眠り玉
「――――そろそろ時間かな?」
部屋の窓から眺めて見える景色がだいぶ赤くなっていたため、オレ達は一階フロアへ移動する。
「――――お待たせ、ゲルト!」
元気良く声を発すしたのは、目の前の相手を陥れようとしているネイさん。彼女は己の思惑を相手に一切悟らせない明るい笑を見せていた。
「もう準備は、よろしいんですか?」
「ええ、バッチリよ!」
「そうですか。では、さっそく参りましょう」
ゲルトさんとのやり取りを終え、オレとネイさんは久し振りに騎士団の外へ足を踏み出す。
「――――ふぅ、こうやって街を歩くのも久しぶりね」
「ですね。オレもようやく外の空気が吸えたって感じがしますよ」
まぁ空気くらいは騎士団でも当たり前に吸えるが、やはりあの窮屈な中と外とでは明らかに解放感が違う。
「ハハハ、二人共はしゃいでるね。でも、周囲の警戒だけは怠らないでくれよ。いつ何時、黒いフードの連中が襲って来るかも知れないからね」
「了解ですゲルトさん!」
「アタシも了解よ。ところで、せっかく外に出たんだから何か美味しものでも食べていかない? ほら、ちょうどあそこに黒トカゲの串焼きを売ってる露店があるんだし」
「「…………」」
ネイさんの提案に、オレとゲルトさんは無言になる。その理由は……たぶん一緒だろう。
――――数十分後、一行はネイさんの家の前へ到着する。
「モグモグ……着いたわね。愛しの我が家に」
「あの、お姉さん。串焼きはそれで何本目ですか?」
「十八本目だけど、それがどうかしたの?」
「……いえ、何でもないです」
ホントに好きなんだなトカゲ。
「モグモグ……ゴクン!」
やがて最後の串焼きを食べ終わったネイさんは、例の如く玄関の扉を押して中に入る。すると家内は、オレとバーバラさんが飛び出した時のままと何ら変わっていない状態だった。
「う~ん、さすがに一週間も留守にしてたから、少しホコリっぽいかな?」
しかし、ネイさんはそう一度口しただけで、特に気にすることなく目的の部屋へ向かう。
「――――さぁ、ここが地下の研究室への入口よ」
部屋に到着したネイさんは、ゲルトへ短く告げる。
「ふんふん、この下にある器材を運び出すとして……ここは、いつもこんなふうに開けっぱなしの状態なんですか?」
「ああそれ? 一応は転落防止用の蓋があったんだけど、シルベがアタシを助ける際に壊しちゃたのよ」
「へぇ、お姉さんを助けるため……やるもんだねテルミチくん!」
「あ、いや、あの時は無我夢中だったから……ハハハ」
褒められると恥ずかしいなこれ。
「……じゃあ、さっそく運び出しましょう」
「そうね。シルベ、数が多いからアナタも一緒に降りて手伝ってちょうだい」
「ハイ!」
返事を終えると、ネイさん、ゲルトさん、オレの順番で研究室へ降りていく。
「――――ここが錬金術師が使用する研究室……何だか独特の雰囲気を感じますね」
「そう? いつも使ってるアタシにとっては、慣れ親しんだ憩いの空間だけどね」
自然な会話を交わしつつ、ネイさんはゲルトさんへ指示を出す。
「じゃあ悪いけど、取り敢えずはその棚の一番上にある瓶を全部台に置いてくれる?」
「瓶、瓶……って、これ全部をですか!?」
「ええそうよ。あと、物によっては危険なものもあるから動かす時には慎重に頼むわね」
「りょ、了解しました……」
戸惑うのは無理もない。何せ棚の上にある瓶は軽く見繕っても大小で五十近くあり、その内のいくつは“危険”と言われたのだから。
「ふぅ、まずは手前のヤツから片付けるか……」
だが、それでも彼は不平不満を漏らすことなく、健気に作業を始める。
「あ、手伝います!」
よって、オレもそんな彼に負けじと動くが……
「待ってシルベ!」
急にネイさんから肩を掴まれて呼び止められる。
「ねぇ、今がチャンスなんじゃない?」
「チャンスって……あっ!」
オレは出かける前に彼女と交わしたやり取りを思い出す。
――――数時間前、騎士団一室にて……
「じゃあ、この“眠り玉”を渡しておくわね」
「眠り玉?」
この時、オレはガチャガチャの玉くらいの大きさがある緑色の球体を渡されていた。
「そっ。真ん中にある線に沿って捻れば数秒でガスが勢い良く噴出するから、それを相手に吹きかけて眠らせるのよ」
「相手……ゲルトさんを眠らせるんですか?」
手にした球体をマジマジと見つめて訊ねる。
「そういうこと。そして、アタシ達は彼が眠った隙に思う存分に楽しむって寸法ね♪」
悪魔の様な顔で淡々と己の思惑を話すネイさん。だけど、このやり方には欠点があった。
「けどそれって、ゲルトさんが目を覚ました時に騎士団に通報されたりしませんか?」
この疑問に、彼女は得意気に答える。
「その点なら大丈夫。噴出するガスを一度吸い込んだら、最低三時間は目覚めないわ」
「三時間……それならオレ達が楽しむ時間は十分に確保できるってことか!」
「そういうこと!」
――――っで、今この時が眠り玉を使う絶好のチャンスな訳だ。
「よし……幸いにもゲルトさんは作業に夢中でこちらの動きに気づく様子がない」
オレは受け取った眠り玉を懐から取り出す。
「えっと……確か、真ん中の線に沿って捻ればガスが噴出するんだったな……」
この時、一度ネイに目配せすると、彼女は無言で頷いた。
「“やれ!”ってことか……では!」
意を決して球体を捻ると、ガスがゆっくりと噴出して……え、ゆっくり?
「あの、お姉さん? このガスって、もう少し勢い良く噴き出すんものなんじゃ?」
てっきり、どこぞの大泥棒や怪盗が使うような道具をイメージしていたんだけど……まさか!
「ごめん。ガスの量を間違えたかも?」
「はぁ! “間違えた”って、どうするんですか!? こんなん弱々しいガスじゃ、誰も眠らせやしませんよ!!」
「う、うるさいわね! アタシだって、たまには失敗くらいはするわよ!!」
思わぬ形で訪れた危機的状況。それはオレとネイさんを大いに狼狽させた!
「しょ、しょうがないわ。こうなったら“ふぅふぅ作戦”よ!」
「ふぅふぅ……って、まさか自分達で息を吹きかけてガスを飛ばす気ですか!?」
「もちろん!」
いや、さすがにそれは無茶苦茶過ぎるだろう。
「さぁ、シルベ! 肺に思い切り空気を溜めて!!」
だが、それでも彼女は本気でやるようなので……
「くそ! こうなったら破れかぶれだ!」
仕方なく、オレも肺に空気を溜め込むのだった!!




