやるって。上手く逃げ延びることができたら、家族を助けてやってもいいって……あっ……」


「続けろ」


「ジュリウス様。ご馳走様です」

「ありがとーございます」

「うまかったです」


「四人の顔を見たら、絶対に無理な遊びなんだろうとわかりました。でもそうする以外になくて、とにかく足をかばいながら、近くの川に向かいました。水は涸れていたけどそこからは全速力で距離を稼いで、東の渓谷に分け入りました。ものすごく昔の街道跡が残っていて、今でも通る人がいたからです」


「そこで私と会ったのか。だがその時、君は服を……?」


「これは逃げる途中で、女性の白骨死体があったので、はぎ取りました」


 話を聞いていたエヴァンジェリンはがたがたと震え、どこかに行ってしまった。


「他にはあったか?」


「はい、少なくとも三体は見かけました」

「ジュリウス様。手をお拭きします」


「四人とは?」


「市長の息子のマティス様と、その従兄弟のノーラン様、友人のオディロン様にポール様です。いつも一緒なんです」


「なるほど。グレゴリー。君はこのことを知っていたか」


「…………残ったのもらってもいいですか?」


「やるから。答えたまえ。この話を聞いたことはあったか?」


「はい。噂で……」


「市民は噂で把握していたのか」


 権力者がいくら秘密にしても、庶民というものはいつのまにか知っているものだ。


 そこへエヴァンジェリンが戻ってきて、服が一杯詰まった大型のスーツケースを持ってきた。リズは今まで見たことがないような美しい水色のワンピースにはしゃいで、牢獄の中でくるくると回っている。そしてその料金をジュリウスは請求されたが、リズの笑顔に否やはなかった。



◇◇◇◇◇◇



 病気の母親に代わり荒稼ぎしているエヴァンジェリンと、家族の生計を支えているグレゴリーの責任問題にならないよう大人しくしているが、外のことが気になって仕方がなかった。


「ふうん。それでは市長は、選挙運動の準備でもしているのか」


「いえ、当選することは決まっているので、運動をしたことはありません」

「よっせい!」


「それでは公共工事の他に、今はなにをしているのだ」


「その工事の中抜き作業に……」

「どっせい!」


 賄賂をやって親しくなった市役所の職員とおしゃべりをしていると、少年たちがわっと入ってきた。


「ジュリウス様。今日はなにをすればいいですか」

「なんでも言いつけて下さい。ジュリウス様」


 授業が終わった少年たちは、家の手伝いより金になるからと、親に言われて探偵ごっこを始めていた。


「まず市長の甥宅、つまりノーランの家に手伝いに行ってくれ。次に市長の細君の実家にも頼む。そこで集めた情報を市長の従兄弟である……」


 まずこの市の権力構造と、金の動きの把握をジュリウスは始めた。市長は強欲にも、それらのものをすべて自分に集中させていて、不満を持つものは多そうだ。その内、リズの家族が家に戻ってきたことがわかった。


「リズの家に、おじさんたちが戻ってきているんだ。じいさんとか……」


「男性親族だけが戻されたということは、女性親族はどこに……」


「……」


「こういった場合、どんなことが予想されるか、噂でいいから言ってみろ」


「レンガ回し行くぞ-」


 にわか探偵の少年たちはぽつりぽつりと言った。


「俺が聞いたのは、市長の管理している農園で働かせられていると」

「俺は市長の下で強制労働させられているって聞きました」

「ホイ、ホイ、ホイ」

「市長の家に牢獄みたいのがあるって……」


「その農園と、牢獄の場所は?」


「この辺り……」


 少年たちが答えようとした瞬間、のこぎりの音と、金槌の音が派手に響き始めたが問題はなかった。ジュリウスと少年たちの前には、高価な事務机があり、その上にはおそらくこの地で最も精密な地図が乗っていたからだ。


 なにも細かな注文をつけて、牢獄を快適にしようとしたわけではない。作業をするほうが、金を搾り取れるだけ取ってやろうと思っているだけだ。水がしみ出していた壁は取り壊され、頑丈な足場の元、明るく開放的な壁が新たに作られている。牢獄の床は一段高くなり、それに沿って美しい木の手すりがつく予定で、格子を通してみると、看守側のほうが、まるで牢獄のようだった。



◇◇◇◇◇◇



 金と情報の力を、十分に人々の末端まで回していると、マティスたちが現れた。


「なんだ、これは。ふざけるな」

「何様のつもりだ」


 青年たち四人は、おもしろくなさそうに騒いでいる。


「君たちの要求通り、牢獄に大人しくしているのだから文句はないだろう」


「だからといって」


 なにやら悪態をついていたが、マティスはリズの姿を認めるとにやりと笑った。


「お前の母親には、もう死んだって言ってやったよ。あの時の顔と言ったら」


 なにがおかしいのか、げらげらと笑っている。絶対的な支配体制を築いている市長を父親に持ち、怖い物なしだ。気の強いリズが、しくしくと泣きだしてしまう。


「……市長殿はそんなに偉いのか?」


 無表情なジュリウスの質問を、文句と受け取ったようだ。


「ああ、この街のすべての権力を握っているんだ。なんでも思うがままさ」


「ふうん。それはまた素晴らしいことだ」


「お前たちに言えるのは皮肉ぐらいだな」


「マティス。お客様をなんて場所に…………?」


 そこにやってきたのは、マティスによく似た、クセノン市長の末弟ミシェルだった。


「またあんたか叔父さん。きれい事ばっかり言いやがって。がみがみうるさいんだよ。親父だってあんたのこと煙たがってて……身内とはいえ、その内、消されるぜ」


 そう言ってしまったマティスは、さすがにまずいと思ったのか、仲間を連れてあわてて出て行った。


「ミシェル殿ですね。お待ちしておりました。むさ苦しいところへようこそと言いたい所ですが、街の方々のおかげでこんなに快適になりまして」


 今、気が付いたが、いつのまにか格子も一本だけ残し、なくなっている。ミシェルは恐る恐る踏み台を登り、ジュリウスが勧める重厚な椅子に座った。市長の弟という重要人物の登場に、リズとグレゴリーが慣れない給仕をし始めた。


「あなたの提案は荒唐無稽すぎる。私を次期市長になどと」


「私はそうは思いません」


「兄はこの街のすべてを握っているのですよ」


「すんません。ちょっと通りまーす」


「だったら簡単ではありませんか。一人の人間を、別の一人にすげ替えるだけだ。合議制で十人もいるとなれば手間ですが」


「どーなんだろうな。それよお」


「さきほどのマティスの言葉を聞いたでしょう? 私は昔から正義感が強く、兄に睨まれているのです。そのため立場も弱く、なんの力もありません」


「それが今回は強みになると思いませんか? ミシェル殿」


「どこがです?」


「あれだよ。あれ、飲み過ぎちまうところだよ」


「市長のまわりに群がっているのは、少しでも甘い汁を吸い、恩恵にあずかろうとするたくましい連中だ。そういった奴らは強権的な市長と、弱腰のあなたとでは、どちらが都合が良いと考えるでしょうね」


「わかるー」


「ですが。ジュリウス様」


「とにかく事態はもう動き出しました。選挙まで時間もありません。なに、結果はもう決まっています。なぜならすべてを握っている市長が選挙に負ければ、彼以外の全員が得をするのですから」


 桁違いの資金力と権力を持ったジュリウスを、敵に回した市長側は敗北し、ミシェルの政権は順調な滑り出しを迎えた。彼の一番目の仕事は、正体を現したジュリウスを、牢から出すことだった。


「リズ!」

「母ちゃん!」


 美しいワンピースを着たまま、リズはがに股で母親にしがみついた。リズの家族は助け出され、全員、無事だったようだ。


「生きてるって信じてたよ」

「うわーん」


 しかし父親と祖父は、嬉しくも、難しい顔をしている。


「家の中はめちゃくちゃにされたし、畑や家畜の世話も……。どうやって冬を乗り越えれば」


 それを聞いたリズに迷いはなかった。


「…………ジュリウス様。このワンピース、あたしにくれるって言ってたよね……」


「好きにしていいぞ」


「父ちゃん。このワンピース売ろう」

「だが」

「でも」

「こんなにいいもの。二度と手に入らないわよ。それでもいいの?」

「みんなが帰ってくるならいい」


 素早く身支度をすると、リズが年相応の無邪気な笑顔を浮かべているのを見ながら、ジュリウスはそこを発った。セレスティーナに怒られ……会いたかったからではなく、彼らの復讐の邪魔をする気がなかったからだ。


 ジュリウスが去った後も、料金をもらった職人たちは作業を続け、その時代の街を象徴する美しい建物へと変貌を遂げた。遠くの街からも記者が来て、新聞記事に載ったことから、街の観光名所になり、やがて『優美な囚人の部屋』と名付けられ、伝説と共に人々に大事にされることとなる。



◇◇◇◇◇◇



 長年、市長を務めてきた人物が、簡単に力を失うわけではない。だが家族を殺されたほどの怒りを、抑え込めるほどの力はもうない。残りの家族と再会したリズの告発から、狩り場の捜索が行われ、十二体の遺体が、十組の実親と、二組の里親の元へ帰った。


 その後、遺族は狩り場に、新たに四体の遺体を追加する予定だったが、結果的に三体で終わった。


 なぜなら恐慌を来したマティスが、自宅の部屋から出て来なくなってしまったからだ。確かに家から出なければ安全なわけで、大人しくしていれば、その内ほとぼりが冷めるだろうという冷静な判断は賢明だ。


 しかし仲間を殺された恐怖は強かったらしく、追い詰められたマティスは、ある日、なにがきっかけか衝動的に飛び降りてしまった。幸い一命を取り留めたが骨盤を打ち、うまく歩けなくなってしまう。家族は心配し、一流の医者を手配し、万全の看護体制を整えた。


 鎮静剤を打たれたマティスは、確かに色々あるが、ここのところどうして、こんなに不安なのだろうかと思い返していた。


 そこへ、いつもつきっきりで世話を焼いてくれる使用人が、顔を出した。


「わたくしの世話が至らないせいで、お坊ちゃまが窓から飛び降りるような真似を……誠に申し訳ありません」


「別にお前のせいでは……」


「もしお亡くなりになってしまったら、どうしようと後悔しきりでした」


「そうか……」


「坊ちゃま。例え歩けなくなっても大丈夫です。わたくしがすべての世話をいたしますので」


「……」


「すべてお任せ下さい。絶対に坊ちゃまを死なせることも、気が狂うこともさせません」


 そう言って、針と工具を両手に持って笑った。


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― 新着の感想 ―
本編からあまりに好みで、一気に読んでしまいました。 きな臭い事件あり、遣る瀬無い事件あり、若者の青春あり、地の文も大変読みやすく楽しませていただきました。 主人公の訪れる先の住人たちの逞しさが、今回も…
その針と工具は何に使うつもりなんですかね(戦慄) 亡くなってしまったらどうしよう、ってもしかしなくても『死なれたら苦しめることができなくなくなるから困る』 ってことかな……。
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