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濃霧都市の夜宴/吸血姫の恋人  作者: 真剣狩る戦乙漢ゆ~ゐ
第一幕  貌がないジャバヴォック
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“彼女”と蒸汽文明  2

 地面に顔をぶつけた衝撃で、僕の頭がどうにかしてしまったのではないかと疑いたくなるほど、旧き良き時代、それも近代のヨーロッパの都市を体現しているような異世界の夜の街並みである。

 今いる場所は、その都市の大通りなのだろうか。

 僕が知っている自動車とは構造が異なっている自動車が走っている、それと所々歯車や細かな部品が露出している奇妙な馬が駆け、その馬はこれまた奇妙な馬車っぽい馬車を引き、歩道らしき場所では人間に似た人間、所謂、異なる種族が平然と歩いていた。



 当然、彼、彼女達が着ている服も、僕が着ている服とは異なっている。



 一言で片付けるなら何処か古臭く感じた。

 例えば、あの細長い耳を持った老人は、如何にも紳士ですと言わんばかりの古惚けた服を。例えば、その犬の耳と尻尾を付けた女性は、少々派手なピンク色のドレスを。例えば、あの子供ぐらいの身長しかない強面の中年は、汗臭そうな汚れたタンクトップを。例えば、その一瞬昆虫かと思ってしまうほど羽が生えた小さな人間は、どんな素材を作ったか分からない服を着ていた。


 それらの光景を見た僕は、乾いた笑い声が口から出て来てしまう。



「何か可笑しな所があったかい?」



「全部、可笑しく見えるんですけど」



「それは気のせいであろう。私の目には何とも思わない」



「いやいや、可笑しいでしょ! 全部!」



「その可笑しいのが私から見たら普通なのだが……ふむ」



 ヴァンパイアは呟きながらパイプ煙草に火を付けた。パイプ煙草は勿論、紙煙草や電子煙草も吸ったことが無い僕だけど、彼女の手付きから察するに相当吸いなれているのだろう。一度、二度、間隔を空けて吹かすと、改めて咥え、少し困った表情を浮かべながら脚を組んだ。



「では、君の目にはどんな映っている? めんどくさいと思うが逐一言っていって欲しい。それを私が説明してみせよう」



「じゃあ、あの自動車みたいな自動車は? その馬みたいな馬は? 馬車っぽい馬車は、多分、馬車だと思うからパスだけど、あのエルフっぽい人とか、ドワーフっぽい人とか、妖精っぽい人とか、あと犬っぽい人とか――」



「おいおい、そんなに沢山のことを聞かれてしまっては答えづらいではないか。私も人のこと言えないがね。取り合えず、ちゃんと順番に教えてあげるから落ち着きたまえ。とは言え、私は怪人業の傍らで探偵業をしている私だ。詳しい原理とか理由とかは、興味が湧いたら、後で君自身で調べて欲しい」



 ヴァンパイアはそう言うと、身を乗り出して窓に近付く。



 僕の顔と彼女の顔は拳二個分ほどの距離だ。

 あまりの近い距離に驚いて、ほんの少しだけ引いてしまう。

 けど、羞恥を感じるより好奇心が勝り、もう一度、彼女の顔に近付いた。



「まずはあの車だ」



 ヴァンパイアは、自動車らしい自動車に指を差す。



 ヘンテコな自動車であった。

 僕が知っている自動車より一回り、いや、二回りも大きくて、とても頑丈そうに見える。それにしてもどう言った構造なのか、マフラーらしき部分から白い煙がモクモクと吐き出している。

 ガソリンで動いている訳ではなさそうだ。



「あれは見ての通り自動車だ。市販で量産されている蒸汽の中の不純物を可能な限り取り除き、それを燃料にして動かしている物だ。さっき言っていた馬らしい馬――私達は機械人形と呼んでいるがね。それも先程の自動車と同じ原理で動いている」



「蒸気?」



「発音が違う。蒸汽だ」



「蒸気?」



「惜しい。もう一度。汽だ」



「蒸汽」



「そうだ。その発音だ」



 何が違うのだろう。ヴァンパイアは自慢げに答える。



「で、その蒸汽って何ですか?」



「蒸汽とは私達の今日の生活を支えるエネルギー。言ってみれば、力だ。魔草を煎じて発生した蒸気を、この国……君から見れば、この世界だな、それを生活基盤に取り込んでいるのだよ」



 今度は少し遠くにある巨大過ぎる塔を指差した。



 指差すそれは、一際目立つ巨大な塔みたいな炉であった。

 塔が燃えているのではないかと、そう見間違えるほどの大量の湯気が立ち昇っている。

 それだけなら未だしも、無数の配管がそこに繋がっている光景は、無数の血管に繋がれた巨人の心臓ではないかと考えてしまう。

 ……実際のところ、この炉が、首都の蒸汽の大半を賄っているのだから、あながち間違ってはいなかったのだが。



「あそこ、今指差している場所、合流地点だったあそこは、一番炉『バベル』と言ってな。あそこで生産された蒸汽が配管を通じて、様々な場所に行き渡らせているのだよ。極端であるが、この世界は蒸汽と配管で世界と歯車を回していると言っても良い」



「つまり、あれが街の心臓ってわけですか?」



「それに関しては半分だけ正解だ。あれほど立派ではないが、街の至るとこに設置してある大型の炉から小型の炉によって、この街の蒸汽を補っている」


 そう聞いている内に、僕は気になる物を見つけてしまう。


 どれもこれも不思議な物ばかりであったが、その中でも群を抜いていた。


 煙が人の女性の形を保って動いているのだ。


 それも、ただ、動いているだけではない。


 色だって付いている。


 声だって付いている。



 大きいビルの側面を出し惜しみ無く全面使った街頭テレビみたいだった。下の方に設置してあるラッパのような巨大なスピーカー――サウンドボックズと言う名称らしいが、兎に角、そこから音が流れている。

 内容は、愉快な応援ソング、今の僕に相応しい、かもしれない。



 それより気になるのが、人の女性を保っている煙の方だ。



 SF映画に登場するホログラムに近い。煙だから風に吹く度に不自然に揺れ動いてしまうのだが、だとしても、指の動きや細かな衣装の揺れ、瞬きすら表現している。

 その光景を見て、気にならない人がいるのであれば、問い詰めたいぐらいだ。



「気になるのかい?」



 ヴァンパイアはにやけながら僕に尋ねてくる。



「あ、いや、別に――」



「遠慮することない。君は男性だ。異性に興味を持つのが普通だ」



 女性の方ではなく機械の方に興味があったけど、彼女はそれを気にせず続けた。



「彼女はタルルー・ベッドバング。女優の中で一番期待されている新人で、謳い文句は……踊れば同姓すら虜にし、歌えば花が咲き開く。口に出すと凄い謳い文句だな。彼女が出演する舞台は販売と同時にスグに売り切れるそうだ」



「はぁ、その、彼女は、凄いんですね」



「なんだい? 気にならないのかい?」



「気になる気にならないと聞かれたら気にならないですね」



 本当に興味が無いため、つい、本音で答えてしまった。



「だって、有名人でしょ? つまり、その辺の道端で出会える訳でも無いし、その舞台だけの人物だ。僕と比べたら雲の上の存在。憧れない方が良い」



「言われてみれば確かにそうであるな。しかし、私から見れば、君もタルルー同様に雲の上の存在だ。何せ、君は月からの使者。名前からして既に雲の上だぞ」



 しかし、ヴァンパイアは何処か興奮した口調で言う。



 此処に来て、僕は二つの疑問が生まれた。

 先程までは普通であると思ってきたけど、考え始めると疑問に思わざるを得ない。

 そこで僕は窓から目を離し、彼女の顔を見ながら、それを口にすることにした。



「それはそうと、さっきから、僕のことを月からの使者って呼んでいるけどさ。それって、どう言う意味? それと、何故、僕が異世界から来た人だと分かったんだい?」



 あのとき、ヴァンパイアは不思議なことを喋っている。


 月からの使者。


 僕を待っていた口振。


 何より、異世界の存在。


 推測するに、彼女は「異世界から僕が来ることを知っていた」と言うことである。



「まぁ、ただ、深い意味は無い。言葉通りの意味さ」



 ヴァンパイアは、表情を変えず淡々と語った。

 それに合わせるような形で馬車が止まる。

 それが僕には此処から本当に物語が始まるような音に聞こえた。



「いつもより蒼く、大きく見える青い月が浮かぶ夜に、つまり、私達にとっては昨夜のことだが、異世界に通ずる扉が開く、らしい。そう、らしい、だ。あやふやな言葉を使ったのは、私はその扉を見たこと無いからだ。この世界に来たヒューマンは総じて気付いたらこの世界に来ていたらしい。失礼。またしても、あやふやな言葉を使うのも理由がある。記録に残っているのは古い文献と童話ぐらいだ。文字が読めるであれば調べて見るといい。多少の暇潰しぐらいにはなるだろう。尤も、神様が帽子を被っているかどうか判らないが、どれもこれも、かの有名な神様も脱帽するぐらいの暴れっぷりだがね。おおっと、ネタバレでだったな。で、その夜にこの世界に来るのだから、月からの使者。地域によっては稀人とか異人とか呼ばれているらしいが、イリギスでは月からの使者。だから、私は、そう、呼ばせてもらった」



「じゃあ、どうして――」



「おおっと、その先は言わなくても分かっている。どうして分かった、だろう?」



 ヴァンパイアは、僕の唇に人差し指を当てて言葉を遮る。


 その行動に僕の顔が赤くなったのを感じたけど彼女は何一つ動じていない。



「失礼な言い方になるがね、これは私が知っている限りの話になるが、君のような服装は、三流の劇作家の元で働く役者か、売れない芸人しか思い当たらない。あのとき、思い出したくない記憶を掘り返してしまうのだが、君にとっては悪魔に襲われていたときだな、君が劇の練習している風にも見えなければ、あそこが舞台には見えない。と、なると、君は自然の格好をしていたことになる。今もその格好をしているがね。此処まで来ると私が何を言いたいのかわかるだろう? だから、君は月からの使者、即ち、異世界のヒューマンである、と」



 どうだ。ヴァンパイアは漫画的な表現になるが、「どやぁ!」と言わんばかりの表情で語り終える。


 これを黙って聞いていた僕であったが、可笑しなことに一つ気付いてしまう。



「それは分かったけど、僕を助ける理由が見当たらない。どうしてだい?」



 だから、僕は恐る恐る尋ねてみる。

 僕の目が狂っていなければ、根っこの部分は不明だけど、彼女が善人とは思えない。

 それに、この『月からの使者』と呼ばれている人達は、どうも、この世界の人達にとって、あまり好かれていない気がする。



「それぐらい君自身で考えてみたまえ。言っておくが、私達は慈善事業で、君を救ったわけではないぞ。ちゃんと立派な理由がある。ニコラ、今この馬車を運転している私の従者で家族のことだがね、彼女にその理由を話したら猛反対されたが」



「姫様。お話の途中ですみませんが、火急で伝えないといけないことが一つ」



 ふと、僕でも、彼女でもない女性の声が、馬車の中で響く。

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