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第93話「ムーンソング」

 

「――というわけなんです」


 飴宮さんは、昨日の俺の言動の理由を事細かに逸部に解説してくれた。自分の心理を説明してるのを聞くのってなんかすごい恥ずかしいな。


「ほんと、なの?」


 逸部は半信半疑で俺に訊く。疑うような台詞とは裏腹に、すがるような目でじっと俺を見つめてくる。


「俺は嘘つきでも、飴宮さんは嘘をつかない」


「そう、だよね……へへ、よかった」


 緊張が解けたように逸部は笑った。飴宮さんの顔にもほっとした色が浮かんだ。




「――なんで、そんなことしたの?」




 緩んだ空気を再び緊張させるような、鋭い声がした。顔を向けると、通学鞄を持った餅月さんが立っていた。


「や、やー餅月ちゃん。風邪治ったんだ」


「なんとかね」


 逸部と軽く挨拶した餅月さんは、いたずらをした子供を咎める小学校教師みたいな目でまっすぐ俺を見つめる。


「聞いてたのか」


「出てくるタイミング逃しちゃって」


 俺の質問に気が抜けるような答えを真面目な顔で言い、シュールさで場の空気がいくぶんか和む。


 それはさておき、まるで俺が悪いことをしたみたいな目で餅月さんが見てくるので、誤解を解くべく俺は口を開く。


「悪いかよ。今日の朝練なんか、餅月さんいなくても実行委員を中心に練習できてたらしいぞ。つまりさ……今のクラスの奴らは、俺という共通の敵を見返すために一致団結してんの。目的を持って自主的に努力してんじゃん。餅月さんが望んでた姿に――」


「それでも、それが誰かをのけ者にして成り立ってるなら、私はそんなの認めない」


 褒められるまではいかないものの、そこまではっきりと拒絶されるとは思わなかった。餅月さんのためにしたことなのに、こんな仕打ち、あまりに理不尽。自分が陥るべき感情を見失い、口の端から笑い声が漏れる。


「じゃあ、どうしろってんだよ」


 誰かさんのせいで柄にもなくやる気出して、自分なりに動いてみたけど全部裏目に出た。その尻拭いすら認めてくれないのか。だとしたら、俺は今まで何のために――


「別に、難しいことじゃないよ。孤羽くんも一緒に楽しく歌ってくれたら、それで」


 ささくれ立った俺を包み込むように、餅月さんは優しい口調でそう言う。


「私の希望は、みんなで歌って優勝すること。だから、孤羽くんが欠けてたら私はとっても悲しいの」


 彼女の素直な言葉で目が覚める。俺が合唱祭なんかを手伝ってたのは、餅月さんの素直な希望を守るためだった。そして、彼女が本当に求めていることを知ることができた。


「……」


 とりあえず、放課後は出ることにした。



 * * *



 放課後練は、餅月さん復活の影に紛れてぬるっと参加したが、好奇の目で見られたり、なにか言われることは特になかった。俺が思ってる以上に、他人は俺のことに興味がないんだろう。毎度ながら自意識過剰が嫌になる。


「……」


 少し見ないうちにクラスの雰囲気はがらりと変わっていた。特に、実行委員の女子のみならずあの本田までもが、餅月さんに頼ることなくリーダーとしてクラスをまとめていた。クラスの雰囲気も、今までは非協力的だったけどこれから本気出して逆転勝ちを狙うぞみたいな、雨降って地固まる感じの青春ドラマっぽいムードになっている。そのきっかけを俺が作ったとなると感慨深いものがあるなぁ、などと呑気なことを言っておく。




 やる気になってから、直すべき箇所がいくらでも見つかってくる。日が経つのが早く感じられて、練習時間がいくらあっても足りないと思うくらい、いつまでも歌を磨いていたくなる。せめてあのとき、あと1日だけ早くやる気になっていれば……なんて、取り返しのつかないことに気づけるのはいつだって取り返しがつかなくなってからだ。




 そして、合唱祭当日。


 朝練も終わり、会場の体育館に集合するまでの待機時間。餅月さんがクラス全員を前にして演説を始めた。


「さて、とうとう本番が来てしまいました。私は今とても緊張しています。えへへ」


 餅月さんの固い笑みに、緊張気味だったクラスからは軽い笑い声が漏れる。肩の力が入りがちなこの状況下で、場の空気をふわっと柔らかくする餅月さんの人徳というか才能がいかんなく発揮されたいた。


「初めの頃は、練習の集まりが悪くてどうなることかと思いました。今に至るまでの道も決して平坦なものではなかったですが、今こうしてクラス全員で合唱祭に臨めて私はとても嬉しいです。人が集まらない頃から協力してくれた人たち、ありがとうございました」


 そう言い、餅月さんは一瞬だけ俺の顔を見てにこりと笑った。俺はそんな言葉をかけてもらうようなことはしていないが、今までの行いが報われた気がして、胸がじーんときてしまう。


「今年は人生最後の合唱祭なので、今までの練習の成果を全て出し尽くすつもりで、全校生徒に最高の歌を聞かせてやりましょう!」


 餅月さんが拳を天に掲げると、クラス全員が彼女の真似をした。


「おぉー!」


 全員というのは、俺を含めて全員ということだ。


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