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エメラルド・サウンズは黎明に輝く  作者: 文月 薫
第三章 月虹 ―― con brio
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第二話   エメラルドを取り戻すために Ⅲ

「――長々と話をして悪かったな。でも、皆が同じ方向を向いていなければダメなんだ」

 幸い、眠そうに話を聞いている者はいなかった。これまでの印象が悪過ぎるせいで穿(うが)った見方をしてしまいがちだが、この子達は根本的には素直なのだ。口は物凄く悪いけれど。

「それから、顧問の絵理子にコンサートや演奏会の手配をしてもらうようお願いしてある。出演が決まればすぐに伝えるからよろしく頼む。楽曲は初見でも演奏できるような難易度にするつもりだから安心してくれ」

 絵理子を信用していない訳では無いが、そう簡単にいくつもオファーが舞い込むとも思えない。当面はコンクールの楽曲を練習しつつ、六月の合同演奏会に向けてサウンドを作っていくこととなりそうだ。

「コンサートもそうだが、コンクールもここにいる全員でステージに上がってもらう。オーディションをやるつもりも無いし、個人差があろうがムラが大きかろうが、メンバーから外すことは絶対にしない。だから、ひとりひとりが責任感を持って練習に取り組んで欲しい」

 俺の言葉を聞いた下級生は驚愕している。「吹けなかったら外す」と言われるのが普通であるのに、「吹けなくてもステージへ乗せる」と公言されるなど思ってもいなかっただろう。

「俺からは以上だ。ゴールデンウィーク献上で申し訳無いが、明日からよろしく頼む。とりあえず今日は解散にしよう」

 終了時刻が超過していたこともあり、俺はミーティングを締めることにした。ミーティングというより演説になってしまったのだが、言いたいことは言えたので良しとする。

 解散後の部員達は、まだ打ち解けているとは言い難い雰囲気ではあったが、同じパート同士で会話しながら帰り支度をしている。もう少しフランクにできないものかと思うが、いかんせん三年生達の社交性が破滅的なので仕方無い。美月のような人物が二年生に多ければありがたいのだが、そもそも二年生達も美月が牛耳っていた集団なのであまり期待できない。

 俺の目線の先には、ぽつんと椅子に座ったままの部員がいた。

「――玲香、ちょっといいか」

「なんですか」

 近寄って声を掛けると、事務的に応答された。部長ですらこの調子なので、先が思いやられる。

「ミーティングで俺が言ったことに対して、何か意見があれば聞かせてもらいたいんだけど」

 そう尋ねると、彼女はいつものように小首を傾げて数秒間俺を見つめた。目に感情がこもってないので、日本人形の首を無理矢理曲げたみたいな罪悪感がこみ上げる。

「とくにありません」

「ねえのかよ!」

 今の時間はなんだったんだ。

「私達は自分達で行動した結果、あんな事態を引き起こしたので。指導してくれる方にはなるべく従うことにしました。それに、秋村さんが言っていることが間違っているとも思えません」

「なんでフルートの音色は柔らかいのに、言葉を発すると機械になるんだ?」

「ありがとうございます」

「褒めてねえんだよ!」

 玲香の言い分も理解できるし、大人しく従ってくれるのはありがたいのだが、あまりにも両極端だ。

「……まあいい。一年生のフォローをしっかりするように、他の三年生にも伝えておいてくれ。甘やかせっていう訳では無いけど、俺が何も言わなかったら練習中に会話すらしなさそうだからな、お前ら」

「練習に会話が必要なんですか?」

 その言葉だけで、俺は酷い頭痛に見舞われる。

「あのな。当たり前だけど、演奏中は言葉を発さずに奏者同士で意思疎通を取らなきゃいけないんだぞ。会話すらまともにできない人間がどうやってアンサンブルするんだよ」

 せっかく音楽が好きで入部してくれたのに、人間関係で退部する生徒を見たくはない。

「わかりました。頑張ります」

 少しもわかっていないような棒読みで玲香が答えた。明日にでも、俺から一年生へフォローを入れておいた方がいいかもしれない。俺だって本来は対人能力がゴミクズだというのに、世話の焼ける先輩達である。

「秋村さん、今後あなたのことはどう呼んだらいいですか?」

 唐突に玲香から質問が飛んでくる。

「……それ、前も言ってたよな? 別に今のままでいいよ」

「いや、長いんで」

「六文字だろうが! 『絵理子先生』の方が長いだろ!」

「絵理子先生は、先生ですから」

 つまり、俺には文字数をかける価値も無いらしい。必要以上に喋ったら死ぬ病気にでも罹っているのだろうか。どうして部長なんかやってるんだ。

「もうなんでもいいよ。とにかく、お前はもう少し感情を出しなさい。俺だって最近は簡単に涙腺が緩んで――」

「お疲れ様でした」

「聞けよ!」

 真っ直ぐ出口へ向かう背中を眺めながらため息を吐く俺を、日向が笑いながら見ていた。こちらとしては全然笑い事じゃない。

 すると、ズボンのポケットに入れていた携帯電話から着信音が鳴った。慌てて取り出し確認すると、一通のメッセージが届いていた。

『明朝、第三職員室』

 文章にすらなっていない短い内容を送りつけた差出人は、言わずもがな絵理子である。つい数秒前まで会話を交わしていた玲香と同じ素っ気無さだ。やはり玲香も絵理子に影響されているに違いない。誰かあの能面女の国語教師の免許を剥奪してくれ。

 ……いや、そんなことよりも何故呼びつけられたのかということの方が重要だ。「用件を教えていただけませんか」と、最下層の人間らしくかなりへりくだって返信したのだが、その後いつまで経っても携帯電話が着信音を鳴らすことは無かった。

 ゴールデンウィークは、その始まりから不穏な気配を漂わせていた。

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