世にも奇妙な少女
その日、あの時間、あの場所を、どうして通ってしまったのかアンバー・ドゥリーは眉間に皺をよせて、激しく後悔していた。
「それで、あなたは付いてきてしまったというの?」
くりんとした目を瞬かせてアンバーは自室のベッドの横に置いてある椅子に座って、目の前にいる世にも奇妙な少女に聞いた。
「ええ、だって久しぶりだったのですもの」
世にも奇妙な少女は大きなピンク色の瞳からポロポロと涙を流し、上目遣いにアンバーを見る。
―― うわっあざといんですけど……
アンバーはくらくらした。
「久しぶりに気付いてもらえたからって付いてきちゃ駄目でしょう」
優しく諭すような声で囁くように世にも奇妙な少女にアンバーは言う。
「決して迷惑はかけませんわ」
世にも奇妙な少女の美しいハニーブロンドのふわふわな髪が揺れる。
「すでに迷惑なんですけど……」
痛くなる頭に眉をひそめ、侍女のミミルに薬をもらおうかとアンバーは思案する。
「そっ……そんなっ酷いっ」
世にも奇妙な少女は崩れ落ちると、潤みゆらゆら揺れるピンクの瞳でアンバーを見上げる。その儚げで憂いを帯び庇護欲をそそる媚態は、男が見たら欲情を掻き立てられるだろう。残念ながらアンバーは女なのであざといとしか感じないが。
「だって自分の部屋に幽霊がいるなんて、誰だって嫌に決まってると思いますけど?」
アンバーは首を傾げて、世にも奇妙な少女に言った。
アンバー・ドゥリーは伯爵家の一人娘だ。
母はアンバーが十歳で亡くなり、父と二人暮らしをしている。
さして裕福ではないが、貧乏でもないそこそこの貴族である。
ドゥリー家にはごくたまにこの世の者でない人が見える人間が生まれる。
アンバーもそんな一人で、でもさして能力は高くない。
だからアンバーに見えるのは、たまに波長が合ってしまったこの世の者でない人なのだが、そのたまに波長が合ったこの世の者でない人が、あろうことか家まで付いてきてしまったのだ。
アンバーにとって初めての経験である。
――さてどうしたものか……
自室で(幽霊がいるせいで)物思いには耽れないので、応接室で耽っている。
あの世にも奇妙な少女はアンバーが話をした感触では、どうも伯爵邸から出ていく気はなさそうだ。では伯爵邸に世にも奇妙な少女が居付くとして、伯爵家に利益があるのか、損失はあるのかを考えていた。
だがとちらも今のところは、これといってアンバーには想像できない。まだ世にも奇妙な少女が伯爵邸に居付いて半日である。暫く様子を見るしかないのかとアンバーは溜め息を吐いた。
一番いいのは世にも奇妙な少女が成仏してくれること。この考えは間違っていないはず。だが残念にもアンバーは除霊できる高等技術など習得していないし、除霊できる友人もいない。話はできるから、成仏するように説得はできるが、説得してよしんば彼女が納得してくれたとして、それで成仏してくれるものなのかはアンバーには不明であった。
そんなことをアンバーがつらつら考えていると、侍女がやって来てアンバーの婚約者の来訪を告げた。
「えっオブリン様が?約束していたかしら?」
アンバーは怪訝そうに侍女のミミルに聞いた。
「いえ、約束はなかったかと」
あらでは何故来たのかしら?アンバーは更に怪訝そうに首を傾げた。
「まぁいいわ。ここにお通ししてくださる」
オブリン・パーカーは子爵家の次男で、アンバーとは二年前に婚約し王都の国立学園を卒業したら結婚する予定だ。
商売の付き合いとか、事業の付き合いとかそんなの一切なく、ただアンバーの父とパーカー子爵が友達だっただけで決められた政略結婚だった。
可もなく不可もないアンバーは可もなく不可もないオブリンを、釣り合いの取れた相手だと思っている。
「やぁ突然すまない。実は王都の有名なお菓子を手に入れたのだけど、日持ちがしなくてね。それで今日持ってきたんだ」
満面の笑みのオブリンにアンバーは薄く笑い返した。
オブリンは優しいし気がきく。それは今日のように、有名なお菓子をわざわざ持ってきてくれることでも分かる。
だけどそれがアンバーには、作られた優しさや気遣いに思えて仕方がなく、落ち着かないのだ。
「ありがとう。オブリン様、折角ですので二人でいただきましょう」
ミミルがお茶を淹れてくれている。
アンバーとオブリンが他愛ない話をしていると、突然応接室のドアが勢いよく開いた。
「お姉さま」
と言って一人の少女が入ってきた。
ふわふわのハニーブロンドにピンクの目の美少女
――あれ?どっかで見た覚えが……
しかもその美少女が着ている服にも見覚えがあった。アンバーが着ているより胸の辺りはパツパツだったが。
――えっ?あれ私の服……
「初めまして、妹のエルノーラです」
アンバーが驚いている間に、美少女はオブリンに自己紹介をしていた。
―― あれ?私に妹なんていたっけ?
「お姉さま、どうなされたの?」
こてんと首を傾げて瞳をうるうるさせ、何故か胸の前で祈るように手を組んでいる。
――えっこのあざとさはもしかして……
まじまじと目の前に立ちハニーブロンドにピンクの瞳の美少女を見る。
先程までは表情は読み取れても、はっきりと目鼻立ちまでは判断できなかったけと、今ははっきりと分かる。見た目の年齢が十五歳から十八歳くらいのかなりの美少女で、透き通る白い肌をほんのり薄紅色に染めているさまは陶器の人形を連想させた。
実際、オブリンはエルノーラと名乗った美少女に見惚れている。
これは見惚れるよね、あざとさは抜きにしても。と、アンバーも認めざるを得ない。
全体的に先程よりもはっきりした、より鮮明になった印象の世にも奇妙な少女だった。より肉肉しくなったというか、生々しくなったというか。
――あらこれ……もしかして実体化していない?
妹だと名乗った美少女は、先程までは半透明で浮遊感があったのに、今はどう見ても生身の普通の人間に見える。
何度も確認したが残念ながら、アンバーに付いてきた、世にも奇妙な少女だった間違いなく。
そうこのエルノーラと名乗った世にも奇妙な少女が、これからこの伯爵邸に大嵐を巻き起こし、伯爵家の乗っ取りやアンバーとオブリンの婚約破棄、ホラーハウスドゥリー伯爵邸と不名誉な名称をつけられる羽目になるなど、アンバーからしたらめんど……大変な事態を巻き起こしていく存在になるとは、この時のアンバーは露ほども思ってなかった。
だから、あららこれは何が起きてるのかしら?と目前に現れた、どう見ても生身の人間にしか見えない『世にも奇妙な少女』を、目を瞬かせて訝しげにではあるが、呑気に見つめていたのだった。




