第10話 ふたりの夜
一か月後。
あたしたちは『ノア計画』の最終段階、つまり『スフィア』再起動を、明日行うことに決めた。
これにはふたつの理由があった。ひとつは良い理由で、もうひとつは残念ながら悪い理由。
ひとつめは、いい理由。あたしたちができることはぜんぶやった、ということ。
星のカケラ集めは終わった。村の周辺だけでなく、行ける範囲の星のカケラはぜんぶ取りつくした。
もうこれ以上は集めようがないってところまで集めた。海の中、潜ってギリギリ息が続く海底から、村の子どもたち用の砂場に至るまで、人間がいけるところは全部探した。
アルトの担当の分、『スフィア』内部の構造の調査、動力炉の確認も済んだ。動力炉は『スフィアの』一番下の階層にある頑丈な壁に、横向きにつくられていた。そこに、長い棒のようなかたちのモノが何本も差し込まれている。この棒がおそらく『スフィア』のエネルギーを担っていたんだろう。
あたしはその一本、真ん中に差し込まれていた一番大きいやつを持ち帰って、村で金属や材料の加工ができる人におねがいして、星のカケラを同じ形にしてもらった。
この『星のカケラ(棒のすがた)』改め『星の杖』が『スフィア』のエネルギー源になるのかは、はっきり言ってわからない。だけどあたしたちには、もうこれに賭けるしか方法はないんだ。
ありがとうございますと言って『星の杖』を受け取ったあたしに、加工してくれたおじちゃんが「きっとうまくいくぜ! がんばれよ」と言ってくれた。あたしはそれがすごくうれしくて、工房じゅうに響くような大きな声で「はい!」と言った。そしてそのあと「うるせえ!」とあたしよりでかい声で怒られた。――理不尽極まる。
そして、もっとも重要なものも、見つけることができた。
ノアちゃんのコアユニット――つまり、ノアちゃんが眠っているところ――だ。
コアユニットは、場所はわかったけど見えるだけで触れることはできなかった。なにか不思議な素材でできた、ものすごい頑丈な球体に入れられていたからだ。キズもすき間もまったくない、透明な球体。
そのなかに、もうひとつの小さな球体があった。その球体は青と緑のあいだのような――そう、まるで昔の地球のような――不思議な色をしていた。
けれど、あたしが驚いたのはそこじゃなかった。
その球体は、ゆっくり、本当にゆっくりだけど、とくん、とくん、って鼓動していた。
それはまるで――あたしたちの心臓のように。
その鼓動を見て、あたしとアルトはノアちゃんがまだ生きていて、眠っているだけだと確信することができた。
「ノアちゃん、待ってて。必ず助けに行くからね」
あたしは固く決意した。もう、ぜったい迷わない。
――ここまでがひとつめ、すなわち『いい理由』のほうだ。必要なものはそろい、やるべきことはやった。パーフェクトだ、あたしたち。
もうひとつの理由、すなわち『悪いほう』――は、またというかやっぱりというか、大自然の脅威だった。
それは『大潮』だ。
海は、一日のうちに海面が高くなったり低くなったりする。で、『大潮』っていうのは、一年のうち、海面の高さと低さの差が一番大きくなる日だそうだ。記録室のおばあちゃんが教えてくれた。
ここで問題になるのは、『スフィア』はいま、浜辺にあるということである。
ということは、『大潮』の日になると、海の水がいつもよりもっともっと高くなって、『スフィア』が海にどんぶらこどんぶらこしてしまうかもしれない。
逆に、いつもよりもっともっと低くなって、『スフィア』が海に向かってゴロンゴロンしてしまうかも。
心配しすぎかもしれない。けれど、千年前、小惑星が青い地球を赤い地球にしちゃったみたいに、自然の力ってやつはとにかくむちゃくちゃばかりやってくる。まあだいじょうぶでしょ、で済ませるわけにはいかない。アルトも同じ考えだった。
大潮の日を計算したら、明後日ぐらいだということがわかった。だから、あたしたちは、明日、計画を実行することに決めた。
――明日が、あたしとアルト、ふたりの人生最後の日になるかもしれない。だから、あたしたちは一緒のベッドで寝ることにした。小さいベッドだから、ふたりでむぎゅっとくっついて、毛布をかぶる。
あたしはアルトの腕を枕にして、アルトの胸によりそい、アルトの心臓の音を聞いていた。
その心臓の音は、なんだか少し早い気がした。心なしか、体も震えている気がする。
「――こわい? アルト」
「こわいよ。――明日で、ステラとの人生が終わってしまうかも、しれないから」いつしかアルトはあたしを呼び捨てるようになっていて、それがあたしには嬉しかった。
「アルト、おいで」
あたしは腕をどけてもらって、アルトのあたまをぎゅっと抱きしめた。アルトに少しでも安心してほしくて、髪をゆっくりと撫でる。アルトは珍しく、あたしに甘えるかのように、あたしの胸にあたまをうずめてきた。
「よしよし、よしよし。――少し、落ち着いた?」
「うん。ありがとう、ステラ。……でも、もう少し、このままでもいい?」
「いくらでもしてあげるよ」
アルトにあたしの心臓の音が届くように、アルトを腕で包み込む。
お互いの心臓の音だけの時間。
「……でもやっぱり、こわいね」
「……そうだね」
「あたし、生きていたい。アルトと、ずっと、生き続けていたい。明日も、明後日も、その先もずっと」
「ボクも同じだよ、ステラ」
からだを離して、お互いの瞳を見つめながら、あたしたちは同時に口を開いた。
「きっと、だいじょうぶ」「きっと、だいじょうぶだよね」
「ステラは」「アルトは」
「地球のお姫さまだから」「星の王子さまだから」
声が完全に重なり合って、思わずあたしたちは笑った。顔を近づけて、何度も何度も、あたたかく、いつもより深く、長く、ふれあった。
「……好き。愛してる、アルト」
「ボクも、愛してる。ステラ」
何度も何度も、お互いの気持ちを伝えあう。声で、言葉で、ふれあいで。
あたしたちは、狭苦しいベッドの中、お互いのぬくもりに包まれながら、眠りに落ちていった。
(つづく)




