プロローグ
「――!そのような陰で陰湿な虐めをする貴様との婚約を破棄し、――と改めて婚約することを宣言する」
卒業パーティーでデラクール国の王太子は、ふわふわの金髪にピンクの瞳のぷるぷると震える少女の腰を大事そうに抱き、自分に密着させながら高らかにそう宣言した。
その王太子だが、その瞳が淀み濁っていることにこの会場にいる卒業生及び一部在校生に、学園関係者は何人気付いているのか。
いやきっと誰も気付いてないだろう。だからこそ、こんなことになってしまったのだ。もし多くの者が気付いていたら、こんな茶番は起きなかったかもしれない。
幼少時から王太子の婚約者である公爵令嬢は……今、婚約破棄を突きつけられたので、すでに元婚約者の公爵令嬢は冷静な視線で、二人と王太子の背後にいる側近達を見ていた。
そして手にしていた扇を美しい仕草で広げると、鈴を転がすような美声できっぱりと告げる。
「婚約破棄、承りますわ。ですが殿下、辱めに関してわたくしには身に覚えはまったくありません」
「――よ、あくまで自分の犯した罪は認めないと言うのだな。ここで認めれば修道院行きですんだものを……貴様は国外追放にする。今すぐここを出て行くがいい!」
淀み濁った王太子の瞳に一瞬、ほんの一瞬だけ輝きが戻る……だがそれに気付く者はいなかった。
「殿下の仰せのままに」
広げた扇を手早く閉じると、見事なカーテシーを披露し王太子を見上げた。さようなら――殿下。元婚約者の公爵令嬢は心の中で呟く。踵を返すと出入り口まで人が割れ道ができる。元婚約者の公爵令嬢は割れた道を足早に歩き会場の外へと姿を消した。
これでいい。わたくしが――を虐めたと殿下は言われたけど、わたくしの冤罪は手筈通りにお父様とお兄様が晴らしてくれる。わたくしはこの国から予定通りにいなくなれば、――殿下もこれ以上の追及はされないでしょう。いえわたくしを追及したいのは――かしら?……どちらにしてもわたくしはいなくなる。正直この国の行く末には不安しかないけど、そこはもうお父様とお兄様に頑張ってもらうしかない。
元婚約者の公爵令嬢は、馬車止めに止まる目立たない黒い馬車を目指した。
彼女の姿を確認したのか、馬車の扉が開き一人の黒髪に黒い瞳の男が現れた。
「――大丈夫だったか?」
「ええ、――様」
馬車の前で――に公爵令嬢は抱きしめられる。
そんな二人を微笑ましげに公爵令嬢の背後で――伯爵令嬢は見ていた。
しばらくして二人は離れ、公爵令嬢は伯爵令嬢へ向き直り抱きしめた。
「今までありがとう。――がいてくれたからわたくし耐えられましたのよ」
「私はなにもしてないわ。――様が自分の力で乗り越えたのよ」
「いいえ……もう二度と会えないかもしれないけど、ずっとお友達でいてくださる?」
「当たり前じゃない」
二人はその瞳に涙を溜めながら離れた。
「手紙を書きますわ」
伯爵令嬢は頷くと震える声で
「待ってる」
とだけ答える。
公爵令嬢も伯爵令嬢に頷き返す。公爵令嬢は急いで馬車に乗り込むと扉が閉まる音がした。それを合図に馬車は動きだし暗闇へと消えいく。
伯爵令嬢は――様が無事に国境を越えられますように。と祈るような気持ちで遠ざかる馬車が、視界から消えるまで見送るのだった。