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8.斜め上な大団円

「久しぶりに面と向かって顔がいいとか言われたな……」


「殿下のお顔を、いきなり至近距離でまともに見たのがまずかったのでは。

 世慣れない令嬢は、遠目から慣らさないと」


 気を取り直したアルフォンスとノアルスイユがこそこそ話していると、はっとマリーは腰を浮かせた。


「ヤバいですマズいです不遜です不敬です!!

 私のような雑魚令嬢がこんなキラキラしい場に紛れ込むとか、万死!万死に値しますッ」


 中腰のまま、マリーはかさかさと移動し、あわあわと迷ったあげく、カーテンの影に隠れた。

 ドレスとカーテンの色味が似ているので、いい感じに同化している。


「ところで殿下、一つ質問があるのですが」


 アンダーリムの赤い眼鏡をくいいっと持ち上げながら、マリーは半顔だけ出して、あっけに取られているアルフォンスに呼びかけた。

 あんまり隠れていない。


「なんだ??」


「なぜに王太子秘書官室は、こんなに美形眼鏡ハーレムなのですか?

 やはり、美形眼鏡がお好きなのですか??」


「「「「「ちょおおおおお!?」」」」」


 誤解を生むような表現はやめれとか、そんな噂を流されたら妃殿下に消されるから勘弁してくれとか一斉に男性陣が抗議する中、秘書官室のドアが開いた。


「殿下、ただいま戻りました。

 ……なんですか、この騒ぎは?」


 イケオジ眼鏡室長のロルサンジュだ。


「ああああああッ

 眼鏡の君ぃいいいい!!」


 マリーが奇声を上げながらカーテンの影から飛び出して来て、がばあと頭を下げながら、両手で手紙を差し出した。

 なんぞ?と困惑しつつ、ロルサンジュは手紙を受け取り、マリーがあわあわと要領を得ない説明をするのをふんふんと聞いて、あああの時の、と合点した顔になった。

 これで眼鏡の君、確定だ。


「「「「よりによって、唯一の既婚者が『眼鏡の君』!?」」」」


 アルフォンス以下、五人は声を揃えてツッコんだ。


「え? ご結婚されている方にお礼を申し上げたらいけないんですか??」


 マリーはきょとんと返す。


「ふーむ……こやつら、貴女の手紙を付け文のたぐいと勘違いして、噴き上がっていたようですな」


 じろりとロルサンジュは皆を睨んだ。


「えええええ……

 わ、私、地元に婚約者がいるんです。

 ダーリンとラブラブなのに、王都の貴公子とどうにかなろうだなんて、そんな下心ありえません!」


 ドン引きした顔でマリーは、ナイナイナイと激しく手を横に振る。


「「「「「そういうこと……」」」」」


 アルフォンスと四人の秘書官達は、かくりとうなだれるしかなかった。




 数年後の秋──


「殿下、例のものが届きました」


 相変わらず銀縁眼鏡のノアルスイユは、大きな鉢を抱えて、えっちらおっちら王太子執務室に入った。


「おおお、これがアズキか!」


 どーんと花台の上に置かれた鉢には、まるっこいハート型の葉っぱが生い茂り、小さな黄色い花もついている。

 花は中心部が巻いていて、ぱっと見、小さなバラのようだ。


「なんだかマリー夫人のようだな、この花は。

 明るく元気な雰囲気だが、一筋縄でいかない感じがある」


 鉢に顔を寄せてしげしげと眺めながら、最近口ひげを生やし始めたアルフォンスは呟く。


「確かに。あ、添えられた手紙には、今季こそ相当な量が確保できる見込みなので、収穫でき次第、王都にお届けするとありました」


「やっとか! 思えば長かったな……」


 農業試験場に送った小豆は翌年無事芽吹き、播種用の豆の収穫までは出来た。

 次は実際に農場で育てようという話になったが、連作NGとか栽培条件が若干難しい上、需要もアルフォンスがやたら食べたがっているだけだから、本格的な生産をしたがる者はなかなか見つからなかった。

 そこで大地主の跡取りに嫁いだマリーが、夫を説得し、大規模な栽培に取り掛かってくれたのだ。

 最初の年は思ったほどとれなかったと涙の報告があったが、研究を重ねてどうにかなったらしい。


「やはり、本気で育てたいと思う者がいないと新しい作物の普及は難しいな。

 最後のどら焼きがなくなっていた時は絶望しかなかったが、結局マリーに食べられたのがよかった、ということか」


「禍福は糾える縄の如しというやつですね……

 ところで殿下、アズキを炒って茶にすると美容に良いとどこかで聞きつけたらしく、レディ・カタリナがこっちにもよこせとかなんとか言っていましたよ」


「はあ? なんで急に絡んでくるかな!?

 うっかりアズキ茶が流行ったら、私のどら焼きの分がなくなるじゃないか!」


 プンスカするアルフォンスに、ノアルスイユが「ほんとに殿下はどら焼きに夢中ですね」と笑う。


 ふと、アルフォンスは、あの時ノアルスイユはマリーをどう思っていたのか、つまり好意を持っていたのかいなかったのか聞いてみたくなったが──やめておいた。

 いずれにしても、過ぎたことだ。


 アルフォンスが見守る中、ノアルスイユは銀縁眼鏡を押し上げながら、懐かしげにアズキの花にしばし見入っていた。


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