シルベの昔話5
「ただいまー!」
橘と別れて帰宅した頃には既に夕方。よって台所では、母さんが晩御飯の下拵えに取りかかっていた。
「あら、おかえりなさい輝道。図書館での勉強は、はかどったのかしら?」
「図書館……あ、う、うん。気が済むまで勉強してきたよ!」
思い返せば、そんな設定だったな。
「それと、頼んでいた買い物は?」
「卵と牛乳だろ? もちろんちゃんと買ってきてるよ」
オレはスーパーの袋を手渡す。
「ありがとう。じゃあ、お父さんがもうすぐ帰って来るから晩御飯の時間までゆっくりしてなさい」
「ハーイ!」
返事をしてリビングへ移動すると、昼間にうたた寝していソファーへ腰を下ろした。
「ふぅ……高校かぁ」
不意にため息混じりに吐き出たセリフには、自身の進むべき道筋が未だにあやふやであることを表していた……っが、“あやふや”というものは別の見方をしたら朧気ながらにも何かが見えてることでもある。
「…………うん…………とにかく、やってみるか」
つまり考え方によっては、その見えた何かが“決断”という形に変わることも十分あり得ることにもなる!
――――数十分後、帰宅した父さんと一緒にリビングで晩御飯のオムライスを食べていると……
「オレ、渚崎高校を受けるよ」
「「え!?」」
唐突に発した発言により、両親は食事をする手を止めて当然のように訊いてきた。
「いきなりどうしたんだ輝道?」
「そ、そうよ。その……渚崎高校を受けるって一体?」
「うん……まだはっきり決めた訳じゃないけどさ、その……挑戦してみたいんだ」
「挑戦って……お前の学力では相当に厳しくないか?」
父さんに言われる通り、確かに今の学力では渚崎高校は厳しい。だけど……
「無茶は自分でも承知してるよ。だけど、それでもやってみたいんだ!」
こう強く想いを口にすると、今度は母さんが……
「ねぇ輝道。もしかして私が昼間に言ったことを気にしてるの? だったらアレは……」
「それは違うよ母さん。渚崎を受験したいのには、ちゃんとした理由があるんだ」
「ちゃんとした理由って……何なの?」
心配そうに訊かれたので、オレは姿勢を正して自分の考え話を始めた。
「うん、そもそもオレが渚崎を受験……というよりも目指したいのは、“なりたい自分になりたいからだよ」
「なりたい自分ですって? それは立派な仕事に就きたいって意味で言ってるのかしら?」
「う~ん、そういうのとはちょっと違うかな?」
「違うって……いい加減な理由だったら親としてそんな無謀な受験は認められないわ! ねぇ、お父さんもそうでしょ!?」
「ああ、母さんの言う通りだ。それにオレも父親として息子の進路に干渉する権利がある。よって、万が一つまらん理由だと納得しかねるからな?」
厳しめの表情で責める両親。しかし……
「二人が納得し難いのは理解してるよ。けど、オレが自分の目的を叶えるためには、どうしても渚崎高校という高い関門を突破して前に進む必要があるんだ!」
それでも自分の想いを訴える。
「前に進む……なるほどな。では、それをやるためにどうして渚崎を目指す必要があるんだ?」
「逃げたくないからだ」
「なに?」
発言に父さんの眉がピクリと動くが……
「オレはなりたい自分になりたい! 誰かを妬んだり、関係ないと見捨てるような人間ではなく、なりたい自分にオレはなりたいんだ!!」
「よしわかった! お前が渚崎高校を受験することを認めよう!!」
「そう、だから認めて…………へっ?」
急な展開に一瞬呆気に取られる。
「え、あの……いいの? まだそこまで詳しい説明とかはしてない気がするけど?」
「フッ、説明なら聞いたさ。そうだろ明美?」
「ええ、隆一さん。輝道は自分がなりたい人間になりたい……そうよね?」
「え、あ……うん」
どうやら二人共に納得はしているみたいだけど……いいのか?
「そ、それじゃあ……オレ、渚崎高校を受験するよ!」
「おう。ただし、ここから巻き返すには相当な地獄をみることになるから覚悟するんだぞ?」
「ああ、望むところさ!」
「フフフ、母さんも精一杯に応援するからねがんばってね!」
という経緯で、オレが渚崎高校を受験することが決まって現在へ至っている……
――――再び合格祝いを続けるリビングにて……
「……ちょっと、父さん聞いてる!?」
オレは目の前に座る「説明してくれ」と言った本人に声を上げて訊ねるが?
「グゥ……グゥ……」
「はぁ……酔い潰れて寝てるよ。まったく、散々人に説明させておいて良い気なもんだ」
父親の態度に呆れていると、そこに母さんが声をかけてくる。
「フフフ、仕方ないわよ。この人ったら、アナタが合格するかを心配し過ぎて最近はろくに寝てなかったんだもの」
「え、そうだったの?」
だとしたらこうなるのは無理もないってことか……
「ねぇ母さん。オレ、毛布を持って来るよ。このままだと父さんが風邪引きそうだからさ」
「そうね。じゃあ、お願いするわ」
「うん、任せてよ!」
オレは両親の寝室から毛布を運ぶと、父さん両肩にそっとかけてやる。
「よし、これで大丈夫だな」
高いびきをかいて眠る父さん。その寝顔はどこからどう見ても、幸せで満ち足りたものであった。




