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六章 凍の刺客



「はぁ……これはまた、随分と急展開だね」


 雲雀君に帰路の運転を任せ、助手席に後頭部を預け溜息一つ。その原因は別行動をしていた銀行組、彼等の発見した件の品だ。

 個人の探偵事務所としては決して安くはない保管料の貸金庫。その中には総計十冊に及ぶ、達筆の手書きノートが収められていた。『第六指事件』に関するあらゆる情報。容疑者の家族関係から事件前後の勤務状況。警察しか知らない筈の捜査の仔細。関係者の写真付き一覧等々、微細で克明な記録が。

 極め付けは最終巻。それも意味深に最終ページに挟まった、悩ましき一枚のメモ。

「『真実を得るならば、R・J氏への面会が必須』……なぁ、先生。こいつはやっぱ」

「多分ね」

 舞台から強制退場させられた役者、ジャギー・ローラン前院長。精神の崩壊した彼は、果たして如何な真相を謳うのか。

「筆跡はクラピト氏の物ではない、って葵刑事は言ってたね。だとすると彼は誰かに託されたんだ、真実を突き止める役目を」

 そして多分、その使命のバトンを手渡したのは―――彼に違いない。

「だがそうなると妙だぜ、先生。何故ロバートさんは指令を無視したんだ?」

 面会予約のため、その場で朱鷺さんから“碧の星”特殊精神病院へ連絡を入れてもらった。無事明日の午後一時に約束を取り付けた後、ついでにクラピト氏の訪問の有無を尋ねたのだが、


「彼は彼で別のアプローチから真相に迫っていた、とか?君はどう思う、キム―――!!?雲雀君、車を停めて!!」「何すか急に!?と、とにかく了解でさあ!!」


 指示に従い、ヘルンの入口を走行中だったビートルはガタガタッ!未舗装の路肩へ。停車する間ももどかしく、時速十キロを切った所で助手席を飛び降りた。運転手の怒鳴り声を無視して後部座席の取っ手を掴み、勢い良く引き開ける。

「何だよ、プロキオン。んな血相変えて、まるで俺が死」

 改めて至近距離で確認し、見間違いでなかった事実に絶望。いや、まだ確定ではない。当人の自覚があるか、それすらもまだ不明で。

 彼の背後に手を伸ばし、診察鞄を掴む。確かこの辺に、あった。

「突然どうしたんすか、先生。坊主が何か」

「キム君、正直に答えて欲しい。もしかして君、まだ頭痛や眩暈が治まっていないんじゃないかい?寧ろ逆に酷くなっているとか」

 図星だったらしく、少し力を使い過ぎただけだ、大学生はバツ悪げに顔を背ける。

「もう一晩眠れば治るさ。あんた等の足手纏いには」

 弁解を無視し、右手でペンライトを点灯、逆手で彼の左目を覆う。至近距離の強烈な光にキュッ、と瞳孔が縮む。光源を上下左右に振ると、反射で眼球も小刻みに動く。

「こっちは正常だ。問題は」

 止せ!?拒むように突き出した右腕を押さえ付け、反対側の診察に移る。


「!!?せ、先生……こいつぁ、まさか」「ああ。キム君は今、左目が殆ど見えていないんだ」


 鼻先までライトを近付けられても、ピクリとも動かない瞳孔。普段より幾分曇った緑目は、恰も世界を拒絶するかのように微動だにしていなかった。

(ここ数ヶ月間、彼に眼病の兆候は無かった。だとすると……)

 一年前のとある事件をキッカケに、児童精神医学には齧る程度ながら知識があった。今の彼は些か劇的ではあるが、精神的ストレスへの拒絶反応そのものだ。

「キム君、どうか教えてくれないかい。君の『見た』事件の真実を」

 刺激しない程度に腕を擦りながら座り直し、残念だけど、静かに語り掛ける。

「今回ばかりは君の心が悲鳴を上げているんだよ。このまま一人で抱え続ければ、何れは残った右目も……」

 何故もっと早期に気付いてあげられなかったのか。今日だけで五回も身体の何処かしらをぶつけていたのに。これが両目ともなれば捜査どころか、日常生活すら困難に、

「無駄だ。仮令言った所で、あんた等は無意識レベルで拒絶する」

「君はナナちゃんに対しても同じ事を言うつもりかい?」

「……スピカは天性の女優だ。演技中に野暮な事を言う子じゃないさ」

 信頼の台詞に、だが僕は厭な予感に襲われた。近い将来彼がとても遠くへ、僕等の手の永久に届かない所へ行ってしまう、そんな凍り付くような恐怖に。 

 話してくれないなら、それでも構わないよ。項垂れた頭に添え、指の腹で髪を撫でる。


「だが少しでも娘を想ってくれるなら、どうか生に足掻いてくれ。プロキオン・エッセは、息子同然の君を―――あの子と同じ位、喪いたくはないのだからね」


 告白の瞬間。ピクリ、一瞬痙攣した左目と視線が合う。星の瞬きにも似た回復の兆しに、反射的に増す動悸。空気を読んでくれたのか、運転手が煙草片手に静かに車を離れる。だが次の瞬間、待て、兄ちゃん!?弛緩しかけた患者の全身に再度緊張が駆け巡った。

「連れ戻すぞ、プロキオン!念のためトンファー持って来い!!」

「えっ?あ、ああ了解」

 脊髄反射で返答した頃には、既に男子大学生は奥のドアに取り付いていた。焦燥が伝播し、僕も急ぎ診察鞄から武器を取り出し装着。一旦小夜へと降り立ち、素早く車の反対側へと回り込んで彼と合流。半ば強引に自身の左腕を掴ませた。

 郊外のため、周囲に街灯はほぼ皆無。半盲人と判明した以上、誘導無しで歩かせる等以ての外だ。さて、もう一人の同行者は何処へ―――いた。

「雲雀」

 木陰で喫煙中の彼を呼んだ、刹那。キンッ!氷槍で心臓を串刺しにされた、到底そうとしか表現不可な感覚に急襲を受けた。何だこれは。未経験の怖気に支配され硬直する中、それでも僕は全身全霊で以って叫ぶ。


「雲雀君、伏せて!!」「先」「遅い」ドンッ!



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