帰宅
“暴れ馬”からの長い道のりの末、ようやくネイさんの家へ帰宅……したのはいいが、肝心の家主である彼女は酔っ払った挙げ句、背中におぶられたままスヤスヤと寝息を立てている状態だ。
「ふぅ、仕方ないな……」
オレは背中で寝ている彼女の右手を慎重に掴んで玄関の扉へ触らせる。
……カチッ!
「よし、見よう見真似でやったら上手くいったぞ」
扉を開けて中に入れば、出かけた時と変わらぬ風景の部屋がそこにある。
「さて、まずはネイさんをちゃんと寝かせないとな」
彼女を寝かせるための寝室を探し始める。すると……
「ここかな?」
適当にあたりをつけて扉を開けると、運良くベッド置かれた部屋だった。
「どうやらここが寝室のようだな」
さっそくネイさんを抱えてベッドに寝かせるが?
「うん……シルベ?」
「あっ、お姉さん?」
どうやら目を覚ましたようだ。
「あれ? どうしてアタシの家に?」
不思議そうに周囲を見回すので、ここまでの経緯を教える。
「オレがおぶって連れて来たんですよ。相当に酔っ払ってましたからね」
「え!そうだったの? 何だかゴメンね」
「ハハハ、そんなのいいですよ。けど、それよりも気持ち悪いとかはありませんか?」
「うん、大丈夫!」
そう言ってベッドに寝転がるが……
「う~、見上げた天井がグルグル回ってる~!」
「やれやれ……やっぱり飲み過ぎですよ。お姉さん」
「うう……姉として弟にそう言われるのが辛い」
オレは嘆く彼女を気の毒に思いながらも、一応は例の話を切り出してみる。
「ところで情報のことですけど……」
「情報?」
「最近になって、急に現れた人物はいないかという話ですよ」
「ゴメン。飲むのに夢中で忘れてた」
だと思った。まぁ元々はオレが集めるべき情報だしな。
「じつは、ダルさんから気になる話を聞けたんです」
「ダルから?」
暴れ馬で聞いた噂話の内容を伝える。
「――――二年前に現れた謎の集団かぁ……何だか聞いたことがあるような、ないような話ね」
「どっちなんです?」
「う~ん、騎士団になら何かの資料くらいは残ってるかも知れないわね?」
「騎士団? この世界にはそんな組織があるんですか?」
まるでファンタジーの世界だ。
「普通にあるわよ。騎士団はこの街の治安と秩序を守る存在であると同時に、あらゆる情報が集まる場所でもあるの。例えるなら庶民の噂話から最近の事件や経済の情報とかも……とにかく、色々な情報が集まる場所なのよ」
「へぇ……なら、最初から騎士団へいってみればよかったですね」
「それはどうかな?」
「いいますと?」
「騎士団から情報を得るには、その度に騎士団から信用される人物からの推薦が必要になるのよ」
「信用される人物の推薦……誰なんですか?」
っと言っても、オレの知ってる人物じゃ……
「バーバラよ」
「バーバラさん!? で、でも、彼女は暴れ馬で働くウエイトレスでは……」
「今はね」
「今?」
「彼女は二年前まで騎士団に所属していたの。騎士団団長という立場でね」
「バ、バーバラさんが騎士団団長!?」
お、驚いた……あんなキレイな人が。
「ちなみにだけど、既に彼女とは明日の朝一番に、ここから一緒に騎士団へ出向く約束を取り付けてあるわ」
「や、約束……いつの間に!?」
ただ飲んだくれてるだけかと思っていたら、陰ではそんな手際良い段取りを整えていたとは……
「アタシは錬金術師だからね! これくらいのことはちょちょいのちょいなのよ♪」
ドヤ顔で言ってるが、言うだけのことは間違いなくやってるよこの人。
「――――じゃあ、明日に備えてそろそろ寝ましょうか?」
「ですね。それじゃあ……オレも」
そう言って適当に床で寝転がろうした時……
「どうしたのシルベ?」
「どうしたって……ベッドが一つしかないから床で寝ようとしてるだけですが?」
「え、ベッドって……アタシ一緒に寝ればいいじゃない? 少し狭いかもだけど」
何だ? 今、ネイさんの口から“一緒に寝ればいい”なんて聞こえたような……?
「…………」
「シルベ?」
「…………」
「お~い! シルベ?」
「…………」
「え? シルベ、生きてる?」
「……一緒に寝る?」
「何だ、ちゃんと生きて……」
「一緒に寝るぅぅぅぅーーーーー!!!」
「ちょっと、シルベ。深夜なのに大声出したら近所迷惑だよ!」
「いやいやいやいやいや!! 若い男女がそれはマズいっしょ!?」
オレはネイさんの想定外過ぎるセリフに、これでもかというくらいに狼狽える!!
「あ、あのね、シルベ? 若い男女と言ってもアタシ達は姉弟であり、家族なんだよ? だからそんな大袈裟に考えなくても……」
「いやいや、姉弟、家族と言っても血の繋がりがないでしょうよ!!」
正論を説いて必死に説得するが?
「あーもー、シルベは面倒臭いなぁ! いいから弟なら姉の言うことを黙って聞きなさい!!」
「で、でも……わっ!」
ネイさんは有無をいわせない強引さでオレの腕を引っ張って自分の方へ引き寄せる!
「わ、わ、わ、お姉さ……うぷぅ!」
バランスを崩して前のめりに倒された結果、オレは彼女の胸に顔を埋める!
「お、お姉さ……!」
慌てて離れようとするも、ネイさんはそうはさせまいと頭を両腕で無理矢理に押さえつける!
「もがっ!」
もはや逃げられない……そう思っていると?
「いいから……シルベ。一緒に寝よ……ねっ?」
そのやさしく語りかける穏やかな声に、懐かしい安らぎを覚えて抵抗をやめる。そして……
「お……姉さ……ん……」
まるで幼子が母親の胸の中で眠るかのようにその身を彼女に任せ、ゆっくりと夢の世界へ誘われるのであった。