375 導きのコンパス
――ウィニィたちがザスパールの手引きによって二つ月城を脱出した、その深夜。
オズ率いる第六指は大街道を馬で飛ばし、ついに二つ月城が見える入り江まで到達していた。
「燃えてる……ねえ! お城が燃えてるんだけど!」
「黙れ、ライリー。見りゃわかることを大声で言うな」
「う。ごめん、オズ団長」
二つ月城の港で燃える火が、入り江の海面を赤々と照らしている。
オズは口を押さえ、考え込んだ。
そんな彼を見て、部下たちがそれぞれ勝手に意見を言い始める。
「王子様、あの城にいるんでしょ? 早く助けに行こうよ!」
「素直よねぇ、アリスは。そこがいいとこだけどぉ」
「何よ、パメラ。王子様を狙う賊が、城に火を放ったってことでしょ?」
「逆もあるじゃない? ウィニィちゃんたちが城から逃げるために、火をつけたとか」
「は? 何でそうなるのよ」
「もしもぉ。ドーフィナが賊だったらそうなるでしょ?」
「はああ? 意味わかんない。ドーフィナに身を寄せたから王子様はここにいるはずなんでしょ?」
「だからぁ、可能性の話ぃ」
そこにセーロが口を挟む。
「いや、ありえやすぜ。王族殺しなんていかにも黒幕がいそうでやしょう? ドーフィナ伯なら後ろ盾として十分だ」
彼らの話は考え込むオズの耳にも入っていた。
そして彼もまた、同じようなことを考えていた。
敵がわからない以上、あらゆる可能性を考慮する必要がある。
一方で、そのあらゆる可能性に対処できるほど、こちらの手駒は多くない。
オズは可能性の迷路に入り込みつつあった。
「――ミンツ」
オズが先輩呼びではなく呼んだので、ミンツは部下として応じた。
「ハッ!」
「お前の意見が聞きたい。実直で、無闇に賭けをしないお前なら、この状況でどう動く?」
「自分なら――」
そう言いつつミンツは動きを止め、やがて話し出した。
「誰が敵か、何が起きているかは、とりあえず後回し。まずはウィニィ殿下の行方です。行方がわかれば二つ月城へ踏み込むべきかどうかもおのずと判明します」
オズが頷く。
「確かにそうだ」
「ですから自分なら、今すぐに【手紙鳥】を飛ばします」
「……うん」
オズはそれには賛同できない様子で頷いた。
そこでライリーが言う。
「ねね。なんでオズ団長は【手紙鳥】を使いたくないの? 大街道でアリスが提案したときも嫌がったよね? パメラも反対してたけど」
オズは眉を寄せてライリーに言った。
「〝手紙鳥追跡術〟ってさ、獲物を追う狩人の立場だから便利なのさ。でも今の俺たちは狩人じゃなくて獲物を守りたいんだ。狩人は別にいて、それが誰だかわからない。それも、おそらく複数いる」
「うん……あ」
「気づいたか? こちらが飛ばした【手紙鳥】が、狩人に獲物のヒントをあげちまうかもしれねえんだ。意外とこの手法を知らない騎士も多いから、『あ、こんなやり方あるんだ』っていう意味のヒントにもなりうる」
「なるほどね、それは嫌かも」
そのとき、パメラが手を挙げた。
「私は理由、違うかもぉ」
「そうなのか? パメラ、言ってみ」
「私はね? ウィニィちゃんの名前がウィニィちゃんじゃないかもしれないって思ったから反対したの」
「は?」
「んっ?」
「え?」
パメラの発言に第六指の面々が首を捻る中、オズだけは目を見開いて驚いた。
「おおお、確かに! あぶねー、欠片も頭になかった!」
「え、どういうこと、オズ団長?」
「ライリー、俺らみたいな三流貴族と違ってさ。大貴族みたいな貴い血筋のお偉方の中には、本名を隠して偽名で通す人もいるんだよ。パメラは高位貴族だからピンときたんだよ」
「なんでそんなことするの?」
「昔ながらの呪詛除けだよ。呪詛において名前とは、標的を定める重要な要素だ。特に怖いのが呪殺。遠隔地から強力な呪殺が飛んで来たら、どんなに護衛がいたって意味をなさない。だから昔の偉い人は真の名を隠してたんだ」
「へええ……そうなんだ。じゃあパメラも実はパメラじゃないの?」
「ううん、私はパメラだよ♡」
「あ、そうなんだ」
「オズが〝昔ながら〟って言ったけどぉ、ほんとに古いやり方なの。でも、特に偉い人は今でもやってるって聞いたことがあったから」
「特に偉い……王族とか、な」
オズがふと宙を見上げる。
「偽名だった場合、【手紙鳥】ってどうなるんだ? やっぱりその場に留まるんかね?」
「えっとね、完全にデタラメの名前だった場合は知らないけどぉ――」
パメラが唇に指を当て、説明する。
「呪詛除けの偽名の場合は身代わりを用意するの。その身代わりのほうに飛んでいくと困るから、さっきは反対したんだ」
「身代わり? なぜだ?」
「呪詛を成立させて代償を支払わせるためと、呪詛で狙われたって事実を知るためね。そうしないと呪詛のかけ得になっちゃうから」
「ああ、ね……怖えな、昔の偉い人って」
「今だってそんなに変わらないけどね?」
「ハッ。それは聞きたくなかったぜ。ああ、怖え、怖え!」
オズとパメラから【手紙鳥】に反対した理由を聞かされ、ミンツがオズに言った。
「では、〝手紙鳥追跡術〟はナシの方向で?」
オズは腕組みし、すぐに言った。
「……いや。使おう。ただし、対策をする」
「む? どういうことです?」
「みんな、俺を中心に散らばれ」
第六指の面々は顔を見合わせ、それからわけもわからぬまま互いに距離を取った。
オズは部下たちを見回し、そのわけを話す。
「今から俺が【手紙鳥】を飛ばす。宛先はウィニィに同行しているという俺の同級生、ベル――イザベル=ファートンにする。ベルが今も同行しているなら、【手紙鳥】はウィニィのいる場所に案内してくれるはずだ」
面々が頷き、オズが続ける。
「ただし、俺はこの【手紙鳥】を狩人に見られたくない。ウィニィが偽名ならなおさらだ、狩人が知り得ない情報をくれてやることになる」
また面々が頷き、オズが言う。
「【手紙鳥】はまず差出人である俺の頭上を旋回し、それから方向を定め、宛先に向かって高速飛行を開始する。お前たちはこの高速飛行を開始した瞬間に【手紙鳥】を捕まえるんだ。旋回中はダメだ、方向がわからない。高速飛行を始める瞬間に何としても捕まえろ。いいな?」
面々は今度はすぐに頷かなかった。
自信がないのだ。
【手紙鳥】の捕獲は地形が味方してくれないと難儀なもので、素手での捕獲はもちろん、術や射撃武器での撃墜も、騎士に当てるより数段難しい。
オズの命令は曲芸を要求するのに近いもので、それはオズ自身もわかっていた。
「……やっぱりこれ、厳しいか?」
「オズがぁ、魔導を控えめにしたら?」
「そうは言うがな、パメラ。【手紙鳥】の魔導って、めっちゃ込めるか普通に込めるかの二択だぞ?」
「そうなんだ? 困ったねぇ」
「あの~、親分」
セーロが遠慮がちに手を挙げた。
「なんだ、セーロ」
「あの、ダメ元で言うんで。怒らないでくださいね?」
「いいから早く言えよ、なんだ」
するとセーロはいつも工具などを入れている腰のポーチをゴゾゴソ探り、中から長い麻紐を取り出した。
「これ、アトルシャン遊牧民が使う麻紐なんでやすが、かなり丈夫なことで有名なんです」
「……うん?」
「普段遣いしても何十年と持つシロモノで。一説には、大昔は魔導騎士を捕縛するのにも使われたとか。いやほんとかどうかは怪しいんですがね」
「セーロ。今は買わねえぞ?」
「いや、売りつけようってんじゃなく! ……これを、【手紙鳥】に結わえ付けてはどうですかね?」
「!!」
「いや、うまく飛ばないかももしれやせんし、丈夫とはいえ切れちまうかもしれやせんけど……やっぱり無理ですよね、失礼しやした」
恥ずかしそうに麻紐を引っ込めるセーロ。
そんな彼に向かい、オズがボソッと呟いた。
「天才」
「……えっ?」
「セーロ! お前、天才!」
「ええっ」
第六指の面々が馬を駆る。
先頭を行くのはオズだ。
「いいぞ。行け、行けっ!」
麻紐付きの【手紙鳥】がオズの先を飛び、麻紐の逆側はオズの手首に結ばれている。
麻紐はピーンと張っているが、オズも【手紙鳥】の行きたい方向へ馬で駆けているので、紙製の【手紙鳥】本体にもそれほど負担はないはずだ。
オズの隣にライリーが馬を並べてきた。
【手紙鳥】とオズが紐で繋がった状況を見つめ、おかしそうに言った。
「まるでお宝の在り処を示すコンパスだね」
作り方は簡単だ。
麻紐の端を手紙の真ん中に置き、そこからしっかりと鳥の形に折り込むだけ。
仕上がりが多少、歪になるが、これだけで麻紐はしっかりと固定された。
コンパスの導きに従って、大街道と海岸線の間の草原を駆けていく。
すでに二つ月城からはかなり離れた。
道中夜が明けて、それからずいぶん経った。
馬は酷く疲弊している。
「まだか……! 火事がウィニィ絡みなら、そう遠くないはずなんだが……」
オズがさすがに焦りを覚えてきたときだった。
大きな爆発音が鳴った。
やや後方、海岸のほうからだ。
オズが手綱を引き、馬を止めると、馬は前脚を折って「もう走れない」としゃがみ込んだ。
「チッ!」
オズが馬を諦め、鞍から飛び降りる。
振り返ると、第六指の面々も馬を止めて爆発音のほうを見ている。
そのとき、ミンツがオズの前方を指差した。
第六指とは別の騎馬隊だ。
大街道から来たと思われる騎馬隊が、こちらに気づくこともなく海岸のほうへ走り去っていくのが見えた。
爆発音は後方。
騎士の部隊は前。
コンパスが示すのも前だ。
オズは命令を下した。
「お前たちは爆発音に向かえ!」
ミンツが頷き、彼の馬が前脚を宙で掻いて方向転換する。
第六指の面々もそれに続き、林の中へ突入していった。
それを確認したオズは、【手紙鳥】が導く方――ベルの居場所へ全速で駆け出したのだった。
なんだか手紙鳥の使い方発表会みたいになってますが、やっぱり使いやすいんですよねぇ。
いつか、文面に呪殺の文言を忍ばせた「不幸の手紙鳥」をやりたいです。





