狂気
「だ、誰?」
「うふふ、何言ってるの? ママじゃない、変な子ね」
台所に立つ私に、息子が声をかけてきた。
「今日はパパの好きなビーフシチューにしようと思うの」
「パパの好きな物はコロッケだもん!」
「やだ、何言ってるの? パパはビーフシチューが大好きじゃないの」
あの人が帰って来るまでにお肉を柔らかく煮込んでおかなければ。
鼻歌を歌いながら付け合せのサラダを完成させる。
「ただいま」
「あ、帰ってきたわ!」
玄関に向かうと愛しい人が目を見開いて私を見ている。
「どうしたの、そんな顔して?」
「や、山本さん!? 何でうちに?」
「旧姓で呼ぶなんて、あなたどうしちゃったの?」
バタバタとあなたは私の横を走り抜け、あなたによく似た可愛い息子を抱きかかえて外に飛び出して行った。
「忘れ物かしらね? でもなんであの子まで連れていったのかしら? 変な人。うふふ」
お肉はいい具合に柔らかくなっている。
外が少しだけ騒がしく、窓から赤い光がチラチラと揺れるのが見える。
いつの間にか私の周りには制服を着た男性が立っており、私の腕を掴んで車に押し込んだ。
「ビーフシチュー、冷めてしまうわ」
流れる景色を見ながら、早く家に帰してくれないかな? と思っていた。
「……自分を被害者の妻だと思い込んでいるようで……」
男達が何か話しているが興味がなく、耳を通り過ぎていくだけだった。




