行き倒れのお姉さん
「お、女の人?」
川辺で行き倒れの女性を発見したオレは、急いで駆け寄って声をかけた。
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
「う、う……」
「よかった。生きてる!」
安否の確認が出来てホッとしてると、彼女はか細い声で何かを話しかけてきた。
「お……」
「お?」
「お……お腹すいた……」
「……え?」
もしかして空腹で倒れていたとか?
「ちょ、ちょっと待ってて!」
急いで背負っていたリュックからミカンの缶詰を取り出し、それを手渡す。
「あの、大したモノじゃないけど、これどうぞ」
彼女は差し出された缶詰を両手で丁寧に受け取る。だが、物珍しそうに眺めるだけで一向に蓋を開ける気配がなかった。
「あの、食べないんですか?」
「食べる? この金属の塊みたいな物が食べ物なの?」
「金属の塊?」
面白いことを言う人だなと思ったが、冗談を言っているふうには見えない。
「ちょっと失礼しますね」
なのでオレは、一度渡した缶詰をこちらへ戻してもらい、取っての輪っかに指先を引っかけて蓋を外してやる。
「さぁ、これで食べられますよ」
「ど、どうも……」
再び缶詰を手渡すと、彼女は少し戸惑いながら受け取る。そして、中身を十秒程確認した末、ようやくミカンの実を一つ摘まんで口へ運ぶ。
「モグモグ……美味しい!」
どうやら気に入ってくれたらしく、勢いよく食べ始める。
「ガツガツガツガツ……!!」
相当にお腹が減っていたのか、すごい食べっぷりだ。
あれ? お腹といえば、彼女の腹部には短剣みたいなのがあるけど……マントといい、この格好は何かのコスプレなのかな?
興味をひかれたオレは、何気に彼女の観察を試みる。
う~ん、歳は二十歳くらい。髪は黒く肩にかかる程度で肌は少し日に焼けて健康的。あと、胸のサイズは大き過ぎず小さ過ぎずのちょうどいい塩梅の……って、そこは違うだろっ!!
下らないツッコミを自身へ入れてるなか、当の彼女は缶に残ったシロップを最後まで飲み干したところだった。
「ふぅ~、キミのおかげで助かったわ。ありがとう!」
笑顔で礼を言われ、オレも「どういたしまして」笑って返す。
ただこう何事もなく会話を交わすも、一つ気になることがあった。それは彼女がこんな場所に倒れていたことより、なぜ彼女が消えていないかについてだ。よって、再度の観察を試みるが?
「うーん観察も何も、改めて見るとこの人……美人だよな」
「ん、アタシの顔に何かついてる?」
「いえ、ただ美人だなと思って観察していただけで……あっ!」
まずい! 急に話しかけられて思わず変なことを口走ってしまった!
「あれ? もしかして……アタシのことを口説こうとしてた?」
さらに今の不用意な発言を真に受けたのか、彼女は小悪魔みたいに顔を近づけて来てオレの心を強く揺さぶる!
「あ、いや、その……!」
慌てて目を逸らすが、すぐにその方向へ回り込まれる!
「どうしたのかなぁ~? 言いたいことあったら言ってごらん?」
まるで近所に住む大学生のお姉さんが、初な小学生をからかうが如くのシチュエーションに心臓はバクバクと音を立てる!!
「あの、あの……」
「ん~何かなぁ~? お姉さんが聞いてあげるよ~?」
ああ……一体何を聞いてくれるというんですか、お姉さん!
「さぁ、遠慮なく言ってみて……」
彼女の顔がより近づき、耳元には甘い吐息かかり始める!
ああ、もうダメだ……父さん母さん。ボクは今日、大人の階段を昇るかもしれません!
さようなら昨日までのオレ!
はじめまして今日からのオレ!
そんな十代特有の妄想が極限にまで高まった結果!?
「オオオオオオオオオオオオオオーーーー!!!」
「わ、ど、どうしたのいきなり!?」
爆発した感情が、壮絶な雄叫びとなって外へ飛び出す!
「あ、いや、そのスミマセン何でもないです」
「そ、そうなの? ならいいんだけど。その……何か目の色とか、汗の量とかが……本当に大丈夫……よね?」
「あ、ハ、ハイ、御心配おかけします」
何とか冷静さを取り戻して弁明はしたものの、彼女の目は本気で心配しているようにも見えるので……
「と、ところで、まだお互いの自己紹介をしてませんでしたね?」
取り敢えず場を仕切り直したく、強引ながらも話題を変えさせてもらう。
「ま、まずはこちらから……導 輝道。今年から高校生になる十五歳です!」
一応はちゃんとやれたはずだ。
「じゃあ次はこっちの番ね。アタシはネイ=サン。錬金術師よ」
「……はい?」
錬金術師という意味がわからず首を傾げる間、彼女の話は続く。
「ねぇ、アナタの名前なんだけど、その……シルベって呼んでもいいかな?」
「え? 別にかまいませんが……」
「コホン! では改めてまして……よろしくね。シルベ!」
「ハイ。こちらこそ、よろしくお願いします。お姉さん!」
……しまった! ネイさんというところを、間違えてお姉さんと呼んでしまった!!
「オネイサン?」
「あ、いや、それは……」
これは素直に言い直した方が……ん?
「なるほど……ネイ=サンの頭に“オ”をつけてオネイサンだから“お姉さん”……そういうことだよね?」
「え? そ、そうですかね?」
何だか妙に納得されてないか?
「お姉さんかぁ……うん、悪くないわ!」
「え?」
「いえ、むしろ気に入ったわ!」
「え?」
「アタシね、昔から“弟がいる姉”というものに憧れがあったのよ!」
「え?」
「シルベはアタシよりも歳が下みたいだし、ぜんぜん問題ないわね!」
「え?」
「決めた!」
「え?」
「今日からアナタは、アタシの“弟”ってことよ♪」
「え? ええぇぇぇーーーー!?」
言い間違いから発生した想定外過ぎる展開。それはオレの理解できる範疇を大きく越えていた!