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Hybrid Rainbow  作者: pepe
4章:闇に没するとも陽はまた昇り
11/26

4-2

 バドは城内で流入する人間の多さに辟易していた。これではまともに動けない。もっとも、守備側もそれは同じだ。射掛ける矢も狙いは定かではない。射抜かれるのはほとんどが市民ばかりだ。

「チッ、先生がここまで読めなかったとは思わねえが……いや、待てよ?」

 バドは唐突にそれに気付いた。

 前回の仕事(、、)が一月前。それなりの報酬を得ている。それがたった一月で尽きる?

 粗雑ながら簡単な暗算で、バドは採算が合っていないことに気づく。そして、魔器を手中に収めたことで舞い上がっていた自分の滑稽な振る舞いにも。

 裏切り――その言葉が脳裏に明滅し、驚愕に目が開かれる。

 まさか、と思おうとした思考を、傭兵として過ごしてきた経験が引き止めた。裏切りは重大な罪だ。結束力だけが、このならず者集団の最後の砦なのだ。だが、ないわけではない。

 バドの思考は、実務的なものにすり替わる。

 引き返して、間に合うのか?

 本当にその気ならば、もうとっくに手の届かない場所に居ると見るべきだ。ジラットはそういう男だ。明晰で、それゆえに大胆。そしてそつ(、、)がない。

 止むを得ない。たとえ裏切りが事実だったとしても、ここは諦めるしかない。城を陥とせば、いままでの財貨の比ではないだけの報酬は得られる。それに、ここで引き返せば手下の信頼を失う。

 バドはそこまで計算し、焦る心を落ち着けようとした。

「バド」

 そこへ訪れたのは、最悪のタイミングだった。

 振り返ったバドの視線の先には、赤毛の少年が立っていた。肩で息をして、必死の形相で睨みつけるようにこちらを見ていた。

「アルスか。城壁では助かった……どうした?」

「人が死んでる」

 怪我をしているのかと、バドのお人好しな部分が疑ったほど、その声は震えていた。

「仕方ないだろう、城攻めなら、こんなもんだ」

「仕方ない?」

「そうだ。おれたちはここを陥として、なんとしても大義を世に示さねばならんからな。そのためには、仕方のない犠牲(、、、、、、、)だ」

 その言葉に、アルスは左手で顔を覆った。それだけは言って欲しくないと思っていた言葉だった。

 クローディアはそうは言わなかった。死ぬことが仕方ないとは言わなかった。アルスはそれを信じた。仕方なく死ぬなど、間違っているのだと。

「見せてもらったよ、あんたのやる事を」

「なら手伝ってくれ」

 アルスの言葉の温度を無視して、バドは言葉だけを聞いていた。それ程、バドは追い詰められていた。だが、アルスもそれに気付きはしない。

 擦れ違う心が、さらに溝を押し広げて行く。

「おれはバカだった。もっと早く気付くべきだったんだ」

「……アルス?」

 背を向けようとする少年へ、バドはその腕を掴んだ。

「おれを裏切るのか?」

「放してくれ」

 アルスは腕を振り切り、走り出した。その姿はすぐさま人込みの中へ紛れて、見分けが付かなくなった。

「おまえまで、おれを裏切るのか!?」

 バドの叫び声は、阿鼻叫喚の中で溶けて消えた。



 走る、走る、走る。

 喘ぐように空気を貪りながら、それでも走った。

 人込みを掻き分け、立ちはだかる者を突き飛ばし、背後から撃たれれば、クローディアがすべて叩き落してくれた。

 ようやく林の中まで戻った時には、息も切れ切れだった。

 振り返れば、空が燃えるように赤い。いつか見た不吉な赤さ。燃え立つ地上の光を、雲が映しこんで複雑な模様を描いていた。

 その赤さが多くの幸せを奪うことを、アルスは身を以って知っていたはずなのに――

「おれのせいなのかな?」

『そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない』

 慰めではなかった。クローディアの答は、端的に事実を述べただけだった。

『バドレアはわたしたちを自分の力だと思い込んだ。それは貴方のせいじゃないわ。でも、彼の所に留まったのは、貴方の判断』

 事実ゆえに厳しい言葉に、アルスは沈黙した。

「……そうだったな」

 そう認めてしまうには、しばらく時間が必要だった。

「バドを狂わせたのは、おれか」

『でも、それ以外にも一人、元凶が残っているわ』

 クローディアは人の姿に戻り、燃え立つ空を見上げた。

「ジラットは、貴方を利用している」

「先生が?」

「わざわざ失敗するように、それでいて皆にそれを気付かれないように仕組んだ張本人だもの」

「どうして先生が?」

「それは分からない。ついさっきバドレアが思ったように、傭兵隊の資金を持ち逃げするつもりだったのか、それ以外のことなのか……」

 クローディアは事も無げにそう語った。アルスは、その話に引っかかりを覚える。

「バドがそう思っていた(、、、、、、、)?」

「わたしは人の心を感じられる(、、、、、)から。もっとも、距離が離れるほどに不正確になるし、自動的に取り込めるわけではないけれど、強い思念だけは確実に捉えられるわ」

「どっちにしろ、先生に訊くしかないみたいだな」

「そうね……まだ結論するには早いわ」

 クローディアはその碧眼に、燃える空を焼き付けるように映し込むと、歩き出したアルスの後を追って歩き出した。

 外の世界に出たことを、少しだけ後悔した。

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