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エメラルド・サウンズは黎明に輝く  作者: 文月 薫
第二章 極星 ―― spiritoso
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第四話   出演交渉 Ⅱ

「……よく耐えたな」

 玲香を見ると、血が出そうなほど拳を握りしめていた。

「秋村さんは私達の演奏を炭だと評しましたけど、たぶん灰の方が近いんじゃないですか」

 急になんの話だろうと思ったが、輝子が吹奏楽部に持つ感情がこの学校にいるほぼ全員の総意だとしたら、たしかにそう表現しても間違いではないかもしれない。処分を待つだけの存在、という意味で。

「この悔しさは絶対忘れません。必ず見返してやります」

 玲香は頼もしく宣言した。人を殺しそうな目をしていることについては深く考えないようにする。

「それにしても、生徒会長って本当に高校生なのか? なんだかずいぶん小さかっ――」

「秋村さん。死にたくなかったらそれ以上は言わない方が良いですよ。この学校でその話題は禁句です」

「そ、そうか」

 もはや学校じゃない。

「――ところで」

 俺は音楽室に戻る道すがら、気になっていたことを尋ねた。

「お前らの後輩……今度の二年生ってどんな奴らなんだ?」

「……それを聞いてどうするんですか」

 明らかに不機嫌な様子の玲香を見て、俺は嘆息を漏らす。

「これは俺が勝手に考えていることだし、どう判定されるかもグレーではあるんだが」

 俺が中途半端に思わせぶりなセリフを吐くと、玲香は怪訝な顔をする。

「改まってなんですか?」

「今度の部活勧誘期間中に、部員を二十名獲得する。これが、吹奏楽部が生き残る条件だよな?」

「そうですね」

「新入生を二十名、ではないんだよ」

「は?」

「だから、とにかく二十人集めればいいんだよ。学年は関係なく」

「そんな詐欺師みたいな」

 テロリストに言われる筋合いは無い。

「もちろん、新入生が二十人入部するならそれに越したことはないさ。でも現実問題、吹奏楽部に入りたくて入学してくるような奴はほとんどいないだろ」

 俺の指摘に、玲香は肩を落とした。昨年のコンクールを思い出しているのかもしれない。実績が無いのだから、そもそも部員を集めづらいという点は認めざるを得ないのだ。

「……二年生は、私達についてくることができなかったんです」

 どちらかというと玲香達が無情にも振り落としたのではないかと思うのだが、突っ込まないでおく。

「退部しているんだよな?」

「いえ、退部届は出していなかったと記憶しています」

「ストライキってことか?」

「まあ、その言い方が正しいのでしょうか」

 それだと部員獲得の条件に関してはより一層グレーになってしまうことを懸念したが、ちょうど音楽室に到着した俺はそれ以上の質問をやめた。

「とにかく、演奏はちゃんとしないとな」

 第二音楽室に入ると、先ほど玲香が言った通り部員達は昔の音源を聞いていた。俺は軽く手を叩いて皆の注意を引く。

「イメージは掴めたか? そろそろ合奏練習をしようと思うんだが」

 俺の提案に、副部長の優一が反応する。

「秋村さん。絵理子先生が全国大会の録画は絶対見せたくないって言ってるんですけど」

「……そりゃ、あいつにとってはトラウマなんだろうよ。お前らの去年のコンクールと一緒だ」

「いや、それはわかるんですけど、だからこそ見てみたいというか」

 他の部員も頷いた。しかし、こればかりは俺の力でどうにかできるものでもない。

「俺も全国大会の演奏を聞いたことは無いんだ。もし俺が頼んだら本当に刺し殺されそうだから諦めてくれ」

 今さらだが、当時俺が刺されたことは絵理子も知っている。その上であいつは俺に果物ナイフを突きつけるという凶行に走ったのだから、控えめに言ってサイコパスだ。

「それに、今のお前らには必要無いものだ。全国大会の演奏は絶対にエメラルドなんかじゃないからな」

 出演してもいない俺が言うのは烏滸がましいが、部員達は不承不承といった感じで席に着く。

「玲香と一緒に生徒会へ行ってきた。無事に出演許可をもらうことができたよ」

 おお、と歓声が挙がる。

「だが、出番は一番最後だ。たいていああいう出し物っていうのは、時間の経過に伴ってどんどんダレていく。昨日みたいな演奏をしていたら、きっと誰の印象にも残らないだろう」

 はあ、と皆が肩を落とした。単純な奴らだ。

 すると、突然玲香が立ち上がった。当然、皆の視線が彼女に集中する。

「みんな。さっき生徒会長はなんて言ったと思う? 『あなた達の演奏を聞いて入部しようとする生徒なんていない』って、笑われたよ」

 玲香は導火線に火をつけるように語り掛けた。さながらレジスタンスのリーダーだ。そんなことを暴露したら皆が暴徒化するに決まっているので、頼むから大人しくしていて欲しい。

「は? 何それ。そもそも演奏する機会すら奪っていたくせに!」

 案の定、部員の中で最も血気盛んな淑乃が反応する。

「淑乃、黙って」

 が、意外なことに玲香は彼女を窘めると、一同を見渡した。張本人の淑乃も驚きを隠せない様子で玲香を見つめている。

「もう、認めるしかないんだって思った。秋村さんにだって、散々似たようなことを言われているしね」

 いきなり俺の名前が出てきたので動揺する。標的にされた気分だ。

「昨日、秋村さんに言われたよね。日向がいつも見ていると思えって。日向が喜ぶ演奏は、さっきみんなが聞いていたかつての翡翠館みたいな演奏なんだと思う。あの演奏をしなきゃ、部員なんて集まらない」

 そう言いながら、玲香はこちらを向いて俺の目を見た。

「改めて、よろしくお願いします」

 深々と頭を下げた玲香に、部員達は呆然としていた。俺もだ。

「あ、ああ。こちらこそよろしく」

 これは俺の勘なのだが、玲香がこのような態度を取ったことはこれまでなかったのではないか。だから皆は驚いて固まったままなのだろう。

「今日は基礎から見てもらえるんでしたよね」

 何事もなかったように、着席した玲香がそう言った。

「……そうだな」

 俺は一息吐いて、譜面台の上の菜箸を持ち上げた。

「玲香が言った通りだ。みんなもしっかり意識して練習に取り組んでくれ」

 困惑しながらも、皆は返事をした。これだけでも成長と言えるだろう。

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