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エメラルド・サウンズは黎明に輝く  作者: 文月 薫
第二章 極星 ―― spiritoso
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第四話   出演交渉 Ⅰ

「秋村さんのこと、なんとお呼びしたらいいでしょう?」

 不意にそう尋ねてきたのは、俺と一緒に廊下を歩く玲香である。

「そのまま秋村さんでいいよ」

「なんだか先生って感じじゃないんですよね、無職だし」

「てめえ喧嘩売ってんのか」

「マエストロっていうのも全然似合いませんし、何か無いですかね?」

「ねえよ。話を聞けよ」

 ――部活紹介で演奏する楽曲が決定した次の日。問題となっている生徒会への説得に出向いているのだが、何故か玲香もついてきた。彼女は昨日、脅迫じみた言動で生徒会室を犯行現場にしようと画策した首謀者であるので連れていく気は全く無かったが、本人がどうしてもと言うので同行を許したのである。もっとも、たしかに俺一人が乗り込んでも不審人物でしかないので、有用でないと言えば嘘になる。

「昨日聞かせてもらった演奏、かなり刺激になりました。今もみんな練習を放り出して、昔の音源とか録画を視聴していますよ。朝から淑乃が絵理子先生のところに行ってたくさん借りてきたので」

 借りたというか、強盗ではないかと邪推する。おそらく絵理子は機嫌を悪くしているに決まっているので、しばらくは会わない方が良さそうだ。それにしても、(しお)れた花に水を遣ったような感覚である。よほど三年生達はかつての翡翠館に憧れを持っていたのだろう。

「そんな素晴らしいバンドをぶち壊した俺が指揮を振ることには、文句を言わないのか?」

「言いませんよ。だって昨日聞かせてくれた演奏は、あなたが指揮したんでしょう? それにあなたの語った過去だって、ただの事故じゃないですか」

 玲香はさっぱりと言ってのけたが、俺にはその淡白さが新鮮だった。

「あなたもずっと一人でいたんでしょう? 音楽室に引きこもっていた私達と一緒です」

 俺はつい足を止めてしまった。

 まだ出会って数日と経っていないのに、俺のこともすっかり見抜かれているようだ。やはり似た者同士なのかもしれない。

「どうしたんですか? 少し歩いただけで疲れたんですか? 無職というか、年金受給者みたいですね」

 どいつもこいつも毒舌過ぎるだろ。

「なあ、絵理子ってどの教科を担当しているんだ?」

「え? 国語ですけど」

 だからか。

「あいつの真似をするのはやめておけよ。お前らが他人と揉めるのは、そのストレートな物言いも原因の一つだろうから」

「はあ……。真似をしているつもりはありませんが」

 玲香は生返事をした。自覚が無いらしい。根暗でコミュニケーションを取るのが苦手なのに、いざ口を開いたらこの有様なのだから、敵を量産するに決まっている。

「とにかく、生徒会には俺から話をしてみる。頼むから大人しくしていてくれよ」

「……」

 返答が無いのは不穏だが、そうこうするうちに生徒会室へ近づいていた。学生時代はあまり印象が無かったものの、場所は当時と変わっていない。白いドアには磨りガラスが嵌まっているため中の様子はわからないが、電気が点灯しているので誰かしらは在室のようだ。

 ノックをしたら「はい」と可愛らしい声が返ってくる。なんだかだいぶ幼く聞こえたのは気のせいだろうか。

「失礼します」

 俺と玲香が入室すると、普通教室の半分程度の広さの部屋に、男女三人の生徒が着席していた。

「OBの秋村です。突然申し訳無い」

 とりあえず名乗ると、三人とも胡散臭そうに俺を眺める。

「狭川先生から聞きました。さすが、あの不良教師のお仲間らしい風貌ですね」

 不良だとバレている絵理子はさておき、かなり小柄な女子生徒が軽口を叩いた。先ほどノックに反応した、生徒会長の会沢輝子(あいざわてるこ)だ。雰囲気はいかにもお嬢様といった感じだが、先に述べた通りこの学校は庶民向けの私立高校なので、なんとなく似合っていない気がする。

「失礼なことを考えていらっしゃいません?」

 どうしてわかるんだ。

「会長、誰ですかこの人?」

 隣に座る副会長の男子生徒が質問する。

「先日から、あの吹奏楽部の面倒を見ているOBの方です」

 いきなりずいぶんな言いようだ。

「どうやら、何か私達にお願いがあって来たみたいですね。まあ、そこにいる楽器吹きが一緒に来ていることで、おおよそどんなお願いかわかりそうなものですけれど」

 輝子は俺の後ろで殺気を放っている玲香をバカにしたように一瞥した。副会長と、その隣の女子生徒(書記だと思う)は困惑して顔を見合わせている。

「話が早くて助かる。俺は吹奏楽部のOBなんだ。君が言った通り、数日前から狭川先生に代わってこいつらの面倒を見ている」

「へえ。物好きですね」

 輝子は口が悪いというより性格が悪いように思える。人を見下したような目をしているのは、偏見かもしれないがお嬢様っぽいことが関係しているのだろうか。

「単刀直入に言う。今度の入学式後の部活紹介で、吹奏楽部にも出番をもらえないだろうか」

 俺が頭を下げると、玲香も渋々といった感じで俺に続く。

 が、返ってきたのは清々しいまでの高笑いだった。

「はははっ! そんな改まって言われなくても、既に知ってますよ。私の父はここの理事なんです。昨日校長から吹奏楽部の話があったって仰ってましたから」

 とんだ茶番じゃないか。道理で偉そうな小娘であるはずだ。こんなのが生徒会長なら、レジスタンスのような吹奏楽部の連中が仲良くできるはずもない。ジロンド派とジャコバン派みたいなものだ。

 つまり、今回の依頼は並大抵のことでは承認されないだろう。

「ま、いいですよ」

 ……ん?

「何が?」

「はい? 出番が欲しいんでしょう? 別にいいですよ」

 予想外の快諾に、俺と玲香は動揺する。

「だって、どちらにしても新規部員が獲得できなければ解散なんでしょう? あなた方の演奏を聞いて入部したいって思う生徒なんて、いる訳が無いじゃないですか。これで綺麗さっぱり片付くなら、最後の花道くらい用意して差し上げます」

 尊大な態度で輝子は演説を続ける。

「私、ずっと思ってたんです。いくら実質的には謹慎同然とはいえ、こんな迷惑集団が野放しになっていても良いのかって。練習していれば嫌でも音は耳に入るでしょう。対外活動が無いのに練習なんて、騒音でしかないですからね」

 玲香の殺気が強くなる気配を感じるが、輝子が言っていることは正論なので何も言い返せない。

「四月中に部活がなくなってくれるなら、私としても断る理由はありませんしね。花道というより、お葬式になってしまうかしら」

 輝子はまた高笑いをした。昨日試しに合奏した演奏が『猟犬の葬式』になったことを思うと、こちらとしては微塵も笑えないどころか冷や汗が出る。

「配慮してもらってかたじけない」

 俺は一言も反論せず、ただ礼を述べた。玲香は何も言い返さない俺を反抗的な目で見つめているが、大人しくしていろという指示は一応守っているので、そのくらいは大目に見る。

「時間はどのくらいもらえるんだ?」

「まあ、十分程度でしょうね」

 予想通りの回答である。

「順番は?」

「そんなの、最後に決まっているでしょう」

「……わかった」

 最後なんて、おそらく会場である体育館の空気は弛緩しきっているだろう。今回に関しては高揚感や緊張感のあるトップバッターの方がマシだが、楽器や譜面台の準備のことを考えると、急遽出番が決まったのだから順番に文句は言えない。

「最後なんだし、多少のタイムオーバーには目を瞑りましょう。よろしいですか?」

 輝子は、完全に俺達のことを舐めている。本当にこれでおしまいだと思って優越感に浸っているのだろう。

「こちらとしては、生徒会側の条件で構わない。ただ、一つだけ確認しておきたい」

「はあ? まだ何かあるんですか?」

「目標の部員数が獲得できたら、生徒会としても吹奏楽部の活動再開を認めてくれるんだよな」

 当然の確認をすると、輝子はこれ見よがしに噴き出した。

「それができるなら、こんな状況になっていないでしょう? もちろん、そんな奇跡が起きたら認めて差し上げますが」

「わかった。時間を取らせて申し訳無かった。じゃあ、当日はよろしく頼む」

「ええ、こちらこそ」

 輝子の嫌らしい笑みに見送られ、俺達は生徒会室を後にした。

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