“彼女”と蒸汽文明 4
今まで毎日投稿していましたが、来週から日曜日はお休みじゃよ。
平日のみ投稿になるんじゃよ……
扉が勢いよく開かれ、赤毛の少女が飛び込んで来る。
赤毛の少女は昨日会ったばかりのトルーラブ警部補だった。闘牛みたいに鼻息を荒げ、般若の面を彷彿させる形相を浮かべている。
もし、この世界に鬼と言う種族がいるのであれば、それは彼女のことを差すかもしれない。
そう思わざるを得ない彼女の様子と表情であった。
しかし、僕達の姿を見るや否や、見る見るうちに表情が変わっていく。
今、僕達二人は抱き合っているのだ。それも姿勢と言い、互いの唇に近付こうとしているのだから、今から、その、男女がベッドの上で行うプロレスを行おうとしている風にも見えなくも無い。
僕達二人はそう思わなくても、彼女や第三者から見ればそう思ってしまうだろう。
「「「……」」」
三人とも黙り込んでしまった。
トルーラブ警部補はとんでもない物を見てしまったかと言わんばかりの表情で。
ヴァンパイアは特に恥じた様子もなく、寧ろ、見つけてくれたと言った表情で。
一方の僕は来ると分かっていたとは言え、驚いた表情で。
繰り返し述べるが、三人とも黙って見つめ合った。
「な! な、な、ななななな! 何、やってるのよ!」
先に動いたのはトルーラブである。
大声で叫びながら右手の人差し指で僕達を指差した。顔は髪のように真っ赤に燃え上がり、誰がどう見ても効果が覿面であることが分かる。
ただ、僕も彼女の立場であっても、覿面であっただろうけど。
「何って、見れば分かるだろう?」
次に動いたのはヴァンパイアである。
ちらりと僕の顔を見てから、首を傾げながら尋ね返す。表情は先程から一切変わって、いや、口元を良く見てみるとにやりと笑っていた。
まるで、わざと隠した物を漸く見つけたか、と。
そう思わせる表情で答えている。
「見れば、その、分かるけど! だからって!」
「愛について語り合うのは何処でも良いのであれば、愛を確かめ合うのも何処でも良いであろう? なぁ、リューノスケ」
「いや、普通は違うと思うから」
最後に動いたのは僕であった。
トルーラブから視線を逸らして、ヴァンパイアの顔を見ながら答える。女性について疎い僕であるが、愛を語り合い、確かめ合うのは、この状況以外であると思いたい。僕はジト目でヴァンパイアを見てしまう。
「兎に角、私がいるのだから、アナタは離れなさいよ!」
トルーラブはそう言って、僕達の間に割り込み、力ずくで離れさせる。
そのとき、ヴァンパイアは色っぽく「いやん」と言うも、誰も反応しなかった。
「それで、私とリューノスケの愛を切り裂いたトルーラブ警部補殿は、何の御用かな? こんなときに来たのだ。本来であれば馬にでも蹴られても可笑しくない状況だと私は思うのだが」
「別に用があったわけじゃないわ。毎度毎度騒いでいる亡霊が昨夜出たから、私達の班が此処で検問していただけよ」
トルーラブはそう答えながら、自分の後ろにいた人物達に顎でしゃくる。
彼等は先程のニコラでの会話に出て来た双子だろうか。二人とも騎士が身につけていそうな赤色の胴鎧と兜を付けており、それだけでも重そうに見えるのに、更に腰にはサーベルと短銃、背中にはガスボンベみたいな物がある。
彼等は彼女の部下なのだろう。
一瞬、顔を会わせると頷き合い、再び此方の方へ見続けた。
「そんなことよりも、そいつ、誰よ?」
「はて、そいつとは一体?」
「私とアンタの目の前にいる変な男性のことよ!」
トルーラブ警部補は再び怒鳴り散らし、今度は僕に人差し指を向けた。
しかし、今は大事な仕事の筈なのに、そんなことでサボっても良いのだろうか。
「ムッ、変とは失礼な。彼はリューノスケ・トードーと言って、私の恋人なのだ」
「こいびと!? こいつが!? アナタの!?」
トルーラブ警部補は胡散臭そうな表情で僕を見る。
恋人。耳を疑ってしまいそうな単語だけど、僕はコクリコクリと二度三度頷いた。
「それとも、彼がカエルに見えるかい? 王子様にでも化けて見えるかい?」
「見えないけど、アナタに恋人がいるのが想像付かないのよ!」
「想像ぐらい出来るだろう? 此処に実物があるのだからな」
「ヴァンパイアさん。此方の方は?」
いつまでも黙っていては怪しまれると思い、二人の顔を見ながら話に加わる。
それにヴァンパイアは僕の隣へ座り直すと、彼女に手を差し伸ばして紹介する。
「紹介が遅れてしまったが、彼女の名はトルーラブ。苗字は彼女自身名乗るが嫌っているため伏せさせて貰うが、イリギスで有名な貴族様のご令嬢様でありながらも、ロックスフォード警察署の期待の新人君で、私を良く理解してくれていない友人だ」
「ちょっと! 理解してくれていないって、どう言うことよ!」
彼女が吼える中、「からかいがある人物でもある」と、小声で付け加える。
「まぁ良いわ。さっき紹介したとおり、私が『ロックスフォード警察署の期待の新人』、『五十年に一度の俊才』と呼ばれているトルーラブよ。貴方の恋人であるヴァンパイアの友人になってあげているわ」
そう言いながら彼女は右手を差し伸ばす。
「ええっと、東堂龍之介です」
僕もそれに応え、右手を差し伸ばして握手を交わす。
その手は小さいけど硬かった。ヴァンパイアが有名な貴族のご令嬢と言っていたから柔らかいものだと思っていたけど、女性としては並み以上に硬く、ひょっとしたら、僕の握力が弱いだけかもしれないけど、世間知らずのご令嬢だと思っていたら、痛い目に合うかもしれない。そう感じる手であった。
「気をつけなさいよ。彼女、人を振り回す才能だけは街一番で長けているから。もし、何か巻き込まれたりしたら、遠慮なく頼って頂戴。私が出来る範囲で協力してあげるわ」
「あ、ありがとう、ございます」
僕の言葉が終わると同時に彼女は手を離す。
ただの握手だ。何処にでもある普通の握手。
だけど、それが何故か名残惜しく感じてしまい、握ってくれた手を思わず見つめてしまう。
それを隣に居たヴァンパイアはどう思ったのか。代わりに彼女の手が握られた。
「トルーラブ。私の恋人に変なことを吹き込まないでくれ。私は人を振り回す才能に長けているのではなく、人に指示する才能に長けているだけだ」
「ええ、そうかも。あの件で、アナタとの付き合い方を学んだわ」
ヴァンパイアの反論に、トルーラブは口を尖らせる。
「それで、仕事は良いのかい? 確か仕事中だろう?」
「……そうね。ちょっと長居し過ぎたわ。代わりに検問所では話を通しておくわ」
トルーラブはそう言って馬車から降り、
「それと言っておくけど、いちゃつくなら、アナタの屋敷に戻ってからにして頂戴ね」
馬車の扉を閉めるのであった。
再び二人っきりになった馬車の中で、ヴァンパイアは最初に口を開く。
「これで、検問と私と君と君の身分は解決だ。一石四鳥とはこのことだな」
「僕の身分。それってもしかして――」
「喜びたまえ。今日から君は私の恋人だ」
ひょっとしなくても、僕は頼る相手を間違えたかもしれない。
怪しげに微笑むヴァンパイアの横顔を見ながら、そのとき僕は思った。
……そして、その不安とトルーラブの心配は、後日、この身をもって味わうことになる。
「なんだい? そんなに驚くことかい?」
「いや、だって、そりゃ、アナタに好きな人が出来るとは――」
「私だって人の子だ。恋人ぐらい作るさ」
ヴァンパイアはいつの間にか取り返していたパイプ煙草で一服した。
明日で、この話が終わり。
明後日で、新キャラが登場……予定。