3兄弟に、ライバル登場!?
放課後の委員会を終えて
「今日はありがとうございます、山本先輩。すごく助かりました……」
委員会室を出る前、私は思い切って、もう一度お礼を伝えた。
先輩は相変わらず穏やかな笑顔で、私の視線をまっすぐ受け止めてくれる。
「ううん、俺のほうこそ楽しかったよ。乃亜さんって、話してると癒されるっていうか――」
「えっ……?」
思わず固まってしまった私に、山本先輩は少し照れたように笑った。
「じゃあ、また次の委員会も楽しみにしてるね」
「は、はい……!」
頷くので精一杯だった。
顔が熱い。心臓がうるさいくらいバクバクしてる。
(な、なんか……変な意味じゃないってわかってるけど、でも……)
そんな風に思いながら廊下に出た、その時。
「――乃亜」
聞き慣れた声がして、ハッと顔を上げる。
そこには――伊織くんと、大雅くん、晃矢くんが立っていた。
3人とも私服に着替えていて、いつものように迎えに来てくれたのがわかる。
でも――なんだか、空気がちょっとだけ重たい。
「あ、あのっ……ごめん、委員会、ちょっと長引いちゃって……!」
慌ててそう言うと、晃矢くんがにこっと微笑んだ。
「ん、気にすんな。別にいつも通りだろ?」
「……そうだな。俺らは慣れてるし」
大雅くんも、そう言ってくれたけど――なぜか目が鋭い。
しかもその視線の先には……さっき別れたばかりの、山本先輩の後ろ姿。
(え……もしかして、見てたの……?)
横にいた伊織くんは、何も言わず、私の顔をじっと見つめていた。
何を考えてるのかわからないその瞳に、私は少しだけ居心地の悪さを感じてしまった。
「……ごめん、待たせて」
そう呟いた私に、伊織くんはやっと口を開く。
「……ううん。行こ。寒いと乃亜すぐ手冷たくなるし」
その言葉が優しいのに、なぜか少しだけ、拗ねたように聞こえた。
私はそっと彼の袖を掴いて、小さく頷いた。
(なんだろう、この感じ……)
心に、少しだけ残る違和感と、胸を締めつけるような何か。
でも、私が好きなのは――やっぱり、彼らのあったかい手と、やさしい声だった。
伊織視点:迎えに行った帰り道
放課後の昇降口。
少し肌寒い空気の中、俺はいつものように乃亜を待つ。
「……遅いな。委員会、まだ終わってねぇのか」
そう呟いた俺の横で、大雅兄がポケットに手を突っ込んだまま言った。
「委員長の山本がいるんだろ? きっちりしてるから、細かいことでも時間かかるさ」
「……」
名前を聞いて、なんとなく胸の奥がざわついた。
あいつのことは知ってる。生徒会長で、成績も良くて、見た目もスマートで――
要するに、周りの女子からも大人気な“完璧なやつ”。
けど、乃亜にとって、あいつはまだただの「先輩」だ。
……そのはずだった。
でも――
教室から出てきた乃亜と山本を見た瞬間、俺の中で何かがチクリと痛んだ。
「……ありがとうございます、山本先輩。助かりました」
笑う乃亜の声。
その声に返す、あいつの穏やかな笑顔。
(癒される、って……何だよ、それ)
聞きたくなかった言葉が、耳に焼き付いて離れない。
「……乃亜」
思わず名前を呼ぶ。
こっちに気づいた乃亜の顔が、パッと明るくなるのを見て――
ほんの少しだけ、胸のつかえが和らいだ。
けど、あの時の光景は、忘れられそうにない。
帰り道。
乃亜の隣を歩きながら、俺はそっと彼女の手を見た。
今日は……繋がない。
それが、なんだか悔しくて。自分でもどうしたらいいかわからなくて。
(でも――乃亜のそばにいたいのは、俺のほうだ)
静かに、心の奥でそう強く思った。
次の日の朝。朝の光がまだ柔らかくて、校舎の窓ガラスがきらきらして見えた。
「じゃ、行ってきます……」
いつものように三兄弟と一緒に家を出て、途中まで並んで歩いたあと、校門の前でそれぞれの学年に分かれて教室へ向かう。
私は胸の前で軽く手を組みながら、小さく深呼吸した。
今日は、委員会の会議がある日だ。しかも、隣に座るのは――
「あ、おはよう」
その声がすぐに聞こえてきて、私はびくっと肩をすくめた。
振り向くと、きれいに整えられた前髪、少し鋭いけど涼しげな目元。優しいけれど自信に満ちた笑み。
「山本先輩……!おはようございます」
「そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ。今日も朝から、乃亜ちゃんはかわいいな」
「えっ……!?」
突然の“かわいい”に、思わず顔が熱くなってしまう。
慌てて視線をそらしながら、私は鞄をぎゅっと抱きしめた。
「そ、そんな……!先輩、冗談……ですよね?」
「冗談じゃないよ。俺、嘘つけないタイプなんだ」
さらっと言って、にこっと笑う山本先輩に、私の鼓動はどんどん早くなる。
頭の中で「どうしようどうしよう」がぐるぐる回っていたら――
「放課後の委員会、楽しみにしてるね。今日も隣、空けてあるから」
「……っ、はいっ」
気づいたら頷いていて、そのまま教室に逃げるように駆けていった。
背後から、穏やかな笑い声が聞こえてきた気がして、余計に顔が熱くなる。
(ど、どうしよう……!山本先輩、なんだかすごく優しいし……ちゃんとしてるし、カッコいいし……)
そう思いながらも、胸の奥でほんの少し、何かがひっかかっていた。
その「なにか」がなんなのかは――きっと、まだ自分でも気付いていなかった。
■ 伊織視点(朝・登校時)
朝、乃亜と一緒に家を出た。
昇降口のところでそれぞれの下駄箱に向かう。
「ゆいちゃん!おはよう」
友達に手をふわりと振るその姿はやっぱり、目が離せないほど可愛い。
……なのに。
「おはよう」
そのすぐあと、聞きなれない男の声がした。
俺は足を止めて振り返った。
乃亜のそばには、例の生徒会長――山本佑樹。背が高くて整った顔立ち。成績優秀で女子に人気……っていう典型的なタイプだ。
「今日も朝から、乃亜ちゃんはかわいいな」
……は?
思わず、眉がぴくりと動いた。
乃亜が慌てて顔を赤くしてるのも、見逃さなかった。
(おい……何馴れ馴れしく言ってんだよ)
すぐに声をかけようかとも思ったけど、乃亜が照れながら逃げるように教室に駆けて行ったから、俺はじっとその場で立ち尽くした。
山本は、そんな乃亜の後ろ姿を見て、穏やかに笑ってた。
(……気に入らねぇ)
指の先が、じんと熱くなる。
胸の奥に、モヤモヤした何かが広がっていくのが、自分でも分かった。
(乃亜が誰に笑いかけるのも、誰と話すのも自由だってわかってる。でも――)
でも、俺が守ってきた。
一番近くで、笑わせてきたのは……俺だろ。
そんな気持ちを押し込めたまま、俺は教室に向かった。
■ 乃亜視点(放課後・委員会)
放課後。
委員会の会議は、生徒会室の隣の静かな会議室で行われた。
資料を胸に抱えながら中に入ると、すでに山本先輩がいて、窓側の席に座っていた。
「乃亜ちゃん、こっち空いてるよ」
そう言って、にこっと微笑む先輩。
私は慌ててぺこっと頭を下げて、隣に腰を下ろした。
「今日もお疲れさま。……授業、どうだった?」
「え、えっと……ちゃんと受けました……よ?」
「ふふ。真面目だね。乃亜ちゃんって、ほんとに頑張り屋さんなんだな」
また……褒められてしまった。
顔がぽわっと熱くなる。
(なんでこんなに、普通に話してくれるんだろう。しかも、すごくやさしくて……)
資料を読み上げる彼の声は落ち着いていて、たまに私の方をちらっと見ながら、「大丈夫?」「分からないところない?」って気づかってくれる。
「……ほんとに、全部自分でできるんですね」
思わずこぼれた私の言葉に、先輩はくすっと笑った。
「うん。まあ、慣れてるから。でも、乃亜ちゃんと一緒にやるほうが楽しいよ」
「えっ……!」
その一言に、心臓が跳ねた。
視線が合って、また逸らしてしまう。
(ど、どうしよう……ちゃんとしなきゃ、って思うのに、ドキドキが止まらない……)
「そういえば、明日も委員会あるけど……もしよかったら、資料、一緒に準備する?」
「い、一緒に……ですか?」
「うん。無理にとは言わないけど……」
一瞬、断らなきゃいけないような気がした。でも、断る理由もすぐには出てこなくて――
「……はい。よろしくお願いします、先輩」
自然とそう答えてしまっていた。
山本先輩は、嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔を見ながら、ふと胸の奥が少しだけざわめいた。
優しくて、完璧な人。私みたいな子に、こんな風に接してくれるのが……まだ、ちょっと不思議で。
(私、ちゃんとお手伝いできてるのかな……)
そんな風に思ってる私に、山本先輩は言った。
「無理しないでいいよ。乃亜ちゃんのペースで、ゆっくりでいいから」
やっぱり……やさしい。
でも、どこかその優しさが、胸をくすぐるようにざわざわして――
私はその理由が、まだ分からなかった。
■ 晃矢の視点
校舎の三階、会議室の前を通りかかって、ふと視線を横に向けた。
透明なガラス越しに見えたのは、乃亜だった。
生徒会長の山本と、並んで座ってる。
……思っていたより距離が近い。
彼の方が何かを話していて、乃亜がそれに照れたように笑ってる。
あの子にとっては、きっと自然な笑顔なんだろう。けれど――
(……ああいうの、無意識に出してるんだよな)
山本が気を引こうとしてるのは見え見えだった。
手元の資料を見せながら、自然な距離を保ってるように見せて、でもその視線は明らかに彼女に向いてる。
晃矢は立ち止まったまま、何も言わずに見つめていた。
怒りではない。けれど、胸の奥にずしりと落ちる、妙な感覚がある。
(……あいつがどう出るか。試されてるのは、俺たちかもしれないな)
乃亜が誰かに惹かれていくなら、それは止められない。
だけど――その手が届くなら、先に守ってやれるのも、兄である自分たちのはずだ。
静かに歩き出した晃矢の表情は、いつもと同じ穏やかさを保っていたが、瞳の奥には大人びた決意の色が宿っていた。
■ 大雅の視点
「……は?」
廊下の隅から偶然目にした瞬間、大雅の足は止まった。
会議室の中、窓際の席で並ぶふたり。
あれは……乃亜と、山本佑樹。生徒会長。チャラくはないが、妙に女子ウケするタイプの男だ。
その山本が、乃亜の髪に視線を落としながら笑ってる。
声は聞こえない。でも表情だけで、どんな甘いことを言ってるかは想像がつく。
(おい……調子乗んなよ)
胸の奥で、ずっと蓄積されていたものが火を噴いた。
大雅は歩きかけていた足を止め、拳を強く握りしめた。
(乃亜が困ってるわけじゃねぇ。それくらい、わかる。でも……あいつに触れさせたくねぇ)
守ってやりたい。
あいつが無防備で、天然で、優しすぎるのを知ってるからこそ。
山本の視線が、乃亜の笑顔に射抜かれているのを見て、無性にイラついた。
(伊織、どうするよ……)
きっと、あいつが一番揺れてる。
でも俺も、晃矢も……乃亜が誰に心を許すのか、黙って見てるだけじゃいられない。
溜め息をついて、大雅はその場を離れた。
この胸のざわつきは、簡単に静まりそうにない。
■ 伊織の視点
会議室の前を通ったとき、目に飛び込んできたのは、乃亜の横顔だった。
(……乃亜)
その笑顔に、胸がきゅっと締めつけられた。
でもすぐ隣には、山本がいた。
距離が近い。ふたりの間の空気が、まるでそこだけ違う世界のように感じた。
(……ずるい)
伊織は壁の陰に隠れて、小さく息をのんだ。
乃亜の手元を覗き込むようにして笑う山本。彼の声は聞こえない。でも、乃亜が頷いて、微笑んでるのが見える。
(乃亜……楽しそうにしてる)
それが悔しいのか、悲しいのか、よく分からなかった。
でも――胸の中に、ぐちゃぐちゃに絡み合った想いが押し寄せてきた。
(昨日、夜に話したばかりなのに……もう、届かない気がするのはなんで?)
夜のぬくもりも、優しい言葉も、全部、まだここに残ってるのに。
彼女が他の誰かに微笑みかけるのを、ただ黙って見ていることしかできなかった。
(俺……なにやってんだよ)
気づいてほしい。こんなにも想ってるって。
けど――乃亜は、まだそれに気づいてない。
小さく目を閉じて、伊織は背を向けた。
次こそは、言おう。
乃亜が迷わないように、手を伸ばしてやろう。
だって、こんなに苦しくなるくらい、誰かを想うのは……生まれて初めてだったから。
乃亜の部屋、深夜。静かな空気に包まれて
ベッドの中で、小さく丸くなっていると、コンコン――と、軽くノックの音がした。
(……また、伊織くんかな)
心臓が少し跳ねる。昨夜のことが、まだ胸に残っている。
ふわっと温かくて、優しくて、夢みたいで――でも、現実だった。
「……入っていい?」
聞こえたのは、やっぱり伊織くんの声。
私は小さく「うん」と返して、体を起こした。
そっと開いたドアの隙間から、彼が入ってくる。
今日はパジャマじゃなくて、部屋着のままで。髪が少し乱れているのも、なんだか珍しかった。
「ごめん、また……」
「ううん。来てくれて、嬉しいよ」
そう言った私に、伊織くんは小さく微笑んで、部屋の中へ入ってきた。
「……今日、どうだった? 委員会とか……」
「えっ、うん……山本先輩、すごく優しかったよ。いろいろ教えてくれて」
その言葉に、伊織くんの瞳がほんの少しだけ揺れた気がした。
でもすぐに、彼は優しい表情に戻る。
「そっか……そりゃ、良かった」
声は穏やかだった。でも、その奥にある何かに私は気づいた。
彼の中に、私にはまだ届かない想いがある気がした。
「伊織くん……?」
彼は少し黙って、私のそばに腰を下ろした。
近くで見るその横顔は、なんだかいつもより少し大人びていて――ちょっと、切なそうだった。
「乃亜さ、俺のこと……どう思ってる?」
唐突な問いに、思わず目を見開く。
「え、えっと……大切な人、だよ? 一緒にいて、安心するし……優しくて、あったかくて……」
言いながら、顔が熱くなる。
でも――それが「好き」なのかどうか、自信がなかった。私はまだ、その感情に名前をつけられない。
伊織くんは、少しだけ私の目を見つめてから、小さく笑った。
「……そっか。うん、それだけで十分だよ」
そう言って、彼はそっと私の頭に手を置いた。
ふわっと撫でる指先が、すごく優しくて――でも、どこか寂しさを含んでいた。
「……ありがとな、乃亜。今日は、それだけ言いに来た」
「……うん」
私はそれ以上、何も言えなかった。
伊織くんの手がそっと離れると、また静けさが部屋に戻る。
「おやすみ。……いい夢、見ろよ」
その言葉を残して、彼は立ち上がり、静かにドアへ向かった。
閉まりかける扉の向こう。
彼の背中を見つめながら、私は胸に手を当てていた。
――なんだろう、この気持ち。
切なくて、苦しくて、でも温かくて。
知らない気持ちが、少しずつ、私の中で芽生えている気がした。