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「………ん……ぅ、ここは……」クイッ。「はへ?」


 電球が照らす、見慣れない白い天井。徐々に視界が明瞭になるに従い、所々入った罅や染みも目に付いた。

 鳳が上半身を起こそうとするも、右手首とベッドのポールを繋ぐ布紐に試みを阻まれる。傷が付かない程度に引いてみるも、解ける気配は皆無。ならばと自由な左手を伸ばして探るが、結び目は爪が通らない程硬かった。

「え、まさかこれって良くある監禁シチュ?そうだ。確か、あの拷問部屋を調べて」「おはよう、兄さん」

「ぎゃっ!!?」

 そこで飽きもせず寝顔を眺めていたのか。寝台に隣接した椅子の上で、異母妹は白衣のまま体育座りしていた。膝に両肘を突き、両手で顎を支え、微笑む姿は夢見る少女そのものだ。

「せ、セバス。えーっと、その……取り敢えずこれやったのはお前、だよな?」

「うん。ああ、もしかしてまだ背中痛む?一応威力は加減したんだけど」

 申し訳なさげに呟き、ポケットから掴み出したスタンガンを眺め始める。

「まあ用意したのがあの赤切だし、目盛りなんて当てにならないか」

 バチバチッ!迸る蒼白の電撃。

「と言うか最弱で気絶クラスなら、MAXだと多分即死だよね」

「ここはまだ地下、だよな?」

「正解。元通り病室へ運んであげたいのは山々だけど、ここの存在を知られちゃ流石に、ね」

 言うなりギシッ、虜囚へ馬乗りになる女医。サファイアの瞳に浮かぶは嗜虐趣味、愉悦じみた昏い色だ。


「―――愛しているよ、兄さん」


 薄桃色のルージュを塗った唇を一舐め。麗人は儀式めいた仕草で以って、右手同士を重ね合わせる。

「驚いたよね?でも真実宇宙で一番好きなんだ。兄さんを想うだけで、空虚だった胸が熱くなる。こうして触れたりなんかしたら、もう」

 薔薇の香り漂う、退廃の熱を帯びた吐息。

「幸せ過ぎて僕、心臓麻痺を起こしそうだよ……」

「そ、そりゃまた随分と重症だな……」

 愛の告白に茶々を入れつつ、出入口をチラッ。幸い内鍵は掛かっておらず、扉は僅かに外側へ開かれている。後は拘束と異母妹さえどうにかすれば。しかし脱出する前に、彼女へ是が非でも訊いておくべき質問が一つ。


「セバス、もしかして―――ユーリを殺したの、お前か?」「あは」


 壊れた矯笑。繋いだ指と指を艶かしく絡ませ、互いの熱を通わせる。

「だって赦せなかったんだもの。あんな頭の悪い醜女が、僕の大事な大事な兄さんのパートナーだなんて。あまつさえ子供まで孕んで……だからねえ」

 にたぁ。

「僕、あの豚女に見せびらかしながら食べたんだ。兄さんの血を分けた、掌にも満たない愛の結晶を」

「!!!?嘘、だろ……」

 流石に冗談すら返せず、絶句のまま軟毛の白髪を乱す画家。拒絶する父親へ、本当だよ、無邪気に彼女は告げる。

「ぶよぶよで鉄錆臭くて、正直美味しい物ではなかったよ。でも我慢したんだ。あんな羊水塗れでも兄さんの一部だもの、吐くなんて勿体無い」 

「狂ってやがる……じゃあ、まさか十八年前の事件も」

 恐怖に震える唇での問いに、当時の僕は実に愚昧だったよ、淡々と肯定。

「感情の実感を得たいばかりに連続殺人、なんて正気の沙汰じゃない。若気の至りここに極まれり、って所だよ。お恥ずかしい限りだ」

「!!?無差別ではなかったなら、如何して彼等を選んだ……?」

 簡単な三段論法さ。女医は目を細め、革手袋の指先を愛しき腕へと滑らせた。

「彼等が善良で、万人がその死去を惜しむような聖人達、だったからだよ。ならばサイコパスの僕でも、一欠片の罪悪感を抱けるかもしれない。魂を引き千切る深き悔恨に―――悼みの涙を零せるかも、と」

「なら無駄と悟った時点で、素直に自首すれば良かったんだ。罪を重ねず、実の父親を身代わりにもせず、いや待て。お前が一から十まで仕組んだにしても、その両手の件は腑に落ちないぞ……幾ら罪を被せるためでも、自分自身の指を切断なんて不可能だ」

 何故?稚く首を傾げつつ、異母兄の首筋をなぞる。

「だって想像だけで、全身ゾーッ!と厭な悪寒が走るし」

「ああ、兄さんはアーティストだものね。欠陥品の僕とは違って、感受性豊かだから無理も無いよ」

「お前は違う、のか?」

「うん、別に何も思わない。多分自己同一性が希薄なのだろうね、躊躇せず切り落とせたよ。麻酔が切れた時こそ多少痛んだけど、あぁ」

 御免、イメージさせちゃった?人形じみた動きで首を傾け、心配そうに問い、名残惜しげに繋いだ指を離す。滅茶苦茶可愛い、この一連の仕草だけ切り取れば。

「俺のアルバムを漁ったのもお前だ。キムとの写真を盗んだのも」

「ああ、少し興味があってね。兄さんが寝言で呼ぶ男に」

 でもあの偽警部は駄目だね。長めの前髪を掻き上げ、冷酷に唇を歪ませる。

「捜し人位出来ると思って写真を預けたのに、結局本人が登場する始末だ」チッ。「あのイカレ洗脳マニア共々、いい加減切り時だね」

 その蔑称が臆病な赤切秘書を指すと悟り、仲間にんなキツい言い方、状況を余所に諭す義兄。反論が意外だったのか、は?あの屑共が仲間だって?麗人は長い睫毛をパチパチ。

「笑えない冗談は止してよ、兄さん。あんな性悪のソシオパス共、本来なら同じ空気を吸う事すら不快極まりないのに」

「だったら何故」

「手術着と同じだよ。僕自身が汚れないために、一応ああ言う使い捨ての手駒も必要だって話。病院の経営関係に、未だ小五月蝿い親戚やマスコミ共。一時よりは大分マシになったけれど、トラブルの種は尽きないから」

 厭わしげに吐き捨て、薄情だって思うよね?ベッドの反対側、銀色に輝くワゴンへ腕を伸ばす。

「でもさ、あいつ等も今まで散々良い思いをしたんだよ。大手を振って歩ける戸籍に、衣食住に困らないだけの金銭。ついでに唾棄すべき、下劣極まりない欲望を満たせる隠れ家を、ね―――もう一生分楽しんだ筈さ。そろそろ地獄でツケを支払う時間だよ」

 カチャッ。監禁犯が掴む注射器には、無色透明な薬が半分程満たされている。不穏な気配に、何するつもりだ?哀れな虜囚は表情を強張らせた。

「僕の秘密を知られた以上、幾ら兄さんでも自由にする訳にはいかないんだ。御免ね」

 にたぁ、口唇が厭にゆっくりと裂け、残忍で婉美な笑顔を形成する。

「後、今日の処罰がまだだっただろう?二度と無断外出なんて出来ないように、悪い脚の腱は切っておかなくちゃ」

「ひっ!?よ、止せ……!!」

「大丈夫、ちゃんと麻酔は掛けてあげるよ。それとも不自由になる心配?なら問題無いよ、完全に歩けなくなる訳じゃないし。これからは僕が一生面倒見てあげる」 

 病んだ笑顔でうっとりしつつ、皮膚に浮き上がった大腿骨付近を消毒。色素の薄い皮膚を貫かんと、続け様に凶悪な針の先端が、


「きゃぁっ!!?」バタッ!ドンッ!!「おい、何か外が騒がしいぞ!?」「みたいだね」


 忌々しげに舌打ちし、一旦注射器を元のワゴンへ。乱れた衣類を軽く整えて悲鳴の発生源、秘書を待たせた出入口の先へと向かう。

 薄く開いたノブに手を掛け、警戒しつつ押し退ける。だが身体を離した次の瞬間ドアが勝手に、しかも凶悪的な速度で閉まり、狂人の頭を強かに打ち据えた。想定外の事態に、さしもの文武両道も反応が遅れた。受け身すら取れず床へ蹲り、ピクリともしない彼女を踏み越え、無事か、鳳兄ちゃん!?救助者は叫ぶ。

「キム!」

 息を切らせ登場した大学生、その右目が俊敏に敵周囲を探索。素早くポケットから覗くスタンガンを拾い上げ、復活しかけた女医の肩口へ押し当てる。一瞬の痙攣後、伸びやかな四肢は一層ぐったりと床に倒れ伏した。

「今の内だ。逃げるぞ」

「おう」

 ワゴン上のメスで拘束を切断、互いにふらつく背を支え合う。そうやって在りし日同様、二人の青年は地上への逃走劇を開始した。



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