大樹界争奪戦争に参戦した その三
お待たせしました。
大公軍の撤退開始を見届けた後、再びドルチェの案内で山を下り、東の大公軍が逃げてくるはずの峡谷の崖にある出っ張った岩場の一つに、俺たちは陣取っていた。
前方には緩やかに山なりとなった長い一本道があり、なだらかな斜面の向こう側からは岩場のお陰で俺たちの姿が見えないようになっていたが、逆に高所で待ち伏せている俺たちの方からは峡谷の様子が一望できた。
「それにしても、格好の隠れ場所を見つけられたのは幸運でした。敵はもちろんですが、私たちの存在を知らせていない以上、味方にも見つかるわけにはいきませんから」
「ドルチェが渡してくれた魔道具のお陰もあるがな。これでかなりやりやすくなった」
今現在俺の腰にはドルチェにもらった紅白に彩られた組紐が袴の上から巻かれていた。
なんでもセリカからの俺への餞別らしく、ドルチェの手から渡すように命令されていたそうだ。
《魔紡の組紐:持ち主の魔力を代償として紡ぐことのできる組紐。持ち主の込めた魔力の密度によって強度が変化する》
これがドルチェの魔法で、俺のステータスプレートに刻まれた組紐の詳細だ。
一見便利な魔道具に見えるのだが、この「魔力を代償に」という点が曲者で、並の魔導士では十メートルも紡げば保有する魔力が空っぽになってしまうほどコストパフォーマンスが悪いらしい。
魔力の込め方次第では耐魔性のある頑丈な組紐が作れるそうだが、通常の工程で魔力の籠った糸を作った方がはるかに効率的らしく、長年ルキノ商会の倉庫に眠っていたものを俺のために引っ張り出して来たそうだ。
確かに、ずば抜けた量の魔力を持っているらしい俺ならこの組紐をうまく使うことができるだろう。
実際にこの岩場に登るための竹はしごを作るために組紐を利用したんだが、はしごの完成後も魔力の減りをほとんど感じなかった。
不満があるとすれば、バケモノでも見るような目つきで作業を見ていたドルチェの視線くらいか。
「それはルキノ商会でも持て余していた曰く付きの品です。タケト様にお貸しいただいたこの魔道具に比べればゴミみたいなものです。なんですかこのデタラメな性能は?金貨百枚なら売っていただけますか?」
「売らねえよ」
ドルチェが言っている魔道具というのは、俺が貸した竹の簔のことだ。
《タケトの竹蓑:魔力が込められており耐久性、防水性が増している。持ち主の魔力を流し込むことによってAランクの迷彩魔法を発動する。この魔法は同ランク以上の知覚系の魔法、スキルでしか破ることはできない》
現在、眼下の峡谷の一本道は、魔族軍に敗北した東の大公軍が絶賛撤退中なのだが、俺たち二人は誰にも見つかることもないまま、堂々と彼らの頭上の岩場に居座っていた。
それを成せる理由は、それぞれが身に付けている竹蓑と深編笠にあった。
「並の魔力量の私がAランクの迷彩魔法を苦もなく使えるなんて、非常識にもほどがあります。加えてこの笠の認識阻害魔法のお陰で、これだけ近い距離で声を出しているのに下の兵士に気づかれる気配すらない。仮に存在を知られれば、あらゆる組織がこの魔道具を欲しがるでしょうね」
ドルチェの驚きも分かるが、俺だって最初からこんなとんでもない性能になると分かっていて、この竹蓑と深編笠を作ったわけじゃない。
一番驚いてるのは俺なんだよ。
そんな無駄話をドルチェとしながらひたすら東の大公軍の撤退をを眺め続けていたんだが、その敗軍の列のある地点から空気が一変したのがわかった。
それまでは必死で逃げる兵士たちの足音だけだったが、次第に遠くの方から歓声とも悲鳴ともつかない無数の叫びが近づいてきていた。
「そろそろか」
かすかに視界に映るのは剣や槍の煌めきと大量の土埃、そこにはまぎれもなく互いの命を奪い合う戦場があった。
俺は傍に用意していた数十本の竹槍を組紐でくくった竹束から一本を逆手に掴み取ると、前方のどこを見るでもない俯瞰の目を向けて獲物を探す。
そしてある一点、銀鋼騎士団のものではない一際大きく派手な鎧を着た魔族の騎士を見つけたその時、全身を大きく撓らせて投擲の構えを取った。
思い返すはあの時、オークナイトを貫いた必殺の一撃。
イメージと現実が俺の中で重なった瞬間、溜め込んでいたエネルギーを爆発させるため再び動き出した俺の全身の力は右手の竹槍へと集中し最高潮に達したところで一筋の光となって放たれた。
ヒュボッ ッガアアアアアアァァァンンンン!!
俺の手を離れた竹槍は魔族の騎士に吸い込まれるような軌道を描いて鎧に到達、次の瞬間には無数の金属の破片を撒き散らしながら後ろにいた騎士たちを次々と貫通し視界から消えたところで静かになった。
だが俺の攻撃は終わらない。
身じろぎもせずにその場に立ち尽くす魔族に向けて次々と竹槍を投擲し、敵の最前線を崩壊させた。
竹槍が鎧の装甲を突き破る破壊音に驚愕したのか、どちらの軍もまるでカカシのように動かなかったが、俺が連続投擲を止めた後に訪れた静寂が、ようやく彼らに現状を認識させた。
だが、二つの軍の動きは真逆のものとなった。
「今だ!今のうちに進めーーー!!」
「ひ、退け……一旦退いて立て直すのだーーー!!」
魔族軍が主を失ってその場でうろつく二十騎ほどの馬以外の全ての兵が後ろに下がったのに対して、俺の援護攻撃で一人の犠牲者も出ていないと察した東の大公軍の指揮官は、魔族軍を無視して前へ進むことを選んだ。
……よし、両軍の間に隙間ができた。
「ドルチェ、お前はこのまま手筈通り東の大公軍と一緒に撤退してくれ。ついでに俺の荷物も運んでくれると助かる」
「かしこまりました」
「……てっきり私も戦います、とか言ってくるものかと思ってたんだがな?」
「この任務に当たらせていただくにあたって、ルキノ商会の総力を挙げて収集したタケト様に関する情報の分析の結果、私程度では足手まといになる可能性が非常に高いとの結論に達しておりますので」
「そうか」
それなら俺からいうことは何もない。
ていうか、ルキノ商会の情報網がそれほどのものか、気になるどころの話じゃないんだが。
どこまで俺のことを知ってるんだ?
……ま、まあ、深く考えるのは後回しだな、集中集中……
「タケト様ご武運を」
ドルチェの声に親指を立てながら、背負い籠の代わりに竹束を背負って、誰もいなくなった地面に飛び降りた。
緩やかな山なりの道の頂上に向けて歩きながら、俺を挟むように前後にいる敵味方の軍勢を改めて確認する。
魔族軍の犠牲自体はせいぜい数十人だが、一度止まった騎馬隊が追撃を再開するのはそう簡単な話ではない。
今はまだ様子を窺っているせいもあるのか、こちらに向かってくるのは時間がかかりそうだ。
一方、味方の東の大公軍は峡谷を抜けようと一目散に走り続けている。
時々こちらを窺おうとする兵士がいないわけではなかったが、上官に怒鳴られて全員が坂を下って行った。
撤退中は特に軍紀が乱れることが多いんだが、思った以上に命令が行き届いているな。
現場の指揮官の質が高いのは間違いなさそうだが、それ以上に東の大公に人望があるんだろう。
それだけに、ワッツ子爵の部隊の愚行が際立つが。
そんなことを考えながら歩いている内に山なりの道の頂点に差し掛かったので、背負っていた竹束を地面に下ろして、深編笠と竹蓑に対してかけっぱなしにしていた認識阻害魔法と迷彩魔法を解除した。
どうやら、魔法を解除するまでは魔族軍が俺を見つけることはできなかったらしく、俺を見つけた先頭の騎士たちがこちらを指さしながら一斉に騒ぎ出した。
ここでもう一度竹槍を投げれば奴らを黙らせることができたんだが、俺はあえて騎士たちが興奮していくままに任せた。
……お、明らかに上官の命令を無視した感じの数人の騎士が、馬を駆ってこちらに突っ込んできた。
騎馬隊の先頭というものは、真っ先に敵に当たるため、もっとも生存率の低い役目だ。
彼らが大した躊躇も見せずに恐れることなく突っ込んできたことは、素直に称賛に値する。
それが犬死でなければな。
敵騎馬の突撃を確認した俺は、いつも使うものよりも一際長くした、対騎馬用の竹槍で地面を突いた。
すると、戦いを観戦する数時間前に仕掛けておいた竹の根が急成長、峡谷のド真ん中に人が通るのがやっとな狭さの竹林が出現した。
ゴシャ ガシャッ グシャララガララン!!
いかに屈強な魔族軍の騎士といえど、強靭なしなやかさと耐久力を持つ何十本もの竹の群れを突破することは不可能だったらしく、竹の一本も折ることのできないまま次々と竹林に弾かれて、乗っていた馬ごと地面に転がった。
「っ!?――い、行けえ!すべて切り倒して先に進むのだあああぁぁぁ!!」
オオオオオオオオオォォォォォォ!!
魔族軍の指揮官と思える男の声が峡谷に響き渡り、味方の突撃失敗による呪縛から解き放たれたように、立ち往生していた何百騎もの騎馬が殺到してきた。
さすがにあれだけの数でやってこられたら、この竹林もすぐに破壊されて東の大公軍を再び追いかけ始めるだろう。
無論ここまでやっったんだ、俺も奴らを通すつもりはない。
俺は地面に突いたままの竹槍の石突に魔力を集中させると、地中に埋めたあるものに向けて流し込んだ。
「起爆」
カッ グオオオオオオォォォ!!
魔力を載せた俺の呟きの呼応して魔族軍の騎馬隊が迫っていた竹林のすぐ目の前が突如白一色に染め上げられた。
大半の魔族軍は難を逃れたらしいが、先頭を走っていた十数騎ほどの騎士が白い光、俺が地中に埋めておいた竹炭爆弾の爆発に巻き込まれて辺りに転がっていた。
その他にも騎馬隊の急停止に巻き込まれた騎士や兵士がうめき声を上げる中、竹林を抜け出て魔族軍の前に姿を見せた俺は、大声で高らかに宣言した。
「我が名は竹田無双流免許皆伝竹田武人!!大将との一騎打ちを所望する!!」




