一筋の光
「ところでネイさ……じゃなく、お姉さん?」
う~む、やっぱり呼びにくいものがあるな。
「どうしたの弟のシルベ?」
「あの、普通は弟を呼ぶのに、わざわざ“弟”はつけなくてもいいと思いますよ?」
「え、そういうものかしら?」
「……たぶんですが」
もっとも、普通なら初対面の男を弟呼ばわりもしないと思う。
「その、聞きたいことがあるんですが……いいですか?」
「ええ、アタシが持つ錬金術の知識が及ぶ範囲なら、何でも答えてあげるわよ」
ネイさんは自信満々に胸を叩く。
「では……最初の質問ですけど、お姉さんはどうして消えてないんですか?」
「え?」
「お姉さんも見てたはずでしょ? 人間が消えるところを……」
「人間が……消える?」
ネイさんの表情が一瞬にして強張る。
「何人も消えました……大勢の人達が……何人も……オレの両親ですらも……」
「…………!」
「ですから、オレやお姉さんが消えていないのには何か理由があると思うんです。心当たりとかありませんか!?」
“消える人間”と“消えない人間”の理由。実際、それがネイさんからの話だけでわかるとは到底思えない。だけど、それでも何か参考になるわかも知れないと考えた上での質問だったのだが……
「ちょっといいかな、シルベ?」
「ど、どうぞ」
「アタシ……言ったよね?」
ネイさんの表情は強ばったままだ。
「“アタシが持つ錬金術の知識が及ぶ範囲なら、何でも答える”って……」
「ええ……」
「残念だけど……」
「え?」
「残念だけど、シルベが言う“人間が消える”という話は、アタシの知る錬金術の知識から明らかに逸脱してるわ」
「錬金術の知識?」
“錬金術”……さっきから何回か聞いてるけど、その意味は不明のままだ。
「錬金術とは、この世界の理を学ぶことから成り立つものなの。そしてだからこそ、その学ぶ知識の枠から外れることは世界の理からも外れることが必然で……」
この人、一体何を言っている?
「あの……結局はどういう?」
「つまり、シルベが言っていることを普通に考えれば……」
「普通に考えれば?」
「普通に考えれば、人間が消えるなんてありえな…………」
「どうしました?」
「…………」
ここでネイさんは何故か押し黙る。
「ネイさん?」
「あっ、ゴメン。そ、そうね……普通に考えたら、人が消えるなんてありえないわ」
「で、ですが、オレは現にこの目で……!」
「それ、いつの話なの?」
「え?」
「シルベがいう“人が消えた”という話よ」
「“いつ”って……そりゃあ当然、昨日の話で……」
「昨日? だったら、アタシは何も知らないはずよ」
「なんですって?」
あんな、とんでもない事件を知らないだと!?
「だってアタシは、この三日間ずっと一人でこの森で実験に使う薬草の採取をやっていたんだもの」
「それじゃあ……」
「そっ、例え誰が消えたとしても私にはそれを知る術がなかったということよ」
「な、なるほど……」
確かにそれなら“知らない”とするのも頷ける。
「だけど……」
ネイさんは顎に手を当てて考える。
「だけど、シルベの言っていることが事実だとしたら、消えた人達はどこに行ったのかしら?」
「どこって……そうか! 消えたといっても、別にその人達の存在までもが消えたと決定した訳じゃないんだ!」
「そうなるわね」
「で、でも、だったら消えた人達はどこに?」
「う~ん、さすがにそこまでは検討がつかないわ。ただ……」
「ただ?」
「可能性があるとすれば……」
「あるとすれば?」
「…………」
「お姉さん?」
「ううん、今は上手く考えをまとめられないわ。ごめんなさい」
「あ、いえ、オレも少し早急過ぎました。スミマセン」
そうさ、今は可能性が生まれたというだけで十分としよう! オレは自分をそう納得させると、今度はもう一つの気になっていたことについて訊ねた。
「じゃあもう一つの質問。お姉さんは、どうしてこんな場所で倒れていたんですか?」
この瞬間、質問を受けたネイさんはなぜか罰の悪そうな顔をしていた。
「え、え~と、それは……その……」
「はい?」
「事故というか……失念というか……」
「あの?」
「落としちゃったのよ。荷物を全部……川に」
「……え?」
「でね……取り戻すために流れる荷物を全力で追いかけて……」
「全力でって、どれくらい追いかけていたんですか?」
「たぶん、二時間くらいかな?」
「二時間!?」
本当ならフルマラソン選手並の根性だぞ。
「っで、結局は見失った挙げ句、疲れてそのまま……」
「パタン……と?」
「……うん」
力なく頷くネイさん。正直、そこは「そりゃ倒れるわ」と突っ込みたくもなるが、さすがにかわいそうだったので言葉を飲み込むことにした。
「――――さてと、色々と話もしたことだし、そろそろ移動しないとね」
「移動?」
「ええ、いつまでもこんな場所にいても仕方ないから、さっさと街へ移動して家に帰るわ」
「家に……帰る?」
このセリフを聞いて、オレは改めて自身の現状を思い知る。
帰る……あの誰もいない家に? いや、そもそも帰れるのか?
頭の中に広がる嫌なイメージに押し潰されそうになっていると……
「いこうか、シルベ!」
目の前には、いつの間にか手が差し伸べられていた。
「お姉……さん?」
「一緒にいこうよ。シルベ!」
眩しいまでの笑顔と共に差し出されたままの手は、まるで暗闇の中に輝く一筋の光だった。だから……
「ハイ! 是非ご一緒させてください。お姉さん!」
だからオレは、その光に救いを求めるが如く彼女の手を力強く掴む。これから先の未来と希望を信じて前に進むために!




