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大樹界争奪戦争に参戦した その二

開戦からいきなり命令無視確実の行動に出たワッツ子爵の部隊。

攻めてくる魔族軍を迎え撃つために守りを固めている東の大公軍にとってこのタイミングで陣形に穴ができれば、そのまま致命傷になりうる緊急事態だ。


「しかし、この状況で彼らは何をするつもりなんでしょうか?」


補助魔法で作られたヴィジョンに映る様子を見ながら呆れた顔を隠そうともしないドルチェ。


まあ、戦場で独断専行をやる理由なんて二つしかない。

一つは敵前逃亡、もう一つは――


「手柄を欲しがっての特攻だな。魔族の前衛の側面を回り込むように動いているし、逃げてるって可能性はないだろ」


「味方を犠牲にして自分たちだけで手柄を独占ですか。貴族ともあろう者がなんと浅ましい……」


嫌悪感を隠そうともしないドルチェ。

まあ、俺も全くの同感なんだがな。


「だが策としては下の下、精々三百ほどの寡兵でどうこうできるほど、戦は甘くない」


ヴィジョンに映るワッツ子爵の部隊は、勢いこそあるものの武器も隊列もてんでバラバラ、あれでは集団の利をまるで生かせていない。


「それにしても攻撃されませんね。てっきり魔族軍の前衛が対応すると思ったのですが」


「あのまま行かせても脅威にならないと思われたんだろうな。万が一ワッツ子爵の部隊が東の大公軍が放った囮だったら、今度は逆に魔族軍の方が隙を見せることになりかねないしな」


「なるほど」


まあ、あの低すぎる練度を見て囮だと思う指揮官は絶対にいないだろうがな。

とか考えている内に、両軍が激突しそうだ。


「……交戦開始しました。まずは互角といったところですね」


ドルチェが言うまでもなく、開始されたばかりの両軍の熾烈な戦いの様子がヴィジョンに映し出されていた。

確かに、見る限りでは東の大公軍は善戦している。


「ああ、だがワッツ子爵の部隊がいた左翼が次第に押し込まれることになるだろう」


「なぜですか?ワッツ子爵の部隊はどう見ても寄せ集めの三百人、その程度の人数が抜けても東の大公軍は一万の大軍です。影響があるとは思えませんが」


「普通の状況ならな。だがタイミングが最悪だ」


〈千丈の堤も蟻の一穴より〉という言葉がある。

どんなに大きくて頑丈な堤防も、蟻が開けた小さな穴を放置しておくとやがて穴は広がり、堤防の決壊に繋がるというものだ。


「たとえ寄せ集めでも、ワッツ子爵の部隊は一万の軍を構成する欠かすことのできない一部だった。それが敵が攻撃してくる直前に突然抜けてしまっては、周囲の味方が無理をしてでも補わなければならなくなる。そこで東の大公がなんの手も打てなければ、やがて影響は軍全体にまで波及して敗北に繋がる恐れがある」


「そ、それはかなりまずいのでは?」


「まずいんだよ。せめてもう少し早く離脱してくれていれば対処の仕様はいくらでもあったんだがな。今頃本陣は大慌てだろうさ」


「あ、そのワッツ子爵の部隊が敵に当たるようです」


両軍の激突の様子を映していたヴィジョンが切り替わり、傭兵と冒険者のみで構成されたワッツ子爵の部隊が敵本陣の守備隊に攻撃を仕掛けようとしていた。


「もうすぐ激突――あ、矢の一斉掃射で勢いが弱まりました。魔族軍の盾兵部隊に斬りかかりましたが完全に足が止まりました。それ以上進む気配はないですね」


もともと軍規を無視するような奴らだ、唯一の武器だった勢いを失った時点でとっとと逃げるべきなのだが、そうさせてくれるほど魔族軍は甘くはないらしい。


「騎馬隊です!銀鋼騎士団の騎馬隊およそ百がワッツ子爵の部隊を背後から急襲しました!すごい、一度目の突撃で三百人を蹴散らしました」


ダメ押しの一撃を食らったワッツ子爵の部隊は蜘蛛の子を散らすようにバラバラの方向へと逃げだすが、隠れる場所のない戦場で騎馬相手にその選択は最悪だ。


当然徒歩のワッツ子爵の部隊が騎馬から逃れられるはずもなく、ほとんど抵抗らしい抵抗もできないまま、ものの数分で三百人の部隊は一人残らず全滅した。


「……予想通りとはいえ、なんの戦果も上げずに全滅してしまったな。ホントに何がしたかったんだ?」


「タケト様の言った通り、功績を独り占めしようとしていたのは間違いないでしょう。ですがやはり不可解ですね」


「何がだ?」


「ワッツ子爵の領軍はそれなりに優秀だという噂を聞いた事があります。加えて、数年前に家臣になった元冒険者の蒼刃のニールセンが指揮を執るようになってからは、王都でも話題になるほど精強になったそうです。彼が領軍を率いて馳せ参じていれば、あんな姑息な手を使わなくても望み通りの手柄を上げることもできたかもしれないのに、です」


その蒼刃のニールセンは、ワッツ子爵の圧政に反旗を翻して盗賊になった挙句、カトレアさんの手助けで三百人の元領民と一緒にワッツ領の外へ逃亡してしまったのだよ、という言葉をなんとか飲み込んだ俺は、「どうなんだろうな」と適当にお茶を濁した。

どうやらニールセンの件はまだ他所に漏れてはいないらしい。

あのセリカがまだ把握していないらしいという事実は、かなり安心できる材料だ。


「とにかく今は両軍ががっつりと組み合ったばかりで、主力の騎馬隊が出てくるのはもう少し先だろう。ここで何かしらの『援護』があれば、東の大公軍も楽になると思うんだが……」


お世辞にも良いとは言えない味方の状況に、念のためドルチェに話を振ってみるが、


「駄目です。この場にお嬢がいればそんな判断もあったかもしれませんが、ここでタケト様、得体の知れない個人に助けられたとあっては、東の大公軍の面目は丸つぶれです。そしてタケト様を送り出したお嬢の信用にも大きな傷がつくことになります」


だよな。


「なら精々、ここから東の大公軍の勝利を祈っておくとしようか」


俺はドルチェと世間話をしながら静かにその時を待つことにした。






ドルチェの指摘で銀鋼騎士団の主力である騎馬隊一千が魔族軍本陣から出撃したことを知ったのはそれから数時間後、日が傾き始めた頃のことだった。


「銀鋼騎士団騎馬隊、正面突破ではなく魔族軍の背後を横切っていきます。やはり狙いは手薄になっているこちらの左翼です」


「ああ、だがこっちにも騎馬隊はいるんだろう?」


「はい、大公軍直属の騎馬隊、同じく一千が銀鋼騎士団に対処するために動き出しました。もし本当に銀鋼騎士団の魔法の鎧の力が失われていれば、彼我の戦力差はほとんどないはずです」


「となるとここがやはり勝負の分かれ目か」


一千対一千、数の上では互角の騎馬隊同士の戦いがこの戦場の決め手になるはずだ。

だが、地力で勝るはずの銀鋼騎士団は直前になって思わぬ手に出てきた。


「二手に、二手に分かれました!五百がそのまま大公軍の騎馬隊に、もう五百がそのまま大公軍本軍の背後に回り込みました!」


なんと銀鋼騎士団は半分が囮となって敵騎馬隊の動きを封じ、もう半分で本来の役目を果たしてきたのだ。


「さらに正面から銀鋼騎士団歩兵部隊二千が突撃!東の大公軍は左右に分断されました!」


「まずいな」


ここに来て銀鋼騎士団は一気に全戦力を投入、対する東の大公軍は中央を突破されつつある上に背後を五百の騎馬隊で突かれている最中、しかも主力である騎馬隊は足止めされている。


俺が指揮官なら撤退の二文字が頭に浮かんでいてもおかしくない、危機的状況だ。


だが、さすがにこのまま終わる東の大公軍ではなかったらしい。


「足止めされている騎馬隊を、冒険者で編成された遊撃隊が救援に向かいました!騎馬対歩兵なので分は悪いですが遊撃隊が善戦しています!」


なるほど、味方の騎馬隊を救出して改めて銀鋼騎士団の残り五百を追撃させる方針か。

動揺を感じさせない堅実な手だ。


銀鋼騎士団が左翼に来てくれて助かったな。

もしこれが右翼だったら味方騎馬隊の救出にもっと時間がかかっていただろう。

これで事態は好転すると胸をなでおろした。


だが、形勢が不利になれば一度撤退するかと思われた銀鋼騎士団騎馬隊五百は、退くどころかその場を離れようとした東の大公軍の騎馬隊にしがみついて離さないどころか、自軍の陣形を崩して乱戦の構えを取り始めた。


「な、なんで!?あのまま戦い続けたら彼らは全滅するというのに!?」


戦を見るのは初めてなのか、動揺した声を響かせるドルチェ。


「……全滅覚悟なんだよ。どういうわけか知らないが、奴らはこの戦に命を投げ出す価値があると思っていやがる」


胸糞悪い展開だがこれ以上ないほど効果的な手だし、その覚悟は本物だ。

敵ながら天晴れ(あっぱれ)という他ない。


「しかしこれでは……」


「ああ、大勢は決したな。奴らを全滅させなきゃ東の大公軍の騎馬隊は動けないし、その頃には背後と中央の双方からズタズタにされて味方は総崩れになっているだろうな。もう撤退するしかない」


「……では」


「ああ、俺達の出番だな。ここを撤収してポイントに向かうとするか」


俺の予想した通り、すでに撤退戦に移りつつある東の大公軍を眺めながら俺は自分の中の戦いのスイッチを入れる一言を口にした。


「さあ、戦を始めるとするか」

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