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そして、赤いサヨナラを 「11」

 一週間が過ぎた。

 街を脅かしていた大鉈の怪物はアリサの手によって討たれ、中央市街は一先ずの平穏を取り戻していた。

 ……平穏、という言葉には些かの違和感が拭えないかもしれない。

 怪物という脅威はいなくなった。

 しかし、当然ながら怪物が倒されたから、脅威がなくなったからといって、死んでいった住人たちが笑顔で戻ってくるなんてコメディじみたことは決して起こり得ない。

 メインストリートを歩くアリサの肌に伝ってくるのは、容赦のない静寂と虚しさ。

 結局は、彼女に殺された人間の数だけ、中央市街の静けさに上乗せされただけに過ぎなかった。


「……」


 冷たい静寂に倣うようにして、アリサは黙々と南へ向かって歩いていく。


『あーあー、あの美味しそうな料理とも今日でお別れかー、寂しいなー』


 左手に、お喋りな相棒を握りしめて。

 今、アリサは自動列車の駅へと向かって歩いていた。

 《赤ずきん》との戦いで負った怪我は既に完治していて五体も満足に動かせる。

 異邦人は身体能力もさることながら、治癒に関しても常人に比べれば圧倒的な速度を誇るらしい。骨折そのものは三日ほど掛かったが、残りの打撲やら擦過傷やらは気が付けば綺麗さっぱり治っていた。食欲その他健康状態も良好で、端的に言えば健康体である。

 数日前に街のデパートから衣類の類の補充も済ませ、アリサはこの街から立ち去ろうとしていた。

 アリサがこの街でやるべきことはもう何もない。

 届けようとした忘れ物は、最終的にアリサへと残された遺品となって腰のホルダーに収まっている。きっとで、あの人も最初からこうなることを望んでいたんだろうと思う。

 その実、アリサの感覚の影響を受けても傷ひとつ付かない異様だが貴重な代物だ。

 必要以上に深くは考えず、今まで通り、持ち歩くことに決めた。


『いいの? 本当に街を出ちゃってさ』

「……いーの」

『ホントに?』

「本当に」


 新しく旅に出られることが嬉しいくせに、パンドラはやけに懐疑的にアリサを突っついてくる。

 何せ、アリサは明朝に突然身支度を始めて、突然に出立の意志をパンドラやザンたちに告げたばかりなのだ。

 パンドラ自身新たな門出に胸を膨らませる反面、アリサの突然の行動に疑問を抱かずにいられないのである。

 そんな疑問も他所に、アリサの歩みは淀みなく真っすぐ駅へと辿り着く。

 相変わらず壊れっぱなしのモニュメント、無人の構内、無慈悲なばかりに閑散としている。

 自動列車が到着する時刻は既に把握していて、あと数分とすれば列車が来る頃合い。

 その名の通り、運転も整備も何もかもが自動で動いているという列車だから、よほどのことでも起きない限りは定刻通りに到着する。……ハズ。あんまり自信はない。

 誰もいない構内を見回し、比較的綺麗なベンチに腰を掛ける。

 冷たい風が構内を通り過ぎて、アリサの素足が微かに震える。

 動きやすさを重視したせいで、結局ジャケットにショートデニムという()()()()格好を選んでしまったのが完全に仇となっている。物色したデパートでダッフルコートのひとつでも持ってくればと思い始めていると、早速自動列車がやってきてアリサの正面に出入口がピタリと止まる。

 そそくさと乗車してパンドラを向かいの席に置き、アリサは窓辺で頬杖を突く。相変わらず、乗客はアリサたち以外にいない。

 ドアが閉まり、自動列車が緩慢に発進する。

 ゆっくりと流れていく市街の景色を、アリサはぼんやりと見つめていた。

 何か物思いに耽っているのではなく、本当にただただぼんやりと見つめるだけ。


『……疲れた?』


 そんなアリサの横顔にノスタルジーでも見出したのか、珍しくパンドラがアリサを気遣うような言葉を呟く。

 アリサは首を横に振って返した。

 別段、疲れは残っていない。

 怪我が治るまでのこの一週間の間は、あの一件を経て多少懐いてくれたフェイのお陰もあって不自由はなかった。

 復讐に燃えていた彼女だったが、アリサの戦う姿や、事の顛末などを知った所為もあってとやかく言われることはあまりなかった。きっと、あのまま戦い続けていても勝てなかった、とは彼女の言。

 応急処置用の道具を探してもらったり、ザンの酒場の厨房を借りて食事を作ってもらったり、あとは、他愛ない雑談の相手になってくれたり。

 初対面の時よりいくらかトゲのなくなった彼女は、何というか見た目相応の小さな子供であって、屈託がなかった。出立を告げた時は驚いた様子だったが、特に何を言わず頷いてくれた。


「……あ」


 窓の向こうに点々と並ぶビルの残骸の上に、紺色のパーカーの少女が手を振っているのが見えた。

 見送りは頼まなかったんだけどな、と苦笑しながらアリサも小さく手を振り返す。

 雑談の時に、フェイもいつか旅をしてみたいというようなことを話していた。それが実現すれば、いずれ再会することがあるのかもしれない。

 フェイの姿が見えなくなって、アリサは小さく息を吐く。


『んで、さ? 今度は何のための旅?』

「…………あれ、言ってなかった?」

『……わかった! 豊胸手術でもしてくれる場所探ごぶふッ』


 ブーツの踵で蹴飛ばす。


『だ、だってさ……朝起きて、五分とも経たない間に「出発しよう」とか言われりゃ気にもなるじゃん……あの時だって、返事してくれなかったし……』

「……」


 寝ぼけて覚えてない、とは言わない。

 少し窓の向こうに視線を泳がせて、ミニチュアの街並みになりつつある中央市街を眺めながら、アリサは言った。


「探したい……モノ? ってか、コト……が、出来た」

『何それ?』

「いや……んー……」


 歯切れが悪いのは話すことを躊躇っているのではなくて、もしかしたら笑われるんじゃないかという小さな恥じらいの所為。


「……ずっと、気になってて。夢起病のこと」

『夢がバケモノに……って、アレ? 何でまた』

「……病気ってぐらいだから、もしかしたら……治す方法とか、薬? みたいのが、あるんじゃないかなって……思ってさ。それを、探してみたい……って、思っちゃって」

『ふーん……?』


 別に、アリサは自分をヒーローだなんて思っちゃいない。

 ただ、今までの旅や、《赤ずきん》の一件を見てきて、漠然とそんな風に思っただけに過ぎない。

 何となく、探してみようと思った。……本当に、そんな程度の理由。


「また、楽しい旅じゃないよ?」

『置いてけぼりよかずっとマシ』

「……そ」


 見ようによっては素っ気ないやり取り。


『……アリサ、よく優しいとか言われない?』

「…………、何で?」


 あんまりにも突拍子の無いタイミングにそんなことをパンドラに言われ、思わずアリサは小さく吹き出してしまう。


『旅って、普通は自分のためにするものじゃん? でも、アリサの旅の目的って……誰かの、って動いてるじゃん。誰かのためにって動けることを、優しいって言うんじゃない?』

「……」


 人を憂うと書いて『優しい』。

 でも、別にアリサは誰かのためと動いているつもりはさらさらない。

 そんなことがあったから、そんな風に思っただけ。

 自分に何か出来るのならする。或いは、出来るように。

 あの時ああしてれば、と後悔しないように。

 全部が全部自分のためであって、誰かのためという献身の意志はない。

 それでも、やはり他人から見るとそう見えてしまうのだろうか。

 もどかしいような、むず痒いような。


「ねぇ、パンドラ」

『ん?』

「優しいって、イイコト……なのかな」


 吐息のように漏れた、アリサの疑問。

 ずっと気になっていた。

 優しい、とは、本当に良いことなのだろうか?

 実はずっと、アリサはコレを知りたかったのだろうか。


「……」


 ……かぶりを振る。


「ゴメン、忘れて」


 話題を誤魔化すように窓を開けて、吹き荒ぶ冷たい風に身体を晒す。

 遠くから、冬の匂いがした。

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