十話目
世界から、あらゆる外部との「同期」が消失した。
神代一樹たちがハッキングによって悪魔の課金システム【ライフ・トレード】を完全凍結させてから、わずか半日。彼らが潜伏していたセーフハウスの窓の外は、かつてない異常事態に見舞われていた。
都市の境界線──一樹たちが活動していた東京の臨海エリアを囲むように、突如として天を衝くほどの巨大な「黒いデジタルノイズの壁」が出現したのだ。
それは、外の世界とこのエリアを物理的、かつ電子的・精神的に完全に遮断するシステム──【隔離都市】の起動だった。
壁の向こう側に見えるはずの、いつもの東京のビル群や、行き交う車のヘッドライトは、すべて処理落ちしたテクスチャのようにドロドロに溶け去っている。電波は圏外。テレビの砂嵐。インターネットというインフラそのものが、このエリア内からは完全に「抹消」されていた。
この閉鎖された空間に取り残された一般人たちは、精神的遮断の影響により、まるで背景のモブキャラクターのように虚ろな目で街を徘徊するか、あるいは自宅の部屋で死んだように眠り続けている。動いているのは、右手に『サバイブ・リンク』の端末を握りしめたプレイヤーたちだけだった。
「……現在、このエリア内に残されているアクティブ・プレイヤー数は32名」
薄暗い室内で、星野零がノートパソコンの画面を見つめたまま、低く冷徹な声を響かせた。
彼女のハッキング端末は、外部ネットとの接続を失いながらも、エリア内のローカルネットワークを必死に傍受し続けていた。
「運営は、前回の私たちのハッキング行為を『不正なシステム干渉』として認識したわ。だから、このエリア全体を一度世界から切り離して、完全に初期化するつもりよ。──残された猶予時間は、あと3時間」
「初期化って……それ、どうなるんだよ、お姉さん」
タカシが、漆黒の高周波振動タクティカルバットを床に突き立て、苛立ちを隠せない様子で尋ねる。
「文字通りの意味よ、タカシ」
レイはキーボードを叩く手を止め、冷たい視線を一樹へと向けた。
「このエリアを構成するすべてのデータ──物質、建造物、そして私たちプレイヤーの肉体も記憶も、すべてをゼロに還元して、サーバーを再起動するの。当然、私たちの存在は最初からこの世にいなかったことになる。それを防ぐ方法はただ一つ」
レイがスマートフォンの画面を提示する。そこには、臨海エリアの中央にそびえ立つ巨大な電波塔──東京スカイタワーを模した電子オブジェクト【マスター・ゲート】のグラフィックが表示されていた。
「エリアの最深部、コア・サーバーへと繋がる『マスター・ゲート』を開放して、この隔離都市から脱出すること。ゲートを開くには、エリア内に散らばった32名のうち、特定の4名だけが初期割り当てされている【アクセス・キー(認証コード)】をすべて集めなきゃならない。つまり──」
「残りのプレイヤーたちとの、完全な『奪い合い(争奪戦)』ってことだね」
一樹は【精神耐性(初級)】のおかげで、冷酷な現実を淡々と受け止めていた。
生存プレイヤー32名。その中に、あの天秤のステージで一樹たちを裏切ったキョウや、冷酷なセリカが混ざっているのは確実だった。彼らもまた、生き残るために必死に他のプレイヤーを狩り、キーを探しているはずだ。
一樹は自分の右手のひらを見つめた。そこには、新しく取得した【解析の眼(初級)】の余韻として、薄緑色のデジタルノイズが時折かすかに爆ぜていた。
「ミサキ、レーダーの調子はどうだ?」
一樹が尋ねると、部屋の隅で目を閉じていた織田ミサキが、ハッと目を開けた。彼女の瞳は、【動体レーダー(初級)】と【危険察知(中級)】の同期により、鮮やかなスカイブルーに変調していた。
「……きてます。ここから北に約200メートル、商業ビルの廃墟の周辺に、強いプレイヤーのバイタルが3つ。……あ、そのうちの1つが、すごい勢いで消えました。誰かが、誰かを倒して、キーを奪ったんだと思います……!」
「殺戮の効率が上がっているわね」
レイは立ち上がり、ライダースジャケットのジッパーを力強く引き上げた。
「全員、準備はいい? ここからは第二フェーズ──本当の地獄の始まりよ」
「おうよ! 待ってましたってんだ!」
タカシが不敵に笑い、バットの振動スイッチを入れた。ブゥゥゥンという極小の重低音が、室内を微かに震わせる。
「いこう。僕たち四人で、この隔離都市を突破して、ゲームマスターの喉元へ殴り込みをかけるんだ」
一樹の言葉を合図に、四人の反逆者たちは、夜の闇に沈んだ隔離都市へと飛び出していった。
夜の臨海エリアは、死に絶えた街のようだった。
すべての街灯は消え去り、ただ、空を覆う「黒いノイズの壁」から漏れ出る不気味な紫色の放電だけが、コンクリートの建物を歪に照らし出している。
一樹たちはミサキの【動体レーダー】の指示に従い、極力遮蔽物に身を隠しながら移動していた。
「カズキさん、止まって……!」
ミサキが突然、一樹の服の袖を強く引っ張った。
「この先、立体駐車場の2階。……この悪意の波動、見覚えがあります。あの天秤のステージの時の……」
「キョウ、か」
一樹は目を細めた。
天秤のステージで、Aチームと結託して一樹たちBチームを陥れようとした、フードの男。彼もまた、この隔離都市を生き延び、牙を研いでいたのだ。
「私が行くわ」
レイが足音もなく前方に滑り出そうとしたが、一樹がそれを制した。
「待って、レイさん。僕の【解析の眼】で、まず相手のステータスと装備を確認させてほしい。キョウの周りに、他のバイタルはあるか、ミサキ?」
「……いえ、キョウさん1人だけです。でも、すごく奇妙です。彼のバイタルの波形が、人間のものじゃないみたいに……激しく波打っています。まるで、何かの力に侵食されているような……」
一樹は遮蔽物から身を乗り出し、スマートフォンを立体駐車場の2階へと向けた。
【解析の眼】を発動すると、画面越しにキョウの姿が透過して表示された。
【プレイヤー名:キョウ】ランク:D / 固有スキル:【電子迷彩(初級)】
【現在の状態:──システム過負荷──】
「オーバークロック……?」
一樹が呟いたその瞬間、立体駐車場の暗闇から、カチ、カチ、という不気味な電子音が響いてきた。
「ハハ……ハハハハ! 見つけたぞ、チーム・カズキ……!」
フードを被った影が、2階のフェンスを飛び越えてアスファルトの上に着地した。キョウだった。しかし、彼の様子は明らかに常軌を逸していた。彼の衣服の隙間から覗く皮膚には、まるで回路のような赤黒いデジタルノイズの筋が幾重にも走り、その瞳は完全に血の赤色に染まっていた。
「お前らのせいで……あの天秤のステージのせいで、俺のポイントはマイナスになりかけたんだよ! 生き残るために、俺は運営の『追加課金』を受け入れた! 寿命を10年分差し出す代わりに、この強大な力を手に入れたんだ!」
キョウが咆哮すると同時に、彼の身体が文字通り「ブレて」消失した。固有スキル【電子迷彩】による完全透過だ。
「タカシ、右だ!」
一樹の【解析の眼】は、キョウが移動した際の空間の「ドットの歪み」を正確に捉えていた。
「オラァァァ!」
タカシは一樹の指示を寸分の狂いもなく信頼し、右斜め後方に向けてタクティカルバットをフルスイングした。
ガギィィィン!
虚空から火花が散り、電子迷彩を解かれたキョウが姿を現した。彼の手には、むき出しのポリゴンで構成されたような、禍々しい電子のダガーナイフが握られていた。タカシの【身体能力強化(中級)】による一撃を、キョウは片手で受け止めていた。その怪力は、人間の域を完全に超越している。
「ハハハ! 遅い、遅いぞ! 今の俺の速度は、通常の3倍だ!」
キョウはダガーを翻し、タカシの胸元へ向けて目にも留まらぬ連続突きを放った。タカシは防刃ベストに守られているものの、衝撃を殺しきれず、アスファルトの上を激しく後退していく。
「タカシくん!」
ミサキが悲鳴を上げる。
「下がってなさい!」
レイが神速の踏み込みで割って入り、軍用タクティカルナイフでキョウの猛攻を受け流した。キィン、キィンと、火花が夜の街を美しく、そして残酷に彩る。ランクD同士の、限界を超えた超高速の近接戦闘。しかし、寿命を対価に暴走しているキョウの攻撃力は、じわじわとレイの防御を削り取っていった。
「カズキ、この男のエネルギーソース(コア)はどこよ!?」
レイが刃を交えながら叫ぶ。
一樹は【解析の眼】の焦点を、キョウの胸元へと絞り込んだ。キョウの心臓の付近に、異常な密度で集積している紫色の「バグデータ」の塊が見える。
「胸だ! キョウの胸のポケットにある、運営から支給された特殊な『追加ブースター(端末)』が、彼の身体を無理やり動かしている! あれを破壊すれば、暴走は止まる!」
「分かったわ!」
レイはわざと一歩引き、キョウのダガーを自分の左肩で受ける姿勢を取った。肉を切らせて骨を断つ──彼女の冷徹な戦術。
「がはっ……!」
レイの肩から鮮血が飛び散る。しかしその瞬間、彼女は空いた右手で、キョウの胸元に向けて正確な突きを放った。ナイフの先端が、キョウの胸ポケットの中にある四角いデバイスを捉える。
パリィィィン!
「が、あ、あああああああ!?」
デバイスが砕け散った瞬間、キョウの身体を覆っていた赤黒いノイズの筋が、一斉に逆流を起こした。キョウは血を吐きながら床に崩れ落ち、彼の【電子迷彩】のスキルは完全に沈黙した。
「はぁ、はぁ……」
レイは怪我をした左肩を押さえながら、冷たい目でキョウを見下ろした。
キョウのスマートフォンが手から転がり落ちる。その画面には、青く輝く【アクセス・キー(1/4)】のホログラムが浮かび上がっていた。彼が他のプレイヤーを殺して手に入れたものか、あるいは彼自身が最初から持っていたものか。
「一つ目、確保ね……」
レイがキーを拾い上げようとした、その時だった。
「──素晴らしい戦闘データね。ごちそうさま、星野零」
立体駐車場の壁の影から、ゆっくりと拍手をしながら歩み出てくる人影があった。
派手なドレスを身にまとい、冷酷な爬虫類のような瞳を持った女性──セリカだった。彼女の背後には、同じくランクD以上の風格を持つ、重武装のプレイヤーが2名、影のように従っていた。
「セリカ……!」
一樹はタクティカルペンを構え直し、彼女と、背後に控える2名のプレイヤーを警戒した。
ミサキのレーダー画面が、激しいアラームを鳴らしている。
「カズキさん、ダメです……! あの後ろの2人、バイタルの数値がタカシくんやレイさんよりも高い……。本物の『人殺し(ランカー)』です……!」
「あらあら、そんなに怯えないで頂戴、可愛いお兄さん」
セリカはくすくすと笑いながら、倒れているキョウのスマートフォンをヒールで踏みつけた。パキ、と軽い音がして、キョウの端末が完全に破壊される。しかし、空中にはすでに、セリカの端末へと転送された【アクセス・キー】のデータが吸い込まれていくのが見えた。
「キョウの持っていたキーと、あたしたちが今までに集めたキーを合わせて……これで合計『3つ』。マスター・ゲートを開くためのアクセス・キーは、全部で4つ。つまり──」
セリカは妖艶な視線を一樹へと向け、その長い指先を突き出した。
「最後の一つのキーは、あなたたちの誰かが持っているのよ。神代一樹、あるいはそこの金髪の坊やかしら?」
「だったら何だよ、ババァ!」
タカシがバットを構えて威嚇する。
「力ずくで奪ってみやがれ! 俺のバットでお前のその厚化粧ごと叩き割ってやる!」
「威勢がいいわね。でも、無駄な戦いはやめましょう?」
セリカはふっと表情を消し、冷酷なビジネスライクな声に切り替えた。
「この隔離都市のフォーマットまで、残り時間はあと2時間弱。あたしたち3人と、あなたたち4人がここで全力で殺し合いをすれば、どちらが勝つにしても確実に『時間切れ』になるわ。それはお互いに望まないはずよ」
「……何が目的だ?」
一樹は【精神耐性】で思考をクリアに保ちながら、セリカの意図を探った。【解析の眼】で彼女のステータスを見ると、彼女のランクは「C」に達していた。これまでのデスゲームの修羅場を、他人を文字通り「踏み台」にして生き残ってきた最悪の捕食者。
「交渉よ、カズキ。あたしたちはすでに3つのキーを持っている。あなたたちは最後の一つを持っている。……なら、ここで手を組みましょう? 7人で一緒にマスター・ゲートへ向かい、ゲートを開放するの。脱出できる人数に制限は無いはずよ」
「嘘を言うな!」
レイが怪我をした肩を庇いながら、鋭い声を浴びせた。
「あなたのような女が、他人を巻き込んでハッピーエンドを迎えるわけがないわ。ゲートを開けた瞬間に、私たちを後ろから刺すつもりでしょう?」
「ふふ、手厳しいわね。でも、選択肢は無いわよ?」
セリカは自分のスマートフォンを掲げた。画面には、エリア中央の【マスター・ゲート】の周囲に、運営が配置したと思われる数千体規模の「超巨大クリーチャーの群れ(処分用プログラム)」が、黒い津波のようにうごめいている映像がリアルタイムで映し出されていた。
「ゲートの周りは、すでに運営のゴミ処理部隊で埋め尽くされているわ。あたしたちだけでも、あなたたちだけでも、あの数の化け物を突破してゲートに辿り着くのは不可能よ。──前衛の火力と、索敵の目、そしてシステムの脆弱性を見抜くあなたの眼。あなたたちの戦力が必要なのよ。……どうかしら、この一時的な『同盟』、乗る気はある?」
一樹は背後にいるタカシとミサキ、そしてレイの顔を見た。
レイの左肩の傷からは、まだ血が流れている。ミサキの簡易医療キットで止血はしたものの、この状態でセリカたち3人のトップランカーと正面衝突すれば、誰か一人が死ぬどころか、チームが全滅するリスクが極めて高かった。
「……分かった。その同盟、乗ろう」
一樹は静かに答えた。
「カズキ!?」
タカシが驚いて声を上げる。
「いいのよ、タカシ」
レイが一樹の意図を察したように、タカシの腕を掴んで引き留めた。
「今はゲートに近づくのが最優先。裏切りのタイミングなら、こちらでいくらでもコントロールできるわ」
「流石、話が早くて助かるわね」
セリカは満足そうに微笑み、後ろの2名のランカーに合図を送った。
「それじゃあ、チーム・反逆者の皆さん。フォーマットの前に、私たちの最後の共同作業を始めましょうか」
偽りの同盟。
お互いがいつ背中を刺すか分からない、極限の緊張感を孕んだまま、7人のプレイヤーは隔離都市の中心部へと向かって歩き出した。
残り時間:1時間15分。
エリアの中央、かつての繁華街の広場は、完全に「地獄の釜」と化していた。
天に向かってそそり立つ【マスター・ゲート】は、まばゆい黄金の光を放ちながら、周囲の空間を激しく歪ませていた。しかし、そのゲートの周囲数ヘクタールは、数階建てのビルほどもある、ポリゴンの崩れた巨大な「電子獣」たちの肉壁で完全に埋め尽くされていた。
「グルアアアアアア!」
「オオオオオオ!」
空間を震わせる咆哮。隔離都市のすべてを消去するために運営が送り込んだ、最上位の処分用プログラムたちだ。その数は、ミサキのレーダー画面を完全に真っ赤に染め上げていた。
「……多すぎる。こんなの、どうやって突破するのよ」
セリカの背後に控えていた重武装のランカーの1人が、初めて怯えの声を漏らした。
「ミサキ、敵の配置の薄い『ルート』はどこだ!?」
一樹が叫ぶ。
「えっと、正面のビルの大通りの右側! そこだけ、クリーチャーの同期がわずかに遅れてて、隙間があります! でも、あと3分で埋まっちゃいます!」
ミサキは【危険察知】の限界を超えた出力で、敵の動きの「未来予測」を一樹のスマートフォンへと転送した。
「タカシ、セリカのチームの前衛! あのルートをこじ開けるぞ! 出し惜しみは無しだ!」
一樹の指示と同時に、タカシが咆哮しながら先陣を切った。
「ウオォォォォ! どけぇぇぇ、バグ野郎ども!!」
タカシは【身体能力強化(中級)】の全力をバットへと込め、突進してきた巨大な電子獣の脚を強打した。高周波の振動が怪物の肉体を内側から爆破し、巨体が文字通りノイズとなって弾け飛ぶ。
セリカの連れてきた2名のランカーも、流石の戦闘力だった。一人は両手に持った大型のサブマシンガン(ショップで購入した特殊電磁弾仕様)を掃射し、もう一人は巨大な大剣を振り回して、タカシの両脇を固めるようにして怪物の群れを切り裂いていく。
「レイさん、いけるか!」
一樹はタクティカルペンを手に、漏れ出てくる小型のクリーチャーの核を【解析の眼】で見抜きながら、的確に突いて消去していった。
「私の心配を……している暇が……あるの?」
レイは左肩の傷の痛みに耐えながらも、右手のナイフ捌きだけで、背後から迫るクリーチャーを正確に処理し続けていた。彼女の【精神耐性】と戦闘技術は、傷を負ってなお衰えることはなかった。
7人の圧倒的なコンビネーションにより、彼らは電子獣の津波の中を、まるで一本の矢のように突き進んでいった。
視界の先、ついにホログラムの輝きを放つ【マスター・ゲート】のコントロールパネルが目の前に迫る。
「キーを差し込みなさい! 早く!」
セリカが叫びながら、自身の端末をパネルへと近づけた。
セリカの持つ3つのキーがパネルに同期していく。
『アクセス・キー(3/4)承認。──最終キーの入力を待機しています──』
「カズキ、最後の一つを早く!」
セリカの目が、狂気的な焦燥でギラリと輝いた。
一樹は自分のスマートフォンをパネルにかざそうとした。
その瞬間、彼の【解析の眼(初級)】が、コントロールパネルの奥底に隠された、ゲームマスターが仕掛けた「最後の最悪なトラップ」を捉えた。
「……待て。差し込んじゃダメだ!」
一樹はスマートフォンの手をピタリと止めた。
「何言ってるのよ、カズキ! 早くしなさい、後ろから化け物が迫ってきてるのよ!」
セリカがヒステリックに叫び、後ろのランカーの1人が一樹に向けて銃口を向けた。
「このゲートのプログラム、仕様がおかしいんだ」
一樹は冷や汗を流しながら、画面のコードをセリカとレイに提示した。
「4つのキーが揃った瞬間、ゲートは確かに開放される。……だけど、このゲートを通過できる最大容量(帯域幅)は、システムによって【最大4名】に制限されている。つまり、今ここにいる7人全員が同時に脱出することは、最初から不可能なんだよ!」
「な……ッ!?」
タカシとミサキが息を呑む。
「あはは……あははははは! やっぱり気づかれちゃった?」
突然、セリカが狂ったように笑い出した。彼女の瞳には、最初から一樹たちを救う気など微塵もない、捕食者としての本性がギラギラと剥き出しになっていた。
「そうよ! あたしは最初から知ってたわよ! このゲートは4人しか通れない。だから、あなたたちの戦力を利用してここまで化け物を片付けさせたのよ! ──お前たち、やりなさい!」
セリカの命令と同時に、背後の重武装のランカー2名が、一樹たちに向けて一斉に牙をむいた。一人はタカシに向けて大剣を振り下ろし、もう一人は一樹とミサキに向けてサブマシンガンの銃口を固定した。
しかし、一樹たちのチームは、誰一人として動揺していなかった。
彼らは前夜のセーフハウスで、ゲームマスターの通話を聞いた時から、こうなることを「準備」していたのだ。
「ミサキ、合図を!」
「……今です! 左の銃の男、リロードの瞬間の隙が発生します!」
「オラァァァ!」
タカシはミサキの合図と同時に、大剣のランカーの懐へと信じられない速度で潜り込み、振動バットを彼の顎へと叩きつけた。ガツンという衝撃と共に、男は意識を失って吹き飛ぶ。
レイもまた、銃を持つもう一人のランカーの背後にいつの間にか回り込んでおり、ナイフの柄で彼の頸椎を正確に強打して無力化させた。
「な……何よ、あなたたち……! 最初から、あたしの裏切りを予測して……!?」
セリカが一歩、また一歩と後退し、顔を驚愕に歪める。
「セリカ、あんたの言う『最適化』なんて、僕たちのチームには通用しないんだ」
一樹は【解析の眼】を発動したまま、コントロールパネルの画面を操作した。
「レイさん、あのハッキングコードを今すぐこのパネルへ同期させてくれ。ゲートの定員制限(4名)の変数を、僕たちの『総生存ポイント』を担保にして、無理やり『7名(全員)』へと書き換える!」
「正気なの、カズキ!? そんなことをしたら、あなたたちのポイントは再び完全にゼロになるわよ!」
セリカが叫ぶ。
「ポイントなんて、また次のゲームで稼げばいい。だけど、僕たちは誰も見捨てないって誓ったんだ。……あんたたちも含めてね」
一樹の言葉に、レイが不敵に笑い、ノートパソコンのエンターキーを叩いた。
ハッキングコードがコントロールパネルへと流れ込み、定員の数字が「4」から「7」へと強制的に書き換わっていく。
『定員変更を承認。──マスター・ゲートを開放します──』
ゴゴゴゴゴ……!
巨大な電波塔の基部が左右に開き、その向こう側に、これまでのステージとは明らかに異なる、純白の「コア・サーバーへの光の渦」が出現した。
「みんな、走れ!!」
一樹の叫びと共に、タカシ、ミサキ、レイ、そして意識を取り戻しつつあるランカーたちを引きずったセリカが、一斉に光の渦の中へと飛び込んでいった。
背後では、隔離都市のフォーマットのタイムリミットが午前零時を告げ、街全体が巨大な黒いノイズの藻屑となって消滅していくのが見えた──。
激しい落下の感覚。
一樹が次に目を開けたとき、そこは、これまでのどのステージとも異なる、異様な空間だった。
周囲には、無限に続く巨大なサーバーラックの塔がそびえ立ち、その間を、無数の光のケーブルが神経細胞のように這い回っている。空はなく、ただ巨大なマザーボードの基盤のような天井が、鈍い緑色の光を放っていた。
生存プレイヤー、わずか7名。
一樹たち四人の反逆者は、ボロボロになりながらも、確かに誰一人欠けることなく、このデスゲームの心臓部──【開発者領域】へと辿り着いたのだ。
ピコン。
スマートフォンの画面に、ゲームマスターからの、今までにない「静かな」テキストが表示される。
『──おめでとうございます、バグの皆様。ついに、私の部屋のドアの前に達しましたね。これより、最終フェーズを開始します──』
一樹はスマートフォンを強く握り締め、正面の巨大な電子の扉を見つめた。
命を賭けた反逆の物語は、ついに元凶との直接対決へと収束していく。




