6
足音の主達の出現に、女刑事の注意が一瞬下方へ逸れた。その隙を見逃してくれる偽者ではない。一瞬で銃口の包囲網を掻い潜ったかと思うと、先行して昇って来た六月君を、その無駄に逞しい腕の内へ捕らえてしまった。
「ぎゃっ!?」
「止めろ、偽警部殿!何も自ら最悪な状況へ堕ちる必要は無い」
旧友の米神に銃を突き付ける悪党へ、ゼイゼイ言いつつ諭すキム君。だが忠告虚しく、流石に蜂の巣よりは悪くならんさ、本人は鼻で嗤った。
「さあ道を空けな、ヒヨッコ共!人質が見えねえのか、あぁ!?」
「その銃を撃っても暴発するだけだぞ、な?」
「!?せ、せや……君の言う通り、あんたの拳銃はシドが細工済みや。けど一目で見破るやなんて、君は一体」
「ハッタリぬかすな!もう手前には誑かされねえぞ、薄気味悪い餓鬼め!!」
銃口を一層強く押し当て、獣に似た威嚇の唸り。拙い、完全に逆上モードに入ってる。
「お、おい、オッサン……」
人質がそろりそろりと片手を挙げ、発言権を主張する。
「俺が言うのもアレだけどさ、キムの忠告は聞いておいた方が身のためだぜ。こっちが意味不明でも、あいつってば基本優しい子だからよ。あんたを案じて言ってくれてる、多分?」
「何で疑問形で締めるんだよ」
同感だ。果たして説得したいのかしたくないのか。自分の命が懸かっていると言うのに能天気な物だ。
んなモン知った事か!一喝に被せるように、階下から再び沸き起こる足音。まだ警官隊の突入時刻には早い。だとすると、まさかローラン院長達か!?
「ハッ、形勢逆転だな。あの院長、女だてらに滅法喧嘩強えからよ。ひい、ふう、ケケッ。五人ぽっちじゃ瞬殺さ」シュッ。「………へ?」
疑問符を遺言に、実兄殺しは仰向けに仰け反る。人質に突き飛ばされ、死体は階段の直角へ後頭部を強打。派手な音の後、耳裏を流れる少量の血液。悪徳を刻み付けたまま硬直した眉間には、脳へと達すメスが一振り。冷酷な投擲者が眼下、踊り場よりこちらを仰ぎ窺う。
「怪我は無いかい、兄さん?」
「セバス……」
「い、院長!?確かにあの男は野蛮極まりなかったですけど、何もいきなり殺す事」
一足遅れで登場する、別人と見紛う程どす黒い英気に溢れた秘書。その両手の物に、約二名を除き一同驚愕。銃器に疎くとも、流石にマシンガン位は知っている。一度に数十発発射可能で、トンファーと拳銃二丁ぽっちでは到底太刀打ち不可な相手だと言う事も。
「フン、寧ろ生かし過ぎた。私の判断ミスだ。お陰で兄さんに肝の冷える思いをさせてしまった―――殺れ」
上司がシャープな顎を持ち上げたのを合図に、赤切嬢は得意気に凶器をスタンバイ。凶悪無比な銃口を、手近にいた同性の朱鷺さんへと向ける。止めるんだローラン院長!慌てて制止に入る。
「この病院は既に警官隊が包囲している。発砲したが最後、完全武装した葵刑事達が雪崩れ込んで来るぞ!!」
「えっ?嘘」
「だろうな、予測の範疇だが。しかし見縊られた物だな。この十八年間、私が何の準備もしていなかったと?」
ククッ。
「こう見えても、裏社会では引く手数多な身でな。金は積むから知恵を貸せ、そう言い募ってくるパトロン候補も一人や二人ではない」
成程、闇稼業でも生来のカリスマ性は健在って訳か。未来の巨悪の首魁は唇で薄く笑い、安心しろ赤切、並び立つ部下へ向き直る。
「お前を巻き込む気は毛頭無い。今日まで良く働いてくれた。ここを無事突破し、私の潜伏が叶った暁には、功績相応の謝礼を弾むと約束しよう」
「あら、鉛製の片道切符なら御免ですわ。あとこう見えても私、身の振り方には滅法鼻が利くんです」
そう吐き捨て、若干熱っぽい眼差しを上司に注ぐ。
「一人で高飛びしようったって、そうは問屋が卸しませんわ。こうなった以上、私達は一蓮托生。そうでしょう、Ms.セバスティーヌ?」
「……下らん情だな。まあいい。私と兄さんにさえその爛れた悪癖を向けないと誓うなら、今暫くは使ってやろう」
「うふふ、話の早いボスで助かります。さーて、早速お仕事お仕事❤」
軽快に銃身を上下へ振り回し、準備運動がてら爪先をトントン。
「では取引と行こうか、プロキオン・エッセ。我が兄の身柄とあなた方全員の五体満足、悪くない交換条件だと思うが如何か?」
「ハッ、この女狐め!?んな約束、手前が守る筈無え!!」
怒り心頭に人差し指を突き付けられるも、勘違いするな、鎮森 雲雀、麗人は眉一つ動かさず続ける。
「仮令謀だとしても、お前達に承諾以外選択肢は存在しない。まだ無駄に問答を続ける気なら、赤切」
「はーい、仰せのままに❤」
面白半分に引き金を掴む指。咄嗟に射線の間へ割り込み、こいつに手を出すな!決然と兄が立ちはだかった。
「兄ぃ!?」
「あらまあ、勇敢な騎士様ですこと。私好きですよ、あなたみたいな男の人」
蛇のように真っ赤で長い舌を出し、美しき狩人はチロチロと先端を動かす。
「血反吐が出る位虐めて、精神が崩壊する位蔑んで犯して、二度と立ち上がろうなんて気力が無くなるまで滅茶苦茶にしてやりたくなりますわ」
「こんのっ、サディスト共め!!」
地団駄を踏み、歯茎を剥き出す。憤怒の肉親に庇われた妹も、理不尽な状況にキツく唇を噛み締めた。
「……分かった、条件を飲む」
「キム君!?」
これまで事態を静観していた大学生はスッ、上階を指差す。
「但し、こちらからも一つ条件がある。取引場所を変更してくれ。ここじゃ引き渡しが完了次第、そっちの姉ちゃんが蜂の巣にし放題だからな。一般弱者の身としては、せめてもの遮蔽物を要求する」
「フン、理由は浅薄だが一理ある。ならば上階の一室に場を移そう。勿論猿知恵が仕掛けられていないか、入念に確認させてもらうがな」
「どうぞ御自由に」
物騒な部下を待機させ、階段の先へと消える白衣。そして三分後、異常無しだ、淡々と帰還した。
「了解。では皆様、くれぐれも妙な素振りは御法度ですからね」
重火器の脅迫に屈するまま、僕等は窓に面した二階廊下へ二列で歩を進める。月光で昼のように明るくなった地上をチラ見した瞬間、エッセ先生?短気なレディが銃口を振る。
「いや。愛車をきちんと駐車スペースに停めたか、急に心配になってね……はは」
至極残念なニュースが一つ。如何やら表の警官隊は、内部の異変に毛程も気付いてくれていないらしい。突入まで残り何分だっけ?せめて窓でも開いていれば。隙を見て財布でも投げ落とし、外部へSOS発信出来るのに!
「では全員、そこの病室に入れ。私がOKと言ったら、兄さん」
「はいはい、ホールドアップで出て行きゃいいんだろ。御希望ならストリップでも―――いやいや、今のは失言だ。だからそう怖い顔するなって、女性陣」
空笑いを零した画家は、ぽんぽん。右隣の旧友の肩を叩く。
「ま、結局こうなっちまったけど気にすんな。あの可愛い子ちゃん達と達者で暮らせよ」
「心底演技派だな、あんた。一体何時まで続ける気だ?」
「何だよ、最後までつれない奴ー。今夜が一生涯の別れかもしれないんだぜ、俺達。もっとこうさ、鳳兄ちゃぁぁっん!!とか、情感たっぷりに泣き喚けよ」
沈黙を用いて提案を突っ撥ね、異能者は窓越しに夜空を仰ぐ。異なる明度の緑目を緩慢に閉ざし、今世紀最悪の舞台だ、低い声で唾棄。
「全く、胸焼けしちまう程ウンザリな脚本だ。とっとと幕を引こうじゃないか―――なあ、純」「え」ヒュッ!ガシャンッ!!




