1話 いきなり【お姫様】!
「えっ、えっ、えぇぇぇっ、私が【お姫様】ぁぁぁっ!?!?」
豪華絢爛な洋城に突如響き渡る甲高い大声。
その声の主である小柄な少女は、小さな手で可愛らしく束ねたサイドテールを揺らしながら困惑した表情を浮かべていた。
「私は新発売のゲーム【ブレイクドリームオンライン】を始めたよね?
キャラクタークリエイトもしっかりやったし、チュートリアルも飛ばさずにやってきたよ!
それなのに、なんで急にこんな豪華なお城に飛ばされてきたの!?
しかもジョブが【お姫様】になってるし訳が分かんないよ……」
錯乱している少女は自分に言い聞かせるように、大声を抑えることもせずこれまでの経緯を口にだして脳内を整理し始めた。
ステータス画面や、その他のウインドウ画面を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返していることからも言動共に平常のものではないことが辺りから見ても分かるほどである。
そうして少女が困惑していると、その様子に気がついた女性が近寄っていき恐る恐る声をかけてきた。
「あの……姫様……?急にどうなされたので?」
「えっ、誰?私こんな人知らないんだけど!」
少女の素っ気ない返答に声をかけたメイド服を着用し先ほどまで掃除を行っていた女性の表情が歪み、端から見ても不機嫌になったことがわかってしまうほどの怒りを、肩を震わせながら抑えている。
「そんな心臓に悪いご冗談をおっしゃるのはお止めください。
姫様のメイド……【カノン】でございます!
たちの悪いご冗談ばかりおっしゃられますと、私も王様へ報告しなくてはなりません。
それだけは私としても避けたいことですのでお騒ぎになるのはお控えしていただければと……」
少し怖い顔をして窘められた少女は黙る他無く、声を出さない代わりに頭の中で状況の整理をし始めた。
怒っている人の目の前で考え事をする胆力には、怒っていたはずのメイド……【カノン】も呆れてしまい、途中で怒るのを止めて部屋の掃除へと戻っていった。
馬の耳に念仏である。
(お城のような場所……ジョブの【お姫様】……そして私のお付きのメイド……ここまで揃っていたらやっぱり私は本当にお姫様として扱われているみたいね?
ゲームのステータス画面とか出てるし普通にログアウトボタンもあるから、まさかラノベとかでよくみる異世界転生ってわけでもないだろうし、ゲームの開始場所がここだったってだけなんだろうけど……)
そこまで考えて少女はキョロキョロと挙動不審と思われてもおかしくないほど激しく辺りを見渡し始めた。
この部屋には少女と掃除をしているメイドの【カノン】しかいない。
(【カノン】にはプレイヤーアイコンがついていないからNPCだよね?
オンラインゲームなんだから始まりの場所に他のプレイヤーが居てもいいはずなのにいないのはおかしいよ?
とりあえず、ステータスでもじっくり確認してみようかな?)
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キャラクター名:ドロップ
●性別:女性
●種族:ヒューマン
●ジョブ:お姫様
●レベル:1
●ステータス(残りステータスポイント:10)
筋力:1
防御:1
知力:1
精神:1
敏捷:1
器用:1
●スキル
【拡声ーLV1】
【威圧ーLV1】
●ジョブスキル
【プリンセスドミネイト】
【姫のわがまま】
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(今までやったことがあるゲーム的に考えると……明らかに弱いよね?今さっき始めたばかりだから当然なんだけど。
でも、私がキャラクタークリエイトしたときに設定した【ジョブ】は【魔術師】だったはずだし、魔法も【氷魔法】と【光魔法】を選んだんだよね……
何から何まで違っているのが物凄く気になるんだけど!
アバターの見た目も私が作ったやつじゃないし、本当にどうなっているのこれ!)
少女……【ドロップ】は自分の姿をステータス画面で凝視して、脳内で本来自分が作り上げていたアバターと照らし合わせているようだ。
【ドロップ】が作り上げたアバターは青髪で長髪、高身長のスラッとした戦いやすい体型の姿だった。
それに対して、今の【ドロップ】の姿はピンク髪でサイドテール、低い身長に……これでもかというほど盛られた巨乳にドレス姿である。
「思ってたのと真逆なんだけどぉ!」
「……姫様?」
「あっ、はい、すみません……」
思わず漏れてしまった声に反応したメイドの【カノン】に秒単位での平謝りをしてやり過ごした【ドロップ】。
(つい声に出しちゃったけど、勝手にプレイヤーが作ったアバターを変えるのはどうなの?
せっかく一時間かけて作ったのにあんまりだよ!
でも、そうなったからには仕方ないし、とりあえずスキルでも確認してみようかな)
【ドロップ】は気持ちを切り替えて先ほどステータス画面で確認したスキルの詳細を見てみることにしたようだった。
(どれどれ……まずは【拡声ーLV1】は……?)
【拡声ーLV1】
●周囲に声を届けるスキル
LV1では半径一キロメートル先まで。
まるで隣にいる人が声を発したかのように聞こえるように声を届けることができる。
(これ、攻撃スキルとかじゃなかったのね……このゲームはモンスターが出てくる王道的RPGの形式って聞いていたのに!こんなスキルじゃ戦えないよ!)
一つ目に確認したスキルが思ったものではなかったのか憤慨して腕をブンブン振り回している。
その様子を掃除をしているメイドの【カノン】に見られていることには気づいていないようだ。
(次のスキルを見てみよう!これくらいじゃへこたれないよ!)
【威圧ーLV1】
●周囲に恐怖感を与えるスキル。
LV1では若干冷や汗をかかせる程度のもの。
威圧を受けたものは蛇に睨まれた蛙、上司に怒られている部下のように縮み込んでしまう。
(こっちはまだ使えそうね!レベル1だと効果は薄そうだけど、強くしていけば中々いいんじゃない?
この調子で次のスキルも見ていくわ!ジョブスキルっていうくらいだし、お姫様のスキルは気になるしね!)
【姫のわがまま】
●権力者である姫によるわがままをスキルとして昇華したもの。
自分のお願いを確率でNPCに対して無理を通してでも聞いてもらうことができる。
確率は頼みごとの難易度、稀少度などによって上下する。
このスキルのオンオフは出来ず、一度発動すると長時間のクールタイムが発生する。
(これ、ある意味チートスキルじゃない!?
欲しいアイテムとかあったら無理やりもらえるってことだよね?
不老不死の薬とか最強の武器とかパパッとゲット出来ちゃうのは魅力的だよ!
でも、何でもランダムで発動するのは微妙かな……水汲んできてってお願いしたらすぐ発動しちゃいそうだし……いや、それでいいよね!
楽しそうだし!)
一抹の不安を抱きつつも【ドロップ】は強力に見えるスキルを所持していることで少し機嫌を取り直したのか、小躍りしている。
(そして、最後は【プリンセスドミネイト】!ちょっと強そうな名前だけど必殺技とかかな?
さっき見た同じジョブスキルの【姫のわがまま】が使える感じのやつだったからこっちも期待しちゃうよね!)
【プリンセスドミネイト】
●プレイヤー全体にイベントを発生させるスキル
国内での自身の権力の影響力によって開催できるイベントが変化する。このスキルで開催されたイベントは国内情勢を変化させます。
現在開催できるイベント
【わがまま姫様のスライム収穫祭】
戦闘職優遇イベント
ファートス王国の周辺にいるスライムが大量繁殖します。プレイヤーはそのスライムの討伐数によって報酬を得ることが可能です。
影響……戦闘職のファートス王国での扱いが成果によって変化します。
王国での【ドロップ】の権力が成果によって変化します。
【わがまま姫様の珍品集め】
生産職優遇イベント
プレイヤーが王宮へアイテムを納品するイベントとなります。プレイヤーは納品したアイテムによって報酬を得ることが可能です。
影響……生産職のファートス王国での扱いが変化します。
王国での【ドロップ】の権力が成果によって変化します。
(むむっ!?イベントを開催できるスキルだって!?こんなの一般的プレイヤーが持っていいスキルじゃないよね?
だって、この王国の方針を私が決めちゃうことになるんだし……戦いに強い国にするのか、はたまた産業に強い国にするのか、どっちかを選べってことなんだろうけど……)
【ドロップ】は腕を組み、頭を捻りながら唸り声を上げて考え込み始めた。【ドロップ】が悩んでいるのには理由があり、開催できるイベントはどちらか片一方だけという制約がついていたからだ。
(どっちも同時に開催できたら楽だったんだけど、そうもいかないみたいだし……どっちにしようかな?
……うん、決めた!私が選ぶのはこっちだ!)
そうして、ファートス王国の未来は【ドロップ】が選択した指先によって大きく変化していくのであった。