373 信号弾型手紙鳥
誤字報告をくださった皆様、ありがとうございました。
ここでお礼と言い訳をするのももはや恒例となった感もありますが……
今回も「なぜこんな間違いが!?」と驚くものから、報告を受けて初めて誤字だと気づくものまで、たくさんのご指摘がありました。
一番恥ずかしいのは、何人もの方から同じ場所の報告をいただいたとき。
そういうのってたいてい、「いや、気づけよ!」って間違いなんですよね。
ひとつご紹介しようかと思いましたが恥ずかし死にしそうなのでやめておきます。
――黄金城、玉座の間。
「お待ちください、殿下……殿下、お待ちを!」
門番の声のあと。
玉座の間の扉が乱暴に開かれた。
入ってきたのは王妃グラディスである。
その後に側仕えミーネが必死の形相で続き、何事か王妃に向かって囁いているが、王妃は激している様子で聞く耳を持たない。
門番の近衛騎士団も彼女らを追って入ってくるが、そこで玉座に座すエイリス王が手で制止のサインを送った。
近衛騎士団はその場で止まり、ミーネはハッとその場に跪く。
エイリス王が王妃に言葉を投げかける。
「どうした、グラディス。そなたらしくない」
すると王妃はキッとエイリス王を睨み、さらに玉座へ近づいた。
コクトー不在の今、側に侍るは近衛騎士団団長エスメラルダである。
いかに王妃といえど、このように王に近づくことは許されない。
だからエスメラルダはエイリス王の前に入り、王妃に立ち塞がった。
しかしエイリス王はそれも手で遠ざけ、エスメラルダは再び脇へと下がった。
「エスメラルダ以外は下がれ」
王にじかに命じられ、近衛騎士団とミーネ、それに元々玉座にいた側仕えたちが退室する。
扉が閉まる音が重々しく響き、玉座の間には三人になった。
「グラディス」
「あなたは……ウィニィを見殺しに!」
「待て。そうではない、グラディス」
「何が違うというのですか!」
温厚な性質で知られる王妃グラディスは、エイリス王も初めて見るほど取り乱していた。
エイリス王は玉座から立ち上がり、王妃に近づいて彼女の両肩を支えた。
「ウィニィが使節団団長を降りたからときに、何かを予知したのだろうと察してはいた。だがそれが、ウィニィ自身の生命の危機だとは考えてもいなかったのだ」
「嘘よ、嘘!」
「本当だ、グラディス。余は王位継承に関わる予知だと思っていた。ウィニィが使節団団長を勤め上げると、余の予測以上にウィニィが玉座に近づいてしまうのだろう。だからウィニィはそれを嫌がって任を降りたのだと、そんなふうに考えていたのだ」
「~~っ」
「グラディス。息子が死ぬ未来を許容する父親がどこにいようか」
すると王妃はエイリス王の手を振り払い、彼を睨みつけた。
「ウィニィは娘よ! それを自身の利益のために息子にしてしまったのは、父親であるあなたよ!」
「それは認めよう。ならば尚の事、そこまでして手元に置きたかったウィニィをむざむざ賊なぞに差し出すと思うか?」
「……っ」
王妃はまだ信じられない様子で、エイリス王を見上げ、震える息を何度も吐いた。
エイリス王は言った。
「すでに〝王の手〟を送った」
「っ! 本当ですの……?」
王妃の視線が王から外れ、脇に侍るエスメラルダへと向かう。
エスメラルダは黙って頷いた。
王妃グラディスは少し落ち着き、玉座の間から出ていった。
じきに他の家臣たちも玉座の間に戻ってくる。
エスメラルダは王と二人きりになったこの瞬間を逃さぬよう、彼に密かに問うた。
「〝王の手〟への命令は変わりなく?」
「うむ?」
「現在の命令は……」
「ん。ああ、変わらぬ」
「承知いたしました……」
――午前。
ポートオルカ西、沿岸部の林の中。
「平気か、ベル?」
ロイドが振り返って尋ねると、ベルは弱々しい足取りながらひとつ、頷いた。
自分の足で歩くと決めたのはベル自身だ。
体調が思わしくないのは誰から見ても明らかだが、ベルは「いつ戦闘になってもおかしくないから」という理由で自分の意見を押し通した。
追われる身なのは王都を出てより同じだが、二つ月城を出てからはより危機感が強まった。
追手が正規の騎士であり、名の知れた騎士団だと判明しているからだ。
「ねえ。やっぱり街道に出ない?」
そうテレサが提案するのも、もっともなことだった。
なにせドーフィナ騎士団――翡翠海洋騎士団は海戦を得意とする騎士団である。
林や藪に身を隠しながらとはいえ、右方に見える海は常に脅威となる。
いつも強気なテレサであっても、精神的重圧は相当なものだった。
こんな時に限って天気がよく、海が美しく見えるのも恨めしかった。
「どうだ、アイシャ?」
テレサから提案を受けたロイドが、街道警備を職とするアイシャに問う。
アイシャは眉を潜めて陽光に煌めく海を一瞥し、それから首を横に振った。
「わかるけど……賛成できない。ドーフィナの騎士は街道にも出てるわ。必ず見つかる」
それにテレサが食い下がる。
「でもさ、大街道って人目があるじゃん。そんな衆人環視の状況で強硬手段に出るかな?」
「ん~、出ると思うし、それで問題になったりもしないと思う」
「そうなの? でも、アイシャのお仲間の街道警備が近くにいるかもしれないじゃん」
「ああ、そうね。でも、う~ん……」
「え、それでも問題にならないの?」
「なるかもしれないけど……基本的にね、街道警備と地元騎士団がかち合った場合、地元騎士団に譲るの。街道警備って地元の協力なしには立ちいかないから……」
「ああね。でも、例えばこれから大街道でドーフィナ騎士と荒事になったとしてさ。そこに街道警備が通りかかったとして、それでも街道警備は間に入ってくれないの?」
「仲裁はするわ。私の顔見知りがいたら尚更。でもね、その場合でもウィニィの身柄はドーフィナに押さえられちゃうと思うの」
「あ~、相手は大貴族だし? ……街道警備って、けっこう立場弱いのね?」
「そう言わないでよ、私らも頑張ってるんだからさ……」
二人の話を聞き、ロイドがウィニィに話を振った。
「しかし――この先、どうしましょうか」
「ん? 陸路を西へ、だろ?」
「ええ、ザスパールはそう言いましたが……このまま西進すると大きな川に突き当たることになります」
「ああ、交易都市イクロスへ繋がる川だな」
「はい。今は右を海、左を大街道に挟まれた陸地を進んでいるわけですが――いつかは川か大街道を突っ切る必要が出てくる」
「川、が無難じゃないか? このまま西へ行って突き当たりの河口付近を密かに渡る――」
「――はい。西方へ逃れるなら、それが普通です」
「……普通は読まれる、か」
「船で先回りして、河口付近で待ち構える。私が追手ならそうします」
「ふむ……」
ウィニィとロイドが考え込んでいると、後ろからアイシャが声を上げた。
「ねえ。人がいる」
他の四人がハッとして身構える。
ロイドが囁くように尋ねる。
「……どこだ?」
「右前方。岩場の近く。地元の人かな?」
「ああ……たしかに、騎士っぽくはないな」
「一人だし。追手が前にいるのも変だし」
「追手が単独で動くこともないだろうし、な」
「一応、隠れる?」
「遅いだろう。こっち見てる。今からだと逆に怪しまれる」
「だよね。じゃあ、素知らぬ顔で――」
「――ああ。通り過ぎよう」
そうして一行は謎の人物を右手に見ながら通り過ぎようと試みた。
林や藪を選んで歩いているのだから怪しいことこの上ないのだが、それでもあえてその道なき道を選んで歩いているというふうに装って、胸を張って歩いていく。
ウィニィだけはフードを被ったが、周りを四人が囲んだので謎の人物からは見えないはず。
そのはずだったのだが。
「待って」
ベルだった。
立ち止まり、謎の人物を凝視している。
「どうした、ベル。立ち止まるな、怪しまれる」
囁き声でロイドが問うと、ベルが言った。
「呪詛の気配がしたわ」
「呪詛の……気配?」
ロイドがアイシャを見ると、彼女はぶんぶんと首を横に振った。
「そんなの魔女騎士でもわかんないよ。え? ベルだってわかんないでしょ?」
「私、最近ずっと呪詛関係ばっかりだからわかるの。……ほら! 見えないようにして何か書いてる!」
ベル以外の四人が謎の人物に目を向ける。
するとその人物は、一行から見えないように海側に身体を傾け、太ももに紙を置いて何か書いている様子だった。
「【手紙鳥】よ! 捕まえて!」
テレサが即座に謎の人物のほうへ駆け出す。
すると彼はそれに気づき、書き物を止めて東へ逃げ出した。
まだ距離があったのでテレサが走るのを止めると、ベルが叫んだ。
「追って! 走ってるうちは手紙を書けない! 捕まえるの!」
言われてテレサが再び追い始め、アイシャも回り込むように謎の人物を追う。
謎の人物も必死に逃げるので、その場にいるベルたちと距離が開いていく。
「あの走力――騎士には違いないですね。テレサならじきに追いつくでしょうが」
「うん。だが――」
この状況にウィニィが言った。
「――あまり離れるのは危険だ」
ロイドも小さく頷く。
二人の会話を聞いて、ベル言った。
「二人も追って。私は走れないから」
ウィニィとロイドは再びベルを置いていくことが躊躇われたが、迷っている瞬間にもテレサとアイシャは離れていく。
やがてウィニィが決断し、二人もテレサを追い始めた。
「お願い。早く……早く捕まえて」
ベルが祈るように小さくなった謎の人物とテレサを目で追う。
謎の人物はそれほど速くもないようで、テレサがすぐそばまで肉薄している。
ついに謎の人物は逃げるのを諦め、腰から短刀か何かを抜いた。
テレサが対峙している間に、アイシャが後ろへ回り込む。
もう取り押さえるのも時間の問題――そう思われた矢先。
謎の人物が上空に向かって何かを投げたのが見えた。
ベルが思わず叫ぶ。
「【手紙鳥】!? 嘘よ、まだ書けてないはず! 魔導だって込めてない――」
その場の全員の視線が上空へ舞い上がった【手紙鳥】へと向かう。
【手紙鳥】はまず旋回し、方向を定め、宛先に向かって飛んでいく。
だからテレサとアイシャは旋回の段階で捕まえようと、全力で宙に飛び上がり、【手紙鳥】へ手を伸ばした。
だが、その瞬間。
「えっ!?」「あっ!?」
舞い上がった【手紙鳥】は、パァン! と閃光と共に弾け、白煙を残して散った。
バラバラになった紙と灰が降り注ぐ。
謎の人物は窮地にありながら笑みを浮かべている。
遠くから見守っていたベルは、その場にすとんと座り込んだ。
両手で覆った唇から、失意の言葉がこぼれ出す。
「信号弾型【手紙鳥】だわ……宛先を書かず、仕込んだ火薬を炸裂させる。飛行しないから魔導はほんの少しでいい。ドーフィナが海で救援要請するのに使う手法……知っていたのに!」





